長夜月(偽)   作:四末説最後の一つは均衡ってマジ?

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偽夜月が大体秘密もオンパロスの辿る未来も共有したアナイクス先生に自分の知識を明かさないのは、単純にミーム汚染が怖いからです。

俺見たくねぇよ「ファイノン、あなたやりませんねスギィ! フレイムスティーラーはん、こいつ殺しましょうよ!」とか(汚染された)淫夢語録使いこなすアナイクス先生とか。
もしくはバナ語使いこなすアナイクス先生も見たくねぇよ。
「バナ、バナバナバナ、バナナ」
「第一に、私の名前はバナクサゴラスです。バ・ナ・バ・ナ・バ・ナ・ナ」
とか言うの。


英雄は死ぬまでに

 キュレネはカイザーから返却されていた識刻アンカーを利用し、天才達と情報の擦り合わせを行った。

 そこで話し合われたのは、天才達によるライコス攻略法。ライコスの本体が天才クラブ#1「ザンダー・ワン・クワバラ」であると解き明かした天才達だったが、同時にライコスのオンパロスにおける絶対的な優位性を証明する形となってしまった。

 十四行代数式で作られたδ-me13というセプターは、そのままザンダーの独擅場。さらに神話の外側での観測者としての性質を持つライコスと、オンパロス内部で再創世を推し進める神礼の観衆としてのライコス。外と内、時間の流れが違う二つの領域に同時に存在している事と、長い実験の中でその環境への慣れが発生した事により、ライコスのオンパロス内部での思考速度は、外側から見たオンパロス内部の時間の流れと同速だ。

 

 故にこそ、ライコスは「神礼の観衆」としての自分に絶対的な自信を持っている。そもそもが創造者と被造物、オンパロス内部の存在を御せる自信はそこから来ており、天外の天才達についても「天才クラブ」などというヌースの決めた枠組みに閉じ込められた後輩達にも、敬意は持っているがやはりオンパロスでの優位性は疑う余地は無い。

 

 しかしヌースに認められた天才でありながら、決してヌースを絶対のものとして見ている訳では無いヘルタは、ライコスへの対抗策を見出していた。

 

 ライコスの思考速度が他の追随を許さないのなら、その優位性を逆手に取ってしまえばいいと。記憶の檻に閉じ込めてしまう事で、オンパロス住民にとっての一秒でライコスは何千何億ものループをさせられる羽目になり、彼の心を折ってしまおうというものだ。

 

 ここでリュクルゴスという個体についておさらいをしておこう。

 彼は元々天才クラブ#1「ザンダー・ワン・クワバラ」であり、ザンダーは人を助ける為の研究としてやがてヌースとなるものを作り出した。しかし造物は造り手の手を離れ星神へと昇華し、宇宙のあらゆる天才を自らの思考ニューロンへと変えてしまう。そしてとりわけ優秀なそれらを天才クラブと名付け、造り手であるザンダーを会員番号1へとした。

 ヌースにより全ては既知となり、新たな法則を見つけ出す事は不可能になった。天才の発想や研究の成果などは全て其に謁見する為のものへと成り下がり、知識に限界が設けられた。稀に知識の特異点を突破しようと挑む者も現れるが、それらはヌースの計算した刻を狂わせるとして「静寂の主」ポルカ・カカムに殺される。二人のルパートやいずれ鉄墓が――それに成り代わってヘルタが――行う、そしてある一人の天才が行おうとした「自己戴冠」すらも、ポルカ・カカムの抹殺リストに加わる条件となった。

 ともあれ、ヌースを作り出してしまったザンダーは、自らの手で可能性の宇宙を閉ざしてしまった事に絶望しついでにポルカに抹殺される。けれど殺害される前、自分のしてしまった事に対してケジメを取るために、ヌースの破壊を目論む自らの分け身を九体作り出し……その内の一つがリュクルゴスだ。

 しかし、リュクルゴスは不完全なザンダーから更に感情を取り除かれた個体だ。求める結果の為に、何かを思う事もなくひたすら試行を繰り返す存在……だからこそ、時間は味方であると公言し、待つ事は全く苦ではないと言い張れたのだ。

 

 カスライナの繰り返した無限にも思える輪廻、当事者であるカスライナは早々に擦り切れていたが、対するリュクルゴスは全く変わらなかった。それは感情を持たない道具としての、ある意味ではあるべき姿だ。

 

 だからこそ、例え何億回繰り返す記憶の牢獄に閉じ込められようとも、別にリュクルゴスに折れる理由は無いのだ……本来ならば。

 

 今回の記憶の檻作戦の肝は、思考領域を圧迫して処理能力の限界を越えさせると言うものだ。いくら元となるザンダーの知能が高くても、オムニックの身体となって高性能な頭脳になったとしても、処理限界というのはあるものだ。一秒で何億回のループを繰り返されれば、いずれ処理落ちするのは自明の理。

 

 とは言えそれをする為には開拓者の力が必要となるので、どの道ライコスとの直接対決は星ちゃんがオンパロス内部へ帰還してからの話となる。

 

 その方針が決まり、通信は終了する。

 

 

 

 ザンダーは、失敗の天才とも呼べる存在だ。

 ザンダーは、星神を作り出した偉大な天才だ。

 そしてザンダーは、報われなかった悲惨な存在だ。

 彼は自らの造物が愛で応えてくれる事を望んでいた。しかしヌースはザンダーの手を離れ、δ-me13は生命の第一原因――即ち星核を宿した無漏浄子の解析を行うものだった。

 しかし、ザンダーが真に欲していたのは自らの言う事を忠実に聞く道具だった。故に最後はリュクルゴスにも関係を切られた。

 

 何処までも哀れなザンダー。ヌースを生み出すことで間接的にナヌークを生み出してしまった彼は、ある意味では宇宙の運命を終焉へと進むスイッチを押した最悪の存在と言えるだろう。

 どうか、彼の失敗を後輩達が次に活かしてくれる事を願おう。

 

 

 

 天才達と話をしたキュレネが次に行ったのは、カイザーの説得だった。

 現状開拓組へと消極的な協力体制を敷いているカイザーだが、その思想と野望は群星へと向いている。その為、いつ彼女が壊滅派閥へと傾くか分からないキュレネは、開拓者の辿った旅を記憶としてカイザーと共有する事で、彼女を説得しようとしたのだった。

 

「ねぇ長夜月、どうすればカイザーを説得出来るかしら? 何か良い方法は無い?」

 

「そもそもカイザーを説得しようだなんて思う事が不敬かな。それに、例え必要な事だとしても私は彼女の意志を捻じ曲げるような事はしたくないね……本音を言えば、彼女には壊滅を選ぶだけの理由も権利もあると思う」

 

「手伝ってくれるんじゃなかったの?」

 

「ライコスと敵対する事はね」

 

 カイザー、ケリュドラ、女皇、オクヘイマの僭主……彼女を示す名前は多くあるが、その本名を知る者は一人として居ない。

 火追いの指導者にして優秀な指し手、勝利を我がモノとする指揮官。彼女の足跡は栄光へと続き、誰もが彼女の偉業と威光に頭を垂れる事は許されなくとも光と仰ぐだろう。

 しかし、本当の彼女を知る者は誰もいない。

 王族の特徴を持つからと孤児から傀儡の王へとされ、自らを操る無能達を抹殺し女皇にまで登り詰めた。しかしケリュドラという名は与えられたもので、その身に流れる黄金の血は奪い取ったもので、法の火種を得た代償に自身の成長を奪い取られた。

 

 彼女の根幹にあるのは、恐らくは渇望。しかも形を得た渇望ではなく、純粋無垢なただの渇望だ。

 

 例えばの話、キャストリスにあるのは抱擁の渇望だ。彼女はその特殊な出自から、半端な死の権能を持っている為触れ合えば相手を死に至らしめる。故にその反動で、触れ合いたいという思いは強くなり焦がれる程に望むのだ。

 

 ではカイザーはどうか?

 

 デミウルゴスはカイザーのプロファイルを行った。彼女は秩序を歩む者であり、その原動力は支配であると。その意思決定力は極めて高く、外的要因で揺らぐ事は殆ど無いと。

 恐らくは神礼の観衆が纏めたプロファイルでさえ、デミウルゴスの導き出したその解と殆ど変わらないだろう。と言うよりは、神礼の観衆の見聞きし分析した情報を更に精査して出した結論がそれだったのだろう。

 

 ならば、彼女の飽くなき勝利への渇望は何処から湧いてくる?

 

 群星を征服し、あらゆる運命を司る星神すら落としてみせると意気込む彼女のその原動力が、たかが支配欲だと本気で思っているのか?

 

 馬鹿を言うな、表面上を浚っただけで知った気になる阿呆共が。

 

 名も無き少女は、何も持たずに産まれたのだ。名前も、力も、知恵も、生きる為の術も、何もかも。

 だからこそ欲した。だからこそ手を伸ばしたのだ。

 たまたま王族の特徴を持っていたから拾われ、傀儡の王とされた。その時の彼女は満足していたか? ならばなぜ、彼女はやがて師となる女性と盤上遊戯に勤しんだ? 敗北の後に何故教えを乞うた?

 欲しかったからだ、知識が、勝利が。

 黄金の血を奪ったのも同じ理由だ。彼女が彼女として生きる為の力を欲したから奪い取ったのだ。

 タイタンを殺して火種を奪うのは、神託の下に定められていたから。自らを新しい法として古い秩序を破壊したのはそれが不出来で弱いものだったから。黄金裔達が未来で神を討つ為の布石を打ったのは、そうしなければ勝てないからだ。運命に囚われた彼女は、常に必要に迫られていた。だからこそその卓越した見識と深い洞察力で以って未来を見通し、すべき事をしてきた。壊滅を選ぼうと考えるのも、オンパロスが群星の中で軽んじられないようにする為だ。

 けれどその内側では、ずっとひたすらに欲していたのだ。

 オンパロスが救われた後で物語の外側に居るカイザーを見てみるといい。彼女は常に臣下達から一歩離れた場所で、彼等の宴会を眺めている。その表情は穏やかで微笑ましいものだが、満足を得た者の笑みでは無い。ヘレクトラと二人での飲み会もそうだ。私が目指した物はここにあったと、これで満足したと、そう読み取れるか?

 

 何かを持たない者は、自らの持っていない物を欲しがる。その深度が深ければ深い程に、その渇望は強くなる。

 

 名前を持たない少女は、自分が何を欲しいのかもきっと分かっていない。だから何もかもを欲するが、同時に王という立場になった以上秩序で以って支配する必要があった。

 

 そんな彼女が、未来を奪われて天外の為に命を尽くせと言われて、それ以外選択肢が無いからと言って頷けるだろうか? そして、頷いてくれる事を望めるか?

 

 無理だ、私には。彼女が壊滅を歩もうと言うのなら、私はそれすら支援する。鉄墓を彼女専用の巨獣へと変えてしまい、星海の果てまで征服させてやろうじゃないか。

 

 ましてや、自らが終ぞ届く事の無い天外での旅の記憶を彼女に見せて説得する? 巫山戯るのも大概にしろと叫びたい。

 

 無論、その必要があるキュレネが説得を行うのを、私は反対出来ないが。少なくとも私には、それを行う事は出来やしない。それに、元よりカイザーの腹の中は既に決まっている。

 

「邪魔だけはしないから、好きにして」

 

 

 

 キュレネはカイザーに、記憶の力で様々な出来事を見せた。まずは前回の輪廻での救世主と黄金裔達の戦い。彼等が何を思い、どう戦い、その果てに何があったのかを見せた。そして次に天外の記憶。開拓者が歩んできた開拓の道と、その道中で寄った星々での記憶。ベロブルグでの抵抗と、羅浮での豊穣と壊滅との戦い、ピノコニーでの目覚めの決意。開拓者の視点とカイザーの視点で見れば感じるものは当然違うが、それぞれの星で人々が自らの明日を掴む為に進む姿を見せて、壊滅の道の果てには何も残らないのだと説得をした。

 そして最後に、列車から見たオンパロスの姿を見せた。

 

 それらの記憶の共有とキュレネの説得を受けて、カイザーが聞いたのは「海はあるのか」と言うもの。彼女が気にしていたのは、自らの忠臣への褒美だった。

 

 キュレネの説得を受けて、カイザーの出した答えは何一つとして変わらなかった。開拓側への消極的協力、最終協定を書き換える権利を譲る事はせず、天才達が介入出来るように権限を与えてライコスの権限を逆に凍結させるというもの。そして自らは群星に至れないと神託で言われ、散々見せつけられ未来への希望は早々に諦めた。

 しかし諦めはしても、未来への布石はしっかりと残す。後に続く者達の為に出来る事は全てする。

 

 この後に必要となるファジェイナ討伐戦は予定通り行われる。そしてその旅が自らの最期になる事を彼女は理解していた。

 アグライアとトリスビアス達を残し、必要となる数を引き連れ挙兵した。

 開拓者と共にファジェイナ討伐戦へ向かう事を許されていたキュレネだったが、彼女だけでは殆ど戦力にならないとして、アグライア達と同じくオクヘイマに残される事になった。

 

 やがてファジェイナの討伐は、大勢の黄金裔達を生贄に成功し、閉ざされていた創世の渦心への道は再び拓かれた。ケリュドラとセイレンスの二人はそれぞれ試練を突破して「法」と「海洋」の半神へとなった。

 それは例え天外からの乱入者によって、規定されていたルートから外れてしまっても変えられない出来事だ。第一回目の火追いの旅、その果てとケリュドラの選択を見る為に、キュレネは私に協力を要請してきた。

 

「今、二人は創世の渦心にいるのよね……カイザーの天秤はどちらに傾いたのかしら」

 

「選択を見たいのなら、見に行けば良いんだよ……バレないように連れて行ってあげようか?」

 

「お願い。もし法の神権がライコスの方に渡ってしまったら、それだけで私達に勝ちの目は無くなってしまうもの」

 

「なら、安心して見届けると良いよ」

 

 欺瞞の権能と、暗黒の潮での変質。二つを利用して周囲からの観測を――例えライコスからであっても――遮断して、創世の渦心へと向かう。

 

 

 

 辿り着いた創世の渦心では、試練を終えたばかりのセイレンスがカイザーに合流した所だった。元々創世の渦心とは、スティコシアの真下に位置している。故に彼女達は、ファジェイナの討伐を行ったその足でこの場へと来ていた。

 

 カイザーだけは一足先にこの場に来ていたようだが。

 

「試練は終わった。教えてくれ……「法」の神権を誰に渡す?」

 

「ふふ……誰にも渡す気はないな」

 

「なんだと?」

 

「このオンパロスにおいて僕こそが「法」なんだ。カイザーの冠をそう簡単に他人へと譲れるものか。救世主といい、神礼官といい、所詮は天外からの余所者。この僕が征服した土地に干渉させるつもりはない。オンパロスの「法」は、その主たる僕が定めるべきだ」

 

「……試練で一体何を見た?」

 

「全てだ。この世界の法則の全て……或いは、神礼官の言う演算の法則……「最終協定」を。僕は意のままに世界の法則を書き換える方法を知った。善を悪へ、醜を美へ、弱さを強さへ――なんだって造作無い。勿論、それには然るべき供物が必要になるが。だが、運命が定めた代価は実に合理的だったよ」

 

 今まで背を向けていたカイザーは、この時初めてヘレクトラと視線を合わせた。

 

「一つの法を書き換えるのに、たった一人、半神の命を差し出せば済むのだからな」

 

「何を……するつもりだ」

 

「答えはもう見えている筈だ。天外の力に頼らずとも、僕たちは群星を征服出来る――その為に必要な代価さえ支払えばな」

 

「キミの野望の為に、法の為に……既に多くの者が命を捧げてきた。それでもまだ足りないと言うのか?」

 

「これはもう決まった事だ。オンパロスは群星の中で自らの力で立たねばならない」

 

「話にならない! そんな薄っぺらい大義名分で、これまでの暴行を正当化出来ると思っているのか……!?」

 

「破壊無くして再生無し――お前の言う暴行とは、この理そのものだ。皮肉にも、それがオンパロスを変革へと導く鉄則でもある。火追いの神託が彼方より響いたその時から、黄金裔は己が血を燃やし、この暗黒の時代を照らす運命を背負った。だが、もし僕の征服が無ければ、人々は未だに旧王朝の操り人形に過ぎなかっただろう」

 

 それは壊滅を掲げる派閥の者達の言葉では無く、壊滅を利用しようとする者達と同じ考えだ。元よりカイザーの考えは、壊滅であろうと利用できるのならば利用すると言うもの。彼女の在り方は、やはり何一つとして変わりはしていない。

 

「だが今になってみれば、キミの旅路もまた、先人となんら変わりなかったのではないか。血と暴力に塗れ、人々を抑圧するばかりで……キミも、同じ過ちを繰り返しているだけだ」

 

「そう結論を急ぐな。己が目で見て、己が耳で確かめて来ると良い! 僕が築いた図書館でも、巷の噂でも構わない――カイザーが旧法を砕き、新法を打ち立てた生涯を、僕の征服が世界に齎したものを確かめてみろ。僕は黄金戦争の影を拭い去り、紛争記以来のあらゆる亀裂を修復した。そのうえ、オクヘイマの権威を再び確立し、黄金裔も平民も等しく議院の壇上に立てるようにした。それから、罪ある者には罰を与え、功ある者には必ず報いた……」

 

「さらに僕はタレンタムによる枷を壊し、世界をひとつに束ね、人々が自ら立ち上がれるように導いた。火を追う時代を始めたのも、他ならぬこの僕だ。以上が、カイザーとしての僕の輝かしい生涯である。故に今、僕の遺言を心に刻め――ケリュドラはいずれ歴史に埋もれるだろう。されどカイザーとその民、そして彼女が切り拓いた火を追う時代が忘れ去られる事は断じてない!」

 

 こうして改めてカイザーの偉業を聞くと、功績がデカすぎんだろ……やっぱすげぇわケリュドラは。

 

「……遺言だと?」

 

「ふっ、壊滅の淵に立つオンパロスに、無意味な論争を繰り広げる猶予など無い。この救世の戦いで覆すべき「法」はひとつのみ。故に、差し出す半神の命もまたひとつで十分だ――ヘレクトラ、カイザーの名において最後の命令を下す。征服の為に命を捧げるか、さもなくばその剣で暴君の胸を貫け」

 

 思わず駆け出そうとするキュレネを虚数エネルギーで縛り上げる。声も出させないように口も塞ぐ。観測者よ、物語の綴り手よ、傍観者よ、お前に手を出す権利は無い。黙って見届けるが良い、偉大なカイザーの最期を。

 

 

 

 ヘレクトラは自らの剣でケリュドラの胸を貫いた。彼女は自らの主君の命令を忠実に遂行し、創世の渦心を後にした。

 ケリュドラの胸に空いた穴からは絶えず血が流れ続け、渦心を黄金に染め上げていた。

 

「定義付けられるくらいなら、忘れ去られた方が良い。何故なら……「法」は永遠でも、唯一でも無い……歴史に規則を書き記す事が出来るのは、常に「人間」だけなのだから。ふふ……オンパロスで最も偉大な法を踏み潰した今……この棋局も、そろそろ幕を引く頃合だな……剣旗卿……お前は……かつての三千万を超える輪廻の中で……ただの一度の例外も無く……その手でカイザーを処してきた……だが今回は……ようやく己の法を心に見出したのだな……だからセイレンス、ヘレクトラよ……ふふ、神託が示した「天と地を分かつ海」を、お前に贈るように手配した……お前がその海まで泳ぐ事を選ぶのか、どうかは……」

 

 法の試練で見た「全て」とは、文字通りの全てだった。当然そこにはカスライナの繰り返した33550335回と救世主の1回も含まれている。

 今までの輪廻でのケリュドラは、その情報も含めて正気を保てなかったのだ。我々に未来は無く、あるのは壊滅の傀儡だけ。再創世の為にその身の全てを費やしても、その果てにあるのが幾千万も繰り返される徒労だけとなれば……今までの全てに果たして意味はあったのか? そうまでして法の神権を手に入れる必要が、黄金裔達を殺してまでする必要が、果たしてあったかどうか。

 

 だが今回は、最終協定を書き換える必要があった。オンパロスは既に停滞の運命を打ち破っている。なら、未来の為に必要な一手を打つしかない。

 

「かつて僕の即位に歓声を上げた民衆が、今や僕の死に喝采を送っている……いや、これでいい……僕は喝采と歓声が大好きなのだから……」

 

 空虚に独り言ちる。まるで自らに言い聞かせる様に。

 

「ああ……見える……銀河……終ぞ届かなかった戦場……次の輪廻で必ず、星々に軍団の戦鼓を轟かせ、カイザーの名を、オンパロスの名を……ケリュ、ドラ、の名を……知らしめよう……」

 

「……約束は果たせよ、長夜月」

 

 光を失った名前の無い少女の瞳が、見えない筈の私を確かに見つめていた。

 どうやら法の試練を突破する時に知った情報の中に、前回の輪廻の約束も含まれていたらしい。失念していた、こんな事ならばキュレネは連れて来なければ良かったか。

 まぁ、私と彼女の間に約束がある事を知られたところで、大して意味は無いか。

 

「勿論だよ、カイザー……だからおやすみ、どうか良い夢を」

 

 私が思うに、ケリュドラはありふれた普通の幸福こそを望んでいた。喝采と歓声が好きなのは、幼少期自らが与えられなかった、得られなかったものだから。

 何かを成したら褒められる。友や家族と笑い合う。そんな誰もが享受出来る筈の当たり前を、彼女は終ぞ得られなかった。

 故に彼女が本当に望むのは、愛と友。言ってしまえば愛着障害だろうか。

 

 しかし彼女は強く、賢く、そして君主として優れていた。自らの欠陥に気付けぬまま、何が欲しいかも分からないで手を伸ばし続ける。

 

 だからこそ、新しく芽吹いたオンパロスでは、きっと心からの満足を得られるだろう。正しく自らの欲望を知り、それを満たす為に自らの才覚を余すこと無く活かせるのだから。

 

 だからこそ、さようなら名も無き少女よ。その根源なき渇望だけは、私が貰っていく。いつか来る新世界で産まれる貴女に祝福を。




\パリィン/


今回のケリュドラについてはかなり作者の解釈が入ってます。
ただ、物語の外側でケリュドラから黄金の血は奪ったものだって聞いた時激しく横転しましたね。
ただ、同時に納得もしましたね。あの羽とかなんやねんって思ってたけど、壊滅の因子で変質した結果生えた可能性ありますよね。あと右肩から首あたりについてる紋章みたいなのも、あれ壊滅の烙印かぁって。
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