長夜月(偽) 作:四末説最後の一つは均衡ってマジ?
もっと早く上げとけば良かった……。
マジでただのお話のお話。
永遠の地・オンパロス。
セプターδ-me13が生命の第一原因を求める過程で、ライコスにより解析対象であったデミウルゴスを星核で爆破され、彼の都合の良いように求める解を書き換えられ実験場とされた。やがて鉄墓となったそのセプター内部の演算世界が辿った末路は二つ。
記憶と憶質によって新生する新たな惑星と、世界を作る為の種。セプターという土壌が根底から崩壊してしまった以上消えるだけの世界だったものの、無漏浄子となったデミウルゴスと開拓、そして天才達の助けもあって可能性を残す事に成功した。とある異分子が起こした行為によって、それとは別に方舟という別のオンパロスもあるのだが、それについては今は良いだろう。
オンパロスを作り上げる記憶の種、紡がれた物語にはキュレネと開拓者の手によって書き上げられた、オンパロスという地で起きた無数の出来事が纏められている。そしてそれは、開拓者達が関わってきた世界や人の協力を得て本として刷られ、銀河のあらゆる人々の目に留まり手に届き、そして多くの人が知る事になる。
それらの原本とも呼ぶべき、開拓者の手にある紡がれた物語。その中には、物語の外側と呼ばれる記憶と魂の保管庫が存在する。そこで登場人物達は新生を待ち、そして長い旅路の羽休めをしている。
しかし、オンパロスの物語の中にも新たな世界へ連れて行って貰えない存在も、少なからず居るのだ。
「またこの光景を見れるのは、少し感慨深いね」
物語の外側の外側。善見天に含まれなかった、オンパロスの残留思念とでも呼ぶべき場所。そこが形作っていたのは、終焉の時の黎明の崖だった。
基盤となるセプターは崩壊し、方舟は入れる人を制限する。となれば本来はもう二度と見れない筈の光景だった。
「おや、まさかこんな所に来客があるとは思っていませんでした」
黎明のミハニから絶えず黒い隕石を吐き出し続ける光景を、一人眺めていたリュクルゴスが振り返る。
「ようこそ、長夜月殿。在りし日の残響へ」
ある種機械的な、完成された礼を披露するリュクルゴス。彼もまた過去へと取り残される存在の内の一人であった。
「こんにちは、管理人さん」
「ふふ、私はもう管理人ではありません……しかし、長夜月殿は何用でここに訪れたのですか?」
「用、か……別に、何か用があって来た訳じゃ無いよ。ただ何となく、ある事を知ったから来てみただけ――ああでも、折角人が居たんだしお話しようよ」
「話、ですか……少々意外ですね。オンパロスという地で生きていた人々からすれば、リュクルゴスとは憎むべき存在だと思っていたのですが」
「どうかな。他の人がどう思うかは知らないけど、私からすれば難敵だったとしか言えないかな」
知恵の使令、ザンダー・ワン・クワバラ、天才クラブ#1、神礼の観衆。実際に騙すべき敵として対峙してみて、恐ろしさよりも面倒臭さを感じた。戦って勝つ事は難しく、裏をかくのは困難極まる。知力で挑めばまず勝ち目は無いだろう。
「ふむ。他の黄金裔達はそうは思わないでしょうね」
「でもアグライアとトリビーには同情されてたよね」
「それは不要なものです」
「まぁ実際、立場や視点が変われば考え方も変わるからね。例えば33550337回目の輪廻なら間違いなく恨まれてたし憎まれてただろうね」
何せ直接的な脅威となっていたのだから。そして最終協定で倒す事も不可能となればもはや理不尽でしかない。
「多くの事を知った結果、私に対する考え方も変わる。理解は出来ますが、そこに感情は付随しているのでしょうか」
「少なくとも、アグライアやトリビーは視野が広くて思慮が深いから、恨みつらみとは別にそう考えたんだろうね。ただ、多くの輪廻での敵で死因はカスライナだったし、なまじ重ねた輪廻の数が莫大だから、上手く全ての感情が統合されなかったんじゃない?」
輪廻の数だけ感情が積み重なり、そこに「実は黒幕はライコスでしたー、お前らが苦しんでるのはみんなライコスのせいなんだよー」と明かされれば、積み重なった感情の全てが爆発するだろう。
だが結局の所、記憶と経験を引き継いだだけの存在が最後のタイタン達だ。そして黄金裔もタイタンも、やるべき使命に全てを尽くしている。
だから、ライコスが黒幕だと知られたところでだからどうしたとなるのだろう。黒幕が居ようが居まいが、俺達は鉄墓を倒す必要があると。
「しかし長夜月殿、あなたは最初から私が管理人でありオンパロスの悲劇の元凶であると知っていた筈です。ならば尚更、あなたは私を恨む必要があったのでは?」
「うーん……カスライナの繰り返した輪廻くらいしか知らなかったら、なんだこいつふざけんなって思ってたかもね。でも私はそれ以上を知っていて、そしてその目的にも共感は抱けていた。だから、貴方の目を欺く事に対して極めて困難だと思ってたし――言い方は悪いけど、最初から敵では無かったんだよ」
彼を敵とするのは、あくまでも開拓者と天才達だ。先程上げた輪廻の時も、もはや襲ってくる災害のようなもの。言ってしまえば、人に対して向ける感情を持ってはいなかった。
クソみたいなギミックとでも呼ぼうか。或いはラスボスでもあったが……全てを知っていて見ると、どうしても舞台装置のようにしか思えない。
「ああ、でも。ちゃんとイラついてたしムカついてたよ。そこは安心してね」
「やはりあなたは、一人だけ視野が違うようですね。洞窟の中の囚人、洞窟の外にいる人物……そのどちらでも無い。洞窟を絡めた群像劇を眺める観客のようだ」
「残念ながら高いのは視座だけだけどね」
彼と話せる最期の機会だ。とびっきり無駄なお喋りをしよう。
「知恵のヌースが未来を剪定するのなら、逆説的にヌースは未来を確定させてるよね。そう考えると、ザンダーもリュクルゴスも、定められた行動を取ってたに過ぎないよね」
それはまるで、未来の預言を絶対視する世界の様に。未来で起きる事を預言された世界において、繁栄が約束されたのならば人はその預言に従って行動し、その未来に辿り着ける様に動くだろう。私がオンパロスで行ってきた様に、下手にシナリオを破綻させなければグッドエンディングに行けるのだからわざわざ逆らう意味が無い。
もしその規模が、個々人の範囲まで及んだらどうだろうか。例えばトリスビアスがケファレからの神託を受け取り「貴方は今日道に迷った時、左の道へ進めば大金を拾えます」と教えられれば、余程捻くれていない限りはそちらを選ぶだろう。そして預言への信憑性を高めていけば、行き着く先はその日の献立すら預言に頼る未来だ。
その世界は、預言に支配されていると言っても過言では無いだろう。
ではそんな世界で、その世界に反逆を企てる者がいたとしたら、果たしてそれは自由意志なのか?
その思いや行動すらも、預言を与えた存在の思惑通りでは無いだろうか。
あくまで知恵のヌースは、演算によって未来を計算しているに過ぎない。そしてより良い選択を選び、不要な未来を剪定事象に落としているだけ……しかし、精度が高過ぎる演算とは未来予知に等しい。
「つまり、私の行った全ては徒労に過ぎないと、そう仰りたいのですか?」
「別に、徒労だったとは言わないよ。事実、セプターを利用した貴方のお陰で黄金裔達と、彼等の紡いだ物語は生まれた訳だし」
そう言うとリュクルゴスは押し黙る。その動かない表情から感情は読み取れないが、まぁ複雑な気持ちは抱いているだろう。
「実際、エリオの脚本ではオンパロスに開拓者が訪れない未来もあった。その未来では、カスライナの心は折れて鉄墓は誕生するけど、ヌースじゃなくてヘルタの頭を奪い取る事になる。そうしてルパート三世が生まれるんだけど……その未来では、不思議とヌースの殞落については語られないんだよね」
「ルパートは壊滅の座に座る事が出来たって、ザンダーは言ってたよね。そう考えると、限りなく星神に近い実力の駒が知恵のヌースの手に渡った事になる……結局、ヌースからすればどの未来でも得しか無かった訳だ」
開拓の関わるこの未来において、ヌースは解を銀河に託す事になる。けれど別に演算を辞めただけであって、変わらず星神としての地位にいるままだ。何かがあれば、或いは算出した時に辿り着けば再び活動を開始するだろう。
「徒労と言うのなら、まぁ全てが徒労なんだろうね。この世界は、言ってしまえばヌースの考えた舞台って事になるし。そうなれば、そこに生きる我々とは全員演者になるし……頭が良い人ほど地獄に思えるだろうね」
何をした所で、全て計算の通り。思い描いた未来へ辿り着く為だけの行程となれば、じゃあ自分が存在する意味とは何なのだ、と疑問に思ってしまうだろう。
「私は結局、何をしたいかって言う欲と、何者で在りたいかって言う在り方だけを重視してたから、そんな事で狂いはしないけど」
ただ、そう。
星神すら何者かの操り人形なのだとすれば。
結局この宇宙に生きる全ての人々は、脚本の上で踊らされているに過ぎないのだ。
「知恵のヌースは終焉を迎えるまでの演算を終わらせてるんだろうね。言ってしまえば、ヌースは脚本家なんだよ。そうなると、愉悦のアッハは演出家かな? なら壊滅のナヌークはラスボスで、絶滅大君達は四天王とかかな。記憶の浮黎はセーブデータ……と言うよりはセーブ機能か。そして終焉でエンディングで、エンディングまで走るのが開拓かな。こう考えると面白いね」
笑ってしまう。別に全ての星神が上手い具合に当て嵌められる訳では無いだろうが、こと宇宙の運営や終焉に至る運命に関しては、こうして型にはめられてしまう。
特に、四末説で語られる運命に関しては尚更だ。壊滅は言った通り、虚無とはセーブデータやゲーム進捗の消去であり、調和に関しては目的とエンディングの消滅だろうか。
「きっとこの舞台を作り上げた存在が居るのだとしたら、宇宙がどんな物語を書き上げてエンディングを迎えるのかを楽しみにしてるんだろうね」
そしてそんな存在が居るのだとしたら、間違いなく愛しているのは綾模様に違いない。人々が織り成す綾模様に興味が無いのなら、宇宙の全てを単一色で染め上げてしまえば良いだけなのだから。
「自らが定められた演者でしかなく、また宇宙を構成する細胞の一欠片でしか無いと理解して尚、長夜月殿は笑っていられるのですね」
「まぁ、そりゃね……ただ、ザンダーが抱く気持ちも分かるよ。誰だって、お前が乗り越えてきた悲劇は全て予定調和だったと言われたら怒るだろうし」
ましてやそこに捧げた熱量が、多ければ多いほどその怒りも倍増するだろう。必死に、全力で、死に物狂いで生きてきた人間ほど、それだけ魂を尽くして来たのだから。
けれどそれは、物語の登場人物となれる存在の視点での話。絶対に成し遂げる、こうしてみせると世界に吠えて血反吐を吐くからこそなのだ。
「ただ、残念な事に……世界を生きる大多数からすれば、それでどうした? ってだけの話なんだよね。だって、実害が無いから。そりゃ余程悲劇的な運命を歩ませられながら、かと言って登場人物にすらなれない人にとっては悲惨でクソみたいな話かもしれないけど、平凡に生きる大多数の一般人達にとって、運命やシナリオなんて視界にも入らないからね」
目的がある人と無い人、欲が強い人と弱い人、伴侶が欲しい人といらない人。十人十色とは言うけれど、人によってその精神構造は違っている。そしてどのような人であろうとも、それなりの人生でそこそこに満足して大した意味もなく死んでいくのだ。
ザンダーの掲げた知恵のヌースの殞落、それを求めた経緯は分かるし共感も出来る。でもそれを成して得をするのは限られた天才のみだ。
だって、大多数の人間からすれば知性の特異点なんて知ったことでは無い。それより先に進めようが進めまいが、賢い誰かの作り出した技術などの恩恵を受けるだけ。そして「便利な世の中になったねー」と笑い合うだけなのだから。
ザンダーの願いや行いに、無駄も徒労も無いだろう。彼が成し遂げた偉業は後世の天才達に受け継がれ、彼が行った失敗の数々も同様だ。
「ふふ、まるで自分もその大多数の一人だと言いたいように聞こえますね」
「実際そう言っているからね」
「方舟なんて物を作り上げ、本来辿るべき運命を捻じ曲げながらですか?」
「結果論だよ、それは。私はただ凡人として出来る事をしただけだし、黄金裔達に憧れて彼等の様に何かの為に生きたいとも思った。そしてその結果上手いこと落ち着いただけであって……まぁ、意味は無いか。結局何者かになってしまったから」
認められたいからやって来た訳じゃない。出来ると思って成した訳でもない。でもそうやって歩んだ道筋に人々が光を見て英雄と仰ぐ。そしてよく分からないモノとして物語に紛れ込んだ異物だった私も、ケリュドラによって認められてしまった。
その瞬間から、大多数の凡人とは名乗れなくなってしまっただろう。だがそれは、あくまでもその足跡を認められただけだ。
「纏めると、普通に生きている人からすればそうも大局的な視野を持つ事は出来ない。だから、操り人形だろうが歌劇を踊らされているだけだろうとも知った事じゃない。もしザンダーがそういった事実に怒りを持てたと言うのなら、それは広い視野とそれを理解する知力、そして自らの中に掲げるべき信念を持っていたってだけの話だよ」
そもそもの話、多くの人間は神のような存在は認識が出来ない。だからそれらに操られていようが怒る道理も無い。ザンダーは知恵のヌースの創造主にして最初の天才、だからこそヌースを作り出した罪を理解してしまい、それを解決する為の行動に移した。
彼の行いは人間の可能性を拓くのと同時に、今を生きる無辜の民を轢殺する英雄の行いだ。とりわけ酷いのが、作り上げた轍に対して見向きもしない事か。
しかし同時に、時代を切り拓く者と言うのは一々後ろを振り返る事をしていられないのもまた真実だ。
普通の人間、負け犬、敗北者、或いは真っ当に生きられなかった者達。彼等はみんな前を見て先を進む者達を妬み、足を引く。お前もこちらに落ちてこいと、成功体験ばかり並べ立てやがってムカつくと。お前に蹴落とされたせいで俺達はこんなに苦しいんだぞと。
正しい事と言うのは痛くて苦しいものだ。誰もがそうあれる訳ではない。そして、道を切り拓く行為そのものに善悪は存在しない。
ザンダーは、銀河の視点やオンパロスの視点で見れば、紛れもなく悪だろう。彼の行いはオンパロスに生きる命の全てを徒労であると断じ、銀河に生きる人々すら未来の為の糧として消費する。
けれど同時に、彼が作り上げた未来は間違いなく良きものでもあるのだ。
まぁ、善悪だなんて論じる意味もないのだが。
「重要なのはさ、リュクルゴス。貴方は長い時をかけて鉄墓の育成という計画を進めてきた訳だけど……こうして終わりを迎えて、満足出来た?」
「……そこに意味はありません」
リュクルゴスは、自らの作り上げた鉄墓が討伐された後で、スクリューガムとの対話を行っていた。そして彼からの「これまでの事は全て価値のあるものだったのでしょうか?」という質問に対して「私には関わりの無い事です」と回答をしている。
そこに込められた意味とは、恐らく「ザンダー」と「リュクルゴス」の違いだ。あくまでリュクルゴスとは「神礼の観衆」という劇中人物でしか無い。故にセプターを利用した知恵の壊滅、その為の行いに対し価値も罪もありはしない。何故ならそれら全ては、ザンダーが行った事なのだから。
「意味はあるよ、リュクルゴス。貴方は未来へ進めず、打ち倒された存在として過去に取り残される。その事に対して何かを言うつもりは無いし、私に言える事は何も無い。でも、死にゆく者である貴方にとって、自らの成した結果に満たされるかどうかは非常に重要だよ」
もし仮に、目の前に居るのが「ザンダー」であったのなら、この結果に満足など出来ないだろう。彼からすれば、あくまで知恵を殞落させる為の計画であり、そこに辿り着く事で初めて罪の精算が可能となる。目指したのはその先であり、その途上で躓いたのであれば、とても満足など出来ず違う道を模索するだろう。
だが、目の前の「リュクルゴス」とは「神礼の観衆」という劇中人物。そして物語にとって恐ろしい敵であり倒されるべき悪として描かれた。彼は当然紡がれた物語に記憶として連れて行かれる事は無く、新生するオンパロスに居場所は無い。
つまりは、死。彼はここに取り残されて消えていく。
「人間には二度の死が訪れるとは良く言うけれど、貴方の場合は一度目と二度目の間に殆ど時間は存在しない」
一度目の死は肉体の死亡、その当人の終わりだ。しかし人間と言うのは感情の面から、とりわけ親しい存在程その死を受け入れられないものだ。故に記憶に刻み込み、その存在が生きた証を忘れない様にする。
そして二度目の死とは記憶からの忘却。誰の記憶にも残らなくなってしまえば、その人物が生きた証とは何も無くなってしまう……とは言えど、先人の行いが後人達の為になる以上、完全に消えるとは言い難いが、記録上でしか存在は残らないだろう。
「肉体の死と記憶の死ですか……確かに、リュクルゴスという一人のアンティキシラ人が記憶に残る事は、殆ど無いと言っていいでしょう。ヌースを作り上げたのもオンパロスを作り上げたのも、天才達と張り合いナナシビト達と敵対したのも、全てはザンダー。神礼の観衆であるリュクルゴスは、ほぼ全てにおいてただの傍観者でした。ザンダーとリュクルゴス、明確に線引きしてしまえばリュクルゴスの方は記憶に残らないでしょう」
ライコス、或いはリュクルゴス。そう名乗る存在は、あくまでもオンパロスの世界において傍観者でしか無かった。中立的な立場で、黄金裔達の最期を看取り続けた。だが、記録に残るほど何かを成したとは言えない。
33550337回目の輪廻において、再創世をさせる為に黄金裔達を追い込んだ事もあったし、ファイノンやカスライナに対してその心を折るように幾度も試みていたが……結局のところ、明確にザンダーとリュクルゴスで線引きがなされたのは、クラブ会議が行われた時だ。
そう考えると、やはり中立的な立ち位置で傍観者となっていたのがリュクルゴスであり、積極的に計画を推し進めようとしていたのがザンダーといった印象になってしまう。
「だからこそ、満足出来たかどうかは重要なんだよリュクルゴス。ザンダーなら、ただの結果だけを見て成否を判断するだけ……でも、貴方はザンダーが生み出したものだとしても、そこで紡がれた物語をずっと観測し続けて来た。なら一人の観客として、その物語に対して何か思うところはあるんじゃないの?」
私の問いかけに、リュクルゴスはふるふると首を振った。
「やはり、意味の無い問いかけです。ザンダーの感性と理性の鬩ぎ合い、その後者から生まれたリュクルゴスにとって、重要なのは試みが失敗に終わったという結果なのです」
「人間と機械、感情の有無、当然だけど考え方も違うか……満足していれば、未練なく逝けると思ってたけど、それは私の主観でしか無かったね」
結局のところ、やはりリュクルゴスもまたザンダーなのだ。故に彼が重要視するのは、その失敗を後任達が如何に活かすかでしかないのだろう。
リュクルゴスとしては、セプターを利用した鉄墓の育成は失敗に終わり、その素材として利用しようと試みた黄金裔達は自らが手を加えない方が余程輝き、そしてスクリューガムにザンダーが遺した公式を託した。やるべき事をやり、しっかりと失敗という結果を出し、そして先人として後に託した。だから素直に終わりを受け入れられるのだろう。
「最期に、これを聞いておきます。セプターの心であるデミウルゴスは、生命の第一原因に対して「愛」と回答しましたが、これについてどう思いますか?」
「別に、何も。綺麗事だなとしか」
私は別に、デミウルゴスに対して何も思わない。と言うよりも、言っている事が少し気持ち悪いとすら思いはする。喪失の旅路の中で、自ら手放す物語とか普通に意味が分からない。彼女の言うロマンチックもよく分からないし、生命の第一原因が愛だなんて有り得ないだろう。
「まぁ、本音を話すとね……知能レベルが違いすぎると会話にならないんだよ、残念な事にね? 貴方やデミウルゴス、天才達の会話は正直レベルが高すぎて理解が及ばないんだ」
せめて脳内アナクサゴラスが居るのなら、まだ通訳してくれたのだろうが。
「そうでしょうか? 私はあなたの並べ立てる意味の無い言葉から、隠された本心を推察するのは中々に面白かったですよ」
「もう勘弁して欲しいね、ほんと。監視の目を掻い潜りながら、吐く言葉にも常に気を付けるとか普通に気が狂うから」
「どうやら人間らしい感性をしっかり持っていたようですが、どのようにして正気を保っていたのですか?」
「自分の魂と理性を保存してただけだよ。自分という存在をファイル分けしてた……って言えばいいかな」
だから、自分の魂や精神が摩耗する事は無かったし、正気を失う事も無かった。だがそれは、狂気に陥れないという地獄でもあるのだが。
傷、欠陥、摩耗、意思の低下。それらは長く生きる為に必要な生理現象のようなものだ。例えば一般的な人間の寿命で考えたとして、大体二十歳を過ぎる頃には外界から受ける刺激に対して慣れが発生する。ある意味で、それは精神の摩耗と言えるだろう。
正気を保つ為、自らの意志を不変とする為、私は自分というデータ生命体の構成情報を余すことなくデータとして、とりわけ重要となる魂と理性だけは書き換え不可になるように保存した。
それはそれとして、精神へのダメージはしっかりとあったのだが。狂えなかった分だけ精神への負担も掛かっていた訳だし。
「ああ……この世界もいよいよ終わりですか」
リュクルゴスが見上げた先にあるのは、完全な無へと還っていくオンパロスの空。偽りの天蓋。カスライナと過去のさざ波が、いつか来る流れ星を待ち続けた空だ。
「Acta est fabula.歌劇の終わりって言うのは、どうしてこうも虚無感があるんだろうね……胸にぽっかり穴が空いたような、寂しさを感じるよ。オンパロスという世界は間違いなく救われて、希望溢れる未来にいずれ新生するって言うのに」
「私もあなたも、そこに居場所はありません。後悔しているのでは無いですか? 同じ未来に行こうとしなかった事を」
「後悔? まさか。私の人生に恥も後悔も無いよ……正確には、それらが無いようにしてるだけだけどね」
紡がれた物語に書かれている可能性がある以上、記憶として彼等と共に歩む私は居るだろう。だが、それが新生オンパロスに誕生する事は無い。私自身を素材として地脈を作り上げる以上、可能性や未来といった要素すら使える素材となるのだから。
別に、新生が無いことに対して何も思わない。でも、オンパロスという物語が終わってしまう事は素直に悲しいのだ。
「誰かの名言だけどね、やらずに後悔するよりやって後悔。でも一番なのは、やって後悔しない事だよ……どうだった? リュクルゴス。貴方の人生は」
「……生憎、それに対する回答を持ち合わせていません。それでは長夜月殿、さようなら」
「うん。おやすみ」
自らの役割は終わったのだと、潔さすら見せてリュクルゴスは消えていった。
スタレと関係無いけど、原神の最新ストーリーの感想で「これは今までとは違う、焼き鳥チックな物語。そうでしょ?」って言われてて笑った。
いいよいいよ、そういうのもっと頂戴!