A.自身と世界を俯瞰し、全てを観測する事です。
「分かってはいたけど────硬い!!!」
私はリズベットに強化してもらった《ブレッシング・ダガー+8》で、下から生え出てきたボスの腕にソードスキルをぶち当てる。しかし、短剣二連撃《クロス・エッジ》で腕に伝わってくる感触は、この五層で戦ったミイラ男とも
「フィリア、無理はするなよ。作戦は一貫して“いのちだいじに”だ」
「分かってる!」
疾走しながら、すれ違い様にオウルが気に掛けてくる。戦いが始まってから十五分程経つが、一番動いているのは彼だろう。蛇の様に蠢く青いラインを素早く踏みつけ床から巨腕を誘発させる、踏みつけた彼を握り潰そうと手が正確に向かうが、それを予め見越しているだろう彼は余裕綽々に躱す。まるで宙を舞う花弁が手から逃げる様に、巨人の手はヒラリと靡くコートにすら掠らない。
「回避に自信がない奴は無理しなくていい! 俺が手足を誘発させる! 現状タンクの二人は耐久値温存! ボスのHPが減って攻撃パターンが変わってからが本番だ!!!」
腕を躱した先で、今度は巨人の脚が彼を踏みつぶそうと踵が振り落とされる。しかし頭上から迫りくるソレを全く視認しないまま半身をずらして回避、紙一枚分の隙間が有るか無いか際どい位置で踵をやり過ごしてショックウェーブを跳び越える。そして射程距離から出ない内はずっとソードスキルを放ち続ける────見ているこちらの肝が冷える程、無駄を極力排した戦い方だった。ただ速いだけじゃない、
「ネズハさん! デバフ効果の咆哮までソードスキルは温存! キリトにアスナは動きに慣れたら俺と同じく誘発させろ! エギルさん達はそこに間を置かず追撃を! リーテンは無理をするな! 動きはシヴァタに合わせろ! フィリアは一拍置いて俺に続け!」
そしてボスの動きを完全に見切った戦い方は、そのまま指揮能力を向上させていた。事前に聞いた訳でも無いのに、ネズハさんのソードスキルのクールタイムを把握し、キリトとアスナの動きが次第に良くなっているタイミングで追加の指示を出し、恐らく私と同じく初のボス戦であるリーテンさんの動きが鈍い事にも気付いている。
私はオウルに続く形で攻撃する都合上、彼の後ろにいるので位置的に視野が広い────だが、常に部屋を疾走してボスの攻撃を誘発し、回避と反撃を同時にしながら全員の動きを見ている彼は、後頭部に目が付いているか、全員の動きを頭の中で完全にシミュレートでもしていないと説明出来ない。一つ出来れば上等な行動を、彼は平然と同時に複数行う。
「もう一度スタンプを誘発させる! ショックウェーブ来るぞ! 3……2……1────跳べ!」
オウルに対抗心を燃やしている訳では無いだろうが、負けじとキリトも態とラインを踏んだ。彼の頭上にサークルが現れて勢い良く踵が飛び出してくる。しかしただでさえ普段から戦い慣れていて、明らかに頭一つ飛び抜けている彼らはショックウェーブを跳び越えると同時に、果敢に空中ソードスキルで攻め続ける。もはや偵察戦というのは建前でしかなくなったが、それでも危うさを感じさせる程に攻勢に傾倒して────
「良い剣だなオウル! どこで手に入れたんだ!」
「その内紹介してやるよ、きっと仲良くなれるよ」
「作ってもらったのか!? そのぶっ壊れを!?」
「あぁ《ツッコミ》スキルだけならお前以上だな」
「そこは鍛冶スキルを評価してやってくれよ!?」
────いやぁ全然余裕そうだなぁ、この二人。もうボスへの攻撃に作業感すら漂っている。
クールタイムを把握して、今使えるあらゆるソードスキルのボスの脚に断続的に叩き込む。ボスの膨大な筈のHPが見る見るうちに減っていくのは爽快感すらあった、既にHPバーは四本目に突入しそうになっている。一撃の重さこそ脅威ではあるが、事前にオウルが必ず警告を入れる為に誰もHPがイエローにすらなっていない。ポーションは潤沢なまま、パターンは単調、タンク役もほぼ万全と言える。全て順調だ、順調だが……。
「このまま何事も無く、終わってくれるといいけど…………」
「「────わざとじゃないんだろうけどフラグ臭いこと言わないで?」」
そして二人がボスへの攻撃を終えると同時に足が天井まで戻っていき────残りHPバーが三本に突入した時だった。無謀にも思えた十二人でのボス討伐は、いっそ呆気ないと感じるまで順調だった。しかしやはりと言うべきか、HPが減った事がトリガーとなり、ゴーレムが今までに見られない動きをし始める。部屋の床を蠢いていた筈の青いラインは壁を伝い這いはじめ、牢屋のような縦縞模様になり、部屋全体に不穏な気配を漂わせる。
「────総員退避! 俺とキリトだけでパターンを把握する! 軽装剣士から部屋を抜け出せ!」
「でも全員余裕があるぞ!? お前達だけじゃ────!」
「シバ! ここは二人に任せよう!」
オウルとキリト、お世辞にも防御力に秀でているとは言えない二人を残す事にシヴァタさんが異を唱える。無理もない、ボスの攻撃を殆ど受けずに消耗は無いに等しい。そんな状態で二人だけボス部屋に残すという、リスキーな手段は取りたくないのだろう。しかしリーテンさんが踏み止まろうとする彼を引き戻し、渋々ではあったが警戒しながら撤退する。
「オウル! 危なくなったら直ぐに逃げてね!」
「あぁ、パターンを把握したらまたキリトに行かせる。フィリアもそれまで待っててくれ」
「フィリアさん! 私とシバが最後に撤退します! 貴女とアスナさんが最初に出てください!」
「フィリアちゃん! 早く!」
オウル達を残す事に一抹の不安はあるが、だからといって私がここに無理に居座っても全員に迷惑がかかる。ボスの不意打ちに警戒しながら呼び掛けてくるリーテンさんの声を皮切りに、唯一の出入り口に向かって走り出す。既にアスナも出入り口の手前で私の事を待っている、大丈夫だ、壁面にラインが移った事で寧ろ走りやす────待て、デバフ効果のある咆哮を行うボスの顔はどうなった? ラインに変化があったなら、顔にも何か変化があるのではないか?
「無い、ボスの顔は何処に────?」
出口に向かい走りながら天井を見上げたが、そこには先程まで確かにあった筈の荒削りのゴーレムの顔は無かった。ネズハさんが何度もチャクラムで額の紋章を攻撃しても、消える事は無かったのにも関わらず、一体何処へ?
しかし疑問に思いながらも、今の私に出来る事は足を引っ張らない様に撤退する事だけだ。そう考えてアスナと下り階段に一歩踏み出した時だった、階段の縁がグバリ! と盛り上がって私達を挟み込んだ。驚愕しながら床を見やると、眼球の無い窪んだ眼窩が────ゴーレムが私達を見ていた。
「なっ────!?」
「アスナッ!? フィリアまで!? ヤバいぞオウル!?」
キリトが焦燥感を募らせた叫び声を上げながら、オウルに呼び掛ける。周囲にいたシヴァタさんやリーテンさんにエギルさんも、ゴーレムの歯に手を突き込み無理矢理開こうとするが、私のチェストプレートに加わる圧力は寧ろ徐々に増していく。そうか“vacant”は《虚ろな》という意味だった筈だ、という事は────
「なんてこと、この部屋自体が、ボスの体だったんだわ…………!」
「────駄目だ! 額の紋章が無いうえに顎もビクともしねぇ! 二人共! 転移結晶とか持ってねぇか!?」
「悪いけどエギルさん、そんな物持ってないよ……!」
掠れた声で呟くアスナと一緒に、全力で歯を押し返そうとするが全く動かない。今はまだチェストプレートのお陰でそこまでHPは減っていないが、ボスの攻撃力に対してこの程度の防具は弱過ぎる。そしてエギルさんのせめてもの願いにも、残念ながらかぶりを振って否定する。そろそろmobから超低確率で《結晶》アイテムが手に入るらしいが、そんな物は貴重品は無い。
ミシミシと、胸の辺りから嫌な音が聞こえ始めて視線を下ろすとチェストプレートに罅が入り始めていた。もしも、顎がまともに喰い込めば、軽装剣士である私やアスナのHPなど一分も持たずに消し飛ぶだろう。冷汗が滲み出て、喉の奥から短い悲鳴が漏れるのを感じながら、必死に顎から抜け出そうと足掻く。
「────キリト! ボスの攻撃を誘発させろ! ヘブライの伝承的にも! ストーリークエストの情報的にも! 紋章が消えるのは有り得ない! 絶対に何処かにあるはずだ!」
「────了解! 二人共! もう少し耐えてくれ! アルゴ! ネズハ! 手伝ってくれ!!」
オウルとキリトが互いに距離を取って、部屋中を走り出す。いつの間にかまた地面に巡り始めていた青いラインを踏んで、一拍置いてから腕が生えて脚が振り落とされる。それを近くにいたアルゴさんにネズハさんも紋章を探してくれるが、それよりも先にこちらの限界が来た。奮闘虚しく、私とアスナの筋力値では顎を押し返す事は出来ず、エギルさん達がボスの顔に向かって斧を振り下ろすが効果は見られない。薄氷が割れるような音ともに、プレートがポリゴン片となって消えて、極太の歯が刺さる────
「────アスナ! と……オウルのコンビ相手! 大丈夫!?」
────瞬間に、下から大鎌が飛び出してつっかえ棒の様にゴーレムの歯を押し留めた。ほんの僅かではあったが、聞き覚えのある声に記憶が刺激されて誰だったか思い出そうとすると、先にアスナが答えを出す。
「ミト!? どうしてここに!?」
「レイドの半数にも満たないメンバーで! 五層のフロアボスに挑むのは流石に無謀だと思ったし! 何より思い出したの! “足踏みしてたって魂は腐る一方だ”って言われた事! ────でしょう!? オウル!!」
「それで!? 遅れて参戦か!? まるでヒーローだな?」
「────私がヒーローで文句ある!? オウル!」
「────別にねぇな! 精々暴れろ!
窮地でありながら楽しそうに、或いは頼もしそうにしながらオウルは《バーチカル・スクエア》を天井から生えてきた脚に叩き込む。青紫色のライトエフェクトが鋭く四回瞬き、同時に私達を嚙みついていたゴーレムが勢い良く吐き出した。
ボスの口から放り出されて床に転がり、視界端に表示されたHPを確認するが、まだ七割は残っている。隣のアスナにポーションを差し出しながら、私も急いで瓶の中身を一気に呷る。オウルと一緒に買ったポーションは品質が良いので、三割程度なら直ぐに回復するだろう。予備のチェストプレートを装備しながら、ボスを鋭く睨み短剣を構える。
「良し! 二人共────いや、三人共無事脱出したぞ!! 階段もちゃんと残ってる!」
「オウル! どうする!? このまま継続するか!?」
「当然! ここまで来たら一気にゴールテープを切るぞ!」
エギルさんとキリトの眼差しが真っ直ぐに白い剣士に向けられ、剣士は一気呵成に進む事を選んだ。もうボスのHPは半分以下、さっきの攻撃も手と脚だけでなくボスの顔も加わるだけで要領は同じ、つまり無理に近づかなければ問題ない。私とアスナのチェストプレートが消えたのは痛いが、ポーションはまだまだ余っている。消耗はまだまだ想定以下だ────だから、オウルからこちらに向けられた、視線に対する答えは決まっている。
「────フィリアも! アスナも! いけるな!?」
「「ええ!」」
「良し! ミト! お前はチャクラムのソードスキルが使えないタイミングでボスの紋章を攻撃しろ!!!」
「チャクラム!? そんな武器が────いえ、それは後ね。了解!」
反応からしてほぼ間違いなく、未知の武器情報に驚愕したミトさんだったが、直ぐに意識を切り替えて大鎌のギミックを作動させる。アスナとのデュエルでも使用した分銅が意志を持っているかのように射出され、遠距離から紋章がある脚を強かに打ち据えた。
天井までの高さを考えると、如何に敏捷値が高いプレイヤーでもジャンプしたくらいでは攻撃は届かない。そのデメリットを踏み倒せるプレイヤーが、ネズハさん以外に増えた事は甚だ大きい────そして、そこから一気に戦況は進んだ。
オウルとキリトの攻撃の誘発と反撃、特にゴーレムの顔への攻撃は手足よりも有効だったらしく、目に見える形でHP減っていく。ミトさんを加えたアスナとの即興チームも一際異彩を放っていた。何せ今まではネズハさんのソードスキルを温存しなくてはならなかったが、ミトさんの大鎌で更に攻撃速度が加速した。ボスの咆哮キャンセルに、天井に消えていく脚に移動した紋章への追撃────そして、最後のHPバーに十分程で到達した。
「ラスト一本! まずはボスの変化を待つぞ!」
オウルがぶっ壊れ性能の《セヴァー・ザ・ギルト》で全員を制して、鋭くボスを睨み付ける。防御力が高く斬撃属性は相性が良くない筈なのに、やはり五層のフロアボスが相手でもオーバースペックなのか、その白い刀身には大した刃毀れは見られない。片手武器にも関わらず、両手武器の攻撃力を上回る剣は、間違いなくこの戦いのMVPと言える。
地響きが部屋全体から起こり、重厚な音がリズミカルに立て続けて積み重なっていく。
「デカすぎんだろ…………!」
絞り出すように呟くシヴァタさんに、私も心の中で同意する。何故なら、私達の前に天井に届きそうな十数メートルはあるゴーレムが姿を現したからだ。散々踏みつけた青いラインは、追い詰められた巨人の怒りを表すように鮮血の色をしている。その威容と巨躯に、流石に攻略組のプレイヤー達もたじろいでしまう────白と黒の剣士を除いて。
「────怯むな! 人型になったのなら最初の作戦通りに動ける! シヴァタ! リーテン! お前らが生命線だ!」
「オウルの言う通りだ! 多分紋章の位置はもう変わらない! ネズハとミトは交互に攻撃してくれ!」
地滑りの様な巨人の咆哮にも意に介さず走り出した二人の剣士は、振り下ろされた拳の鉄槌に飛び乗り、巨人の顔目掛けて疾走する。そればかりかオウルはオマケと言わんばかりに、腕を駆け上がる速度を落とさずに《スラント》と《ホリゾンタル》で縦横無尽に切り刻む。
アルゴさんもそうだが、敏捷性が高過ぎるとプレイヤー本人の意識が追いつかない事がある。本来ならば全力で走っても時速四十も出せない人間が、超人染みた速度を制御するのは並ならぬプレイヤースキルが求められる。アバターという仮想の身体操作、加速に着いて行ける反応速度。しかしそんな事は関係無いと、彼は一挙手一投足ごとに十重二十重の剣の軌跡を残して行く。
「────オウル!? お前もしかして“人類最強の兵士”だったりする!?」
「“最強”か! 良い響きだな! いつかこの世界で自在に飛び回ってみてぇな!」
無法な強さを要所要所で見せて、それでもまだまだ底が見えない白い剣士に流石にキリトも驚きが隠せないようだった。しかしそれでも二人の動きにズレは生じる事は無く、完全に同時に巨人の眼窩に向かって、片手剣の刺突技《レイジ・スパイク》をズガン! と剣の鍔まで深々と突き刺した。痛覚がない筈の巨人が、全身を明らかに強張らせた。
「■■■■■■■■■■ッ!?!?」
「い────ったそ~…………!」
生物的な痛覚などあろう筈もないゴーレムだが、それでも目に剣が刺さった事は強烈だったらしく、明らかに絶叫して取り乱していた。そんな中で下手人二人はというと摘み取ろうとしてくる手から、勢い良く身を投げ出し空中へと逃れる。お互いの動きを完全に把握しているとしか思えないシンクロ具合は、コートを翻る形まで同じだと錯覚してしまった程だ────しかし、感心ばかりしていられない。床に落ちるまでの僅かな滞空中に、ゴーレムは二人にヘイトを向けてタゲっていた。
「────ヤバいぞ! ゴーレムは《盲目》になってない!」
数ある状態異常の中でも戦闘中だと高確率で死に直結するもの、《盲目》。プレイヤーの手足が切断されると部位欠損が起こるのと同様に、目を潰されると一定時間視界が暗闇に閉ざされる。生物的なモンスターも同じ状態異常になる筈だが、相手はゴーレム。眼球も視神経も存在していないのだろう、身動きの取れないオウル達を握り潰そうと────
「「キリト/オウル!!!」」
────だが、それすらも予測済みと言わんばかりに、二人は嘲りにも近い笑みを浮かべて、素早く身を翻して
「おい、キリト。一層のコンビの時に教えたろ? 五点着地のやり方」
「お前と一緒にすんな! ノーダメージに出来ただけ褒めて欲しいわ!」
「────…………もう全部、アイツらでいいんじゃないかな」
「シ、シバ。そ、そんな事はないよ……たぶん……きっと……」
────気持ちはわかる、凄く。
♢
────《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》。
それっぽく和訳するなら《虚ろなる漆黒の巨像》だろうか? いや、単語順にするなら《漆黒の虚ろなる巨像》か? ────どちらにせよ、もうどうでもいい事だ。何故なら十秒前にシステム外スキル《壁走り》で額まで駆け上がり、紋章に《バーチカル・スクエア》をぶち当てた。一刀ごとに会心の手応えを感じ、不自然に固まったゴーレムはポリゴンとなって砕け散ったからだ。
タンク役でも無い俺やキリトが一撃でも当たればそこから崩されかねない為、全部回避して結局HPは一ドットも減ることは無かった。ステータス的に仕方ない事だが、0か100のハイリスクハイリターンな戦い方しか出来ないのは正直自分でもどうかと思う。
だが、シヴァタとリーテンを始めとしたエギルさん達やアスナにフィリア、土壇場で参戦したミトはそうはいかなかったのだろう。急いでポーションを飲み干して、新たに出現するボスがいないか確かめるまで警戒心を解けなかったようだ。
「…………やった、の?」
「あぁ、やったんだ。お前のお陰でもあるよ」
武器の構えを解けないミトの手を下ろさせる。フロアは少しの間静寂に包まれていたが俺の言葉に漸く全員現実に追いついたのか────一気に歓声が挙がった。誰も彼もが装備の消耗と精神の摩耗が激しいこの戦いで、一人一人に重圧を強いていた事を理解させられる。この戦いは敵との相性と俺達の戦術が上手く嚙み合ったと思うが、それでも通常のボス戦の数倍は負担があっただろう。ベータ版では何度もレイドが壊滅して、百人近いプレイヤーのゾンビアタックという戦術もクソも無い方法で突破した事を思えば、十三人で勝ったのは快挙と言える。
武器を仕舞うと気が抜けたのか。へたり込むミトに肩を貸して支える────そして同時に、俺はディアベルとの密約を思い返す。
『ギルトフラッグの事だけど、オウルさん────貴方がギルドを立ち上げる気は無いのかい?』
『え? ……いや無いよ? なんでそんな事を聞くんだ?』
俺は正直に言えば、一層でキリトの剣を買収しようとした件からディアベルは絶対にフラッグを欲しがると思っていた。だが驚いた事に、ディアベルは自分からソレを手放す事を言い出した。
『別にPK集団にさえギルドフラッグが渡らなければ、俺のギルドに使われる事は必須じゃないからね────それに俺のギルドだけが強い現状は、正直良くないと思うんだ』
『…………だから、俺? 無理だろ、絶対に。アスナやキリトの方がまだ現実的だ』
特にアスナは将来、実質的に団長と言える程のギルドの副団長になるのだから。勿論、ディアベルはそんな事を知る由もないが。
『そうかい? その二人だって君が誘えば参加すると思うけどね』
これはキバオウとリンドを交えた会話をする前に、ディアベルと話し合った事だ。
意外な事に、フラッグの性能を知っているなら絶対に欲しがると思ったディアベルは、ギルドフラッグに対してあまり執着していなかった。
だが、ディアベルの言いたい事も理解出来る。今の攻略組はディアベルありきで回っている────裏を返せば、彼の死は一人のプレイヤーの死よりも、ずっと重いという事だ。だからこそPoh達はディアベルを殺して、攻略組の結束に楔を打ち込みたいのだろう。原作ではキバオウとリンドが、ギルド間の対立構造を作ってしまったように。
俺としてはそんなに焦らずとも、遠くない未来に原作通り『血盟騎士団』などが結成される筈なので、それまではディアベルのギルド一強でも良いと考えている……だが、もしかするとこの考えは悠長なのだろうか? 大黒柱と言えば聞こえは良いが、ディアベルのギルド一強状態は確かに歪と言えば歪かもしれない。
『いや……だとしてもベータ版と同じならフラッグは一旦登録すれば、書き換えは不可能だ。もうお前のギルドで使っちまえ。キルされてもプレイヤーのストレージのアイテムはドロップしないとは言え、未登録のまま宙ぶらりんにしておくことが一番怖い』
無論、ギルド登録された後にフラッグ所持者がPohのプレイヤーキル対象にされる可能性はある。故にフラッグ所有者は内密かつ厳選しなくてはならない。
『…………俺の提案、一応覚えておいてね』
そんなこんなで紆余曲折あったが、結局ディアベルにフラッグを明け渡すことに落ち着いた。無論フラッグがドロップして、ドロップしたプレイヤーが快く渡してくれるならばの話だが。俺は皆に目を配る────さて、どうなるかな?
「────皆、まずはボス討伐お疲れ様! この場に居る誰一人として欠けなかった事は、間違い無く一人一人が尽力してくれたからだ。本当にありがとうございました!」
頭空っぽのお巫山戯キャラでいきたい俺としては全くもって柄では無い演説なのだか。それでも誰も笑う事なく達成感に満ちた微笑みを浮かべて聞いてくれている。本当ならばこのまま大団円でお開きにしたいが、残念ながらそうはいかない。
「そして事前に話していた通り! もしもギルドフラッグを手に入れた人は申し出て欲しい! 勿論強制じゃないし、タダで渡せなんて絶対に言わない。見返りが欲しい場合はディアベルとの相談になるが、トレードに応じてくれるなら
「…………ッ!?」
キリトよりも敏捷値と攻撃力が高かったからだろうか、意図せずLAボーナスを手に入れてしまったが利用しない手はない。ギルド結成を考えているプレイヤーならLAボーナスよりもフラッグの方が価値が高いが、逆なら交渉の余地がある────というかフラッグは武器としては、ハッキリ言ってクソ雑魚な性能なのでギルド専用と言っていい。トレードしてくれる可能性は高いだろう。隣でミトが息をのんで驚いているのはPK集団とのいざこざを知らないからだ。この場にいる者達なら理解出来ない者はいないと断言出来る程の、俺が提示する破格の条件。
「俺達は……ドロップしてないな」
「私も、キリト君は?」
「俺もだよ、今回はLAもオウルに持っていかれたな」
エギルさん達にアスナとキリトもフラッグはドロップしていない様だった。フィリアも、シヴァタとリーテンも、既に俺のストレージにも無い事は確認している。となれば後はアルゴやネズハが────。
「────あったわ」
「…………え?」
「あったわ、これでしょ?」
隣から不意に聞き慣れた声が届き、振り向くと赤く染められた瞳がこちらに向けられていた。彼女がストレージを操作した直後に、ギミックが搭載された大鎌が消えて入れ替わる形で簡素な槍にも見える旗が現れる。このソードアート・オンラインにおいて強い武器は外見も結構ゴテゴテした装飾品がある事が多いのだが、その槍は少し優勝旗の様に見える事を除けば極めて質素な造りをしていた。とてもLA以上のぶっ壊れアイテムとは思えない程だ。
しかし、よりにもよって飛び入り参加のミトにドロップするとは……運命を司る神がいるなら一々回りくどい事をさせるのがお好みの様だ。
「あー……ミト、さっきも言ったようにその旗を譲って貰えないか? 勿論ちゃんとLAと金はタンマリと────」
「一つ条件を飲むならタダで良いわよ」
「────え!? マジすか!?」
さぁてどう説明したものかと悩んだが、そのセリフに思わず反射的に若者言葉が出る。いや、実際に肉体的には若者だけどね? こう……精神的にはね? そんな誰にも向けていない俺の弁明を脳内で展開している間にもミトは続ける。
「どうせディアベル辺りに吹っ掛けられたか、脅迫まがいの交渉を持ち掛けられたんでしょう? 受け渡しに私も立ち会わせてくれるなら譲るわ。断るなら、この槍は────いや旗は渡さない」
「……え、それだけ? トレードに立ち会うだけでいいの?」
何故かミトからするとディアベルの好感度というか印象があまり良くないようだが、この際それはどうでもいい。ディアベルには少し申し訳ないが誤解をとくのはまた今度にしよう。まさかこんな衆目でPK集団の事を長々と説明する訳にはいかないし、絶対にミトは巻き込めない。何ならキリトですら俺からすれば許容範囲ギリギリだ。アスナも、フィリアも、エギルさんも、クラインさんも巻き込みたくない。誰にも手を汚してほしくない、俺の身勝手な願いだと理解していても。
かなり願ったり叶ったりの状況ではある。ミトの性格から考えても、恐らくディアベルに文句を言う為に立ち会いたいという事でも無いだろう。単純に自分がドロップしたからとか、ディアベルへの警戒心から俺の事を心配しているとかが妥当か。
一層のボス戦以降碌に連絡をせずに雲隠れして俺の都合だけで急に現れて、コイツ視点彼女(フィリア)連れでボス戦に誘うというクズ男ムーヴをしている奴の心配などしない方が良いと思うのだが────いやホントにフィリアに関してはマジで早急に誤解を解かなくてはアスナにバレたらマジで殺されそう。
「────分かった、それでいいよ。じゃあ、シヴァタさんとリーテンさん。どうせボス戦が終わるか、予め決めていた時間以内に連絡がこない場合はディアベルがレイド隊を率いてくる予定だったんだろ? 六層に上がって無事に終わった事を伝えてくれ、迷宮区の中だとメッセージは飛ばせないからな」
「お、お見通しかよ…………」
「それ位の危機管理と保険を予め張れないならギルドリーダーにはなれないよ」
後はソロプレイヤーである俺が勝手にボスを倒す事を決めたとなれば多くの反感を買う事は想像に難くない。そこでディアベルのギルド所属のメンバーが『逃げる余裕は無かった』と俺を庇う事を言い含めていたとかも考えられるが、別にそれを言及する必要はないだろう。当然の様に見透かした俺の事を若干引いた眼で見ているカップルを見るとそう思った……いくら何でもそんな眼で見ることなくない?
結局、懸念事項だったボスドロップの旗の扱いは簡単に決まった。そこから先は皆三々五々に去っていく、とは言っても迷宮区の最奥なので六層に繋がる階段を昇っていくのだが。巨人が暴れに暴れた大広間に残ったのは、当然だが俺とミト。そして────
「────キリトとアスナは別に残らないでもいいんだぞ?」
「まぁ、旗の行方は俺としても気になるし……」
「私も。ていうか、正直ディアベルさんには言いたい事が色々あるし」
「私はー……ぶっちゃけ何となく? オウルと一応組んでたし」
ふんす、とアスナは少しだけ鼻息を荒く語気を強める。隣のキリトはやや歯切れが悪い……泳ぐ視線に曖昧な物言い、頬を掻く所作は動揺や緊張を誤魔化す為の物、隠し事はあまり得意ではない典型的な善人の反応。フィリアは成り行き感が強い、セクハラ(偶然)の償いはもうそろそろ終わりにしてほしい。
「別にいいけど見守るだけにしてくれよ?」
「ていうか、あれ以来アスナとキリトはずっとコンビで動いているのね」
「ハハハ、羨ましい限りだ。キリトは俺と違ってクリぼっちは回避出来そうだな」
「クリぼっちって……別にSAOにはクリスマスパーティーなんて無いだろう?」
ニヒルにやれやれと言った感じでキリトは呆れていたが、そのセリフにその場にいたキリトを除いた全員がピシリと固まった。俺もその言葉には少し思う所がある、参加するつもりこそ無かったが、エギルさんとアルゴから一応連絡は入っていたから。攻略組でかなり活躍しているだろうキリトが知らされていないという事は…………。
「キリト……お前、25日のクリスマスパーティに招待されてないな……?」
「…………へ?」
「え? でもあれって大々的に知らされてる筈だし、インスタントメッセージでも知らされてる筈だけど……」
俺とフィリアの言葉に目が点になり、気の抜けた息遣いにも近い声が漏れ出る。恐らくほぼ無意識だろう、それだけキリトにとって青天の霹靂だったに違いない。そして、まるで迷子の子供を見るような哀れみに満ちた視線がミトとアスナからも注がれる。
「私の所にもインスタントメッセージで来たけど……キリト君が何も言わないから行かないのかと思って断ったわ……そもそも知らなかったの?」
「……………………」
「オウルですら知ってたのに……キリト、貴方……」
「し────知ってましたけど!? 知った上で攻略を優先してただけですけど!? まぁ? 確かに? アスナを巻き込んだのは? 悪い事をしたなぁと思ってましたけど!?」
腕を組みながら強がるその姿は『いやー! 俺全然テスト勉強してないわー!』と、聞いてもいないのにテスト直前に強がる学生を連想させた……なんて哀愁に満ちた完成度の高い虚勢なんだろう、美しさ────否、
「大丈夫だ、キリト。恥じる事は無い、俺だって似た様なもんさ。サンタなんて信じた事は無い、プレゼントを貰った事も無い」
「そうよ、キリト。ゲーマーにはクリスマスもお正月も無いわ。あんな物はただのイベント期間に過ぎないわ。限定アイテムのドロップ以外に願う事なんて何も無いわ」
「ごめんなさい、ミト。それはそれでどうかと思う……」
「やめろよ……慰めるなよ……余計に惨めになるだろ……」
「は、ははは……別にまだ始まってないんだしさ? 皆で行けばいいじゃん? ね? キリト? オウル?」
どんよりとした空気を纏うキリトを、俺とミトが肩ポンしながら慰める。しかしそれはキリトの痛みを和らげる事はなく、寧ろ塩を塗りたくった形となった。アスナとフィリアが辛うじてマトモ枠である事が救いか。
そんなショートコントみたいな掛け合いをしていると、俺の《索敵》スキルに反応が表れる。索敵持ちの他の面々も気付いたのか、先程までの和気藹々とした空気はスッと消え失せ、僅かに緊張が走る。別に疚しい事は何もないのだが……いや、フロアボスを勝手に倒したのは疚しい事になるか?
「…………シヴァタとリーテンから報告は貰った。けど、一応オウルさんからの説明も聞きたいんだが、いいかな?」
ガシャガシャと、鎧や盾などの重装備特有の騒音が行軍によって奏でられる。それを背負いながらも全く気負った様子を見せないディアベルは、より一層攻略組のギルドリーダーとしての風格を高めたようだ。人によっては彼にその気がなくとも威圧されるかもしれない。それだけの威厳を、ディアベルは備えつつあった。
「最初は偵察戦で終わらせようとした……が、ボスの戦法と最適な攻略手段、そしてフロアから離脱するのはリスクが大きいと総合的に判断して、今すぐ倒すのが最善と考えて実行した」
「…………」
ディアベルの背後に控えるプレイヤー達には何人か見覚えもある、勿論副リーダーであるリンドとキバオウもいた。ギルドのメンバーに上限は無い筈だが、まだレイドの上限数にも達していないのだろう。パッと見て二十数名といった所だろうか、全員が押し黙っているが、その表情は様々だった。
リンドとキバオウはあまり驚いていないようだった、ディアベルから何か聞かされていたのかもしれない。他の……言い方は悪いがネームドじゃない平の団員は、俺を憎々し気に睨んだり、驚愕や恐怖が混じった視線を向けたりしていた。
「オ、オウル…………」
「お前は後ろにいろ」
細かい同行は把握してないが、ミトも攻略組から離れていたのだろう。そして今の攻略組と俺の確執、俺が微妙な立ち位置にいる事も知らなかったのだろう。やや怯えている様子をみせている。とは言え、元よりミトを矢面に立たせるつもりは俺には無かった。ギルドフラッグを握り、緊張しているのか俯いているミトを俺が一歩前に出る形で姿を隠す。
「それで、噂のギルドフラッグなんだが────」
「────お、オレ知ってる!」
ミトが持っているフラッグを譲ろうとする直前、キンキンと耳障りな声がレザーマスクの男から響いた。マスクのせいで確信は持てないが、変質したその声はどこか聞き覚えがある……気がする。マスク男はビシリと俺に向かって指を差し、迷宮区の一層丸々使われているボスフロアにも響く様に叫んだ。
「こ、コイツは《PKプレイヤー》だ! 一層の時に自分のパーティーメンバーのコペルって奴を殺したんだ! だからそれ以来ずっと雲隠れしてたんだ!」
────シンと、約三十名もいるにも関わらず、静まり返った。
お待たせしまたした、(筆が)遅いやつ。