長夜月(偽)   作:四末説最後の一つは均衡ってマジ?

20 / 37
感想、誤字報告いつもありがとうございます。

本当は銃火器量産して「行くぞお前ら!俺達がクレムノス火器時代だ!」って叫びながらニカドリーに突撃させたかった……でも、クレムノス人まともに書けるのモーディスとケラウトルスくらいで無理だった……。

おかしいな……ニカドリー戦だけで120話くらい話盛るつもりだったのに……ニカドリー、お前宿儺になれ。


夜明け前に迎える崩落

 光歴4253年、アグライアが命を落とした第三次オクヘイマ包囲戦から43年後。あれから何度もライコスが攻めてきた。その度に黄金裔と戦士達は死力を尽くして防衛を行ってきたが、その度に死傷者は増えていき、まるで真綿で首を絞められるようだ。

 

「マジで……行っちゃったの?」

 

「キャスちゃんは覚悟を決めたんだよ。あたちたちもそれに応えなくっちゃ」

 

「でもさ、どうせ死ぬのを待つだけなら、オクヘイマにいたって変わらなくない? わざわざスティコシアなんかに行く必要ある? あたしは遷都なんか反対だよ。オクヘイマにはケファレの加護だってあるし、あんな死の都市よりずっと安全じゃん」

 

「キャスちゃんの計画には遷都なんて言葉、一文字だって出てこないよ?」

 

「はぁ?」

 

「フェルちゃんの言う通り、オクヘイマは人類の大切な避難所だから、あたちたちも最初からみんなをスティコシアに移そうなんて思ってないよ……救世主を迎えるための最後の切り札は、キャスちゃんとあたち、それにセイレンスちゃんの三人だけで十分」

 

「は? 何それ? 半神三人の命を犠牲にしてまで、いったい何をするつもりなの?」

 

「救世主が戻ってきた時に、ちゃんと安全に再創世の場所まで辿り着けるよう、先回りちて道を作っておくの。スティコシアは「死」と「海洋」が交わる都市国家だから。海洋と門と道の権能を上手く組み合わせれば、創世の渦心までの海流を作り出すことが出来る。そちて死の半神は、救世主の帰りを待ちながら、ずっとその秘密の道を見守り続ける――そこまでがキャスちゃんの描いた計画なの」

 

「……でも、ライコスの奴が創世の渦心を狙ってる」

 

「だからこそだよ。あたちたちは救世主のために道を確保ちなくちゃいけない」

 

「流石はエイジリアの督戦の聖女ってことか。思ってたよりずっと度胸あるじゃん」

 

「それからね、フェルちゃんには急いでクレムノスに行ってきてほちいの。どんな方法でも構わないから、必ず紛争と同盟を結んできて。預言の王位継承者が生まれたみたい。その子がオクヘイマの新ちい守護者になって、あたちたちがいなくなった後も、この土地を守ってくれるはずだから」

 

「それについては、心配無いって言うか……実はさっきまでクレムノスに行ってたんだよね。で、報せより一足先に帰ってきたんだけど」

 

「トリビー、何かがオクヘイマに向かって飛んできています。すごく、すごく速いです――うわっ!」

 

「ど、どうちたの?」

 

「ほ、矛が……」

 

「クレムノスからだよ。そいつらの王が来てくれたんだ」

 

 王子メデイモスと、クレムノスの王であるオーリパン、王妃ゴルゴーが率いるクレムノス軍がオクヘイマに参戦。ライコスとの戦いはいよいよもって総力戦じみてきた。

 そしてキャストリスはスティコシアへ向かい、私は彼女が半神となる為の手伝いを行った。無事にボリュクスから火種を取り戻したキャストリスからそれを預かり、冥界に固定され移動が出来なくなった彼女の代わりに創世の渦心での返還を行った。

 その後に、既に神悟の樹庭の七賢人となっていたアナクサゴラスと接触し、私の頭に住まわせていた彼を、今回の輪廻の彼へと同期させた。

 

「私のやるべき事は理解しています。長夜月、くれぐれも安易な行動に走らないように」

 

 おかしいな、重ねた年齢だけで見れば私の方が遥かに上なのに、どうしてこうも手のかかる子供みたいな目で見られるのだろうか。

 いやまぁ、理由は分かっているけれど。

 ともあれ、かれこれ数百年は頭の中で同居していた人物と別れを告げた。これでもう、心の内を誰にも吐露する事は出来ないだろう。

 

 救世主のもたらす再創世の為に、誰もが命を燃やして炎を次代へと託す。ただ今を生きる為に戦うのではなく、オンパロスの結末をより良きものとする為に。その理想を語って聞かせるキュレネに、今のところ思い描いている明確なビジョンが無いにも拘わらず。

 希望と言う炎を絶やさぬ為に、誰もが薪として自ら飛び込んでいった。

 

 

 

 

 そこから31年が経ち、光歴4284年。納棺師であるキャストリスが半神となってオクヘイマの守護から離れてしまい、精強なるクレムノス軍が加わったとは言え戦力が厳しい事には変わらなかった。触れるだけで対象を死に至らしめる彼女の力は強く、基本的には誰にも止められない鬼札ですらあった。

 いや、この場合彼等クレムノス軍すらも対処が可能なライコスが凄かったと言うべきか。

 ともあれ、このままではただすり潰されてしまうという現状を解決する為に、黄金裔と選抜されたクレムノス人達で狂気に染まっていたニカドリーの討伐を行った。

 彼等の神に、神の掲げる紛争を見せつける戦いだ。けれど前回の輪廻と同じく擬似的な不死不滅となっているニカドリーを討伐する為に、オロニクスの神跡を扱えるキュレネとそれに同行する形でメデイモスが記憶の迷宮へと向かった。やがて完全体となったニカドリーとの全面戦争に発展し、紛争をこの世界に刻み込む壮絶な戦いの最中メデイモスを庇う形で、彼の両親であるオーリパンとゴルゴーが命を落とした。

 

 今回の輪廻においては不完全な不死を持っていないメデイモスだったが、それでも多くの犠牲の上にニカドリーの火種を勝ち取った。

 今回は前回とは逆に、私が不死不滅を活かして最前線でタンク役となり、決定打をメデイモスに打たせる形で戦っていた。じわじわと常にスリップダメージを受け続ける私は、能力の全てが半減している状態だった為、その役目を果たせたとは言い難かったが、結果としてメデイモスは紛争の試練を突破し半神となった。

 

 しかし、紛争の半神が新たにオクヘイマの防衛に加わったとしても、状況が好転する事は無く、メデイモスは遂に決心をした。

 

「で、でも……絶対痛いぞ!」

 

「確かに、これから果てしない苦痛に耐え続ける事になるだろう。だが、それで膝をつくことなど決してない。お前達も万路の門を抜け、崖から飛び降りた時、同じ覚悟だった筈だ」

 

「うう……何も言い返せない……」

 

「それに現状、これがオクヘイマに残された唯一の道でもある。俺の言う通りにしてくれ……この魂を五つに引き裂き、不滅の肉体を作る。そして俺は紛争の矛を高く掲げ、世界が滅びるその瞬間まで戦い抜こう!」

 

 崇高な戦士としての決意を掲げるメデイモスとは対照的に、トリアンは悲しそうな表情を見せる。

 

「そう悲しむことは無い、トリスビアス。俺たちは今、かつてないほど預言に示された明日へと近付いているのだからな。この輪廻において、クレムノスの一族は偽りの導きに惑わされていない。その運命に刻まれた血の汚れも既に洗い流された。オンパロスにはもはや、紛争の神は必要ない。だからこそ俺は旧法を破り、天罰の矛を再び世界を守るための武器として掲げるのだ。その為にはお前達の力が必要になる」

 

「……わかった」

 

「それと、もう一つ頼みがあるんだが。神悟の樹庭の七賢人が戦いに加わるため、オクヘイマへ向かっている。その中に、アナクサゴラスという名の学者がいてな……奴は並外れた見識と、死すらも恐れぬ覚悟を持つ。裂魂の儀を行うと決断したのは俺だが、そもそもの発端は奴の助言があったからだ。その知略は必ずやオンパロスを存続させる大いなる力となるだろう――奴を気にかけてやってくれ。そして俺の代わりに、この消えぬ炎を次へと届けるのだ」

 

 メデイモスの覚悟を受けて、トリアンは儀式の為の準備に取り掛かった。そこには神悟の樹庭にいるアナクサゴラスを呼び寄せる事も含まれていた。

 その為、百界門を開いてトリアンが彼を迎えに行った後で、メデイモスは私に話しかけてきた。

 

「長夜月、これから俺は最前線でリュクルゴスの率いる敵の群れと戦い続ける事になるだろう。だから今のうちに言っておく……今までの防衛戦、そしてニカドリーとの戦い、今までのお前の献身に感謝する。そしてどうか、俺の最期の願いを聞いてくれ」

 

 真摯な彼の瞳に、私は頷いて答える。彼の姿を見れば、私は感謝される程の事はしていない、とは言えなかった。

 

「確かに受け取ったよ、その感謝。その願いにも、出来るだけ応えるよ」

 

 ふっ、とメデイモスの表情が緩む。

 

「紛争の化身として、天罰の矛として、俺は戦い抜くと誓った。だがそこに絶対は無い……俺の背後にある全てを守ってくれ。そして俺が倒れた後の事を任せる」

 

「心に刻むよ」

 

 話は終わったと背を向けるメデイモスに、今度はこちらから話しかける。

 

「汝はいずれ、背に傷を受けて死ぬだろう」

 

「俺の受けた神託か。今までのメデイモスもそうやって死んで行ったんだろう。聞いた限りでは、そこを突くことだけが、俺の不死を突破する手段だったようだからな」

 

「そうだね、でもこんな神託クソ喰らえだと思わない?」

 

「はっ、そもそも神託なぞどうでもいい。俺は最後まで、俺として戦い抜くだけだ」

 

「だろうね……だから、私からあなたに神託を送ってあげるよ」

 

「ほう? 聞かせてくれ」

 

 背中を見せていたメデイモスは、期待を孕んだ目で振り向いた。

 

「汝は崇高な戦士として、戦場にて壮絶な最期を遂げるだろう……どう?」

 

「ふっ、悪くない。ならばせめて、そうあれるように戦うまでだ」

 

 私とメデイモスの会話はそれが最後だった。彼はトリスビアス、アナクサゴラスと共にその魂を勇気、栄光、忍耐、犠牲、理性の五つに分け、それぞれを血の結晶に封じた。裂魂の儀を経て、メデイモスは完全なる不滅となった。

 

 これを破るには、黄金裔達が今まで行ったように歳月の力を用いて分けられた魂を一つに戻さねばならない。そしてその方法は、ライコスには不可能だ。

 

 人々は神王であるメデイモスの為、十日に及ぶ盛大な葬儀を行った。

 

 しかし時が経ち、ライコスの凍結されていた権限が復活。メデイモスの低規格データの消去により彼の紛争は幕を閉じた。

 それでも、偉大なる紛争の主は二百年に渡る平和をもたらした。

 

 

 

 紛争の半神の沈黙と共に、オクヘイマに残っていた人々は未だ残る人類側のタイタン――オロニクスのいるヤヌサポリスへと避難した。

 ライコスは未だにオクヘイマが最後の砦であると勘違いをしたまま、襲撃を繰り返していた。

 メデイモスが裂魂の儀を執り行ってから十一年経った頃、トリスビアス最後の分け身が抜け殻となり、医師であるヒアシンシアと動けない半神のヘレクトラを除けば人類側の戦力は私を含め三人となっていた。

 

「「理性」と「詭術」……まさか、私達二人で最後の罠を仕掛ける事になるとは」

 

「あの鉄面皮を捕まえるにはあんたの手品が必要だからね。これが最後のチャンスなんだし、今更文句を言うのはナシだよ」

 

「そうは言っても事は容易ではありません。ライコスは、オクヘイマがこの五十年間ずっと無人だったと知ったばかりです。間違いなく激昂しているはず。今なら何をしでかしてもおかしくありません」

 

「はっ、だからそこを突くんでしょ! 怒りは人を盲目にする。天才だろうがなんだろうが関係ない。あいつが議院の奥まで入ってきて、あたしと睨み合ってる隙に……あんたが錬金術をぽんって発動させて、閉じ込めちゃえば万事解決! でしょ?」

 

「あなたがどうやって気付かれること無く「救世主」を装うのかはさておき……人間が描いた錬成陣で神にも比肩する存在を閉じ込めるなど、まったく夢物語も甚だしいですよ」

 

「あれ、もしかしてビビってんの? それとも「詭術」の半神の力が信じられない? あれこれ御託はいいからさ、教えてよ――出来るの? 出来ないの?」

 

「――ふん、無論出来ますとも。それも赤子の手を捻るかのように。ですが、私からも二つ条件を追加させてもらいます。これが最後の一戦、やるからには一切抜かりなく、徹底的にやりたいのです」

 

「ほほう、何かな?」

 

「一つ目は、計画の実行場所を半神議院ではなく、創世の渦心に変更すること。あそこの方が救世主が現れる場所として筋が通っています。それに、世界から隔絶された渦心ほど、人を閉じ込める牢獄に相応しい場所も無いでしょう」

 

「でもそんな事したらさ、救世主が帰ってきた時にライコスとかち合っちゃわない?」

 

「救世主とライコスの戦いはそもそも避けられません。私達に出来るのは、彼女の勝算を少しでも高めてあげることくらいでしょう。二つ目の追加条件は、まさにその為のものになります……知っての通り、渦心はもともとファジェイナのものです。そして、今この世界に僅かに残る生存者の中に、ちょうど「海洋」の半神がいます。この計画をセイレンスに伝え、彼女にも戦局に加わるように要請して下さい。私はあらかじめ自身を賢者の石へと錬成し、術式に組み込んでおきますので……セイレンスにはこう伝えるのです――時が来たら賢者の石を砕き、その粉塵を渦心の海に撒くように、と」

 

「……はは。樹庭の坊や、道理でみんなあんたの事を狂人って言うわけだ。納得したよ」

 

「これでも私は「理性」の半神です。隠遁した天才を罠にかけるとなれば些か頭を悩ませますが、のこのこやって来た一人のアンティキシラ人であれば話は別――彼を苦しめる方法くらい、いくらでも思い付きますよ……先程述べた例は、そのうちの一つに過ぎません」

 

「それで、あんたの術式って一体どんな効果があるの?」

 

「ふっ……それは当日のお楽しみです。今ここで劇の最高潮を明かしては無粋というものでしょう。さて、そろそろヒアンシーが天空の一族の儀式を終える頃合いですね。あの神礼の観衆が私と同じく劇を嗜むのなら、私達の演目で存分に楽しませて差し上げましょう――救世主が如何にして「再創世」を成し遂げるかについては、私達の気にする所ではありません」

 

 光歴4534年、それが人々の知る最後の戦となった。理性と詭術は約束を果たし、自らの命を代償にライコスを創世の渦心に封じた……これにより、救世主が来るまでの時間が稼げたと、誰もが思った。

 

 だが黎明のミハニはとうにその光を失い、カスライナの壊滅の炎は時と共にその勢いを失っていく。本来オンパロスを襲うエスカトン――暗黒の潮の脅威がやって来た。

 

 人々を守る盾となれるのは、私と天空の半神となったヒアシンシアだけだった。そして、セファリアの死は同時に彼女の吐いた嘘が解ける合図でもあった。

 

 

 

 ヒアシンシアとの会話を終えたキュレネと、改めて向かい合う。この輪廻に来てから574年、前回の輪廻の半分くらいまで漕ぎ着けた。

 

「長夜月、今までごめんなさい。私はあなたの事、ずっと疑っていたわ」

 

「ふふ、急にどうしたの? ピンクの妖精さん。疑うも何も、私は生まれも存在も敵性勢力……極めて正常な対応だと思うけど」

 

「ええ、あなたは暗黒の潮から生まれた存在で、壊滅に属する者。正直、受け継ごうとしていた記憶にいつか手を出されるんじゃないかって思ってたわ」

 

 確かに、私は本物の長夜月の憎悪を継いでいる。彼女は記憶を――正確には、三月なのかに刻まれた無漏浄子という因果を憎んでいる。故に忘却の力で記憶を殺す……私も、記憶を壊滅させたいと思わずにはいられない時があった。

 

 だが、この六百年足らずに紡がれてきた黄金裔達の物語は、星ちゃんに語って聞かせるべきものだ。彼等の戦いを、燃やした生命の輝きを、知らずに救世なんてさせたくはない。

 

 世を背負う者なのだから、このオンパロスの全てを背負って貰わなければならないのだ。

 

「残念ながら、私は壊滅の行人でしかないからね。それにカスライナの憎悪が暗黒の潮の全てを許さない。弱ってるただの行人が、記憶の使令に敵うはずないでしょ?」

 

 ふふ、と微笑んでキュレネは歩き出す。傘を差して黎明のミハニを見上げる私の横へと並ぶ。

 

「違うでしょ? 今ならあなたの言っていた意味が分かるわ。これは火を追う十三人の英傑達の物語……あなたは、黄金裔達の生きた軌跡を物語として大切にしている。だから、それを汚したくなかった……違うかしら?」

 

 前屈みになって首を傾げる可愛いポーズしてるけどさ……大事なとこ見えそうですよ?

 

「言葉を濁させてもらおうかな。少なくとも三月なのかとして、開拓の為に戦ったつもりだよ……なんて、今ならライコスの監視は届かないし、嘘を言う必要も無いね」

 

 ライコスの躯体は創世の渦心に囚われている。そして賢者の石として自らを錬成したアナクサゴラスは、術式でライコスを捕まえる際にデータ生命体として彼の頭に侵入した。

 オンパロス内部で動くライコスと、神話の外側で劇を眺めているライコスは同一の意識を共有している。ゆえに、オンパロス内部にいるライコスが見聞きした情報しか彼は知り得ない。

 創世の渦心の外へ意識を飛ばし、会話や見聞きする事も出来るようだが……それも何処まで出来るのか。どうやらこの輪廻では、警戒していたライコスの別躯体とかも無さそうなので、いよいよ口から出まかせだけを言う必要は無いかもしれない。

 

 とは言えど、いよいよ計画の詰めの段階だとしても油断をしていい理由にはならない。念の為侵食の力で外部からの監視を遮断、仮にキュレネが記憶を残そうとしていても虫食いになる程度には妨害をしておく。

 

「本音を言えば、その通り。私は預言の黄金裔達……彼等の生きて戦った軌跡を愛してる。その輝きに胸を打たれて、虜になってるといっていい。だからこそ、彼等の物語を歪める様な事はしたくない」

 

「あら、あなたも彼等の物語の一部じゃないのかしら?」

 

「まさか、私の事も語って聞かせようって? それはやめて欲しいかな」

 

 記憶に残る必要は無い。記録に残されるつもりも無い。私という存在は、オンパロスという物語が正しく未来へ辿り着く為のマクガフィン。もし記されるのなら、打ち倒されるべき敵としてだ。

 

「33550336回目の輪廻の記録に、黄金裔の中に潜んでいた最悪な敵……そうしてなら残されても良いけど、33550337回目の輪廻で黄金裔達と肩を並べて戦った、なんて記録は残さないで欲しいね」

 

「どうしてかしら? 彼等はみんな、最後にはあなたを信頼して頼っていたじゃない。思いを、胸に宿った火を、託せるからこそ彼等は笑って逝けたんだと思うわ」

 

 まだヒアシンシアは生きてるよ、なんて言いづらいな。なら直接会って話をすればいいじゃない、と話の流れを持っていかれてしまう。

 

「なら、それは名前の無い誰かで良いんだよ。物語で言うところの端役、或いは描写もされないような多数の中の一人。私はそれでいいし、それがいい」

 

 英雄とはその時その場に居た人がそう呼ばれるのだと、いつかキュレネは言っていた。けれど、私の考えは違う。

 英雄とは、その生き様で人々を魅せた人物を、誰かが目撃しているから呼ばれるのだ。誰も知らない英雄は、物語としては陰の英雄と呼ばれたりもするが、結局は記録として残っているからのもの。

 

「本音を言えば、私の痕跡は何一つとして残したくは無い。そして出来た空白を、この地に生きて戦い抜いた誰かにして欲しい」

 

「どうしてそこまで、自分を残したくないの?」

 

「オンパロスに生きる全ての人々と、同列に語れる程私は大した存在じゃないからだよ」

 

 この地で確かに生きていた人々の、それぞれに膨大な物語があった。例え嫌われているカイニスであろうとも、千年間引き継いできた憎悪と、黄金裔達に良い顔はさせないと引きずり下ろそうとするドラマが存在した。

 

 じゃあ、私には?

 

 私は自らを長夜月、そして三月なのかのスケープゴートと定義した。本物の長夜月が暗躍し、準備を整える期間を稼ぐ為のデコイである。その後の猶予に気付いたから、役割を果たしながら布石を打ってきただけ。

 

 元より自分に価値など必要ないし、褒め称えるのなら私の計画が成就した後にして欲しい。

 紡がれた物語に記録される様々な出来事に、わざわざ書き記す価値のあるものは無いだろう。

 

「まぁ、でも……結局は、書き手が何を残したいかによるか。好きにしなよ、私はもう何も言わない」

 

 英傑と呼ばれた火追者は、ただ火を追って走り続けるだけだ。そして私もそうありたいと願い、自らを捧げて役割を完遂しようと邁進した。その軌跡を、書き記す価値があるのか判断するのは結局のところ第三者だ。

 

「ええ。それじゃあ上手い具合に書かせて貰うわね」

 

 黎明のミハニはその光を失い、暗黒の潮は活性化した。けれどカスライナの意志は未だ絶えず、私の支配が及ぶ範囲では活動を抑えている。

 けど、その平穏も長くは続かないだろう。

 

「行きなよ、エリュシア。黄金裔達の繋いだ生命の炎を救世主に託しに」

 

「……ええ、後の事は頼むわね」

 

 キュレネは儀礼剣に記憶の力を込めて残し、ヤヌサポリスへと向かった。歳月の川に、みんなから託された「世負い」の火種――長夜月によって偽装された「歳月」の火種――を流しに。

 

 後は本物の長夜月から開拓者へと託されて、四百年の後に戻ってくるだけだ。

 

 もう、時間を稼ぐ必要は無い。暗黒の潮の造物を抑えつつ、出来る限りの人間を生かし続けるだけだ。

 

 そうして戦い続け、光歴4602年。守るべき人はついに居なくなった。残された半神は二人、暗黒の潮の化身が一人。自らを記憶の残響と騙したキュレネ。オンパロスに残ってるのは、その四人だけとなった。

 

 守るべき存在を失ったヒアシンシアは絶望し、天空要塞に座標が固定化された。セイレンスは自らの正気を保たせる為にアグライアの遺したエンドモと会話を続けていたが、それもついに消え……彼女は夢の中に浸る。

 

 すべき事を失った。

 

 私も、ヘレクトラの歌を聞いて眠る事にしよう――




書きながら精神が崩壊スターレイルして行きましたね今回。

いやぁ、きっつ……めちゃくちゃ沈んだわ精神が。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。