長夜月(偽) 作:四末説最後の一つは均衡ってマジ?
ニカドリーとの戦いは、終始優位に進んだ。
まぁ、それはそうだろう。本来ならば居ない私という異物が援護をしているのだから、その分だけ戦いやすくなるのは当然の事。開拓者がバットで、ファイノンが大剣で、丹恒は折れた槍と体術で、ニカドリーの威圧感にも圧されず対等に渡り合い、彼等の後ろから私が侵食海月を飛ばして間隙を潰す。
それでも紛争の半神、ダメージを受けながらも対等に渡り合い中々決定打を決めさせない。まあ私がもう少しマトモに戦えば勝てるのだが、折角のアグライアの見せ場なのだし譲るとしよう。
金糸が張り巡らされ、ニカドリーの動きは封じられる。トドメを、との言葉を受けてファイノンがニカドリーを切り捨てた。
しかし、そのニカドリーは本体ではなく数ある神体の一つ。火種は此処に無く、粒子となって消えた神体を見てニカドリーの眷属達も帰って行った。
そして、これまでの戦いによって列車組の二人はオクヘイマの賓客として受け入れられる事になった。
しかし、ファイノンは叙事詩の序章にしてもっと困難が伴うものと思っていたらしい。既に大分重たいもの背負っていて、ここから曇るだけなのに……紛争が自らの試練だと、果たして本気で思っているのかどうか。
現状の整理をファイノンとアグライアがする。ニカドリーが直接聖都を狙ってきたので、撃退した後追跡する事で、霧の中に隠された彼等の本拠地を探ろうという計画だったようだ。ごめんな、ニカドリーを狂気に完全に叩き落としたの私なんだわ。でもクレムノス見つけようと思えば見つけられるけど、なんで黄金裔は見つけられないんだろうね?
アグライアが列車組へと色々教える事を約束し、ファイノンは雲石市場へと向かった。そして二人は開拓のビーコン、つまり界域アンカーを設置した。これで開拓の証が残され、虚数の壁を乗り越えられる……ようになるんだったか?
「金織ちゃん。これから君は二人の賓客の疑問に答えるようだし、私も雲石市場に行っておくよ。何か用事があったようだし、時間を空けてからまた来るね」
「ええ、長夜月。後でお会いしましょうか」
「オンパロスにはエスカトンが訪れて、数多くの都市国家達が紛争の中に散っていった。崩壊、終焉、破滅。世界の命運に立ち向かう英雄達はそれらを遠ざけ退け、そして絶望の先にある希望に向かう為にその命を使う……けれど、そんなものがあると、果たして誰が保証出来るんだろうね?」
「誰にも保証は出来ない。けれど、僕達黄金裔は人々にそれを齎す為に駆け抜けるのさ。急に不安を煽るような事を言うなんて、一体どうしたんだい?」
雲石市場に連なる建物の屋根の上、そこから見下ろせるのはこの時代に生きる人々の生活の全てだった。
傘で光を遮って自らの立つ場所を陰とする。そんな私の後ろに、星々を滅ぼす烈日が訪れた。
「スティコシア、エイジリア、それに名前を忘れられた都市国家。押し寄せる暗黒の潮やニカドリーの脅威に抗いながらもすり潰された他の都市を思えば、このオクヘイマはあまりにも平和だね」
ケファレが黎明のミハニを背負い光を齎し、白亜の城壁を築き上げた。それこそが聖都オクヘイマが人類最後の砦である所以。そしてカイザーを始めとした黄金裔達が守り抜いたからこそのもの。
「そうだね。オクヘイマに避難して来た人達も多くいるだろうけど、もしかしたらこの平和な日常は、彼等に暗黒の潮の脅威を忘れさせているのかもしれない。でも、そうある事こそが僕達が命を懸けて戦っている理由でもある」
この爽やか救世主、自分の内にある憎悪の全てを押し殺して誰かの為だけに生きてるからなぁ。まぁ他の黄金裔も似たり寄ったりではあるのだが。我欲が強いのはカイザーとアナクサゴラスくらいだろうか? その二人も、我欲が強いとは言っても平然と自分の命を捨てて後へ繋げられるような性格だが。
やはり黄金裔と言うのは、総じて壊滅の造物だ。どの個体も最終的には自らの壊滅を成し遂げてしまう。美徳ではあるが、行き過ぎたそれは生物としての本質からやや逸脱しているだろう。
「人々の命を守る、再創世を成し遂げる。黄金裔に課せられた使命とは、一体どっちなんだろうね?」
「どちらもさ。人々を守り、脅威の無い新たな世界を創る。その為の再創世なんだから」
そしてその為に命を捧げた自分達は、西風の果てに暖かく迎え入れられる……そんな幻想を抱いている。この考えは、死が近い戦時に見られたものだろう。仏教で言う極楽浄土などの考えは、つまるところ全ての終わりである死に希望を見出させる為の空虚な幻想だ。
でも、そんな虚像にでも希望を抱かなければやっていられないのだ。
だからこそ、この再創世がただのセプターの深層学習でしかないと知った時、二人の黄金裔は未来に希望を託す事にしたのだろう。そんなのは、あまりにも報われないと。
「この千年間、敢えて見てこなかったけど……普通の生活って言うのはこうも輝かしいものなんだね。他の黄金裔達が市民を守ろうとする気持ちも良く分かる」
人間とは愚かで醜いものだ、という考えが私の芯に根付いている。何処から来た認識かは分からないが、それもあってあまり都市には近付かないようにしていた。
偽物ではあるけれど、私も黄金裔を騙る身だ。都市やその近くにいれば、脅威が迫った時人々を守る為に戦わなければならない。人間には命を懸けてまで助ける価値はあるのか? そんな思考に悩まされそうだったから、敢えて距離を置いていた。
しかし、人間社会を俯瞰して見てみれば、そう悪くも無いように思えるのだ。衣服、芸術品、料理……それらを生み出せるのは、余裕があるからで、破滅に抗う為に多くの市民が団結しているからこそ、オクヘイマの人々は強く逞しい。
救う価値の無いカスも当然いるし、アンチ火追いたる元老院はその最たる例だ。
まぁ、オクヘイマに近付かなかった理由は単純で、ケリュドラの時代に近付けば試練の犠牲にされかねないし、アグライアの時代なら金糸でライコス並の監視をなされるからだ。暗黒の潮として活動しながらその痕跡の一切を見せもしないだなんて無理無理カタツムリ。ライコスだって騙せてる自信無いのに。
「時間があったら長夜月さんも見て回ると良いよ。タレンタムの力で、価値あるものは貨幣として使えるからね」
「考えておくよ。この都市に居る間は、どうしても空き時間が出来るだろうしね」
実は貨幣も火事場泥棒で持ってはいるのだ。伊達に崩壊世界を歩き回っていない。例え使うつもりが無かったとしても、やはり金銭は懐に一定数入れておきたいし、あると安心感がある。
だからか、偶に意図せずサフェルとバッティングする事があった。私の場合盗みは何となくしていただけで、あちらは本業とも呼べるものだが、やっている事は同じ。なんで此奴廃墟でゴミ漁りしてんだ? みたいな目で見られたりもしたが、何か使える物があるかもしれないし、食べられる物だってあるかもしれない。
随分とダサい弁明だなと自嘲する。
「そろそろ話も終わっただろうし、私はアグライアに会いに行ってくるよ」
「うん、分かった。また会おう」
雲石市場に戻れば、トリビーとアグライアが二人でバルネアを足湯で楽しんでいた。
「……お邪魔だったかな?」
アグライアと言う黄金裔は、半神となり千年もの間戦い続けてきた。
半神になったばかりの頃は、カイザーの抱える精鋭の一人として。カイザー亡き後は彼女の作り上げた都市国家の守護者として。
タイタンの心臓と呼ぶべき火種には、黄金裔との相性や適性と呼ぶべきものが存在する。それらを分かり易く教えたのが神託であり、火追いの英傑達は神託をもとに適任者を探し、試練を受けさせ半神とする。
中には相性こそ良いが適性は無い黄金裔も当然居て、アナクサゴラスなんかが良い例だ。この完全数の輪廻において、アナクサゴラスは暗黒の潮によって死に体になり、火種の力で死を引き延ばされる。そんな身体で、ついでに文弱で、自称適性のない彼は火種をその身に宿してから十四日しか保たなかった。
例外過ぎる特例ではあるが、火種自身が持つエネルギーとはそれだけ強大なものである。
アグライアはモネータの神権を引き継いだ半神であり、ケファレの神託に預言されていた黄金裔である。相性と適性ともに問題なく、彼女はその生命が尽きるまで半神として戦い続けられただろう――カイザーの後を継がなければ。
いつかも語ったように、アグライアはその神の視座に長く居続ける事によって、徐々に人間性を喪失していった。自らの視界で見れず、再創世を完遂する為の道筋を整え、守るべき人間からの悪意を受け続け、黄金裔達すらも守り続けた。そこには火種を抱えたリスクももしかしたらあったのかもしれない。
彼女の張り巡らせた金糸は、どんな悪意も見逃さず、どんな異変すら拾い上げる。だからこそ粛清者達は金糸に感知されない方法で連絡などを取り合い、私はオクヘイマに近付きもしなかった。
けれどその金糸は、人間性の喪失と共に緩み、完璧な監視体制では無くなっている。或いは既に、糸を切られたことにすら気付けていないかもしれない。
「いいえ。これからの事を考えれば、旧友と仲を深めるのも必要でしょう」
「ライアちゃん、それじゃあ良い事には聞こえないよ?」
「構わないよ、聖女ちゃん。オクヘイマを守り続けた金織ちゃんと、外にいた私。物理的にも精神的にも距離は空いてたんだから」
「ああ、すみません。決してそのような意図で言った訳では無いのです。オクヘイマも一枚岩では無く、いつかの時代のように黄金裔を嫌う者もいるのです。それらへの対処などが待ち受ける事を考えれば、共に戦った旧い知り合いと話せる事はとても喜ばしい。邪魔に思う事など無いのです」
随分と饒舌だ、余程疲れているのだろう。まぁ実際、これからアグライアは開拓の二人が本当に迎え入れるべき盟友になり得るのかを見極めなければならなく、更に問題が起きないかにも注視する必要がある。
確か、この後に名前は忘れたけど探検家を名乗る男が天外の存在を信じていて、その彼にカメラの中身を見られた結果言いふらされてしまうのだったか。その結果開拓の二人を詰問し、あわや帰られてしまう寸前になる……そういや三つ目の選択肢選ぶ星ちゃんならマジで帰る可能性あるじゃんやっばー。
丹恒はアグライアがどうしてその様な禁則があるのかを教えてくれなかったから防げなかった事だ、と主張していたが、アグライアのキャパシティを考えればもういっぱいいっぱいで教えられなかった可能性がある。
お労しやアグ上……と、私もアグライアを挟む形で足湯を楽しむ事にする。星ちゃん帰宅問題に関しては後で考えよう。
「人が集まれば思想も増える。エンドモがコミュニティを形成しても、全員が働く訳じゃない……だから、膿が出るのはある種の健全な反応ではあるんだけどね」
「ええ、分かっています。それに元を辿れば、反対派を強制的に黙らせたカイザーの時代から続く怨嗟……第一次の火追いの失敗が後を引いているのでしょう」
「あくまで噂に聞いた程度にしか知らないけれど、文句を言いたくなる気持ちは人心を考えれば当然ではあるんだろうね。ただ、火追いを止めろと言うのなら、それに代わる代替案は出してもらわないと」
「彼等は信じているのです。災厄の三タイタンさえどうにか出来れば、眩い黄金期が戻ってくるのだと」
「ふふ、面白いね。暗黒の潮はそのタイタンすら呑み込んでるのに」
「ちかた無いのよ。あたち達が必死で守り続ければ、平和が保たれる。でも平和が続いていけば、外の危険性なんて忘れてちまう」
うーんこの社畜の飲み会みたいな空気感。ちょっと重苦しいけど、オンパロスの現状を考えればやむ無しだ。何度でも言うがオンパロスは終末世界であり、その中で人間同士の足の引っ張り合いすら起きている始末。そりゃ管理者の胃は死ぬだろう。
開拓者達の目線で見れば、この世界を救おうとする黄金裔達の足を引っ張るとは何事だ! と怒りたくもなるのだが、これが一市民の目線で見ると全く変わってくる。ケファレの神託も知らず、黄金裔達は自分達の信仰するタイタン達を殺そうとしている野蛮人だ。脅威から守ってくれはするが、タイタン達が死ねばその刃は何処に向くのか分からない。
そりゃあ怖い筈だ。災厄の三タイタンなら兎も角、他のタイタン達を殺して欲しくは無いだろう。
まぁ、元老院の言い分には一ミリも共感出来ないのだが。
いずれ来る民会において、元老院は黄金期の再来を謳い、黄金裔は変わらず再創世を目指す為の演説を行う。
そこでアグライアの名代として演説をするファイノンは市民達の心に寄り添い、結果としてアナクサゴラスが再創世をするとどうなるのかを証明してみせた。
一方で元老院の代表者であるカイニスは、アグライアや黄金裔の危険性を示唆し、災厄の三タイタンは居なくなったのだから黄金期に戻れると主張した。しかしその主張には何の根拠も無い。
まぁ粛清者達は、世代を超えて積み重ねた憎悪に理性を飲まれたとも考えられるので何とも言えないのだが……逆に言えば、千年にも亘って戦い続ける黄金裔や、千年間を永劫に回帰し続けたカスライナがイカレているとも言えるのだが。
「長夜月、あなたがヤヌサポリスに居たのは幸運でした」
「私をオクヘイマに呼んだ理由だね。何かあったのかな? 金織ちゃん」
「神託の英傑達は集い、火追いを終わらせる目処が立ちました。そしてあなたには、歳月の火種を任せたいのです」
なるほど。確かに長夜月は歳月を担う資格があり、そのパチモンとも言える私にも火種を継承する事は可能なのだろう。しかし、33550336回目の輪廻において、歳月を担わなければいけない存在がいるのだ。これは絶対に外せない事であり、重要なファクターでもある。
そして、私には継承出来ない理由も当然ある。
「……残念ながら、私はオロニクスの火種を継承出来ないよ。勿論、無理矢理宿すとかなら話は別だけどね」
「その理由をお聞きしても?」
「勿論。その理由は三つあるよ」
口の前で人差し指を立てる。
「まず、私はオロニクスに嫌われてる。ヤヌサポリスに近付かなかった理由がソレだね。タイタンに嫌われてるのに下手に近付けば、色んな所から怒りを買っちゃうから」
中指を立てる。
「そして、私の神託にそれは読まれていない」
そして薬指を立てる。
「最後に、私は試練を受けられない」
厳密に言えば、私の肉体とは暗黒の潮の集合――つまりはバグデータだ。存在している様に見えているだけ、感じられるだけだ。
それは、星ちゃんがなっている記憶体と大差無い。データにおいて、肉体が不足している状況なのだ。だから、死から逃れた星ちゃんは試練を受けられても、元々の肉体を持たない私には試練が受けられない。
「試練を受けられない、ですか……」
「オロニクスだけじゃなく、どのタイタンでもそれは変わらない。私はタイタンの神権を継ぐ黄金裔としては不適格という事だね」
「何故そんな事が分かるのですか?」
試練を受けようとした事も、半神になろうとした事も無いのにと、アグライアは思うだろう。そして実際その通りであり、本来ならば知りようが無い事だ。
でもその誤魔化しは、例え金糸で見られていても可能である。
「この事を知っていたのは、皇帝ちゃんと人魚ちゃんだけだよ」
「なるほど、セイレンスの……」
セイレンス、海洋を継いだ半神はセイレーンと呼ばれる種族であり、ファジェイナの眷属だった。セイレーンの歌声には人々を惑わせる効果があり、歓宴の神の蜜露だけがその酔いを醒ます事が出来ると言う。
つまり、多くの人がいる中で密談が可能になる訳だ。
ケリュドラ、セイレンスと密談をしたのは本当であり、私が継承者としては不適格であると知っているのも本当だ。何一つとして嘘は言っていない。
ただ、何も本筋に迫る事を言っていないだけ。
「神託に無い者に神権を背負わせる事は無い。けれど神託にあるものがいつ現れるかは不明。欠員が出ては困るし、空席があっても困る。だから皇帝ちゃんは他にも引き継ぎ可能な者がいないか探していた。そして、私は不適格だった」
「そうですか……それならば、残念ですが仕方ありません。神権は担えなくとも、火追いの為の尽力はしてくれますね?」
勿論と、そう答えればアグライアは少し微笑んだ。
寒過ぎて鼻水が止まらない……