長夜月(偽) 作:四末説最後の一つは均衡ってマジ?
今回いつもの2倍近くあります。
光歴3960年、カイザー・ケリュドラは剣旗卿セイレンスの剣に討たれその命を落とした。何故そうなったのかは人々の話題の種となり、様々な憶測が噂として飛び交った。
「安心していいよ、ピンクの妖精ちゃん。偉大な皇帝が居なくなっても、今回の輪廻では前回の輪廻のように火追いを妨害する勢力はいない、もしくは少数だから……少なくとも内側にはね」
目に見えて反立していた勢力は、いずれオクヘイマから離れるだろう。ライコスの甘言に乗せられてか、或いは火追いに反対して。それら全ては目に見えた敵対勢力となる訳だが、前回のような内側に蔓延る寄生虫や蛆虫共は今回は湧かない。
「そうなの? でもカイニスや粛清者達は、むしろこの機会にこぞって声を挙げそうなものだけど」
「カイニスね、勿論いるよ。でも意外な事に、今回のカイニスはカイザーの忠臣だよ」
「へ? 意外ね、どうしてそうなったの? いや待って、確かカイニスは私達が来た時に丁度殺されてなかったかしら?」
よく覚えているものだ。それによく気付けたな。普通ならあんな片手間に処理された相手なんて覚えてないだろうに。
「粛清者の中に、カイニスの一番弟子が居たんだ。その彼はカイザーに鞍替えして、カイニスを殺して名前を継承した。粛清者のトップになった訳だから、その組織はもう彼のものだよね……それでカイザー軍の暗部として、反発する者達を手に掛けてきた」
表ではセイレンスが堂々と粛清し、裏では粛清者達が暗部として秘密裏に処理する。そうやって秩序を保ってきた訳だ。元々カイザーに反発するのは狂信者か腐ったゴミの二択、健全な組織を作る上で膿を出していたと言えるだろう。
「みんなが一つに纏まれれば壊滅にも抵抗出来そうなのに」
「でもそれは、洗脳か狂信の果てにあるものだよ。人間の集団として正しい姿とは言い難い」
勿論差し迫る脅威に対して一丸となる事の方が、正しく健全ではあるのだろう。しかし母数が増えればそれだけ考え方も増えるし、腹の中もそれぞれ違うだろう。だから性善説と性悪説という君主論が出てくるのだから。
とは言え、そうして腐った考えの奴もいたせいで救世主が全てを背負う羽目になったと考えれば、キュレネの言い分に頷きたくもなるが。
考え方の多様性を認めると言う事は、同時に壊滅を受け入れる勢力も認める事になる。壊滅に一つの星で纏まって抗いたいというその理想は、成し遂げる説得だけでどれだけの労力になる事か。
まぁオンパロスという特殊な星でなら、ケファレの神託として壊滅に抗うとすれば皆がこぞって抗うだろうが。実際に再創世を果たした先では、そうやって抗うのだし。
神を絶対とする考えの元でしか出来ない方法だ……アナクサゴラスみたいなの居なくて良かったね、再創世された世界に。
ともあれセイレンスがファジェイナを討伐した事で、創世の渦心への道は再び拓かれ、ケリュドラが法を継いだ事で最終協定の書き換えが可能となった。彼女がその命を賭して何を書き換えたのかは本来誰も知らないはずなのだが……どういう訳か本物の長夜月と対峙した時のキュレネは知っていた。
それはそれとして、ケリュドラは最終協定に一つ書き加える事以外にも、ヘルタとスクリューガムに一時的に権限を与えオンパロスへの介入をより可能とし、逆にライコスの権限を60%も凍結した。彼女が法の半神として成したその二つは、どちらもオンパロスがより良い未来へと辿り着く為には必要な事だった。
海洋の半神となったセイレンスは、半神としての務めを果たす為にスティコシアから移動が不可能となり、彼女の助けはあまり得られなくなってしまった。ただ、いずれ浪漫を継ぐアグライアが金糸と死んだ後に神性を遺したエンドモを使って、彼女との連絡は取り続けられる。
光歴3961年、荒笛が死んだ……という事に長夜月がした。記憶の潮の力で荒笛の痕跡を消し、荒笛は大地の半神の力で長夜月の痕跡を消す。荒笛は再創世の先に連れて行って貰えない動物達の為に自らを方舟として、その身に216万にも及ぶ動物達の命を背負った。巨大な大地獣とも呼べる彼と出会えたのなら、きっと脳内のアナクサゴラスがうるさいくらいに騒いだのだろう……そう考えると、会う機会が無くて本当に良かったと思う。
それ以降、キュレネはアグライアやトリスビアスを始めとして黄金裔達に救世主の辿った物語を、前回の輪廻での黄金裔達の戦いを語って聞かせた。それとは別に、歳月のルートを歩むキュレネはたまにオロニクスからの神託を聞くようで、アグライアが指導者となったオクヘイマで重要な立ち位置となっていた。
再創世をさせようと圧をかけるライコスであったが、現状権限を凍結されてしまい、出来る事は意外と少なくなっていた為、彼との争いが激化する事はなかった。時折カイザーに反発した勢力や、タイタン信仰をいまだに捨てない司祭達などを引き連れてオクヘイマへの侵攻を仕掛けるが、そこまで被害が出ない様子見程度で済んでいた。
しかし目下の脅威である事に違いなく、彼に抗わなければオンパロスの未来は壊滅に染まる。その為戦力増強の必要性に迫られ、浪漫のタイタンであるモネータが討伐された。そしてアグライアが火種を返還し、前回の輪廻と同様の頼れる指導者となった。
けれど、現状という物は続かない。
光歴4160年に、第二次オクヘイマ包囲戦が起こった。
「時の流れとは早いものです。救世主が不慮の災難に見舞われてから、もう200年が経つとは……」
「ライコスを止めるためにあたちたちは「法」「海洋」「浪漫」の三つの火種の返還までちたのに、それでも歯が立たなかった……荒笛は亡くなって、二人の天才からも音沙汰が無い。ケリュドラももう運命を最後まで歩みきっちゃったち……このままだと」
天才達が干渉出来ないように、ライコスも勿論手を打っていた。元より直接的に介入出来る訳では無いが、それでも相談が出来る天才と言うのは大きかった。
「ええ、オンパロスを「壊滅」の深淵へと突き落とす「再創世」は必ず訪れるでしょう」
「うん……やっぱり結末を書き換える鍵は「世負い」の火種にあるんだよね。二人の天才達が残してくれた指示通りに、なんとちてもそれを救世主に届けなくちゃ」
「しかし、どうすれば良いのでしょうか? 火種を隠す方法を見つけるだけでなく、ライコスの手が及ばぬよう十分な時間を稼ぐには……」
「それなら、キュレちゃんからいい知らせがあるよ。キュレちゃん、ゆうべまたあの夢を見たらちいの。でも今回はタイタンの声が今までよりもはっきり聞こえたんだって……「炎を未来へ託せ」って」
「それはオロニクスの神託ですか? なるほど。オロニクスは今回、人間と同じ側に立ち、同胞の火種を隠すことを選んだのですね……どうやらオンパロスの運命は、まだ終わりを迎える時では無いようです」
「うん。だって歴史は変わったんだもん。今回は人間もタイタンも、世界を守る為に全力で戦う覚悟が出来てるんだよ。もちかちたら気付かない内に、長い時を超えた受け渡ちが始まるのかもちれないね」
「話してるとこ邪魔して悪いけど、残念なお知らせだよ。ラードーン軍が迫ってて、その指導者の――リュクルゴスが、オクヘイマのすぐそこまで来てる」
裏切り者の黄金裔と、一般の兵士達。その混成部隊を口先で唆してライコスが攻めてきた。けれど、こちらには「浪漫」を継承し前回と同じように盲目になったアグライアと、既に「詭術」を継承したドロスの大英雄サフェルが居る。半神と凡百の黄金裔とではモノが違う。相手にカイザー軍の黄金裔がいれば話は変わっただろうが……言ってしまえば、相手はタイタン征伐の旅から逃げ出す程度の者達だった。
例えば、冬霖卿セネカ。彼女はヒアシンシアと同じく天空の末裔であり、吹雪を起こして立ち塞がる敵を凍らせる力を持った黄金裔だった。また、断鋒卿ラビエヌス。彼とセネカの二人は、クレムノスの王であるオーリパンと王妃であるゴルゴーの二人との決闘において互角に戦い続けた。戦闘民族クレムノスを纏めあげる王と王妃であるその二人は、当然戦闘力の面において優れている。ともすれば、クレムノス最後の王であるメデイモスにも引けを取らないだろう。
そんな彼等と比べれば、理由をこねてカイザーから離れていった者達が、一体どれ程強いと言うのだろうか。
実際このオクヘイマ包囲戦において、市民や黄金裔達に死傷者は出たもののオクヘイマ側の勝利で終わった。
ただ、敵の総大将とも言えるライコスに関しては半神達がその権能を使い尽くし、それでようやく退けた。権限が凍結されていようとも、彼の強さの本質は異質なものだ。ただそこに居るだけで圧をかける事の出来る存在を相手に、このままでは不味いと言う思いが黄金裔達の共通認識となっていた。
あれから50年は落ち着いた時が流れたが、光歴4210年になった時、事態は大きく動く事になる。第三次オクヘイマ包囲戦が始まった。
「雲石の天宮は廃墟と化し、大勢の凡人があなた達の無意味な抵抗のせいで命を落としました。これで私を拒む代償は、よくご理解いただけたはずです。さあ、質問にお答えください。ケファレの火種は、今どこにあるのですか?」
暗黒の潮の造物――恐らくは天空の民達の成れの果て――を引き連れて、再びライコスがオクヘイマへの侵攻を開始した。
「聖都を平地にすればそれを見付けられるとでも? 灰まみれになるだけですよ。お忘れですか? 法の制約により、あなたは預言の黄金裔を殺す事が出来ません」
そう言い返すのは、オクヘイマの指導者にして黄金裔達の現在のリーダーである「浪漫」の半神アグライア。彼女の強さとは、剣旗卿セイレンスから教わった剣の腕とモネータの金糸、カイザーから教えを受けた戦略眼。前回の輪廻でも人類最後の砦とまで表現出来る、まさに最高峰の戦力だった。
しかしその彼女は、現在両足を使い物に出来なくされ地面に座り込んだ状態だった。
「勿論、それを犯した事は一度もありません。ですから私は、オクヘイマの敬虔な市民に期待するしか無いのですよ。おふたりの悲鳴を聞きかねて、私に答えを差し出してくださるのをね。さて、これよりあなた達の胸を裂き、その熱き黄金の血で人々に洗礼を施しましょう。先に謝罪しておきます。では――盲目の「金織」殿、まずはあなたから」
躊躇無く手を下そうとするライコスの前に、一人の少女が立ち塞がる。エイジリアの聖女にして死を振り撒く納棺師キャストリス。彼女は鎌を手にしてアグライアを守ろうとしていた。
「ここは私にお任せください。アグライア様は早くお逃げを――」
「いいえ、聖女。残るべきは私の方です。この者の思い通りには決してさせません。浪漫はこれより約束を果たし、オンパロスの為に決して破られる事の無い堅固な衣を編みましょう……その衣の名こそ団結。キャストリス、逃げなさい。そして生き延びるのです。私の死をいまだに戦い続ける戦士たちに伝え、彼らと共にこれからも歩み続けてください……カイザーがその死で抗争の炬火を灯したように、私もまた自らの死をもってその炎が永遠に消えぬよう風よけとなりましょう。あなたはそれをしっかりと守り、未来へと届けなさい。私達の「救世主」の元へ」
未来へ繋ぐ命のバトン。自らを薪として救世の炎を燃やそうとする黄金裔達。なんと素晴らしく、そして救いが無いのだろうか。だからこそ、私も立ち上がろう。
「そうだよ、納棺ちゃん……ここは私に任せて、ね?」
「長夜月様……? いえ、何かお考えがあるのですね――アグライア様を、お願いします」
希望は繋がなければならない。キャストリスは死の半神となる為に失えない。なら、彼女を説得出来るだけの理由がいる。彼女にこの場を去れるだけの理由を与える。
この輪廻で、小さい姿の私はキュレネと共に様々な黄金裔達との交流を図ってきた。前回の輪廻では、どうせ裏切るのと未来が変わるのが怖いからという理由で距離を空けていたのに。
今もその考えは変わらない。だが、この救世主が来るまでにどう足掻いても全滅する世界なら、多少私が自由にした所で問題無いだろう。
せめて、命を尽くして戦い続けた者達に花束を。
「ほう、長夜月殿。裏切り者の黄金裔であるあなたが、今回は本当に黄金裔達の味方につくのですか」
今回の輪廻において、キュレネは黄金裔や市民達に前回の輪廻での話を語って聞かせた。それは記憶の共有を行えば、それはもう私達だけの記憶では無くなるからと言うのも勿論あるが、みんなに再創世の先へ希望を持たせる為なのだろう。でなければ、壊滅の危険性を説いてその道へ進ませないように出来ないからだ。
その聞かせた物語の中には、勿論私も入っていた。黄金裔に潜んだ暗黒の潮、裏切り者の黄金裔。そして最期には前の救世主によって討ち倒されたと。
小さく無害な存在となった今でも、私の事を正しく警戒してくれる存在は多かった。けれどどういう訳か、預言の黄金裔である半神三人とキャストリスとはそれなりの仲となった。
「味方? 冗談言わないでよ。私はいつだって私の思う通りにしか動いてないよ……今回は、たまたま彼女達の側に立ってるだけ」
英傑である彼等彼女等の味方になるだなんて烏滸がましい。肩を並べて戦うなんて以ての外。私なんぞの助力など無くとも、黄金裔達はみな自らの手で運命を切り拓く。
「なるほど、実に面白い言い分ですね長夜月殿……いえ、三月なのか殿。開拓を歩むあなたは、結局そちら側に立つ事を選ぶしかなかった。確かに黄金裔でないあなたなら、最終協定には含まれていないでしょう。ですが、まさか私から逃げるしか無かったあなたが「神礼の観衆」に抗えると?」
そもそもここでの敗北と、アグライアの死は必定だ。無論身命を賭して彼女の命を長引かせ、オクヘイマの市民や他の黄金裔達の希望を守る事も出来るだろう。だが、それは必須ではない。
ならば私はアグライアの命を天秤にかけ、その命を見捨てよう。
「ふふ……まぁ、無理だろうね。でも、記録する観客の居ない今ここで、敢えて宣言しようか。私、三月なのかは――例え壊滅にその存在を掻き消されたとしても、掲げる「開拓」の意志だけは変わらないと。アグライア達が、黄金裔が、オンパロスの人々が、望んだ明日へと辿り着ける為、その全てを捧げよう」
誰かの涙を明日の笑顔と変えるため、果てなき道を切り拓く。今この時だけは、偽りだらけの私も英雄の真似事をしよう。
「長夜月……ありがとうございます。今回は、共に戦ってくれるのですね」
第三次オクヘイマ包囲戦、ライコスが攻め込んだこの戦いはアグライアを含めた九万人の死者が出る。そして既に、もう七万人を超える死傷者が発生している。言い方は悪いが、私が扱えるリソースもそれだけある。
暗黒の潮を用いて、死者達の欠片を拾い集める。生まれてきた物は滅びるように、滅び去ったものは、蘇らなければならない。暗黒の潮が集めた情報の全てが変質し、再び偽物の長夜月の外殻を作り上げる。
「共に戦う? 違うね、これは利害の一致って言うんだよ……それと、私のモノを勝手に使わないでよね」
ライコスの従える造物達の支配権を奪い去る。元より暗黒の潮とは私なのだから、それで作られた物も全て私の物だ。
奪い取った造物達を侵食して作り変える。簒奪した数は三、そして作り変えたアグライア用のラフトラも三体だ。
「足が使えないんでしょ? なら、これを使いなよ」
アグライアの足を治すには、私の場合暗黒の潮で変質させるか侵食の力で書き換えるしかない。だが前者はアグライアへの負担が読めないので却下、そして後者は見せる訳にはいかないので不可能だ。
ならば、アグライアの手足であり戦力となる人形を与えてやればいい。
「ふむ、せっかく壊した人形が再び作られてしまいましたか……ですが三月なのか殿、あなたは暗黒の潮への支配権を持っているかもしれませんが、私はこのオンパロス全ての支配権を持っているのですよ」
「カイザーに権限を凍結された癖に、良くでかい口を叩けるね?」
「ええ、多少の痛手ではありましたが、ですがそれだけです」
ライコスが手を振れば、彼の横に再び造物達が現れる。管理者権限として召喚したのか、或いは何処かの輪廻で確保していたのか。オクヘイマを攻められるだけの勢力を持っていたのだ、その数はきっと膨大だろう。
断言しよう、この場での結末は数の暴力ですり潰される私達だ。
だから? それがどうした?
英雄ならば、その程度踏み越えてみせろ。
「行くよ、金織ちゃん」
「ふふ……ええ、行きましょうか」
アグライアが金糸で操るラフトラが踊る様に戦場を舞い踊り、次々に現れる暗黒の潮の造物達を屠っていく。その人形の戦う姿は、まるで一つ一つが海を泳ぎながら戦うセイレンスのようだった。
私の与えたラフトラの全てを戦いに回したアグライアの守りは当然皆無、ラフトラの攻撃が届く範囲に居ない造物達はこぞってアグライアへと攻撃を仕掛けるが、それを長夜月の操る海月が防ぎ、逆にその触手で貫いて殺す。更に、アグライアが金糸を操る事に集中出来るように海月の一匹を乗り物として、彼女の位置を常に変えさせる。
造物程度の有象無象だけならば、この調子でいくらでも戦えただろう。しかしリュクルゴス、ザンダーの分体である彼は破格だ。権限が凍結されていたとしても出来る事は多岐に渡る。
既にライコスへの有効的な攻撃は、アグライアが何度も与えている。そして逆に、ライコス自身による攻撃でアグライアも何度も命を落としている。しかし最終協定による縛りで、ライコスと黄金裔はお互いに命を奪えない。よって、致命的なダメージは受けた後で無かったことになる。
これが、カスライナに何度首を斬り落とされても、平然とその後で現れていた絡繰だ。
だがこれは、ライコスにとっては何の意味も無くても、アグライアからすればそうでは無い。何度も自分が死ぬ体験と、その時の苦痛。それらは決して消えること無く積み重なっていく。恐らくは、こうして黄金裔の抵抗力を削いでいって無抵抗、或いは極めて抵抗力が落ちた所で造物や敵対する存在を用いて命を奪うのだろう。
ふふ、と笑いながらライコスが手を向ければ、私の周りに暗黒の潮のようなモノが現れる。一見すれば無意味な行動にも見えるが、これが非常に厄介だ。かつて救世主を神話の外側へと拉致したのと同じ、言うなればオンパロス内部からの追放だ。輪廻と輪廻の狭間のエリュシオンに居た時に、星ちゃんと一緒に神話の外側へ送られた事のある私は、当然それが出来るように紐付けられているだろう。
例え神話の外側へ飛ばされてしまおうが、私の本体がこちら側にある以上出力された肉体を失うだけで済む。しかしそれをされてしまえば、リソースを大きく失うし戻ってくるまでアグライアが無防備となる。抵抗の力が弱いアグライア一人の状態となってしまえば、辿る未来は想像が容易い。
とは言え、このままいけば必敗。ただ私のリソースが大きく減らされて、アグライアは規定通りの結末を迎えるだろう。ならば、私がすべき事はライコスを抑える事だ。
「星が壊れる様を見るといい」
劣化版エデンの星を使用し、重力でライコスを封じようと試みる。しかし、今回の輪廻ではファイノンの憎悪が壊滅を常に焼いている。ただでさえ完全復活とはいかない状況で、更に力を制限されるとあっては、ライコスの動きを鈍らせる程度の効果しか見込めなかった。
「ふふ、気付いていますか? 三月なのか殿。現状私を止めるには、最終協定に含まれていないあなたが私を害する必要がある。しかし、あなたの行動は如何にアグライア殿に攻撃の機会を与えるかになっている……それでは、私を止めることは出来ませんよ」
本来のアグライアであれば、自らも縦横無尽に舞い踊りながら人形と共に戦い、有象無象共を瞬く間に斬り伏せる事が出来る。しかし現状、自らが動けず消耗もしている彼女では、暗黒の潮の造物を倒し切るのにも時間がかかり、更には後続が次々と現れる状態だ。
そして私は当然一般黄金裔に及ぶか及ばないか程度の戦力しか持たず、頼みの綱である暗黒の潮や模倣武器はその効力を半減させられている。
まさに絶望的と言えるだろう。
「で、だから?」
その程度で止まる人間が、英雄を騙れるものかよ。借りようじゃないか、本当の英雄の威光を。
アグライアを襲う造物の数体の支配権を奪い、それらを書き換える。自らが悪と定めた全てを焼く烈日の光をそれに集約し爆弾と化す。
自らに蓄えた、自身の天敵とも言える力で海月と変化した造物達は数瞬にも満たずに蒸発するだろう。だが、それで十分だ。指向性を与え解放すれば、いずれファイノンが行う烈日ビームの劣化版の完成だ。
「ほう、カスライナの力を利用したのですか。どうやら三月なのか殿には、私の行った隠蔽が意味をなさなかったようですね」
「つくづく、嫌になるね」
よく分からないバリアで防がれてしまった。だが逆に言えば、防ぐ必要のあったと言う事だ。アナクサゴラスの意識をキュレネの方に置いてこなければ、彼に解析を頼んで突破出来たかもしれないが……たらればは不要だ。
「しかし、いいのですか? 私ばかりにかかりきりになって。こうしている間にも、金織殿は追い込まれていますよ」
数秒にも満たない間に、アグライアへ与えたラフトラが二体破壊されていた。彼女の扱える矛は残り一つであり、同時に本人の疲労も顕著となっていた。
不味い、そう思った時には遅かった。アグライアへ意識を割かれた一瞬に、ライコスの次の手は打たれていた。
「くそっ」
相手を書き換える、管理者としての力。動きを封じたり不利を与える程度ならばそれこそ苦もなく行えるのだろう。私の下半身が石化したかのように動かせなくなっていた。
海月を前方への防御に回そうにも、それより速くルナビスタイプの造物の突進が突き刺さり、瓦礫へと弾き飛ばされる。
「いいや、まだ」
自分へのダメージは防げない。下半身を動かすには作り直す必要がある。なら、アグライアへの活路を作り出す。防御に回そうとした海月を利用して、再び劣化版烈日ビームをライコス目掛けて放てば、彼は再び何らかの手段で防御した。
だが、防御に回ったな?
私の身体が瓦礫にぶつかる瞬間、アグライアと視線が重なる。報いる一矢は、この時にしかない。
激しい激痛が背中から駆け抜ける。当然それらは意志力で捩じ伏せるが、瓦礫からあがった粉塵が視界を埋め尽くす。口から血反吐を吐きそうな気分になるがそれを堪え、すぐさま下半身を書き換え地面を踏み締めて前へと駆け出す。
粉塵を抜ける、視界が晴れる。アグライアが逆襲へ向かった一秒後の光景は、彼女の腹部をライコスの腕が貫いていたものだった。
「いいアシストだよ、本当に」
周辺全てを利用して、今までより巨大な烈日ビームを作り出す。それが向かう先にはライコスとアグライア――だが、ファイノンの焼きたい全てに彼の仲間達は含まれない。焼くのは、ライコスと暗黒の潮の造物だけだ。
激しい閃光が通り抜ける。全ての音を置き去りにして通り道の全ての敵を焼き尽くす烈光が、遥か遠くの山肌に突き刺さった。
「まさか、金織殿ごと撃ってくるとは思いませんでしたよ。思い切りが良いのですね」
「予想はしてたけど……この場合、守るまでも無かったって事かな」
腹を貫かれ、黄金の血を吐くアグライアとは対照的に、何の痛痒も見せないライコスがいつも通りの姿で立っていた。
どうやら先に撃った二発で、攻撃の性質を解析されたらしい。
「残念な事に、その攻撃は黄金裔によるものと判定されました。つまり、最終協定に含まれているのです」
余裕そうなライコスだが、その背後から迫るラフトラには……当然気付いていた。彼に攻撃を加える寸前に、何かの力で内側から破裂する。
「あなた方の抵抗は、これでおしまいです。徒労を重ねて満足しましたか?」
「そうだね、おしまいだよ……この戦いはね」
砕けたラフトラの持っていた剣が、独りでに向きを変え――そしてライコスの背中へと突き刺さる。それと同時にアグライアの腹から腕が抜かれ、彼女の身体が投げ出される。その明らかな致命傷は、最終協定に反する為に消える。
「そのラフトラを作ったのは私、元となったのは暗黒の潮、そしてその剣を操ったのも私……油断したね?」
「なるほど、最初から人形の支配権を手放してはいなかった、という事ですか。ですが油断はお互い様では無いですか?」
自らの姿を隠していた造物の、腕と一体化した刃がアグライアの胸を貫通していた。それは明らかな致命傷であり、ライコスの手によって付けられた傷では無かった。
「ですが、お見事と言っておきましょう。金織殿、そして三月なのか殿。あなた方は見事「神礼の観衆」に抗い、そして退けてみせたのです」
恭しく礼をして、オクヘイマを襲っていた元凶であるライコスは居なくなった。しかし、戦いの音は未だ消えない。彼が引き連れた暗黒の潮の造物は、今も尚オクヘイマの市民達を襲っているのだろう。
だがそれよりも、私にはやる事がある。
「長夜月……リュクルゴスは退けられたのですね」
アグライアが浪漫の半神となる代わりに失った視力、それを補う為の金糸であり、彼女は金糸で世界を視ていた。しかしその金糸は、今やピクリとも動いていなかった。
「そうだよ、アグライア。あなたの死力を尽くした抵抗が、本来ここで死ぬ筈だった多くの命を守ったの」
「ふふ……前回の輪廻で、あなたは私達を裏切った存在だと聞いていましたが、こうしてわざわざ傍に居てくれるのをみるに、信じるに値しませんね」
彼女の胸から流れ出る黄金の血はみるみるうちに広がっていき、輝く池となっていた。
「事実だよ。何せ私は、最初から黄金裔じゃなかったから……暗黒の潮とオンパロスは、どう足掻いても敵対関係にある」
「恐らく前回の私は、その事実を聞かされた時……とてもショックを受けていたのでは無いですか?」
「……どうだったかな」
あの時、大剣を振り上げ迫ってくるファイノンの対処をするのに手一杯で、それぞれの表情なんて見ていなかった。或いは、敢えて見ていなかったのかもしれない。
「私がいつまでも彼等の盾となり、リュクルゴスの侵攻を止められるとは思っていませんでした。そしてあなたが駆けつけるまで、私の最期は酷いものになるのだと……そう思っていました。ですが、蓋を開けてみれば穏やかな最期を迎えられた」
「死にゆく者に、せめてもの安息を。私達は皆、死にゆく者に何が出来るのかを問われているからね……私は、尊敬すべき英雄達の最期は、せめて安息に包まれているべきだと思ったから」
黄金裔達だけじゃない、このオンパロスに生きる人々の多くは苛烈な人生を送っている。聖都で守られているだけの人間はどうでもいいが、それ以外の人間は争いと戦いから逃げられず、死力を尽くして生きていた。なら、せめて最期くらいは安らかに笑って逝けるべきだろう?
暗黒の潮も三月なのかも長夜月も関係ない、ただの私の考え方で価値観だ。前回トリアンを看取ったのもそう。母親を求めるだけの幼子となっていた彼女の最期が、誰も居ない場所で一人逝くだなんて、あんまりじゃないか。例え死後記憶の残響となって言葉を交わせるのだとしても、死ぬ瞬間とは怖くて寒いものなのだから。
「ありがとうございます、長夜月。今回の私は、きっと今までの輪廻の中で一番幸せな最期でしょう……誰かに看取られ、セファリアと離れ離れにならずに済んだ」
きっと、火種を奪い始めたばかりのカスライナなら、何か言葉をかけていたのだろう。だとしても、ほぼ全ての輪廻でセファリアは彼女の元を離れていた筈だ。
「汝は最後のバニオを、眩い黄金の中で浴びることになるだろう……見える? アグライア。暖かな黄金の中で、あなたは眠る様に逝けるよ」
劣化版欺瞞の権能で、果たして彼女にこの嘘を信じさせられるだろうか?
「……私の神性を込めたエンドモを遺します。どうかこれらを活用し……いつか、救世主が戻る……その時まで……」
生命の灯火が消えるその瞬間、まるでしがみついていた魂が離れてしまった様に、アグライアの身体から力が抜けた。オクヘイマに張り巡らされていた金糸の全てが粒子となって、空へと消えていった。
「おやすみ、アグライア。良い夢を」
\パリィン/
侵入変数
三月なのか:長夜月を名乗り活動を続けた「記憶」の行人。壊滅の方程式の影響を受け「壊滅」の行人となり、暗黒の潮として振る舞うがその行いは全て開拓の為のもの。33550337回目のループで開拓者の記憶を元に自らを再構築した。
注釈:ふふ、こんな感じでどうかな?