A.貴方に納得できる赦しなんてありません。
薄暗い鍾乳洞で、ケタケタと嗤う、殺しを愉しむ道化が二人。
(…………噓だ、だって、まだHPは残って)
縋るように────いや、彼は実際に縋ったのだ、ゲームシステムという仕組みに。HPがゼロでない限り、死んでいない筈だと。だが、通路先の二人組は先程まで一緒にいたパートナーが愛用していた武器を、玩具の様に振り回している。
────離れた場所で死んだ場合、データの同期が遅れるのではないか? 或いは、そのプレイヤーが認識しない限り、システム上でも死は確認出来ないなども有り得る。リアルを追求されたSAOなら、有り得る。
(…………でも、あの二人はカーソルが、グリーンだから)
────一層のアスナの様に仮想世界でも気絶する事はある。落ちた衝撃で気絶したプレイヤーの手を操作して、デュエルPKを仕掛けたとしたら、殺害は十秒で済む。当然カーソルの色など当てにならない。
(違う…………違う、違う、違う! じゃあアレは、きっと正式版で追加されたmobのレアドロップアイテムで)
────新しく追加されたmobのドロップ品だとしても、強化値があるのは不自然だ。
(なら! きっと他のプレイヤーが!)
────武器の固有名詞と強化値が完全一致し、加えて入手確率の低い武器を持ったプレイヤーが最前線のダンジョンにいるのは、どれほどの確率だろうか。
「チョロチョロと鬱陶しかったなぁ! 死んだ時のアイツの鳴き声! ちょースカッとしたぜ!」
「あははー! しかもレアドロップのオマケ付きですからねぇ! これだから狩りはたまんないんですよぉ」
自問自答で、自ら見出した希望を自ら潰していく。殺した相手から奪ったハンティングトロフィーを掲げて嗤っている道化達の声が、彼の脳をじわりじわりと蝕んでいく。死に追いやった、死に追いやった、死に追いやった────一体、誰が? 誰のせいで?
「……………………返せ」
「────あ゛?」
カーソルがグリーンのプレイヤーを攻撃すれば、《圏内》に入れなくなる。そして、ここは主街区の真下にあるダンジョン。上の街を通らずダンジョンを出るには、構造上ダンジョンボスを倒さなくてはならない────この場所での、
「おやおやぁ…………これはこれは、とんでもない珍客ですねぇ」
「────返せ」
「なんだテメェ……? いつからそこにいた?」
「返せ…………!」
「話も出来ねぇのか? いつからそこにいたって聞いてんだよ!!」
この二人組をここで殺せば、Pohへの手掛かりは無くなる。そればかりか二体一の戦いはオウルにとっても未知の領域、例え倒したとしても消耗すればボスに勝てる可能性は低くなる。勝っても負けても、何をどう考えても悪手だ────しかし、それでも彼の理性は、湧き上がるはち切れんばかりの衝動を抑えられなかった。
「お前らみたいな、ゴミが……! 持ってていい代物じゃないんだよ……返せ!」
「……あらら? なーんか勘違いしてるみたいですねぇー?」
「言ってる場合じゃねぇだろ! もう全部聞かれた前提で立ち回らねぇと!」
「あはは、それはそうですね────まぁ遅かれ早かれ、彼には死んで貰う手筈だったんでぇ、
神経質に声高で黒フードが短剣を構え、軽薄にねっとりした声で鎖頭巾が片手剣をスラリと抜剣する。狭い通路の中では、オウルの速度は生かしきれない。加えて人数差により手数も制限されて、狭い通路でも取り回しが容易い短剣使いは有利だろう。それを分かっている鎖頭巾は嫌らしくニタリと口元が裂けた────オウルから立ち昇る、
「────なんです、か? それ?」
「お、おい……なんだよ、そのオーラみたいもんは……エクストラスキルか!?」
白いトレンチコートの上から、赤黒い湯気や触手に近い何かが、オウルから漏れ出す。
「ぶっ殺してやる…………!」
殺意が手を纏い、剣を握りしめて、目の前にいる固まった二人組に、振り下ろされる直前に────。
「わあああああ────────ッッッ!!!」
────不意を突いた女の大声が、その場を支配していた緊張を全てかき消した。
「うおわっ!?」
たった数秒の内に多くの事が起こった。背後から叩きつける様なその声に黒フードは飛び上がる程に驚き、メイン武器とは逆の手に持っていた《ブレッシング・ダガー+4》を落としてしまう。それに素早く反応した手癖の悪い鼠のmobがダガーを盗み取り、影から飛び出した女が────フィリアが下段突き上げソードスキル《ケイナイン》で倒して、愛用品の武器を取り戻した。
「フィ────!」
オウルは言いかけて────ガチリと歯が鳴る程力強く口を閉じた。目の前の二人は明らかに潜在的な犯罪者プレイヤー、そんな奴らに彼女の名前を知らせる訳にはいかない。武器を取り戻した彼女は素早く二人組の横を通り抜けてオウルの隣に戻り、短剣を構える。その眼差しは明確に敵意を二人組に向けていた。
「なんだなんですなんですかぁ? 何時から隠れてたんですかぁ? ビックリして寿命が五秒縮んじゃいましたよぉ、オウルさんと言い、貴女と言い、驚かすのが好きですねぇ……!」
「だ・か・ら! クッチャベッテってる場合じゃあねぇだろうが! つーか返しやがれオレの《ブラッシング・ダガー+4》!」
「《ブレッシング》よ! 何!? 毛繕いの短剣って!?」
どこかコミカルなやり取りだったが、空間に満ちている殺意は本物だった。犯罪者プレイヤー二人が武器を構えて足で距離を測る。フィリアは次の瞬間にも跳びかかってくる気配を感じながら────最初に動き出したのは、隣にいたオウルだった。
「隠蔽を使え!」
フィリアを掴み横跳びで通路の窪みに入り、《隠蔽》スキルによるハイディングを使う。短い命令形にフィリアは戸惑いながらも、同じくハイドする。当然だが二人組にはバレバレである為、直ぐにこちらに向かってくる足音がするが、遠くから徐々に大きくなる地響きめいた足音に全員に緊張が走った。
「────マジかよ!? 《MPK》とかずっりぃぞ!?」
「あははは! 僕等がそれを言いますかぁ? って、イカンですよぉ。これはゲキサックですねぇ────然らばごめん!」
二人組は迫りくるmobの大群と戦う気は全く無く、オウルにもフィリアにも構わず足早に逃げ出した。mobは隠蔽を使っていない二人組を標的としたのか、隠蔽を使い隠れているオウル達の地点を通り過ぎて、そのまま追い掛ける。十秒、二十秒、三十秒と経ち、mobも人の気配も無くなってから息を整えて、覆い被さる形でフィリアを押し倒したオウルが起き上がる。
「オ、オウル……」
「────すまない、本当に悪かった」
彼は戸惑う彼女に、そのまま勢いよく土下座した。もうほぼ岩壁と言っていい地面に叩きつけ、HPが減る事も全く厭わない。いや、そんな事すらどうでもいいと思える程────彼は、ただただ誤ちを認め、謝罪して、赦されなくとも、彼女の鬱憤を少しでも晴らしたかった。ただそれだけだった。沈痛な感情を限りなく排した声音に、僅かに彼女は固まっていたが、全く頭を上げようともしない彼の髪に撫でる様に優しく手を添える。
「……いいんだよ、ありがとうね、助けてくれて」
「────────」
────ある意味では、その一言は、千の罵詈雑言よりも、彼の心を深く抉った。
♢
「うぉおおお────!!!」
「シッ────!」
剣を振り翳す俺の猛威に対して、オウルの短く静かな裂帛。俺の剣は削るような鋭いカウンター・パリィで逸らされ、間髪入れずに手首を切り返して柄頭が腹部に痛烈に叩き込まれた。視界端の俺のプレイヤーネーム『Kirito』の下にあるHPが僅かに減ったが、五割には達していない。《初撃決着》はクリーンヒットを貰うか、HPが半減するまで終わらない。だが、ジワリと焦る気持ちまでは抑えられなかった。
「くッ────まだだ!!」
「あぁ、まだだな」
鋭く、冷たく、意志も意図も一切伺えない視線は、名前も相まって獲物を狙う猛禽類を彷彿させる。下手をすればフロアボス以上の威圧感に脚が竦みそうになるが────そんな事では、アスナは疎か、自分の身すら守れはしない。
決意を固め直して歯を食い縛り、前に踏み出す。オウル相手に大振りの一撃は逆に利用される。特に片手剣のソードスキルは隙が大き過ぎて、全く使う余地が無い。俺はコンパクトで、牽制の意図を込めた立ち回りを意識して何度目かの攻撃を繰り返す。ここまで本格的な対人戦は久し振りだ、モルテに三層で挑まれた時以上の緊張に神経がショート寸前までヒリつく。
「────どうした? 俺のHPは全く減ってないぞ? このまま時間切れか?」
「さぁ!? それはどうかな!?」
牽制が主な目的だったが、それでも俺はオウルのHPを減らすべくフェイントを織り交ぜた本気の攻撃を繰り返している。しかし、力では勝てない事を理解している彼はまともに鍔迫り合いなどしないし、逆に速さでこちらを翻弄してくる。何度か不意に視界から消えて、死角から鋭い突きが目を射抜こうとしてくる。今の所当たっていないが、残念ながら避けられたのは殆ど偶然だ。運は収束する、いつかはオウルに傾くだろう。このままでは俺は勝てない、だからこそ────勝負に出た。
「ハァアッッッ!!!」
「…………────」
右手に握り締めた片手剣を先程と同じ様に大きく振り下ろす。気合いのギアを一段階上げたこの一撃は、オウルからすると焦って勝負を急いだ様に見えているだろう。集中力が高まり時間の流れが遅くなる。ゆっくりと剣が彼に向かい、オウルはそれを弾き逸らそうと構えている────そして、その意識の外で、俺は体術スキル《閃打》を用意する。
────勝負だ! オウル!
例えどれだけ速くとも、一度の行動で防げる攻撃は一つまでだろう。俺の剣は弾かれるだろうが、奴の意識外から来る不意打ちは最速かつ最短の体術スキル。そのトレードオフとして威力は低いので、クリティカルヒットしても一割減るか怪しいが、初撃決着ならこれでも充分────
「────
「────なっ!?」
まず俺の剣が弾かれる────
反射的にブワッと冷や汗が噴き出した時には、もう遅かった。引き絞るが如く、捻り掴まれた俺の手を支点に、視界がグルンと回る。何をされたのか全く分からないまま、背後から衝撃が伝わって地面に転がされた事を思い知ると同時に────
「────はい、ドン」
「────ぐぇっ!?」
────ブーツの踵が、俺の横面を踏んづけた。
そして俺の視界に現れる《You Lose》という紫色のシステムメッセージ。通常攻撃でも流石に、踵の踏み付けはクリーンヒット判定だったらしい。悔しい物を感じながらも学ぶ事が多い戦いだった、後で反省のイメージトレーニングしなくては。背中で草の柔らかさを感じながら考えていると、オウルが掴んだ手でそのまま引き起こしてくる。
「くそー……イケると思ったのになぁ……」
「一層の時よりも洗練されたな、アスナと特訓でもしてたのか?」
「いや、アスナはまだまだ対人戦の忌避感が拭えてない。この世界での対人戦は実質的に殺し合いだからな……この五層に来た時も一回やろうとしたけど、結局俺に剣は向けられなかったよ」
「…………そうか、それが多分、人として普通の感覚なんだろうな」
「…………てかさ? さっきのは何したんだ?」
「ただの合気だよ」
「…………お前は渋川剛気かよ」
しみじみと、とんでもない《システム外スキル》をサラリと言ってのけ、オウルが腰の鞘に剣を納めて遠い目でどこか眺める。この五層は遺跡が多く、夜の《カルルイン》もどこか息が詰まりそうな雰囲気があったが、今俺達が居る場所は森が眼下に広がり、その上には清々しい青空が展開されている。今から十数時間前のこと、俺とアスナが泊まっていた宿にオウルとフィリアが訪ねてきた。
『虫の良い話だと自分でも思う。だがこの五層がクリアされるまで、フィリアだけでも同じパーティーに入れてくれないか? それが無理ならアスナ、フィリアと同じ部屋に泊まってくれ────いや、泊まらせてあげて下さい。お願いします』
開幕土下座で、いきなりオウルがそんな事を言い出したので、俺の暫定的なパートナーであるアスナもかなり面食らっていたのは記憶に新しい。俺とオウルのやや身勝手なフラフラする気質には、まるで風紀委員の様に厳しい彼女も、その理由を聞くと流石に嫌とは言えなかったのだろう。俺達はパーティーを組んで行動していた。そしてオウルとデュエルしていた事も、決して無関係では無い。
「────ディアベル殺害を目論んでいる犯罪者プレイヤーがいるって、本当なのか?」
「飽くまで、計画の内ってだけで直ぐに実行しようとはしてないみたいだがな。あとカーソルもグリーンだし、二人共名前は知らない」
「多分、鎖頭巾の方はモルテって奴だよ。三層のエルフクエの時に戦った」
「ほう…………」
どこか感心したような興味深そうな反応をする。そう、さっきの不意打ちの《閃打》は今咄嗟に編み出した物では無く、モルテの戦いの時に編み出した物だ。剣で視線誘導して、意識の外から不意打ちする。単純だが、それだけにかなり使い勝手が良い。
エルフクエストを進めていく中で、何を企んでいたのかハイディングしていたモルテと、俺は決闘する事になった。デュエルの仕様を逆手に取ったPKを仕掛けられそうになった俺は、体術スキルと一層でのオウルとの戦闘経験から、辛くも勝利と自身の命を掴み取った…………正直に言えば、いつかは殺人を厭わない連中も現れると、事前に話し合ってなければ勝てなかったと思う。
「もっともっと強くならないとな……」
「そうだな……でもその前に、流石に今回の件はディアベルの耳にも入れといた方が良い」
彼の言っている事は、確かにそれはそうなのだが、一抹の不安がある────ズバリ、俺達の話を信じて貰えるのか? という事だ。
「…………馬鹿正直に、潜在的な殺人鬼プレイヤーがいるって言うのか?」
「んー……まぁそうすべきだと思うが、ディアベル視点では胡散臭いよな。まず普通に考えてプレイヤーにとって全く利が無いわけだし、そもそも証拠が無い」
オウルの言っている事は尤もだ。俺達SAOプレイヤーは大前提として、このアインクラッドに囚われている被害者なのだ。いつまでもこの世界にいるわけにはいかない、にも拘わらず攻略組の邪魔をするなど自殺願望があるとしか思えない……いや、実際にそうなのか? モルテ達は集団自殺を目論んで、二層の強化詐欺や三層のデュエルPKを仕掛けてきたのか? 一応筋は通っているものの、しかし俺の中の第六感とでもいうものが決定づける事を拒んでいる。現段階では仮説の一つ、というのが妥当な位置付けだろう。
「……いや、それでもディアベルに言うべきだと俺も思うよ。俺とオウルだけなら兎も角、アスナやフィリアも口添えするなら、信じてくれそうな気がする」
「そうだな……土産に迷宮区のマップデータでも持っていくか」
「だな。レベリングも兼ねて……そういえばオウルって今レベル幾つ?」
「もうちょっとで19。次のスキルはどうしようかなぁ、
「マジ? 俺さっきのクエスト経験値で18だから……うーん、追い抜けそうに無いなぁ」
「ソロとコンビじゃあな、それに現状のSAOは大型のmobがいないから多人数は寧ろ経験値効率的には足枷になりやすい」
「にしたって、俺とアスナは今の所はボス戦皆勤賞だぜ? どんなレベリングしてるんだ?」
「別に? 迷宮区を一階から二十階まで隅々まで探索して、立ちながら寝たり起きたりしながら戦ってるだけだ」
「────オウル、お前ソロ辞めろ」
コイツは一人にしておくと、いつか本当に死にかねない。今更ながら、それに気付いた俺はフィリアと出会った今回の事件に複雑な気持ちになりながらも、少し安堵の気持ちも覚えた。俺じゃないにしても隣に誰かいれば、多少は危険を顧みる立ち回りを意識してくれるだろう。
「ダイジョブダイジョブ、一秒で寝て一秒で起きて戦うだけだから」
「お前の脳どういう構造してんの?」
流石に冗談…………だよな?
♢
「────話は分かったよ……だが、現状では打つ手がないというのが本音だね」
オウルとの対人戦と相談を終えた後に、風呂から上がったアスナとフィリアを連れて、俺達は丸一日かけて四人パーティーのまま迷宮区を攻略した。ベータ版と同じくゴーレムが主な敵陣であり打撃属性が最も通じるのだが、額辺りにある紋章が弱点なので大して強敵では無かった。オウルとアスナは勿論、思いの外フィリアもかなりの腕前で、特にトレジャーハンターを自称するだけあって、《罠解除》や《解錠》のスキルで宝箱を総なめ出来た事が大きかった。
そして二十階のマップデータを揃えて、俺達はそれをアルゴよりも先に渡す事を対価にディアベルを呼び出した。念の為に、一人で来る事を条件として。もしもこれで怪しまれたら、最悪副リーダーであるリンドかキバオウの同伴は許容するつもりだった。だが意外な事に、ディアベルは素直に一人でやってきた。勿論、仲間には何かしら用事があるなどの断りは入れてあるだろうが。
「信じるんだな…………」
「流石にキリトさんやオウルさんが、そんな質の悪い冗談を言うとは思ってないよ」
とあるレストランで貸し切りの個室の中、ディアベルは紅茶を飲みながら難しそうに眉間に皺を寄せている────というのも、結局ディアベルにも俺達にも、現状では『そういう奴らがいるから気を付けようね』以外、具体的に出来る事がないからだ。まさかPKプレイヤーだからって、俺達の方から殺す訳には…………。
「俺もギルドリーダーとして、攻略組のプレイヤーは全員把握してるけど、モルテという名前のプレイヤーは攻略組には居ないし…………仮に見つけて吊るし上げても、多分トカゲの尻尾切りになるだけだろうね」
「……ねぇ? いっその事さ、攻略組の皆に伝えるわけにはいかないの?」
フィリアがそう提案するが、ディアベルも俺もオウルもアスナも、全員が難しい顔をする。というよりもフィリア自身も、あまり乗り気な表情では無い。一応言ってみただけなのだろう。
「フィリアさんだったかな? それは考える限り悪手だね。まず攻略組全体が疑心暗鬼になるし、俺はキリトさん達の事を信頼しているし信用もしているけど……残念ながら攻略組全員がそういう訳じゃない────それに、この情報を流せば
「ある、プレイヤー……?」
その言葉に、フィリアが首を傾げながら呟いた。恐らく、この場の彼女以外全員が同じ事を考えた────いま攻略組には、
「…………知らないのならいいさ、別に楽しい話じゃないからね。それよりもオウルさんとフィリアさんを襲った二人組の狙いだ。確か俺の殺害は二の次で、この層のボスが落とすアイテムが目的なんだろう? オウルさん? 何か心当たりはあるかい?」
ディアベルが部屋唯一の扉で外からの盗み聞きを警戒している、いつの間にか白髪に染めた青い瞳の剣士────オウルに話を振った。俺の隣の席のアスナ、フィリアも目を向ける。アスナとフィリアはビギナーだから分かるのだが、ディアベルもベータテスターなのだから大体予想はついている筈なのに…………狡い質問だと思うべきか、辛い立場だと思うべきか。
「そうだな。恐らくだが、ギルドフラッグの事だろう。名前は確か《フラッグ・オブ・ヴァラー》とか言ったっけな。範囲内のギルドメンバーにバフを与えられて、武器を強化したらバフの効果量も増える…………もしも、PKプレイヤーだけでギルドを作ろうとしているとしたら────」
「────絶対に、ギルドフラッグを奴らに渡す訳にはいかないわ」
オウルの推測に、アスナが険しい表情で続く。俺が覚えている限りでは、ギルドフラッグは一度ギルド登録すれば上書きは出来ない。折角の貴重なアイテムをPK集団に使われる、そんな事になれば最悪だ。今判明している限りでは、モルテ、黒フードの男、そして二層の強化詐欺をネズハに教えた黒ポンチョの男がいる。しかし、飽くまで俺達が分かっている限りで三人というだけで、本当はもっといるかもしれない。
モルテは俺に名前が知られているので、流石にボス戦のレイドには参加しないだろう。しかし、黒ポンチョと黒フードがレイドに潜めば48分の2の確率。つまり約4%の確率で奴らに渡る。いや最悪の場合、1パーティーくらいは既にメンバーが揃っていると考えれば、48分の6────その場合には、実に12.5%という確率で奴らがフラッグを手に入れるのだ。
もしも俺達以外にドロップすれば、他人のストレージを確認するのは難しい。それこそ『ぶっ壊れアイテムだったから、今の正式版では実装されなかったんだ!』なんて言われた日には、もう確認する術がない。自分の嫌な想像に、口の中に苦いものが湧き上がる。部屋の中に沈黙という嫌な空気が充満した、そんな時にオウルが驚くべき事を提案した。
「ベータ版と同じなら、この五層のボスは特殊攻撃を持たないデカいだけのゴーレムだ────信頼出来る奴だけ集めて、少数精鋭でボスを攻略するのはどうだ?」
「…………本気かい?」
「偵察戦を俺達と信頼出来る奴らで仕掛ける、そして逃げる隙が無かったとか言ってそのまま倒す…………充分なレベルマージンがある今なら出来る筈だ」
「確かに……二層のボスみたいな特殊攻撃やブレスが無いなら不可能じゃないだろうけど、俺はギルドリーダーの面子から参加出来ないよ? メンバーはオウルさんとキリトさんとアスナさんとフィリアさん。現状は四人だけ、他のプレイヤーに当てはあるのかい?」
「んー……俺は一人だけかな? キリト達は?」
「えーっと……」
エギルの兄貴軍団(仮名)と、強化詐欺の時に知り合ったネズハに、情報屋のアルゴに…………駄目だ、俺の想定している全員が参加してもレイドの半分にも満たない。それでも不可能では無いだろうが…………。
「ディアベルさんは、自分のギルドから信用出来る人は出せないの?」
フィリアがディアベルに聞くが、あまりディアベルの表情は良くない。申し訳なさそうに彼は参加出来ない理由を述べる。
「いない事も無いよ? でも、全員出さずに一部メンバーだけ出すだけに足る理由は? 幾ら俺がリーダーでも強権を振るい過ぎれば、後々軋轢が出来る。そうなったらそれこそ、ギルドを二分割させたいPKプレイヤーの思う壺じゃないか」
確かに、今のアインクラッドで最大最強と言えるディアベルのギルドが派閥で割れるのは痛い。人が集まる以上はいつかはそうなるかも知れないが、現在はベータ版で行けた十層すら行けていないのだ。流石に今は暖簾分けしないで欲しい。
「────兎に角、五層のボスは少数精鋭で挑む方向で行こう。万一の場合を考えると、レイドで挑むのはリスキー過ぎる。だからディアベル、ボスの攻略戦は少し待ってほしい」
オウルが、いつになく真剣な表情でディアベルに頼み込む。珍しいものを見たと、俺が少し驚いている間にディアベルは深く考え込んで、やがて根負けしたかのように折衷案を出した。
「…………今日から二日だ。二日の間、俺達のギルドは理由を付けてボス戦に挑むのを引き延ばす────その間に、オウルさん達でボスを討ち取ってくれ」
そーどあーと・おんらいんNGシーン
第一話『かみまみた』
キリト「行こう!オウル!────もっ先へ!」
オウル「長い付き合いに…………おい待てや、カットカット、監督!リテイク頼みます!」
キリト「すまん、噛んじゃった」
オウル「もっ先て、お前、懐かしいまであるわ!」