マキマさん『総理大臣!消費税を100%にすると言いなさい!』 作:バケギツネ
◆
『なるほどなるほど。そんな事があったんだね。』
「はい!そうです!!!」
『まあ、わたしには全部分かってた事だけどね。うんうん。』
「はい!マキマさんは最高です!!」
『そう、わたしは最高!』
「マキマさん最高!マキマさん最高ーーーーっ!」
脅威、いや、胸囲の7枚パッドで懐柔したデンジから、マキマは全てを聞き出した。
人並みの幸福を夢見ながら、ポチタと過ごした借金塗れの日々。そして、死に際の彼と交わした契約についてを。
『あ、渡辺くん。今のデンジくんの話、全部メモしといて。わたし、また忘れちゃうかもだから。』
「・・・はい。」
渡辺は、慣れた手つきでその指示に従う。
『それじゃあデンジくん。とりあえずキミを、本部に連れてく事にしたから。着いてきて。』
「はーーーーーーーい!どこまでも着いてきますぅ、地獄の果てまででもぉ!」
デンジはすっかり従順だ。首輪の付いた子犬のように、マキマに引っ張られていく。死体と腐敗臭の残る廃倉庫を、彼が振り返る事はなかった。
『ほらこれ!わたしのマイカーなんだ!すごいでしょ?』
「すげーです!高そうで!!」
『でしょ?わたしがお給料貯めて買ったんだ〜。名付けて“マキマカー”。』
マキマが指差したのは、悪魔の攻撃にも耐えうるよう、特殊加工が施された公用車。断じて、マキマの私物では無い。
『この車、結構快適なんだよ〜。お姉ちゃんの送り迎えもできるしね。』
「へぇ〜、お姉さんいるんすね。やっぱ、家族揃って美人なんですかぁ?」
『え?わたしに家族はいないよ?』
「えぇ?」
『ん?ほら、とにかく乗って乗って!』
困惑するデンジは、そのまま後部座席に押し込まれた。そんな彼に、途切れる事ないマシンガントークが浴びせられる。
『デンジくん、デンジくん。わたしね、ゴールド免許持ってるんだ!』
「流石っすね!」
『しかも4枚も!』
「半端ないっです!......ん?」
『わたしの運転するとこ、見たい?見たいよね?見たいってずっと言ってたもんね?』
「いや、俺ぁ」
『仕方ないなぁ〜。わたしのドライビングテクニック、見せてあげるよ!鈴木くん、渡辺くん。これは命令です!わたしに運転を代わると言いなさい!』
「「絶対にダメです!!!!」」
運転席に飛び込んだマキマは、大慌ての部下2人に取り押さえられる。
『ちょ、離してぇ!助けてデンジくん!鈴木くんと渡辺くんが、変なとこ触ってくるぅ!』
「「いい加減にしてください!!」」
『・・・はーい。』
頬を膨らませたマキマは、不服そうに、デンジの隣へと押し込められていた。
『全く、そんなに運転がしたいの?2人もお子様だな〜。』
「マキマさんが何百台、公安の車をお釈迦にしたと思ってるんですか!」
「貴女の出した損害額、私の年収超えてるんですよ!!」
『ち、違うのぉ!アレは、何もしてないのに、車とか船とかヘリとかがぁ、勝手に走り出してぇ!』
「「マキマさん!!!!!」」
本気めのお叱りを受けたマキマは、口を窄めてシュンとしていた。
「・・・あの2人、マキマさんの部下なんすよね?態度悪くねえですか?」
上司と部下の関係を、デンジは以前から嫌というほど見てきた。
それは圧倒的な“支配”の概念。彼自身もヤクザ親分の部下、いや、それよりずっと下の存在だった。命令は絶対。何でも死ぬ気で従うし、逆らえば死ぬ。それこそ痛みと恐怖から学んできた、これまでの世界の常識。
だからこそ、余計に気になってしまう。
「マキマさんみてーな最っ高な人が、部下に舐められてていいんですか?」
『チッチッチ。キミは分かってないな〜。』
下手くそに舌を鳴らしながら、当人は問いを否定する。
『この世界の全てはね、わたしの支配下にあるの。これ常識ね。だから、鈴木くんも渡辺くんも、圧倒的にわたしの格下なの。オッケー?』
「あー、はぁい!」
『だから、多少生意気でも許してあげるの。だってわたしは、天使のように優しいからね!』
「天使のように優しい、...っですか。」
デンジの脳裏には数話前の非道な仕打ちが蘇る。だがソレは、彼女の胸に包まれた記憶に塗り潰された。
「はい!天使です!マキマさんは天使ぃ!!!」
“天使の悪魔”がここに居れば、マキマと自分を同列扱いは、流石に名誉毀損だと、抗議していたに違いない。
『つまりね。さっきまでのやり取りは、強者のよゆーの現れってやつなんだよ。分かった?』
「はぁい!分かんねえけど、分っかりましたぁ!」
『まあ,デンジくんは馬鹿だからね。完全に理解できなくても仕方ないよ。うん、馬鹿なんだし。』
「はい、俺ぇ馬鹿なんで分かりませええん!!」
マキマからの馬鹿扱いは何やら腑に落ちなかったデンジだったが、胸が大きい美人の言うことなので気にしない。
『それに、今時、流行らないよ。一方的な支配なんて。』
マキマがポツリと呟く。
『キミ、ニュースとか見ないでしょ?』
「はい!んなもん見たって、楽しい気分になれねえんで。」
『じゃあ、知らないか。先月ね、66の国で、悪魔の力を使ったすっごい革命が起きたの。』
その場の空気が重くなる。鈴木と渡辺も、その顔を動かさぬまま強張らせていた。
「なんか、すっげーヤバそうな話ですね。」
『革命で、独裁国家が次々倒れて、“自由”が強く叫ばれた。今、それで世界は揺らいでる。』
いつにも増して真剣になるマキマの鮮やかな瞳は、どこか遠くを見つめていた。
『だからね。すっごく弱くなっちゃったんだよ。今の“支配”は。』
◆
『...って言うのが、今の世界情勢ね。分かった?』
「いや、あんまし!頭こんがらがりました!面白ぇー話じゃなかったし。」
頭をボリボリと掻きながら、デンジは正直に答える。
昨日までの彼の世界は、ポチタと悪魔とヤクザで、大体完結していたのだ。さっきまでの話は壮大過ぎる。難しすぎて、難しいという事しか分からない。
『まあ、わたしが全世界最強で、全部の国の大統領から契約を迫られてる、モッテモテな存在!っていうのだけ憶えてればいいから!知ってる?第一次世界大戦は、わたしを巡って起きたんだよ!』
「へぇ〜!初めて知りましたぁ!今ので、俺ぇ、賢くなった気がします!!」
『よろしい!これからも、デンジくんには沢山のことを教えてあげるよ!えーっと、わたしは全てを支配し操る、ふぃくさーって奴だからね。実は先月の革命だって、わたしが裏で糸を引いてたんだ。世界中に悪魔をばら撒いて、現地人に契約させて・・・』
話を聞いているデンジに、疲労がどっと押し寄せる。虚言癖との会話がしんどいのもそうだが、思えば昨日は一晩戦い通しだった。
「ヤベ〜。マキマさんの前だし、かっこつけてえのに...!」
腹も減った。腹の虫も情けなく鳴き声をあげている。
「カッコ悪い...!こんな、ダセー姿じゃ、俺ぇ、マキマさんに嫌われ・・・」
『ねえ鈴木くん!わたしお腹空いた!飢餓の悪魔の攻撃だと思う!このままだと死んじゃう!世界の損失だよぉ!助けて!』
隣の腹の虫は、デンジより遥かに情けなく、騒々しい。狭い車内でバタバタと手足を動かし、シートを軋ませていた。
『ステーキ!ステーキ食べたい!』
「はいはい、わかりました。」
「パーキングエリアで、適当に食べましょう。・・・ステーキあるかな?」
深いため息と共に、渡辺は慣れた手つきでカーナビを弄る。
「ステーキ?ステーキって、あのステーキぃ?」
手足バタバタ中のマキマにベシベシされながらも、デンジは考える。
「んなすげー高そうなもん、今まで食ったことねえな。って言うかここ何年か、店で売ってる肉、食ってねえや。」
100円で3日を凌ぐことなどザラだった彼には、道端の草や、食パンがせいぜい。ステーキ。もはやそれは、ファンタジーに近い存在。
「噛みごたえ、あるんだろうなぁ。」
食感と味を想像し、垂れそうになった涎を慌ててごくりと飲み込む。今もデンジに金はない。つまりは、関係のない話なのだ。
『デンジくんも、お腹空いてるよね?わたしの分の朝ごはん、デンジに分けてあげるよ。』
「えーー!?」
差し伸べられた救いの手に、デンジの顔がぱあっと晴れる。
「俺、100円しか持ってなくてぇ、」
『大丈夫、わたしに任せて!わたしは世界一のお金持ちだから!この間、長者番付にも載ったんだ!』
デンジの目には、さっきまで駄々を捏ねていた目の前の女が、女神のように映っていた。
『遠慮しないでいいよ。今日は、公安からボーナスも出たことだし!』
マキマはそう言って、懐から血まみれの財布数個を取り出し、ジャラジャラと中身を漁る。
どう見ても、ゾンビになった組長達の遺品だ。
「ま、いっか!ご馳走になりまああす!」
デンジは気にしない事にした。
『あ、もう着いたみたい!』
「よっしゃあ!ステーキぃ!ステーキまで、もうちょい!」
アホ2人の弾んだ声と同時に、車は目的地へと到着する。
『デンジくん。待て!』
「わん!」
飛び出そうとするデンジは、マキマの腕に制された。
『半裸だと目立っちゃうよ。渡辺くん、服を全部脱いで、デンジくんにあげると言いなさい!』
「マキマさん。それだと、私が全裸で目立っちゃいます。」
「俺もぉ!男の裸は見たくないです!」
「まったく何なんだ、キミたちは・・・」
渡辺はブツクサ言いながらも、自分のコートを脱いで、デンジにそっと被せてくれた。
◆
『デンジくんお待たせ!これがステーキだよ!』
「ステーキィ!」
ニッコニコのマキマは、木皿に敷かれた鉄板を持ってやってきた。
『知ってる?ステーキって、わたしが発明したんだ!それで今度、ノーベル賞を貰う事になってて、』
「ステーキィィィ!!」
鉄板では、香ばしい焼き色の肉厚ステーキが、ジュウジュウと音色を奏でている。ナイフを入れると、その薄赤い断面からは肉汁が溢れ出し、パチパチと弾け出した。
『約束通り、分けてあげる。』
「え、ホントにっ、マジでっ、いいんですよね!?」
『当然!わたしが今まで、一度でも嘘をついたことがある?』
「...あ、あー、そうっすね!!」
『はい、あーん。』
「あーーーーーーん!」
デンジは目を瞑り、大口を開けて、初めてのステーキを待ち構える。そこには、マキマが手掴みした付け合わせの野菜が勢いよく投げ込まれる。
「野菜はーーっ、嫌いっ!!!」
『ぶっ!!!!!」
熱々のお野菜を口道に投げ込まれ、思わずデンジはむせ返る。ただ、栄養はありそうだし、勿体なさそうだしで、とりあえず飲み込んでおく。
『約束通り、わたしのご飯を分けてあげたよ!』
「げほっ、ごほっ、はぁ!?」
『死、戦争、飢餓、野菜、残業、ブロッコリー、野菜。この世には、無くなった方が幸せになれるものが、沢山あると思うんだ。デンジくんもそう思うよね?』
「マキマさんそりゃないっすよ!」
野菜をそこそこ美味しくいただきながらも、デンジは抗議の声を上げる。
「俺はっ、ステーキが!肉が、食いたかったのに!」
『デンジくんも、お肉が好きなんだ!わたしも大好き!』
デンジの目の前で、マキマはステーキを一呑みで平らげる。
「あーーーーーー!!」
『美味しかった〜!でも、ステーキの気分じゃなかったな。生姜焼きの気分だったかも。あ、デンジくん、お野菜美味しかった?』
「マキマさんのっ、悪魔ぁ!!!」
『どどど、どうしてそれを!?』
何故だか狼狽えるマキマをよそに、デンジは悔しさから、その拳を何度も地面へ叩きつけていた。
「うっ、うううっ...!」
その様子に、不思議そうなマキマは、首をコテンと傾けてる。
『どうして悲しんでるの?確かに野菜は、その辺で拾い食いする悪魔の死体より断然不味いけどさ。デンジくんの昨日までの食事に比べたら、全然マシじゃん。』
「そうだけどぉ!そうだけど、そうじゃないんですよぉ!」
デンジは腕をブンブンと振り回して、自論を展開する。
「確かに、ねえもんが無くても辛くねえけど、一回掴んだと思ったのに奪われんのは、死ぬほど辛えんですよぉ!!」
そう、そうなのだ。一回期待してしまう分、失うショックが大きくなる。他者との温かな繋がりを半ば諦めていたデンジに、ポチタという家族ができて、それが奪われた時と同じだ。
『へぇ〜、そっか。デンジくんは、掴んだものを奪われるのが、死ぬほど辛いんだ。へぇ〜。』
泣き崩れるデンジを見ながら、マキマはそれこそ悪魔のような笑みを浮かべる。彼女の脳裏に浮かんだのは、デンジから聞き出したポチタとの契約だった。
一方でデンジには、鈴木と渡辺から、救いの手が差し伸べられる。
『えっとデンジくん。俺たちのステーキ、ちょっと分けてやろうか?』
『俺、最近高血圧気味なんだ。ステーキ全部食べたら、やばいかもな〜。誰かが、半分貰ってくれたら、助かるんだけどな〜。』
「っ!!神だぜっ、アンタら!」
デンジの目には、むさ苦しい男2人が、女神のように映っていた。