A.自縄自縛です、ご自分で解いて下さい。
第一話 Q.生まれながらにデバフあるんですけどバグですか?
────2020年の秋に入ったばかりの事、場所は秋田県の某市。駅前はそれなりに発展しているがそれ以外はそうでもない。そんな都会と田舎の狭間と言える街の郵便局で
ガラガラの局内には少女とその母らしき親子と、少し離れた場所で少女と同い年位の少年が気怠そうに何某かの郵便物を抱えながら備えてあったソファーに座っていた。特にその親子と少年には面識や交流は無いのだろう、各々が自由に過ごしていた。規則正しく古い時計の音だけが流れている────そんな中、小汚い中年の男性が入ってきた。
全体的に黒や茶色の服装という地味目の物で固められていたが、一番目を引いたのは大きなボストンバッグだ。まるでスポーツ選手が使うような大きさは郵便物を入れるにしても大き過ぎた。少女と母親は気にも留めていなかったが、少年は怠そうだった表情から少しだけ険しくなる────そして見計らったように事件は起こった。
「────このバッグに金を詰めろ!!! 警察は呼ぶな!!」
郵便局員と話していた母親を突き飛ばし、中年は拳銃を突き出しながら狂った音程で言う。その目は極限まで開かれていながら、反比例して瞳は小さく縮小し、口元には小さく泡が溜まっている────その場にいた全員が正気ではないと理解させられた。後に警察の捜査によって、中年の男は薬物を使用していたことが判明する。
「何してやがる!! さっさとしろぉ!!!」
日本では聞きなれない轟音と一瞬の閃光、天井に一発威嚇射撃。こういう時の為の訓練は受けていたのだろうが、生憎平和な日本で育っただろう局員達が迅速に動けたかと言えば、否だった。中年は業を煮やして近くにいた局員を射撃する。物というには柔く、人というには固い音ともに床に倒れ込みゆっくりと血の海が広がってゆく。小さな悲鳴が聞こえてくるが、それでも中年は満足していないのか唾を飛ばしながら激しく喚きたてる。
「早くしろぉ!!! 次はコイツを撃つぞ!!!」
怯えて縮こまる局員達に怒鳴りながら銃を向けたのは────少女の母親だった。
「────がッ!?」
驚くべき事に、最も早く行動したのは少女だった。親を守るために銃を持った中年の腕に飛び掛かると同時に嚙みついた。意表を突かれ鋭い痛みに驚いた中年は少女ごと腕を振るい弾き飛ばす。その際に、恐らく乳歯が抜けたのだろう。小さな歯が床に転がり少女の口元から血が流れていた。そして同時に、少女の近くには中年の落とした拳銃があった。何を思ったのか少女はそれを震える手つきで拾い、中年の顔に向けて────
「────止せ馬鹿やめろ!!!」
「────いやぁああッ!!!!」
────放つ寸前で、黙していた少年が銃身を固く握り床に向ける。それでも引き金に入った力までは抜けなかったのか、顔に向かって飛ぶ筈だった弾丸は中年の右脚に当たった。拡散し満ちる硝煙の香りと血の匂い、それらが気にならない程の半狂乱となった中年の絶叫が郵便局の外まで響き届く。
「ぐッがああああああぁ!!! このッ……ガキがぁあああ!!!!」
「ごがッ────!?」
咄嗟に少女の前に出て庇った少年は、撃たれた痛みと怒りに任せて振るわれた裏拳に頬を強かに打ち据えられた。大人と子供の体格差と体重差、いかに脚を負傷していようともその差は決して小さくなく少年は壁まで弾き飛んで行った。次に中年が狙ったのは────少女だった。
「お前もだッ!!! クソガキがぁ!!! 殺す!! 殺してやるぞ!!!!!」
「かっ……あ゛……ぅう゛……!」
撃った反動で腰が抜けたのだろう。へたり込んでいた少女に馬乗りになり、中年はそのまま首を絞めにかかった。人が窒息死するのにかかる時間は凡そ2〜3分。しかし幼い子供の首を大人が全力で絞めた場合、窒息よりも先に頸椎がどうなるか。いわゆるマウントを取るという馬乗り状態は大人であっても抜け出すのは厳しい────子供など絶対に覆せないだろう。
「────!」
年端も行かない少年は一瞬の内にそこまで把握して、自分の手の中に握られた拳銃────
「ふー…………」
────鉄火場にありながら、恐ろしい程冷静に、跪く様に片膝をつき可能な限り体の振動を抑えた。左の人差し指を引き金に載せて右手は反対側を包み込む。対象を利き目だけで視認し、銃の照門と照星をピタリと中年の
────三度目の轟音、閃光、そして水っぽく生々しい
先程まで喚き立てていた中年は、糸が切れた人形の様に倒れ込む。そして倒れた床には二つ目の血の海が広がってゆく。時が止まった、そう錯覚する程の静寂を最初に破ったのは────
「ひ、人殺し…………」
「…………」
────怯えた少女の声だった。
♢
────なんともまぁ、懐かしい夢を見たものだ。
「あー…………首イテー」
「────
全部覚えているわけでは無いが、
────俺は、いわゆる
正直、前世の自分がどんな人間だったかは覚えていない。多分社会人だったという事と男性だった事くらいだ。自覚したのは
「…………まだ、引き返せるな」
ベータテストに受かった時は『これが転生者特典か?』などと考えたものだ。馬鹿馬鹿しい、それなら1000人全員転生者になるではないか。最初はよくある真偽の疑わしいバラエティー番組で『前世の記憶を持った人!?』みたいなものだと思った。
────だが違った、あの時だ。あの時に、朝田詩乃の射撃を邪魔した時に確信した。
この世界は『ソードアート・オンライン』。主人公は桐ケ谷和人こと『キリト』。彼が活躍して、様々な不幸や悲劇に揉まれながらも何とかかんとかする物語だ。
「────惨いな」
読み物としては完成度の高いものだと思う、いや上から目線で評価している訳ではない。多分、俺の知識としてソードアート・オンラインの大まかな流れを知っているという事は愛読していたのだろう、恐らくは
「でも、実際に現場で朝田詩乃が射殺しそうになった時────“そういうお話だから”なんて思えなかった…………」
────そう、『ファントム・バレット編』でキリトに救われると分かっていたのに。見過ごせなかった、一時の衝動で原作に介入してしまった。
バタフライエフェクト、カオス理論で扱われるカオス運動が小難しく云々と提唱されたが要は『小さな現象から後々に大きな差異が生じる』という事である。
「そう考えるなら、そもそもSAOにログインしない方が良いに決まっている、んだけど…………」
────しないとして、じゃあ『転生者』なんて無意味で無価値で、寧ろマイナスなラベルを俺はどうすればいいのだ?
正直な話、俺は『自分は転生者だ』などという自覚をプラスに考えた事は無い。少なくともあの事件を越えた後から。こんな無意味な秘密を一生抱えたまま過ごさなくてはならないのか? 自分が幸せを感じている時に原作キャラが苦しんでいる事を意識してしまう。何度も何度も、何だったら今でさえ自分には関係ないことだと言い聞かせている。
────しかし、同時にこうも思うのだが。
二度目の人生という意識が
(鬱、統合失調、被害妄想、離人症、サバイバーズ・ギルト…………)
────人殺し。
「…………ふ、くくく、ははははは……は…………は……」
物心ついてから、感情由来の涙が一度も流れない。おかしいな、子供なんて転んで膝を擦りむいただけでワンワン泣くものだろうに。人間が、タンパク質で出来た肉体と、そこに蓄積された情報である精神で構成されているというなら、
「魂の色は…………何色なんだろうな」
もう、自分が、生きたいのか、死にたいのか、戦いたいのか、逃げたいのかも、分からない────迷うことだけが、今の俺の人生だった。
何の為に? ────その全ての疑問に答えを出すために、俺は行く。
「────リンク・スタート」
アカウントを入力────クリア
パスワードを入力────クリア
β版のデータを使用しますか? ────YES
名前は《
WELCOME TO SWORD ART ONLINE
♢
「ぐっほおおおおう!?」
赤髪にバンダナの曲刀使い『クライン』というビギナーに、俺こと『キリト』はソードスキルのレクチャーをしていた。アインクラッドの一層、《はじまりの街》でベータテスターである事を彼に見抜かれてしまい物怖じしないコミュニケーションで押し切られてしまった────きっと俺なんかとは違って、彼はリアルでもコミュスキルがカンストしているのだろう。
「大袈裟だな、《ペインアブソーバー》があるから痛くないだろ?」
「あ、ホントだ。いやー危ない危ない、“クラ子ちゃん”になっちゃうとこだったぜ」
────誰得だよ、という言葉をギリギリで飲み込めた。
「でもよぉキリト? アイツら意外とチョロチョロ動き回るから…………」
「練習用の案山子とは違うしな、最初のうちは全部システムアシストに任せておけばいい。大切なのは初動のモーションを丁寧にとる事だよ」
《ソードスキル》。この世界初のVRMMORPGの最大の売りとされるスキルだ。このゲームに魔法の類は────アイテムの効果を除き────存在しない。システムに組み込まれたソードスキルを使えば誰でも高火力かつ命中補正が乗った一撃を叩き出せる。現実世界のスポーツ経験など乏しい俺の様なゲーマーでもバッサバッサとmobを切り捨てられる。
それを聞いたクラインは『イメージ、イメージ……』と呟きながら曲刀を構えた。すると赤いライトエフェクトが刃を纏いさっきのクラインからは考えられない速度で《フレンジーボア》に突っ込んでいった。すれ違いざまに曲刀はボアの体に斬撃のエフェクトを残し、一拍後にパシャンとガラスが砕ける音ともに消えた。
「よっしゃー! どんなもんよー!」
「おめでとう、と言ってもさっきのアレはRPG序盤の雑魚敵だけど」
「マジで! 俺ァてっきり中ボスくらいの強敵だと…………」
「だとしたらそこかしこに中ボス湧いているぞ」
言われたクラインは周りを見渡す、多少の丘陸地帯でなだらかな起伏があるがほぼ平原と言っても差し支えない。周りに木々や岩は無いので遠くまでよく見える。すると今し方クラインが倒したボアが再湧出する。《フレンジーボア》に限らずmobが一度に湧く数は決まってるので、その内プレイヤーのリソースの奪い合いになるだろうが今の所────
「お! おいキリト! アレ!」
「ん? ────あ」
何かを見つけたクラインが呼び掛けてくる、指をさす方向を見てみると────その先にはプレイヤーが居た。
当然アバターである為に作り物には違いないのだが、容姿は身長175センチ位と俺のアバターよりも10センチは高い。色が抜けたような茶色とオレンジの中間色で少し逆立つ短髪、顔の雰囲気は覇気の無い四十路のおじさんといった感じだ。アバターとアカウントは連動しているので誰もが美男美女を作ったり、お気に入りのアニメキャラを生成するのだが
男は拾った小石を《シングルシュート》でボア3体に立て続けに投げつける。当然ちょっかいを掛けられたボアはアルゴリズムに従って男の元に殺到する。このまま先のクラインと同じ末路を辿るのか────と思いきや。
まず一番近いボアAを脚踏み台にして飛び上がる。タイミングが合わなければ足を持っていかれてズッコケるのだが、そんな事はなく華麗に宙を舞う。牙の届かない位置にいかれたボア達は一瞬止まり────その隙に突進系ソードスキル《レイジスパイク》が一番遠いボアCを切り裂いた。空中では地上と違いソードスキルのモーションを取りづらい。しかしメリットもあり、それは足場がなくともシステムアシストがアバターを動かしてくれるという事────分かっていてもベータ版でこれが出来た奴は多くない。
続いて脚踏み台にされなかったボアBが突貫してくる。さてどんな対処をするのだろうと見ていると、男は左手の《スモールソード》を逆手に持ち替えてボアBの鼻ど真ん中に突き刺す。多少ボアの勢いで後ろに押されたが男のアバターにヒットエフェクトは出ていない────つまり武器一本で無傷で抑え込んだ。
勿論その間も順番待ちなど知った事かと脚踏み台に使われたボアAが真っ直ぐに突っ込んでくる。それを横目に確認した男は素早く剣を抜き取り、ボアCを横蹴りでボアAの進行線上に置く。当然衝突事故を起こしたボア二匹は時間にして一秒弱の隙を生じさせてしまい、水平斬り《ホリゾンタル》で纏めて屠られた────この一連の一方的な戦いは10秒程で終わった。
「ス、スゲー…………まるで演武だぜ」
「
「え? なんだよキリト? 知り合いか?」
「ああ、アイツも《ベータテスター》だよ」
奴はベータ時代では武器は色々使ってたが、やはり片手剣にしたのか。負け越している事もあり、どちらが優れた片手剣使いなのか、また決闘したいものだ────剣一本で成り上がっていく、それがソードアート・オンラインの醍醐味なのだから。
「おーい! オウル! こっちだ! 俺だ、キリトだ!」
「────やぁ、久々だな。青少年…………いや、キリト」
ハキハキとしてはいるが、草臥れた様な声。チャランポランな気風だが、その実力はベータ時代ではほぼ敵無しだった────プレイヤーネーム、オウル。
「そっちのバンダナは? お前さんの友達か?」
「ども! クラインだ! キリトとは会ったばかりだけど精神的には既にダチだ!」
「おぉ、めっちゃ陽キャ。キリトにこんなイイ奴がいたとは…………オジサン感激」
「お前は俺の何なんだよ…………」
クラインと握手しながら態とらしくヨヨヨと泣く姿は、人情味は全く感じられずむしろ胡散臭い詐欺師を思わせる。ベータ時代からそうだった。徹夜すら全く厭わないガチ勢を片っ端から蹴散らせる実力がありながら、ゲーマー特有の排他的な人格ではなく寧ろ人当たりが良く、かと思えば次の瞬間には無機質な瞳で談笑していた相手でも容赦なく斬り捨てる────最も、オウルに斬り捨てられた奴は悪質なPK専門プレイヤーだったのだが。
────俺は長い事MMOのゲームをしていたが、オウルの内面は正直よく分からない。人当たりがいい一面もあるが、同時に自身の邪魔になる者にはシームレスに冷酷になる。まるで人格が、電気のスイッチくらい簡単に切り替わる。
(…………いや、何を考えているんだ俺は? 別にいいじゃないか、そんな事)
ただ楽しくゲームをしているだけ。所謂ガチ勢もエンジョイ勢もその根底は変わらない。悪質なPKはしない彼は、寧ろ守るべきマナーはキチンと守っているオウルは人として尊敬出来るくらいである。そもそも彼の内心を伺い知る事など何の意味があるのか────ネットリテラシーに欠如した自分を戒める。
「────どうしたキリト? お腹痛いのか?
「だからオウルは俺の何なんだよ、トイレは済ませてるし、今日は夜までインしてるつもりだよ」
「────そうか」
その一言だけ、普段はチャランポランの筈のオウルらしからぬ慈しみが滲んでいた────気がした。
次の瞬間には眠たげな眼に緩い笑みを浮かべた、いつもの胡散臭い表情だった。気のせいか、そう思い俺達はここら一帯のmobを狩尽くす。ソードスキルを巧みに操り、慣れないクラインの指導しながらも競い合って無心に剣を振るうのは純粋に楽しかった────そう、楽しかったんだ。
♢
『プレイヤーの諸君。ようこそ、私の世界へ────』
────この言葉を聞くまでは、きっと多くのプレイヤーはSAOを歴史に残る神ゲーと信じて疑わなかったろう。それは俺の隣のキリトとクラインもその筈だ。
脳を焼き切るマイクロウェーブ、HPの全損は現実の死を意味する、そして既に213人が赤いローブを着たアバター────茅場晶彦の警告を無視して死んだという事実。
いや、事実かどうかは分からない。何故ならこのゲーム内で現実世界のニュースなど見れないのだから。つまり、この広場に転移させられた総員9787人のプレイヤーで、これが真実であると確信し、外部の助けなど来ないと知っているのは────俺ことオウルだけだ。
『────この世界が諸君らにとって、もう1つの現実だという証拠をお見せしよう。諸君らのアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』
(あ、来た。クソイベ)
うーん…………どうするかな? 別に素顔晒す意味無いよな? これってストレージから出した時点でアウトなのか、それとも鏡を覗き込まないといけないのか。実の所、この『実力は確かだが、夢を追うには年齢を重ね過ぎた田舎の無名の達人』アバターを結構気に入っているのだが。後方師匠面がしたい、無意味に腕を組んで意味深なキャラを貫きたい。
そう考えた俺は素早くストレージから《手鏡》を出して覗き込む────なんて事は無く。
「
────超☆エキサイティンッ!!」
「「バ◯ルドーム!?」」
哀れ地面に叩きつけられた手鏡は粉々に砕ける。因みに周囲は光に包まれどんどんとリアルの姿に変わっている、アシンメトリーの髪をした勇者顔だったキリトと爽やかなハンサム顔だったクラインもそうだ。
実際にみると確かにキリトはかなり中性的な容姿をしている、具体的に言うとAPP15くらいありそう。クラインも別にそこまで顔は悪くないと思う────ただ髭は剃った方が良い、だから22歳に見えないんだよ。
『…………おや、勘の良いプレイヤーもいたようだ。だがその程度対処出来ないとでも?』
目どころか顔が無い伽藍堂の赤ローブと目が合う、どう考えても俺に向かって言っている。ヤンキーよろしく敵意を込めて思いっ切りメンチを切るが、当然そんなものに怯む茅場では無い。奴が何かしらの操作を行うと俺のアバターは光に包まれリアルの姿に戻される。
「────イケメンじゃん! つーかどう見てもオジサンって
「どーも、クラインさんも髭剃ったら男前だと思いますよ」
身長はさっきまでのアバターと変わらない。アバターの大きさはステータスやスキルには影響しないが、元来の前庭覚や固有覚などが狂うからだ。クラインさんから渡された《手鏡》には、猛禽類のような鋭い眼つき、高すぎず低すぎないスッと通った鼻筋、染みも痘痕も無い男にしては少し色素の薄い肌、中性的ではないが厳つくもない左右対称な整った凛々しい顔立ち。
キリトのアバター程では無いにせよ如何にもアニメキャラっぽい顔立ちだった────正直言って自分ではイケメンかどうか分からなかったが、割と明け透けに言うクラインさんがイケメンと言うなら、そうなのかもしれない────だから何? という話だが。
「あのアバター、かなり気に入ってたのになー…………」
「いやお前は絶対にそっちの方が良いって…………でも! なんでこんな真似を!?」
「どうせ『もう一つのリアルな世界を鑑賞したい』とか『現実感を伴わせる為に偽りを剥がす』とか陳腐で月並みな下らねぇー理由でしょうね。
それよりも広場端に行きましょう、キリトもだ。システムの壁が無くなったら速攻で街の入り口まで走るぞ」
「オウルは何でそんなに落ち着いているんだ…………?」
キリトが明らかに俺の事を不審がっているが、別に構わない。これから二年間、或いは俺というイレギュラーがいる事によって多少は伸び縮みするだろうが────彼は決して真実には辿り着かないし、俺は誰にも死んでも打ち明けないだろうから。
『……………………』
喜色を漂わせた演説を終えた茅場晶彦は、すぐに消えると思ったが。時間にして数秒だが、無言で俺を見ていた────俺もそれに気付き、鋭く睨む。
────お前は、俺が殺す。
無論声には出さず、口元だけを動かした。すると蜃気楼のようにアバターは消えていった。
♢
「クライン、お前も知ってるだろうけど。この手のMMORPGは限られたリソースの奪い合いだ。茅場の話を信じたプレイヤーは数時間もしない内にこの一帯のmobを狩り尽くす。そうなったら自身の強化は遅々として進まない。
────でも! 俺ならお前を守りながら次の村まで案内出来る! 一緒に来い! レベルを上げれば上げただけ死が遠のくんだ! この世界で生きていくなら! 攻略の最先端に行くしかない!」
────言いながら俺は、俺自身の言葉を信じ切れなかった。信じたくなかった、SAOがデスゲームに変わった事を。
オウルの提案で俺達は一早くさっきの広場から脱した、遠くからでも分かる悲哀と激情がブレンドされた声が聞こえてくる。だが、それに意識を割いている時間は一秒たりとも無い────例えこの選択肢に、血も涙も人の心も無いとしてもだ。
「で、でもよ…………俺は一緒にゲーム始めるって約束したダチがいるんだ。ログインする前に連絡が取れたから高確率でこのSAOにいる────置いては、いけねぇ」
「…………ひ、一人くらいなら何とか」
「…………六人だ」
今度こそ喉が詰まり、言葉が出なくなる。どれだけ甘い見積もりでも、俺が守れる人数は二人が限度だ。その見積もりでさえベータテスト時代と全く変更点が無ければの話。もしも俺の見覚えが無いmobがいれば、その時はクライン一人でさえ確実に守れるとは言い切れない────ただのゲーマーでしかない俺が、どうして複数人もの命を背負える? 無理だ、絶対にそんな事は絶対に無理だ。
いや待て、この場には俺と同等か、それ以上の実力者かもしれないオウルがいる。彼の力も借りれば────。
(────駄目に決まってるだろ! 命懸けなのは俺だけじゃない! オウルだってそうだ! それにオウルだってレベルもステータスも俺と同じ様なものじゃないか! 六人も確実に守り切れる保証は無い!)
あまりにも自分勝手な考えに思わず自分の額に拳を叩きつける、それを見てクラインは何も悪くないのに罰が悪そうな顔をしていた────視界端のオウルだけが、終始一切無表情だった。
「────分かった、クラインさん。そういう事なら、ここでお別れだ」
「────っ」
オウルが全く動揺を見せないまま言った。その言葉に一番揺さぶられたのは、間違いなく俺だろう。無情な言葉を投げかけられた筈のクラインは、寧ろ落ち着いていた────きっとこの場で俺だけが、未だに覚悟が出来ていないのだ。
「あぁ…………でも心配すんな! 俺だって他のゲームじゃブイブイ言わせてたんだぜ? その内お前らにも追いついて────」
「待った待った、早とちりしないで下さい。連れては行けませんが、現時点でも出来る事はまだあります」
「────へ?」
気の抜けた声がクラインから漏れる。俺も似たような心情だった、一刻も早くレベリングをしなくてはならない状況で、大したアイテムも無いのに何が出来るというのか。置いていけぼりな俺とクラインを他所に、オウルは素早くメニューウインドウを手繰る。
「この紙に書かれたプレイヤーネーム《
「お、おう…………けどよ、どうやって連絡を取ればいいんだ?」
「その紙にインスタント・メッセージの送り方も書いてます、同じフロアの街か圏外にいないと届きませんが…………今なら、ほぼ間違いなく届きます」
「あ…………!」
────そうだ、情報屋のアルゴ。彼女は攻略からは離れた場所で行動する変わり者。しかし、その代わりに信じられない程に情報通で、ベータ時代には俺も何度も世話になった。そしてインスタント・メッセージもまだ一層しか解放されておらず、街の外に出るリスクを考えれば、ほぼ確実にアルゴは同じ街にいるという事だ。
「その紙と俺とキリトの名前を出して下さい。彼女は金銭以外にもその人間が信じるに値するか値踏みしますが…………俺達と知り合いなら多少は信じて貰えるでしょう」
「────すまねぇ、何から何まで…………俺よぉ! 必ずお前達に追いついてみせっから! それまでお前らもくたばるんじゃねぇぞ!」
「────勿論です…………さぁ早く! 彼女も恐らく圏外に遠くない内に出ます! 先ずはアルゴに接触してSAOの基本的な事を教わって下さい!」
オウルからメモの紙を受け取ったクラインは、背は高くともどう見ても自分よりも年下の彼に深々と一礼をしてから駆け出した。未だに混乱が収まっていないだろう広場から仲間を見つけ出して、生き残る為にアルゴに会いに…………それに対して、俺は────。
「行こう、キリト。今なら《アニールブレード》を簡単に手に入れられる…………キリト?」
「────俺は、クラインを見捨てようとした」
「…………」
時間は、有限だ。今の状況はどう考えても急ぐべきだ、それでも俺は…………自分の中の何かが抑えきれなかった。これは、きっと、自責の念だけではない────オウルに対する自分への劣等感だ。思わず視界が滲む、前を見れない、オウルを見れなかった。
「自分勝手にクラインの事を友達なんて思って…………助けてやれるなんて思い上がって…………それどころかオウルすら巻き込もうと…………無理だと思ったら勝手に見捨てようと────!」
「リアルの話をするのは御法度だけどな、キリト────お前、多分まだ中高生辺りだろ」
オウルが俺の手を引っ張りながら前へと進む、街の門からは沈もうとしている太陽が見える────夜になると遠くまでは視界が利かない、例えベータテスターである俺とオウルでも絶対に安全とは言い切れない。
「俺も同じような歳だ…………警察官でも、自衛官でも────無い。
そんなただのゲーマーが、どうして人の命を救う義務がある? 別に、見捨てろとは言わんし、慣れろとも言わん…………忘れろとも、切り捨てろとも。
────でもお前には、お前の家族とか帰りを待ってる人達がいるんだろ? 他の誰よりも自分を優先していいんだ」
俺達はあと一歩という所で立ち止まる。ここからあと一歩でも踏み出せば圏外になる────命の保証が無い、
「────選べ、でも強制はしない。
この街に引き籠って、あるかも分からない外部の助けを待つか?
それとも、最前線をクリアされる日まで命懸けで走り続けるか?
勿論別の道を選んでも良い、クラインさんと一緒に行動するとか」
「お前は…………? オウルは────」
恐らくオウルも俺と似たような考えの筈、リソースの奪い合いになる前に強くなりこの世界で生きていくアドバンテージを奪取するのだ────しかし、俺の考えはそこまで。彼は、一体、何を目指して強くあろうとしているのだろうか。
「────死ぬまで走り続ける、
────言葉を失った。その眼は恐ろしい程、しかし真っ直ぐに前を見ていた。
「その為にも、まずはこの層で最強の片手剣の《アニールブレード》が欲しい。槍や曲刀も悪くないが、斬・突・打がバランス良く使えるのは片手剣だからな…………どうする?」
「────行こう」
俺は、剣士キリトは答える。はっきり言えば、俺は自分の力でこのSAOをクリアしてやろうなどと大層な理想は背負えない。しかし、これから始まるであろうプレイヤー間の疑心暗鬼に揉まれる事も、圏内でずっと安寧を貪る事も不安が大きい────だが、隣にいるオウルに付いて行けば何とかなるのではないか? とも思う。
この期に及んで己の保身を捨てきれない自分に嫌気が差すが、俺もベータテスターであり色々なゲームを渡り歩いてきたコアゲーマー。きっとオウルの役に立つ事も出来るだろう…………そして、いつかは見捨ててしまったクラインにも。
「あの演説から十分近くたった、もう動き出している奴もいるかも知れない。最速で《ホルンカ》を目指して日が変わる前にLVを5にする」
背中の初期装備《スモールソード》を抜きながら俺達は圏外に出る。視界の先十メートル先には狼型のmobが二匹いたからだ────最初の街周辺にうろつく何て事は無い筈の敵が、今だけは心臓が竦むような心地になる。ベータ時代に始めて戦った時でもここまで緊張しなかった。
「う────ぉぉおおおおおおおおおおお!!!」
間違いなく、生まれて初めてこんな大きな気合いを発した。腹から声を出すとはまさにこんな感じなのだろう、自分自身の恐怖に押しつぶされないように駆け出し、《ソニックリープ》のモーションを取る。こちらに気付いたmobが跳びかかってくるが、その時にはソードスキルの準備動作は終えている────急加速した剣はカウンター気味にmobを斬り捨てた。
「ナイス、ソードスキル」
見ればオウルも突進系刺突技《レイジスパイク》を狼の鼻先にピタリ直撃させて、駆け出した速度を落とさぬまま戦闘を終えている────その表情には、やはり一切の緊張は見えない。
「────行こう! オウル! もっと先へ!!」
「────長い付き合いになるかもな」
────そして、人生で最も長く苦しい
初めて小説を書いた時は、展開こそ頭の中で妄想していましたが見切り発車でした。
それで書き始めたのが削除済みの『原作と違いすぎてどうすればいいのかわからない』。今にして思えば、ていうか当時も思ってましたが「なんだこのクソタイトル」とか思ってました。因みに処女作な上に、最初はWordを使わず書いたので見れたもんじゃない。
でも最近ふと埃を被ったSAOの一巻を読み、まだ続いていると知りました。キリトと言えば『ハーレム物ラノベ主人公』みたいなイメージがありますが、初期の初期は中々自責の念が芸術点高いと思いました。ハーレム築いているしか思ってない人は原作を読み込んで欲しいですね、オススメは八巻のアニールブレードの話。
そんなこんなで「リメイクして書いてみるか?」他の小説も書いているのにそんな事を思い、気付いたら一万二千文字以上。どうも見切り発車は作者の性のようです。ちゃんと完結させたいですね、他の小説も。