A.軌道修正して、役目でしょ。
────デスゲームが開始されて、そろそろ三週間。俺ことオウルは、基本的にキリトと共に行動して効率的なレベリングに励んでいた。因みに、俺達は今LV14。この数値は一層ではかなり驚異的と言える。
正直、キリトほど俺はゲーマーじゃないがSAOに関してはベータ時代にやり込んだ為に、多少はその方面でも貢献出来たと思う。現実世界でのスポーツ経験や運動神経が大きく影響するSAOでは、ゲーマーよりもアスリートが活躍出来る事も珍しくないからだ。何より二人居ればダンジョンの寝ずの番が出来るので、そういう意味でも俺がお荷物という事はないだろう────多分、きっと、恐らく。
そして、アインクラッドの階層を上る為のダンジョン────通称、《迷宮区》。一番近くの街を拠点にこのダンジョンを攻略してmobを狩るのが、現状では最も効率が良いので『コンビ』で二、三日潜ったままでいる。二人分のストレージなら雑貨も寝袋も使い回せば、帰りの徒歩を想定しても余裕がある。
「────死に急いでんのかな?」
逆説的に、『ソロ』で俺達と同じ真似をしているかも知れない。十数メートル先のメインヒロインさんは、危機管理が全くなっていないと言える。その予想が外れている事を祈るが、際どい彼女の立ち回りと意志力のみでフラつく脚を動かしている様子は────残念ながら、当たってしまっているのだろう。
「…………オウル、どうする?」
────キリトさん、俺と行動してるせいかボキャ貧になってない?
「見殺しにするのもな…………それに戦い方に思う所もあるし」
「よし、じゃあ任せた」
「…………うぇい?」
────オイオイ、メインヒロインとの初遭遇イベントをなんだと思ってんだ。
お前が主人公なんやぞ? あの子はそのヒロインなんやぞ? 儂はイレギュラーなんやぞ? なに仕事放棄しとんねん────くどきおとして、やくめでしょ?
声にこそ出さなかったが、まるでハチミツを強請る幼いプレイヤーの様な口調になってしまう。いやー頼みますよ、キリトさん? 僕なんかよりも貴方に声を掛けられた方が嬉しいと思うんですよ、未来の彼女が。聞かせてやって下さいよ、爽やかな松岡ヴォイスを。『怠惰ですねー』って…………いや、これは違うキャラだったわ。
されども俺のコンビは『俺はソロだ』と言わんばかりに、腕を組んで壁にもたれている。いやそこは俺のポジションやねん、なにしとん自分? だがモタモタしているとmobが湧くし、アスナもどっか行く。もう仕方ないと俺が原作のキリト役を演じるしかない────勿論俺に松岡ヴォイスは無理だが。
「そこのア────細剣使いさんよ。ちょいと今の攻撃は無駄が多いぞ」
「────」
ギラリと、警戒心を隠さない────寧ろ際立たせた瞳が俺を射抜く。
とは言えども、別に怖くないし、彼女の反応はある意味では至って健全と言える。このSAOにおいて赤の他人を信じるという事がどれだけハードルが高いのか、俺とキリトは痛感している。名前を危うく呼び掛けるポカをしかけたが、それは不審がられなかったのだろう。細剣使いは俺が一定の距離────具体的には、片手剣の《ソードスキル》の間合いに入ってない事を確認してから聞き返してくる。こっちの武装から間合い把握とは、いいセンスだ。
「…………無駄が多いと、いけないの?」
「あぁ、悪い。ゲーム用語でオーバーキルって言って、さっきのmobのHP残量から通常の攻撃で充分に倒せた筈だ…………単発と言えども《ソードスキル》には技後硬直があるし、不測の事態に備えて余力は残して隙は極力無くすべきだ」
「余力…………」
俺の言葉から何を思ったのか、自嘲するような厭世的笑みを零して、フラフラと立ち上がる。酒でも飲んだのかと思う千鳥足で、彼女はそのまま更に迷宮の奥へと行こうと────ん? いや待て、まだデスゲームって
「おいおい待てよ、死ぬぞアンタ。悪いことは言わないから一旦街に戻れって」
「────嫌よ、私、帰らないから」
モヤっとした疑問に一旦蓋をして、遠回りな自殺をしようとしているアスナを引き留める。だが勿論そんな言葉を聞き入れる彼女ではない、短く自分の意志を表示してそのまま進もうとしたが────数歩進んだ所で前から受け身も取らずに倒れた、あーあ言わんこっちゃない。
「…………しゃーねーな。キリト、いい加減後方腕組ムーヴ止めて、ちょっと手伝え。外まで運ぶぞ」
「分かった…………って、もしかして運ぶ役は俺か!?」
「STRはお前の方が高いだろ」
────原作から外れている。予想はしてたが僅かに動揺しながら、俺とキリトは寝袋に入れたアスナを運ぶ。
♢
────《迷宮区》の最上階で見つけた、絶滅危惧種並みに珍しい女性プレイヤーを俺とオウルは何とか無事に助け出せた。
道中でオウルと話していたが、気絶してしまった彼女の疲労の仕方は尋常じゃない。俺達も迷宮区のmobが湧かない安全地帯で野営したりしていたが、その際には必ずどちらかが寝ずの番をしていた────その理由は俺達の場合、mobよりも他のプレイヤーに対する警戒が大きいが。
そして俺達が運んでいる時にも目覚める様子が無かった彼女は、ほぼ間違いなく殆ど不眠不休で戦い続けていたのだろう。信じられない事だ、オーバーキルのデメリットを知らない事から、彼女はベータテスターではない。見た感じ店売りのほぼ初期装備で統一されており、下手をすれば彼女はゲームすら初心者だと思われる────にも拘らず、流星の如き剣技。才能だけでここまでやってこれたのだとしたら、天才と称する他ない。
「とんでもないポテンシャルだな…………」
「なんだ? 惚れたか?」
「バッ────違うぞ!? 俺は剣の冴えを褒めていたのであって!」
メモ帳に何かしらの記録を取っているオウルの言葉に、しどろもどろになりながらも否定する。確かに彼女の顔は、アバターの顔のままでリアルのものでは無いと言われれば、信じてしまいそうな程に整っている。というか、それを言うとオウルも、本当にリアルの顔なのか疑わしいくらい整っている。特に透き通った青い瞳は、精巧な造り物めいた輝きがある。だが、オウルに関しては間違いなくリアルの顔だろう。何せ、あの茅場が直々に戻したのだから。
(対する俺は中性的と言えばお世辞になってしまう程に、華奢で姉妹と間違われる女顔…………)
「なに落ち込んでんだ? お前」
「別に…………」
この二人がカップルならさぞ似合うだろうなぁ、などと考えていたら、ガバリと勢い良く寝袋から彼女が起き上がった。迷宮区の奥とは違いすぎる周囲の風景に戸惑いながらもこちらを冷たく鋭く睨みつけてくる────止めてくれ、そんな目で見ないでくれ、助けてオウル。
「余計な事を…………」
「そう言わないでくれよ。間接的とはいえ、助けられる命を助けない事は殺人に等しいだろ? それに何日もあそこで戦ってたならマップデータ相当あるんじゃないか?」
「…………良いわよ、これでしょ? あげるわ」
流石に見ず知らずの他人に見殺しにしろとまでは言えなかったのか、細剣使いの彼女は素早くメニューウインドウを操作して、オブジェクト化されたマップデータをこちらに投げ渡してくる。会話はオウルに任せる代わりとばかりに、それを受け取り俺達のマップに適応させた────凄いな、ボス部屋以外全てのマップが埋まった。
間違いなく全プレイヤーで最先端にいる事に僅かな感動を覚えていると、彼女はもうこれで貸し借り無しと言わんばかりにまた迷宮区の入り口に向かう。寝ていた時間はさして無い筈だが、初期装備同然の一式でまだ戦う気だろうか。寝ずに戦い続ける────拷問に近い、いや、そのものと言っても過言では無い。
「なぁアンタ、一つ聞いていいか?」
「…………何?」
誰も信じない意志が感じられる絶対零度の瞳、向けられているのが自分では無いにも拘わらず凍えるような心地になった。しかし、オウルはいつも通りどこ吹く風と飄々としている。コンビ相手のメンタルを見習いたい気持ちになりながら、成り行きに任せて俺は背景となる。俺は木、俺は風、俺は雲、俺は空、今なら宇宙と一体化出来そうだ────オウルが呆れた視線を寄越すが知らない、知らないったら知らない。
「攻略に専念したいならここで一人戦い続けるよりも、数日後にある《攻略会議》に出てみないか?」
「…………《攻略会議》?」
「そ、単に自殺がしたいなら話は別だが。アンタも一応、攻略…………ゲームクリアは目指しているんだろ? だったら損はないと思うぞ、それにアンタの今の装備は戦いを続ける上で
「…………」
オウルの効率的、という言葉に何か感じるものがあったのか。彼女は少し思案してから『話を聞くだけ聞きましょう』と、俺達は共に最も迷宮区に近い街《トールバーナ》に向かう事となった。当然、道中は危険な事は全くなかったが和気藹々としたものでは無かった。しかしオウルは度々、俺と彼女に話題を振り続けていた。辞めろよ、お前。俺のコミュ障ぶりは知ってるだろ────
「じゃあ、街に着いたことだし。俺はこれからアンタがくれたマップを情報屋に渡してくる。多分、フロアボスの《攻略会議》は二日後になるだろう。その間にアンタはキリトと一緒に行動して、パーティーでの動き方と装備を更新した方が良い」
「…………はい?」
────にも拘わらず、目の前の相棒はそんな事を宣いやがったのである。オイオイ、死んだわ、俺の胃が。
「…………パーティーの基本的な動き方くらい知ってる、《スイッチ》でしょ?」
「うん? 何だ知ってたのか? なら装備の更新だけでいいか」
「そもそも貴方達と一緒に行動するとは────」
「『ソロ』は非効率的だ、せっかく他の選択肢があるのに無駄にするのか?
それとも何か? 利用出来るものを利用しない事に拘るのか? 俺達が良からぬ事を企むなら、迷宮区の方がずっと都合が良かったのに何もしなかった────充分だろ、もう疑うのは」
またもや効率をダシにした言葉に、細剣使いの彼女は言葉に詰まる。どうやら彼女は中々に効率厨の素質があるのか、利用出来るのに利用しないというのは癪に障るらしい。彼女は納得しきれない様子だったが『じゃあ、俺は待ち合わせがあるから』とそそくさと去っていった…………マジか、アイツ、ホントに置いていきやがった。
「…………ねぇ、装備の更新って具体的に何をするの?」
「へ? あ、じゃあ、まず…………レイピアをこの層で一番強いやつにしよう」
「そう、私はアスナ────貴方は?」
「あ、キリトです…………どうも」
勿論、気の利いた返しなど出来る筈もなく。だからと言って投げ出すわけにもいかず、この後俺は『アスナ』と名乗ったビギナーに一層で一番強い《ウィンドフルーレ》を狙ったのだが生憎ドロップはせず、それでもめげずに軽装の敏捷を活かす防具を見繕ってやった────オウルの奴め、覚えていろよ。
「へぇ、確かに動きやすいし。技のキレも増したわ…………
「う、まぁ…………そうです、ハイ」
ソードスキルの要領のみならず、リアルでの偏差値なども高そうな彼女────アスナはそう聞いてきた。あれやこれやと世話をして、既にかなり知識をひけらかした。誤魔化すにはあまりに遅い、俺は素直にそう認めるしかなかった。ビギナーの彼女からすれば、ベータテスターである俺は命に関わるSAOの情報を独占した卑怯者。こればかりは、どんな誹りも甘んじて受けるしか無い。
「────大丈夫よ、別に責める訳じゃないわ。逆の立場なら私もそうしたと思うし」
「…………ありがとう」
────その時、初めて彼女の笑顔を見た。男子という生き物は現金な物で、俺は真意かどうかも分からないそんな一言で、許された気になった。
♢
「────ネペントの胚珠はやっぱり下方修正されていると見た方が良いな」
「そうだナ。でも西の森にいる《バンデット・ワーウルフ》はソードスキルもステータスも変更は無いと見ていイ…………なぁフー坊、聞いていいカ」
「その二秒で決めたと思われる渾名を変える気があるならいいぞ」
穴場と言える安くてちょっと良い宿屋の一室にて、俺の目の前には金の巻き毛にメイクで三本対のヒゲを描いた小柄な女性プレイヤー、アルゴがメモ帳────正確にはプレイヤーが『ガイドブック』と呼んでいる、ベータ時代の情報と今のSAOの様々な情報を書き込みながら聞いてくる。
こちらに視線を寄越さず、妙なイントネーションで話すキャラクターからは想像出来ない真剣な表情で、彼女はペンを走らせ続けていた。そして全くどうでもいい事に、俺のプレイヤーネームが『オウル』な為、オウル→フクロウ→フー坊である…………“全くどうでもいい”は言い過ぎたか。“死ぬ程どうでもいい”が適切かな。
「うーん…………なら“ルー坊”とカ? 或いは“オウルっち”とカ?」
「…………そのセンスじゃ、カッコイイ渾名は望み薄だな。で? 何が聞きたいんだよ? 因みにキリトなら、今頃(女子へのコミュ力の)レベリング中だぞ」
「お前らのレベルじゃ、もう上がんないだロ。そうじゃなくて、お前が
「知らないんじゃなーい? 俺は何も言ってないしーアイツ何も聞いてこないしー」
彼女からすれば、自身の相棒である筈のキリトを雑に扱う投げやりな返答に驚いたのか。走らせていたペンが僅かに止まった。何? そんなに仲良しこよしに見えてた? まぁ殊更に否定するつもりは無いが。
「…………何で言ってないんダ?」
「だから聞かれてないし、『コンビ』だからって無条件で信じ過ぎてる上にコミュ障が悪い。
いつもキリトの奴にも言ってるけど、俺もアイツもいつ死ぬか分からん以上、自分で情報に対するアンテナを張り巡らせてなきゃいけない。
他者と仲良くする、まではいかないまでも多少の交流は自分からしないといけない。
────だからアイツ、このガイドブックが無料で道具屋に置かれてる程度の事も知らねーんだよ」
ペラペラと捲りながら、誤植や誤字や間違いがないか検閲しているガイドブックを机に置く。これは俺とキリトを含めたベータテスターからは料金は取るが、ビギナーは無料で受け取れる。これはプレイヤーと少しでも交流していればすぐに分かる事だ。
この程度の事も知らない事実が、如何にキリトが人とのコミュニケーションを疎かにしているかの証左だろう────人の事を信頼する事も信用する事もリスクがあるが、無関心でいる事も同等以上にリスクがあるのだ。デスゲームである以上、甘えた事は許さない。
「…………なんか、キリトの相棒というよりも保護者みたいだナー」
「やめろや、せめて師匠とかにしてくれ。でも、まぁ────」
それにこれは以前から考えていたことではあるのだが、オウル────正確には『雨木梟助』などという異分子がどれだけ原作をかき乱すか不明な以上、キリトには明日からでもソロでやっていける実力と精神性は身に着けてほしいのだ。
良い事なのか悪い事なのか、一層のボス部屋までのマップデータが揃い、明日にでも《イルファング・ザ・コボルトロード》の討伐が始まってもおかしくない。俺が半ば無理矢理キリトとアスナを二人で行動させたのは、決して俺がキリ×アスのカプ厨(過激派)だからと言うだけでない────俺自身どっかで野垂れ死にする可能性も充分あるのだ。
「────俺の事なんて必要ないぐらい、強くなってほしいね」
「…………キー坊は兎も角、今、フー坊の事を必要としているプレイヤーがいるゾ」
「ハイハイ手伝いますよ、と」
「いや、そうじゃなくテ」
もう一度検閲しようとガイドブックを拾い上げようとしたが、アルゴがするりと取り上げる。何すんだよと視線で抗議すると、こちらに三本指を立てている。これは────。
「オウルの情報を三千コルで買いたがっているプレイヤーがいる。
────どうする?」
「────三千五百コルでソイツの情報を買う」
迷わずにコルをオブジェクト化してテーブルに置く。俺はキリトと自分の情報を二千五百コルで買わせないようにしている(キリトは知らない)。俺達はベータテスター時代と名前を変えていない事もあり、俺達の事を知っている奴がいる可能性もあるからだ…………流石に無いと思うが、PKの可能性も、無くは無いだろう。
アルゴの商材は色々とあるが、その一つがプレイヤーの情報である。俺、つまり『オウル』の情報をアルゴなりに纏めた物を、他のプレイヤーが買い求めてきたのが今の状況だ。それに対するこちら側のアクションは大別して二つ。一つ目が『何もせずに買わせる』、個人的には一番気持ち悪いので極力したくない。二つ目が『アルゴに更に金を支払い買わせない、或いは逆にそのプレイヤーの情報を買う』────言うまでもなく、俺は後者を選んだ。
「────やっぱり、そうなるカ」
「あん? どういう事だよ?」
「“もしもオウル側が情報を求めてきたら無料で、しかもどんな情報でも渡しても良い”…………。
────但し、PvPに勝てたらっテ」
アルゴは徐にトコトコと歩いて、部屋の扉を開ける。すると、その先には既に待機していたのか、そこには────
「お久しぶり────それとも、初めましての方が良いかしら?」
「…………初めましては無いな、
「うっさいわね、貴方のあのオッサンアバターも似た様なもんでしょ」
────さぁてと、面倒くさい事になってきたぞぉ(白目)。
前作の事なんて誰も覚えていないでしょうけど、色々改変します。
あとは構想通りにもしたり、しなかったり。