長夜月(偽) 作:四末説最後の一つは均衡ってマジ?
ここは記憶の箱舟。小さな善見天。オンパロスという世界で起きた壮大な叙事詩を纏めた、紡がれた物語の中に存在するエピローグのその後。本には記されず物語では語られない、お話のその後の世界。
終焉に抗い、強大な敵に立ち向かい、最終的には創造神ですら打ち破ってみせた英雄達が、新たに生まれるまでの待機所であり、穏やかな時を過ごせる憩いの場。
エリュシア、キュレネ、ミュリオン、デミウルゴス。哀憐から生まれた少女が愛をもって残したゆりかごだ。
開拓者はオンパロスでの開拓の旅路を終えた後で、この場所に度々足を運んでいた。体感時間でも一年以上は共に戦い、そして彼等の生き様をその目で見続けて来たのだから、そう簡単に心は切り替えられない。そしてあの結末が何よりも最善だったのだと確認の意味も込めて、もう何度目かの来訪をしていた。
「……何してるの?」
が、今回ばかりはどうやらいつもと様子が違っていた。
「ようやく追い詰めたぞ、月ちゃん! 大人しく僕たちに捕まるんだ!」
トリアンを筆頭に、トリビーとトリノン、更にはアグライアとヒアンシーまでもがとある人物を建物の隅まで追い詰めていた。そのアグライアに関してはサフェルをラフトラで縛り上げて同行させている。そして少し離れた場所でキャストリスがオロオロとしていた。
今まで訪れた中で、一番奇怪な光景だった。
「月たん、どうして逃げるんですか?」
「今まで顔も見せなかったのに、私たちを見るなり逃げ出すとは良い度胸ですね」
「ねぇ裁縫女、あたしを捕まえておく意味無くない?」
「セファリア、長夜月を囮にして自分は逃げるつもりでしょう?」
「うぇっ!? い、いや……そんな事無いけどなー?」
預言の黄金裔の女性陣が集まり追い詰めた先に居るのは、オンパロスで起きた最終決戦以降その姿を見る事の出来なかった存在……偽物の長夜月だった。
いつも何処か飄々としていて、掴み所の無いような彼女だったが、今回ばかりはどうにかして逃げ道を探していると分かり易かった。
この状況の説明を誰に求めようか、と少し考え開拓者はサフェルに話しかける。
「ねぇサフェル、この状況は一体どうしたの?」
「お、グレっちじゃん。丁度良かった、まずはあたしを助けてくれない?」
「いけませんよ、救世主。セファリアも長夜月も、生憎逃がす訳には行かないのです」
「ほらトリアン、開拓者が来て困惑してるよ? 私が色々と説明をして納得をさせるから、その場をどいて欲しいんだけど」
「そう言って逃げるつもりだろ月ちゃん。説明するだけならグレーちゃんがこっちに来れば良いだけだ。それにむしろ丁度いいだろ?」
そのトリアンの言葉に、トリビーが手招きをしてヒアンシーに連れられて偽物の長夜月と同じ様に黄金裔の女性陣に囲まれる事になる。
逃げ場を失ったからか、少しだけ偽物の長夜月はげんなりしていた。
「まさか、あんたとここで会えるとはね」
「ふふ、私もここに来るつもりは無かったんだけどね……エリュシア――デミウルゴスは、やっぱり私の事も書いたみたいだね」
ただの敵であれば、紡がれた物語に書き込まれたとしてもこの永遠の一ページに来る事は無かっただろう。けれど偽物の長夜月がここに居られる理由は単純で、開拓者が神話の外側に囚われていた輪廻で黄金裔の側に立って彼等と共に千年間戦い続けたからだ。
掴み所は無くて目的も不明、けれど黄金裔達の仲間であった事は明白だ。ならば、書くべきであるしデミウルゴスとしても書きたかった筈だ。
「でも、なんで今更顔を見せる気になったの?」
「強いて言うなら気分かな。リュクルゴスとの別れの挨拶もして来たし、その流れで。いつみんなが新生を迎えるかは知らないけど、それまでには話をしておいて心残りは無くしておく必要があるし」
偽物の長夜月は他の預言の黄金裔達のように、デミウルゴスに自らの記憶を託して紡がれた物語の中に入った訳ではない。だからデミウルゴスの覚醒の時に現れなかった事も、物語のエピローグに来てくれなかった事も理解出来る。
あくまでも、ファイノンの家族やモーディスの家族などの様に全てが終わった後でこの場に来たのだろう。それも気分で。
ただ、その物言いは元々来るつもりでは無かったかのようだ。
「酷いぞ月ちゃん! こっちはあの時のお礼も言えてないのに勝手にいなくなって」
「うーん、ごめんね聖女ちゃん。でも、ここに居る私はあくまでデミウルゴスが書き記した一側面でしかないし、この私もみんなと一緒に新生出来る訳でもないから」
「そもそも、です! どうしてそのような選択をなさったのですか? 月たんが何をしようとしたのかは最後まで分かりませんでしたが、その未来を捨ててまでしたい事だったのですか?」
「可能性を上げるためには仕方無くてね……別にみんなと離れ離れになりたいとか、そういう訳じゃ無くて……」
「なんか、色んな女に手を出していたクズ男が言い寄られているみたいだね」
彼女の最終的な目的などは、他のナナシビトから聞いて理解している。そしてそれを成す為に、自分の全てを利用した事も。
ただ、オンパロスを残す為の計画だとしても、ヒアンシーやトリアン達の気持ちも理解出来る。
「やめてよね、いやほんとに――こうなったら仕方ない。助けてカイザー!」
この場から逃げ出す為か、偽物の長夜月が救援要請を行った。しかもその相手はカイザーであるケリュドラ……確かに、彼女ならばこの場を収める事が可能なのかもしれない。
しかし、現実は非情であった。
「諦めろ、長夜月。お前もこうなる運命だ」
ヌッと、今まで何処に居たのかカイザーが突然現れる。しかしその姿は威厳もへったくれも無い、とても可愛らしい姿だった。
それを見て、ようやくこれから偽物の長夜月がどのような目に遭うのか開拓者は理解する。
ああ、色んな服や装飾の着せ替え人形にさせられるのか、と。
恐らくサフェルもそれで捕まっていて、他人事として眺めていたケリュドラは早々に被害に遭ったのだろう。
「そんな……カイザーまで魔の手に……こうなったらヘレクトラ! お願いだから助けて!」
「諦めろ、銀色の深海魚。それより約束通りメーレを飲み交わそう」
既に大量にメーレを飲んでいたのか、すっかり出来上がっているセイレンスが現れた。
「そんな……私達暗黒の潮に救いは、救いは無いの……!?」
いやこれ大分楽しんでるな?
「さあ、行きましょうねー月たん。大丈夫です、アグライア様の仕立てた服に間違いはありませんから」
「せっかくだし、普段持ってるその傘からビームが出るようにしよう!」
「着せ替えるならまずはキャストリスにしなよ! 見てよあの格好、ほぼ包帯だよ? 破廉恥じゃん、一人だけハロウィンしてるじゃん、限定星五キャストリス(ハロウィン)みたいな格好じゃん」
「えっ……」
残念な事に捕まってしまい、どうやら偽物の長夜月はこれから連行される様だ。その後の展開は見るまでも無いだろう。ようやく人並みの趣味に手を出せる女性達の、飽くなき欲望を叶える為の着せ替え人形となるのだ……。
「何か、私が覚えておく事はある?」
「えっ、この状況で聞いてくるの? やっぱりどうかしてるよ開拓者……物語において視点が当たるのは常に――ちょっと待ってトリアン、今頑張って良い事言おうとしてるから、お願いだから服を引っ張らないで。いやヒアンシー笑顔の圧が強いって」
そのままドナドナされて行くのを、開拓者はただ眺めていた。でもどういう訳か、頭の中に声が響いてくる。
『物語において視点が当たるのは常に主役や敵役、華々しい存在達だよ。確かに彼等は目を引く存在であり、物語の進行にとって欠かせない存在でもある。けどね、物語の中の世界を回しているのは常に、視点が当たらない存在達だよ。名前も知られず顔も覚えられない……でも、その一人一人の尽力こそが必要な力となるの。だから、そんな私達の事……覚えててくれると嬉しいな』
そんな彼女の遺言と共に、開拓者の手に握られるのは♭の形をしたピンだった。オンパロスの世界における、偽物の長夜月の核とも言える存在。
何処までも、長夜月の偽物として振る舞うその姿は一貫していて、尊敬の念すら抱いてそれを握った。
『もしデータとかの世界で、貴方達がピンチに陥るような事があれば、何時でも私は助けに行くよ――』
――だって、データの世界でなら私は常に神の如く振る舞えるから。
「……結局、全然彼女に話を聞けなかったな」
偽物の長夜月と呼ばれる、三月なのか――と言うよりはその一側面である長夜月――の姿を借りた存在について、知っている事は殆ど無い。
彼女に話を聞きたいとは、オンパロスに訪れて比較的早い段階で丹恒が言っていたが、勿論彼だけではなく三月なのかと星もそう思っていた。それだけでなく、他の星穹列車のナナシビトやその協力者、更には天才クラブの二人まで色々と聞き取りたいと考えていた。
偽物の長夜月が何を目的とし、どのような意志で活動していたかについては聞いているし知っている。ただ開拓者が見てきた中での彼女は味方から敵になって最終的に味方になるという、やっぱりよく分からない存在ではあった。
ただその行動指針は三月なのかの存在を隠蔽する為のカモフラージュであり、裏でしていた暗躍は全てオンパロス存続の為。しかし分かっている事はそれだけだ。
暗黒の潮で形作った身体と、それを利用した戦闘能力。しかしその姿は、肉体を作れる限りは常に長夜月のものであり、彼女を指し示す名前も本当の姿も誰も知らない。
三月なのかの現在の状況を正しく把握しているような口ぶり、キュレネすら覚えていなかったその出自すら知っている振る舞い、本来知り得るはずのないオンパロスという世界の真理とその末路。多くの情報や待ち受ける未来を知っているかのような言動と行動と、それに基づいて立てられた計画。
どうやら、他のナナシビトも知らないようなヴェルト・ヨウの故郷の話も知っていて、更には宇宙の辿る四つの終末すらも理解していたようだった。
情報だけを羅列するならば、得体の知れない存在であり恐怖すら感じるようなものだが、不思議と開拓者はそのような気持ちは抱かなかった。
知りたい事は確かにある。聞きたい事もやはり多いし、しがらみが無くなった今普通に他愛も無い会話もしたい。けれど、開拓者やデミウルゴスからすれば他の黄金裔達と同じ様に、オンパロスの未来の為に奔走した一人の英傑だった。
「ふん、主人卿。アレについて頭を悩ませるのはやめておけ。時間の無駄だからな」
随分と好き放題にされたらしいケリュドラが、思案に耽っていた開拓者へとそう告げた。
「僕が知っている事は、ここには来ていない僕程は多くないが……それでも、他の者よりは多くを知っている」
この永遠の一ページの中で一番偽物の長夜月について詳しいのはアナイクスではあるが、その次に詳しいのはケリュドラと言って差し支えない。もっとも、アナイクスに彼女について尋ねたのならば恐らく返ってくるのは深い溜め息と愚痴だけなのだろうが。
「言ってしまえば、長夜月はただのバカだ。その時その時を刹那的に享楽的に生きていて、そして自分というものを悟らせない為に常に適当を口から吐いているだけだ」
それは33550337回目の輪廻において法の試練を突破するまでと、再創世を成し遂げた後の世界全ての情報を得たケリュドラの見解。確かに偽物の長夜月は予言……と言うよりは既知の情報を持っていて、それを基に計画を立てていた。その既知情報の出処について知っている存在は一人もおらず、唯一の不可解と言っていいものだが……逆に言えばそれだけなのだ。
ただのバカで、敵対者になってしまった普通の人間。或いは、オンパロスの辿る未来を無理矢理頭にぶち込まれてしまっただけの被害者かもしれない。
「それでも気になると言うのなら、好きなだけ話しかけてみるといい……オススメはしないがな。どうせ嘘八百で誤魔化すだけだ」
知られてはならない情報に関してだけは、幾重にも仕掛けを施して欠片も見せないようにし、隠されたそこには何の情報も無い……そんな事をする様な奴なのだ、とケリュドラは吐き捨てる。
結局ケリュドラは群星へ自らが赴ける可能性があればよく、ヘレクトラはカイザーと共にあげる宴を欲し、アナクサゴラスはオンパロスを救えたのなら後は天外の世界の様々な知恵や問題に興味があった。偽物の長夜月と行動を共にした者達はみんな、彼女の既知情報について大した興味を示していなかったのだ。
「うん、ありがとうケリュドラ。取り敢えず、トリアン達の気が済んだ後で話を聞いてみるよ」
その後偽物の長夜月の姿を探した開拓者だったが、散々着せ替え人形にさせられたせいか普段よりも目が死に、燃え尽きた灰のようになっている彼女の姿を目撃し、そっと永遠の一ページを後にした。
まぁ、きっといずれ話せる機会が来るだろうと、そう思う事にした。
実は33550337回目の輪廻の時、どうせ開拓者には知られないからって言ってバナミームで汚染した暗黒の潮の造物使ってライコスと対決させようとしてました。
「これが原始博士の最高傑作の力ァ! 実質天才対決だぜぇ!」
みたいなノリでバナバナしようとしてた。
ブートヒルの「俺はシルバーガン・修羅サンだ!」のセリフめっちゃ好き。地味に乱破と仲良いんだなーってホッコリした。巡海レンジャーの掘り下げ待ってます。