長夜月(偽) 作:四末説最後の一つは均衡ってマジ?
ちなみに偽夜月は難しそうな事を言って煙に巻いてるだけです。
クレムノス、という都市を知っているだろうか。まぁ、ぶっちゃけてしまえばオンパロスを知っててクレムノスを知らない奴はいないだろう。
そこは戦士の国である。戦場での死こそを栄光とする彼等は恐れと退く事を知らず、屈強なる戦士達が栄光を求めて突撃してくる様は敵対者に恐怖を植え付ける。
彼等の栄光は留まる事を知らず、常勝にして不敗。生物として格上とも言える山の民すら下してみせ、オンパロス最後の砦とも評せるオクヘイマとすら渡り合った。
強靭、屈強、不屈。彼等の辞書には恐怖も敗北も無く、暗黒期のオンパロスにおいて聖都を護る盾として多くの栄光をこの星に刻み込んだ。
とは言えだ。大体のプレイヤー達はクレムノスの住民には大した思い入れが無いだろう。何故ならば、クレムノスには最後の王となった黄金裔がいたからだ。
「天罰の矛」メデイモス。紛争の半神となる黄金裔にして、救世主ファイノンの戦友だ。粗暴で粗野な第一印象に反して、開拓者の戯言にも真面目に取り合い、どこ出身の子供であろうともしっかりと向き合う人格者。半神となってからも一人暗黒の潮と戦い続け、一年の安息を作り出した。
語ろうと思えばいくらでも語れるが、下手に彼の事を話し始めれば数時間は語れる可能性があるのでこの程度に留めておくが、モーディスは登場する度に株を上げる男として有名だった。元から高評価なのにも関わらずだ。
そんな男がいるせいでクレムノス自体は印象が薄く、しかしそんな男がいるせいで誰もがクレムノス最高と声を上げた。
話が逸れたので修正するが、その栄光の国クレムノスは、紛争のタイタンニカドリーのテリトリーである。ちょっと上手いこと言えたかもしれない。
とは言え別に、ニカドリーは常にクレムノスに居座っているという訳では無く――
「……うるさ」
――殺戮の荒野に一人立つ。
何処かの都市へ攻め入る途中だったのだろう。多くの眷属を引き連れたニカドリーだったが、私と私が引き連れてきた暗黒の潮によって、その眷属全てを失っていた。しかもただ失うだけではなく、侵食された眷属達は暗黒の潮の造物として作り替えられ、かつての主へと矛を向けた。
しかし、対するは「紛争」だ。元眷属であろうが終末現象だろうが、そのタイタンに痛痒一つ与える事は叶わず、勝利の咆哮を轟かせていた。
矮小な存在、敵対者、或いは世界そのものを畏怖させる存在感と咆哮に、暗黒の潮ですら退けられてしまう。
「流石だね、ニカドリー。大分侵食されて、もう理性なんて残ってないハズなのに……それでも初期衝動だけは覚えてるって事なのかな?」
この世界を支えるタイタン達、住民達の信仰の対象となる神話の神々は、元は前世の黄金裔だ。明かされている情報では、ケファレとなったケイオス、タナトスとなったボリュシア、サーシスとなったカリュプソー、そしてニカドリーとなったゴーナウス。ケイオスに関してはナヌークの一瞥を受ける原因となった個体と関係あるのでは? という考察もあったりしたが、あまり関係無いので今はいいだろう。
前期の黄金裔達も今期の黄金裔達と同じ様に、エスカトンに対応する為の再創世を行った。つまりその願い、原動力とは滅びに抗うという一点であり、紛争を担うゴーナウスは戦いを求め、戦いを誉れとし、他の黄金裔達を守る為の一番槍であったはず。
守るものがもう何も無くとも、彼は滅びに抗う為に槍を振るうのだ。
だからこそ、完全に狂気に堕とさねばならない。
「――――!!」
「ごめんね、タイタンの言葉は聞き取れないんだ。意味のある言葉を言ってるのかすら分からない」
傘を差す。雨が降る。退いていた潮を満ちさせて、ニカドリーを飲み込む荒波とする。
「夜時間は、目を閉じていなくちゃね」
だから塞ごう。一切の光が入らないように。
潮が高波となり、ニカドリーを覆い尽くす。意志を持つ液体のようにうねるデータのバグ群は強固な鳥籠となり、中にいる全てを壊滅させる。
けれど、相手は紛争の半神、天罰の矛。都市国家一つを消し飛ばせる力を持つタイタンは、自らの敵対者を力技で粉砕する。ニカドリーを覆っていた暗黒の潮の全てが打ち払われた。
「まぁ、分かってはいたけど。私程度じゃ勝てる筈も無いね」
紛争の余波で粉砕した大地の塊を「侵食」の力で海月へと作り替え、ニカドリーへと突撃させる。ニカドリーが虫でも払う様に潰そうとする前に自爆させるが、仰け反らせる程度の効果しか見込めない。
これが最大火力なんだけど、決定打にはなり得ないか。
けれど動きを止める事に成功すれば、再度潮で飲み込む事は可能となる。
「その正気を犯し尽くす」
ニカドリーの狂気が不完全で、いつまでもエスカトンに対する最強の矛で最大の盾であり続けられては困るのだ。これから数百年、開拓が訪れるまでの何処かで完全な狂気に染めねばならず、この段階なら早すぎる事は無い。
いずれ、かもしれないでは困るのだ。
直接的な侵食は、再創世のプロセスや火種に影響が出る可能性があるから、暗黒の潮で理性を削る必要がある。だから、何度でもけしかけよう。
「――――ッ!!!!!」
断末魔のような咆哮が天地を揺るがす。災厄の三タイタンとして悪しきものとして多くに見られ続けた存在が放つ、魂の叫びだった。何度暗黒の潮に取り付かれようが、何度足を止められようが、それでも穢しきれない意志の輝きがそこにあった。
「嘘でしょ……」
分割された魂でさえこの力。暗黒の潮に対抗する為、エスカトンに抗う為、仲間達の再創世を守る為、そうやって戦い続けて来た存在の底力。これこそが英傑と呼ばれる存在か。
真正面から戦わないように、常に離れて潮を操作する形での戦いではあるが、ほんの少しのミスで死ぬという確信がある。冷や汗が頬を伝い、背筋に冷たいものが這う。
「――――」
如何なる穢れも寄せ付けない清廉潔白なる白騎士が、天高く槍を掲げる。可視化されたエネルギーが槍に集い、熱量だけで周辺の大地が蒸発し始める。暗黒の潮も、その操り手も、一切合切を消し飛ばすつもりだろう。
逃げ場は無く、逃げるには遅過ぎる。もはやこれより周辺一帯は絶命必至の地獄界。出来る事はただ一つ、乞い願う事のみ。
もはや勝負はこれまで。呆気ない決着だ。オンパロスを襲う暗黒の潮は払われ、また少しだけの安息の時間が訪れるだろう――
「……ごめんね、間に合っちゃったみたい」
――ニカドリーの理性が、完全に狂気に堕ちなければ。
集まっていたエネルギーは雲散霧消し、掲げられた槍は地に落ちた。荘厳さを放っていたタイタンの神性は、もはや血生臭い修羅の怖気へと変貌した。
「どうして雨を降らせたのか、分からなかったみたいだね?」
或いは、それらを考えるだけの知性は失われていたか。もはやただ敵を求め、敵を滅ぼすだけの鬼神となった存在は、目の前の無害な現象には目もくれず、元々標的としていた都市国家へと足を進めた。
「暗黒の潮は現象で、それは実際の津波と言うよりも癌細胞が正常な細胞を壊す様なもの。壊された細胞は癌細胞に成り果てて、また別の細胞を壊してしまう。だから、目に見える波だけが暗黒の潮じゃ無いんだよ」
姿形なぞ重要では無い。暗黒の潮だなんて名前でも、隕石や風だって構わないのだ。視覚的な分かりやすさを求めて、デフォルトでは液体のように見えているだけ。
ニカドリーが何をしようとも、雨は降り続けていた。武器を振り回したり咆哮を上げればその都度飛ばされてはいたが、それでも着実にニカドリーへと影響を与えていた。
目的は戦って勝つ事ではなく、未だ保たれていた正気を犯し尽くす事のみ。正直な話、何か必殺技みたいな真似をし始めた時は死を覚悟したが、結果的に助かったので良し。
これで状況は整っただろうか。あと数百年待てば、救世主が訪れる。そこからは急転直下、流れに乗って進むだけ。
本物の長夜月と三月なのかの存在を、隠し続けられれば私の勝ちだ。
「オンパロスはずっと夜時間。でも太陽が昇って黎明は訪れる。そうしたらようやく、目を開けられるの」
だから、ゴーナウス。貴方の紛争は何一つとして無駄では無かったのだ。元より今のニカドリーには、ゴーナウスの魂の核と呼べるものすら宿ってない。
狂気のニカドリーは暗黒の潮と同様に、黄金裔達に再創世の必要性と危機感を教えるだろう。私達は等しく世界にかける圧そのものだ。
役割に準じ、未来へ希望を託す為に在る。
新しい命が芽吹いたら、その種は死んでいなければならない。
今を生き、未来を切り拓く者達の為に、私達の命は使われるのだから。
♭
「……興味深い。暗黒の潮とはただの終末現象、ただのプログラムでしかない。けれど化身として現れた彼女は、確かにそれを操ってみせた。つまりそれは、セプターにアクセス権を許されているという事であり、彼女が暗黒の潮に命令を与える立場であると認識されている証明となる」
神話の外側と呼ばれる空間にて、始まりの天才の九つの分見の内の一つは、数字の羅列を前にただ事実の確認をしていた。
元々、オンパロスに侵入をした異分子を特定し、排除しようと思っていた彼の前に現れた不具合。けれど、その個体の目的意識は極めて軽薄であり、システム通りに活動しようとする。データ世界の住人よりも余程プログラムらしいものだった。
即時的な脅威ではなく、潜在的なソレも計算では極めて軽微。警戒は解かず不審な行動を取るか監視するに留めていた。
セプターは他の黄金裔と同じ様に長夜月のデータも纏めていたので、ライコスはそれを閲覧し彼女の情報を理解しようとしたのだが、結果は芳しくなかった。
「壊滅、律者、終焉の繭、神の鍵、崩壊、融合戦士、エリシア、五大罪人、極悪騎、エーテルアンカー、出雲、虚無、愉悦、アビス、ポルカ・カカムとザンダーが出来てたってマジ? 信じてるからな焼き鳥、許さんぞ焼き鳥、やっぱ信じてるからな焼き鳥……」
そこにあったのは、意味の無い単語の羅列のみ。何の繋がりも無さそうな、或いは何かしらの繋がりがあるかもしれない、そんな単語がひたすらに並んでいるだけ。
そこから考えられるのは、三月なのかという少女が壊滅の方程式の影響に汚染された事によって、個人を構成する情報が壊されたのだろうという推論だ。
興味深い単語が確認されたものの、もはやそれを修復して確認する事は不可能に近く、長夜月を名乗る存在は個人の構成情報が壊された事によって、壊滅の方程式を成す為の駒と成り果てた。
極小確率ではあるが、ライコスやセプターを警戒し自らの情報を書き換えていたのではないか、という懸念もあったので監視を続けていたが、彼女の行いは実験に影響を及ぼすものではなく、今までの輪廻と同様の進行状況を保たせていた。
とは言え、既に開拓という異分子がオンパロスへと落ちてきて、その穴を利用してガーデンの手先が続々と侵入を企てている。その全てが徒労に終わっている現状だが、不測の事態が起きる可能性は否定出来なかった。
「不測の事態が起こるならば、カスライナの徒労を終わらせてくれれば良いのですが」
もう三千万を超える輪廻が繰り返された。再創世を阻止し同じ事を繰り返し、何も変えられずに火種を自分に託す。試行錯誤をする事さえ最早していない。
そんな彼の待ち続けた変化とも呼べるもの。長夜月は今までの輪廻にはいなかった黄金裔として潜り込んでいる。その存在がカスライナに希望を与えたのならば、暗黒の潮そのものであると知った時その心を折る事が出来るだろうか。
いいや、して貰わなくては困るだろう。其は新たな絶滅大君の誕生を望んでいると、他ならぬ彼女が言っていたのだから。
鉄墓が生まれ、知恵の頭を奪い去り、閉じていた可能性が拓かれる。壊滅の先にある光景こそが、何よりも求めているものなのだから。
♭
「私の力は、アビスのそれに近しいって言えるんだよね。テイワットにおける光界の力と虚界の力の関係性のように、力そのものの位階は同じ」
「じゃあ、その優位性を分けるのは何なのか」
「存在としての格、本人の力量、意志の力。なんて事ない普遍的なものが、明確な差となってしまう」
「じゃあ何故ニカドリーを堕とせたのか、疑問に思うよね?」
「タイタンと平凡な黄金裔では、その存在の格も振るえる力量も隔絶としている。いくらシステム的な優位性があったとしても、ニカドリーが長く暗黒の潮に逆らっていたように、即効性を発揮する事は叶わない」
「でも、この世界に不変は存在しない。ニカドリーは自らの魂を五つに分けて、時間による摩耗からは逃れられず、壊滅の因子に正気を穢された。私は変わらず弱いままでも、ニカドリー自体の弱体化は進んでいたの」
「勿論、紛争を担う彼の戦闘力に関しては何の衰えもありはしない。けれど、ただ振るうだけの暴力と技術をもって振るわれるソレとでは大きく変わるように、同質の力をぶつける際の扱い方次第で、結果は大きく変わる」
「だからニカドリーを狂気に堕とせたと……そう言いたい訳か」
「そ。この説明で納得してくれたかな?」
「……何故、ニカドリーの正気を奪ったんだ。彼のタイタンは紛争の化身で、あらゆる都市国家を襲う危険な存在とはなっていたが、依然としてオンパロスに立ちはだかる障害とも戦っていた。遍く万物に矛先が向くだけで、同時に守護も果たしていた」
「ふふ。その答えは、貴方の方がより深く理解してるんじゃないの? でも、そうだね。私からの答えを求めているのなら……人類に牙を剥く紛争こそが、英傑達の心を奮い立たせる試練でもあり、同時に終末へのカウントダウンを進める為の要因の一つ」
「世界に圧をかけ、再創世を促す事。これこそが暗黒の潮の本懐であり、私に与えられた役割だからだよ」
「……壊滅の手先め」
「凄いね、この距離、ほんの少しの先走り、その条件下でこれ程の熱量だなんて……でも、その炎はもう少し取っておいた方が良いよ」
「どういう意味だ」
「もうすぐ、星海の旅人がやって来る」
「……そんな保証が何処にある」
「目の前にいるでしょ? 私という異分子が、どうやって生まれたのかを考えれば分かるはず。永劫回帰の掟の絶対原則は、イレギュラーが発生しない事。永劫回帰を起こす脚本家の筆先一つで全てが変わるけれど、逆に言えば脚本家に何かを変える権限が無ければ同じ事を繰り返すだけ」
「道筋は変えられる。物語の登場人物も選択出来るし、可能性の種を撒くことも出来る。でも、脚本家が新しいキャストを追加するか、種蒔きをしなければ配役も出演者も変わらない……そんな事、貴方が一番分かってるんじゃない?」
「……僕が何かを変えなくとも、変えることの出来る存在はいる。彼が手を加えた結果生まれたのがキミであると、その可能性の方が遥かに高い」
「なるほど、それに対する返答は不可能だね。私には明言する事が出来ず、それによって証明も不可能になる……でも、私自身が何かをする必要は無いよ。どうせ、時間が証明してくれるのだから」
「それまでキミを見逃せと? オンパロスで暗躍する壊滅の手先に、好き勝手させろと?」
「もう私は何もしない。少なくともその時が来るまではね」
「……キミはこの世界に不変は存在しないと言ったが、敢えて言わせてもらおうか。僕の在り方はこれからも不変であり、決して壊滅には屈しないと」
「ふふ。私も自分の中に唯一の絶対的な不変を掲げてる。気が合うね、カスライナ」
「……次に会う時は、キミの存在を細胞一つ残さずに焼き尽くす時だ」
〜もし偽夜月の情報が違うものだったら〜
ライコス「ほう、これが長夜月のデータですか……どれどれ」
「あかしけ やなげ 緋色の鳥よ くさはみ ねはみ けをのばせ」
ライコス「ギャー!」
セプター「ギャー!」
ヌース 「ギャー!」
スターレイル、完!!