Q.転生者の存在意義とは?   作:七黒八白

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A.その答えは、もう出ている筈です。



第七話 Q.人の命は、尊いものですか?

 

 

 

 五年程前に、俺の叔父が亡くなった。

 

 まだ五十代に達していない、今の時代を考えれば極めて早世と言えるだろう。最初はただの風邪を拗らせてしまっただけと思ったらしい。微熱が続き、市販薬を飲んで、安静にしている。疲れが溜まると度々そういう事が起こる人だったらしいので、奥方もあまり心配していなかったのだとか────だが二週間弱そんな状態が続き、病院へ行くと緊急入院となった。

 当時、幼く甥である俺には詳細は語られなかったが極めて珍しい病だったのだとか。それこそ数十万人に一人という病気を運悪く罹患した叔父は、一ヶ月の間に何度も生死の境を彷徨い、兄である父と俺と俺の弟の骨髄移植が出来るかドナー検査までしたが────遂に、意識を取り戻す事は無かった。

 念の為に書かれたエンディングノートと奥方の要望で、内々的に家族葬で済ませるつもりが多くの参列者が来て驚いた事は今でも憶えている。叔父の仕事の同僚、先輩、後輩、高校や大学時代の友人達。小さな会館で行われる葬儀にしては多い参列者は、席も足りなくて立ちながら参加する人達は目立っていた。

 奥方と幼い従妹が嗚咽を抑えきれず、ぽろぽろと涙を零すのは、いかに俺とて理解出来た。しかし、社会人としてもう十年以上も働き、葬式など何度も経験があるだろう叔父の友人達まで涙を堪えきれないのは、当時の俺の眼には少し奇妙に映った。いや、()()()()()()理解出来るのだ。ただ俺が『転生者』などという異常な自覚症状が、物事を冷徹に俯瞰し過ぎているだけなのだろう。

 

 ────今にして思えば、それを抜きにしても、俺は“死”という物を全く理解していなかった。

 

 生きていればいつかは死ぬものだ。そんな達観した賢者の様な当然の事を、当然の様に俺は思いながら焼香をあげて遺骨を拾った。若くして亡くなった為か、骨がガッシリしていたのが印象に残った。叔父と俺の関係は年に一回会えば多い方で、交流らしい交流はそこまで多くは無い。どちらかと言えば従妹と遊んだ思い出の方が多い。故に、涙を全く流す事も無く、思い出や故人を特に偲ぶ事も無く、俺からして見れば淡々と葬送の儀は終わった。

 

 ────俺が朝田詩乃を助ける形で人を射殺したのは、それから約三年後の事だ。

 

 違法薬物をキメた強盗犯とはいえ銃を人に向かってぶっ放したのは、流石に俺にも少なくない動揺をもたらした。それこそ真昼時だったはずなのに、ボンヤリした意識が周囲を認識すると夕暮れ時に変わりパトカーの車内だったくらいには。殴られたので警察病院で検査を受けて、両親が弟だけは祖父母に任せて俺を訪ねてきて────それから何を話したのか、俺は詳細な内容をまるで思い出せない。

 ただ珍しく、寡黙な筈の父の怒声が響いていた事は記憶に残っている。当然と言えば当然だが、俺は自宅に暫くの間戻る事は出来ず警察の監視下で生活する事となった。大して暇をつぶせる物も無い狭い一室は、孤独に包まれ静かさに満ちていて、考えたくも無いのに思考が勝手にグルグルと回る。

 

 ────人の命は、本当に尊いものなのだろうか。

 

 何故俺は、そんな疑問を覚えたのか? 人を殺した事に罪悪感を覚えて、それから逃れたいが為に、自身を肯定したいが為に無意識に思ったのか。それとも数年前の叔父の死には特に何も感じなかったのに、強盗犯等という赤の他人以下の死には敏感になって、怯えてすらいる自分に、叔父に対して申し訳無さや不甲斐なさでも感じているのか。無論、叔父は病気で死んで、強盗犯は俺が殺したという違いはあるが────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だって所詮、物語(フィクション)の登場人物が表舞台から退()()()()()()()()()()()

 

 しかし、俺がそう思えないのは────俺が、この世界を、『転生者』などという、有り得ざる実感を持って生きているからだろう。この『ソードアート・オンライン』という世界で。

 

 人はいつか死ぬ、必ず死ぬ、死に方は色々千差万別あれども、どれも同じ死には変わりなく。そこには白黒善悪是非は無い、もしもそう思えるのだとしたら、それはそう思いたい人間がいるだけだ。叔父の命も、強盗犯の命も、同じ人間の命だ────だが、俺とてこの二つの命を天秤に載せれば、迷わず叔父の命を取る。尊い()()同じ人の命なのに、その二つに明確な優先順位を設けるのは何か? 倫理? 道徳? 愛情? 血縁? 実益? 何にせよ、人と人との繋がりの中に価値を見出し、本来ならば公平で平等である筈の天秤が傾くのだろう…………あぁ、何だ、そんな事だったのか。

 

『人が生きるという事は、周りの人にも良きにつけ悪しきにつけ影響を与える事……叔父が死んだ時、家族だけじゃなくて友人達も泣いていたのは、もうその影響が────絆が、永遠に過去のものになってしまったから。もう二度と新しく更新される事は無く、ただ廃れて薄れていく、そんな予感が悲しかった。逆説的に、それが人の命の価値であり尊いと思える理由』

 

 例えるなら、好きな小説が、完結する事無く、未完で終わってしまった様な喪失感。

 

 もしかすると、俺が殺した強盗犯にも、叔父の時と同じ様に泣いている誰かがいるのかもしれない。だとすれば、殺害という形でその繋がりを断ち切った事こそが────俺の罪、俺の悪。でもこの考えが正しい自信は無い、前世の記憶が無い以上俺の人生経験は結局の所二十年にも満たないのだから。人の命が尊い理由なんてただ単純に『労働力として価値があるから』だとか、人を殺していけない理由なんて『社会が成り立たず、自分自身が殺されない為』だとか、そんな程度かも知れない。どちらかというとそっちの方がしっくりくると感じる奴の方が、きっと多いだろう。

 

 

 

 しかし、人の命を奪った上で、奪う前と同じ事を思う奴は、どれだけいるのだろうか。

 

 

 

 ♢

 

 

 

 走る、走る、ひた走る────少年は一段飛ばしに階段を駆け上がっていた。仮想の肉体だが全力で疾走すると、ご丁寧に胸の動悸が早まり息も切れる。この現象も高性能なナーヴギアがもたらしている物だとすれば、HPバー全損によって脳が焼き切れる機能というのも強ち噓とは思えない────否、寧ろ少年は誰よりもその事実を早く受け止めた方だと言える。

 

「はぁ────! はぁ────!」

 

「…………お急ぎの様だな」

 

「────!」

 

 割り振られたステータスの敏捷値が許す限り全力で走り続けた少年は、二層のレリーフが描かれた門を乱雑に開くと同時に膝に手を置いて息を整える。目的の人物は既に先に行って周囲にはいないだろうと思っていたからだ────だが、僅か数メートル先の岩に腰を掛けてメニューウインドウを弄っているプレイヤーがいた。

 

「…………」

 

「無視か? それとも口と喉が渇いて仕方ないのか? ほら、飲めよ」

 

 そのプレイヤーはメニューを閉じて出したアイテムを少年に向かって放り投げる。緩く放物線を描き、ふさふさの草原に落ちたそれは紅いワインボトルだった。プレイヤーは少年の反応を待たずに親指だけで器用にコルクを飛ばし、口に直接で勢いよくボトルを傾ける。青空の下、少しの間だけワインを呑み干す音が支配する。

 

「────ふぅ、ワインの味なんて実際には知らないけど悪くないな…………呑まないのか? 毒なんか入ってないぞ」

 

 半分程無くなったボトルを少年に差し向けてプレイヤーは────オウルは、少年に促す。息を整えた少年は、草のクッションで割れる事無く落ちたボトルを拾い上げて────《アニールブレード》で叩き割った。mobが倒された時、プレイヤーが死亡した時、それらに似た音と共にボトルは消えて、紅い液体がぶち撒けられる。微かにそよいだ風が、オウルの場所まで酒精を届ける。

 

「…………残念だ、お前の酒なんか呑めるかってか? 

 なぁ────コペル」

 

「────あぁ、お別れを言う為に、ここに来たからね」

 

 草原に靡く風も、何故かオウルに決別を想起させる。それでもコペルに歩みよろうとオウルが一歩踏み出すと、応えるようにコペルの剣を握る力が増した。オウルの心の中を探らせない無表情に、ほんの僅かに悲壮の色が混じる。あと一歩でも彼に近寄れば、それがどんな結末であれ、二度と話す事は叶わないだろう。何処で何を掛け違えたのか、オウルは小さな溜息を漏らしながらそう思わずにいられなかった。

 

「理由を、聞いてもいいか?」

 

「……理由? 予想はしてたんじゃないかい?」

 

「あぁ、してたさ……でも外れて欲しかったし、出来る事なら仲間をそんな風に思いたくなかった」

 

「────僕が、君とキリトが戦っている時、コボルドロードに殺される事を内心願っていたのだとしても?」

 

「────だとしても、だ」

 

 一見すると落ち着いた雰囲気で話し合っているだけのその空間は、既に片方は決意を固めて足で距離を測り、全く油断する事無く剣を握っている。オウルとてそれは理解していた、しかしそれでも、まだ認めたくない気持ちがあった────()()()()()、どうなるか予想に難くないから。

 

「あの日から……ずっと考えてたよ。君達が、僕の事を言い触らしてるんじゃないかってね」

 

 ぽつりぽつり、溢れるように吐露される言葉は。実際に彼の精神では許容される量を遥かに超えていたのだろう。今日まで心という器を蝕み続けた結果が現状なのだろうか。コペルはオウルとは決して視線を合わせようとはしなかった、語れども彼は頑なに自身の内を見せようとはしない。

 

「……でも、そんな事は無かった、だろ?」

 

「そうだね────お陰様で、逆に惨めな気持ちになったよ」

 

「…………」

 

 仄暗い表情は、幽鬼の如く、少年らしい顔立ちからは全く連想出来ない重い声音だった。それはまさに、日陰者が輝かしい者を妬み嫉む姿だった。

 

「凄いよ……オウルとキリトは。デスゲームが開始されて僕が最初に思った事は“誰の事も信用できない、してはいけない”だった……自分自身が強くなる為に、生き残る為に、倫理観も道徳心も二の次にしたつもりだった────でも駄目だった! そして君達は違った!」

 

 コペルは糾弾するように激しく叫ぶ、あの日オウルに渡された胚珠で手に入れた────《アニールブレード》の切っ先を、その本人に向けながら。

 

「殺そうとした筈の僕を許して! 信頼出来る仲間を沢山作って! どんどん強くなって多くの人達を助けていって! ボス戦でも大いに活躍して! …………その間ずっと、僕は、自分の罪に震えながら、姑息に生きていただけだった…………」

 

「……コペル、お前も────」

 

「────五月蠅い黙れよ!? それに君が言ったんじゃないか!? 僕達の行いが外部にモニタリングされていない保証は無いって!! この先に何があっても……! 僕は“ゲームのアイテム欲しさに人を殺そうとした犯罪者”というレッテルからは逃れられない!! 

 ────S()A()O()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 オウルの言葉を遮り、一息に捲し立てる。恐らくは、初日から三週間経過する今の今まで、それが彼の心を締め付けて苛んできた自縄自縛の呪いなのだろう。俯けていたコペルの表情が上がり、怒り、悲しみ、悔しさ、嘆き、妬み、嫉み、そして殺意で綯い交ぜにくしゃくしゃに歪んでいた。

 だが彼は、原作知識から知っていた。SAOの内部は()()()()()()()()()()()()()()と。しかしそんな事は馬鹿正直に言えない、オウルには絶対に言えるわけが無い。一人一人の理性と倫理観頼りに成立する危うい世界で、それを言う事は犯罪行為を加速させかねない────だからこそ、コペルには脅す意味も含めて楔を刺し、コペルが踏み止まる事を期待して胚珠を施し、オウルは彼を赦したのだ。

 

「…………まだ、やり直せる。俺は、お前を赦したい。キリトもきっと同じ気持ちだ。

 ────だから、剣を仕舞うんだ、コペル」

 

 それは、この場にいないキリトが知るオウルにしては、信じられないほど慈愛に満ちた声音だった。感情を全く滲ませない普段の彼からは全く想像出来ないほど、ゆっくりと穏やかに語りかける。

 

「…………もしも仮に、SAO内部の情報が外部に漏れていないなら、僕の《MPK》を知っているのは、恐らく君達だけだろう」

 

 ────コペルは剣を中段に構える、強化された盾も前に備えた。

 

「このゲームがクリアされるのにかかる時間は、多分、年単位だ…………それまでずっと、君達が口を噤んでいてくれるとは限らない。そして、君達のセンスは僕なんか到底及ばない、時間が経てば経つほどレベルもステータスも差が開く一方だ」

 

 ────オウルの元に、デュエル申請が飛んでくる。三つある決闘方法はオウルが選ぶ事が出来る。

 

「僕が、生きる道は、君達の屍を越えた先にしかない。

 ────僕が生きている限り、()()()()()()()()()()。それが僕の選択だ」

 

「……………………儘ならないな、お互いに」

 

 

 

 ────オウルは《完全決着》モードを選択した。

 

 

 

 ♢

 

 

 

「コッ……ペル────ッッッ!!!」

 

 コボルドロードを倒した帰り道、迷宮区の中で俺はあらん限りの力と怒りを込めて叫んだ。その行いが、大した強さではないが周囲のmobを呼び寄せてパーティーに迷惑がかかると理解していてなお────俺の理性が、俺の怒りを抑える事は無かった。

 

「キリト君!? どうしたの!? 確かに、コペル君が勝手にパーティーを抜けたのは問題かも知れないけど────」

 

 違う、ただパーティーを抜けただけなら何も問題ない。問題は、俺の《索敵》スキルにコペルらしき反応が全く無い事だ。それはつまりコペルは《隠蔽》スキルを用いて姿を消して、パーティー情報などから自身の位置を探知されないようにしたという事に他ならない。何故わざわざ、俺達から離れて姿を消すような真似をするのか? ボスと戦う前から俺には一つの懸念があり────それが、たった今、現実となってしまった。

 

「────アイツ! オウルの事を殺すつもりだ!!」

 

「は────?」

 

 その言葉に一番動揺したのは、恐らくリアルでも交流があるだろうミトだった。周囲にいたレイド隊も何事かとこちらを見てくるが構っている暇はない、俺は装備する事を自重していたLAである《コート・オブ・ミッドナイト》をメニューウインドウから装備して同時に全力で走り出す。現在は迷宮区の十八階、俺の敏捷値なら相対しているだろう二層の主街区の前まで十分掛かる────もしも、オウルが不意打ちで麻痺毒でも喰らえば、到着する頃には死んでいる可能性もある。

 

(────頼む! 間に合ってくれ!!)

 

 俺とコペルとミト、そしてアスナまでもがベータテスターであると疑われる事を避ける為に、オウルは自らベータテスターである事を明かした。無論レイド隊のプレイヤーが全員それを信じたわけでは無いかも知れないが、少なくともあの場面で芋づる式に糾弾したり吊るし上げられる事態は防げた。これからも俺達が余程の失態をしない限り、ベータテスターである事を疑われはしないだろう────オウルが注目を自身に集めたお陰で。

 

 ────特に、コペルは、オウルに多大なる恩がある筈なのだ。

 

「────邪魔だ!! どけぇッ!!!」

 

 俺の気配に寄ってきたmobを速度を落とさないまま《アニールブレード》で首を斬り捨てる。後ろからは恐らくアスナとミトも追走して来ている筈だ。mobが再湧出してたとしてもバックアタックは考えなくとも良いだろう。マップデータを視界端に展開しながら階段を駆け上がり、先程まで死闘を繰り広げていたフロアボスの部屋に踊り出る。

 

「オウル! コペル! …………クソ、居ないか!」

 

 僅かに期待していたが、それに反して部屋は伽藍洞だった。もしもコペルがPKを仕掛けるならmobが入ってこないボス部屋で行う可能性もあった。だが、どうやらオウルはボス部屋で襲われる事なく階段を昇り、コペルはそれを追いかけたらしい。となれば、恐らく二人が戦っているのは主要区の道中だろう。俺はだだっ広い部屋を駆け抜けて、二層に繋がる階段を駆け上がりながら考える。

 

(二人が戦っているとして、どうやってコペルを抑え込む!?)

 

 カーソルがオレンジとなったプレイヤーは《圏内》に入る事は出来なくなる。何故なら鬼の様に強い街の憲兵NPCに捕まってしまうからだ、だが逆に言えば《圏内》に入れないだけで、そのプレイヤーが何の罪を犯したのかなど他人には伺い知れない。NPCの物を盗んだ、圏外のNPCを殺してしまった、誤ってフレンドリーファイアしてしまった。《カルマ値》によってプレイヤーの犯した罪は逆算出来るかもしれないが、生憎《カルマ値》は隠しパラメータである────つまり、オウルを殺した後にコペルがオレンジカーソルでも、何食わぬ顔ですっ呆ける事だって出来るのだ。

 

「させるか……! 絶対に! そんな事はさせるか!」

 

 階段の下からガシャガシャと、大勢のプレイヤーが集まってくる音がする。今日に至るまで、コペルの《MPK》は、俺もオウルも一切他言していない。なので俺とオウル以外に、コペルの殺人動機を知る者はいない。レイド隊が追いかけてきた理由は俺の只ならぬ叫びと、ディアベルのリーダーとしての責任感だろう。目の前に見えた二層のテーマが彫られたレリーフに感慨に耽る間もなく、俺は扉を開け放つとそこには────

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 ────コペルが両腕を部位欠損で失い膝立ちとなり、オウルに首を斬り飛ばされる瞬間だった。

 

 

 

 ♢

 

 

 

 俺とコペルの決闘は、いっそ呆気ないくらい簡単に終わった。

 

 レベルは11~12、ボス戦の戦い方から筋力値に傾いたバランス型、盾装備の軽装片手剣士。そこまで分かっていれば、戦い方も勝ち方も俺には見え透いていた。少なくとも、コボルドロードの太刀筋を読んで対応することに比べれば簡単だった。

 敏捷値で上回っているので、俺は盾側に素早く回り込んで仕掛ける。盾は防ぐ事に適しているが、同時に自身の視界を阻む壁にもなる。盾使いに対するセオリー通りの攻撃を数回繰り返して、コペルが慣れた様子を見せれば盾パリィのタイミングをフェイントで崩す。そうすると体勢を崩した際に盾を装備した左腕を簡単に脇下から斬り飛ばせた。部位欠損が治る三分の間に、右腕だけで俺の速度と剣の手数にコペルは全く対応出来ず、彼は後手に回り続け────隻腕となって27秒後に右腕も失う。命を懸けた戦いは、84秒で決着となった。

 

「…………終わりだな」

 

 俺のHPバーはたったの一ドットも減る事は無く、コペルのHPバーは既に一割を下回り、もう確実に通常攻撃だけで殺せる範囲だ。両腕が無い状態ではメニューウインドウも出せない、最初に斬り飛ばした左腕すら治るのにまだ二分以上かかる────完全に詰みだ。

 

「…………」

 

 だと、言うのに────コペルは何も言わない。顔の幼さから年齢はキリトや俺ともそう大差はない筈だ、そしてSAOは日本でしか発売されていない。平和な日本で生まれ育った少年でしかない筈の彼が、いや例え治安が悪く日常的に命のやり取りがある海外出身であったとしても────この、落ち着きようは一体なんだ? 

 

「何も、言わないのか……?」

 

「…………辞世の句、ってやつかい?」

 

 その目は────全く、生気が無かった。俺は間違いなく、コペルに勝てる自信があった。そして勝った時には、彼を黒鉄宮の牢屋にぶち込むつもりだった。しかし、その言葉を聞いて、俺の考えは変わる事となる。

 

「言った筈だよ……僕は、僕が生きるために、君とキリトを殺しに行く。牢屋に叩き込むのは君の自由だけど……《圏内》のシステムがいつまで続くかな?」

 

 俺に勝てる確信があったのと同じく、彼は恐らく────いや間違いなく、コペルは()()()()()()()()()()()()()。その理由は一つだけでは無いだろう。デスゲームに囚われた事、殺人未遂を犯した事、この先に待ち受ける不安や恐怖や絶望、クリアされても自分の行いが外に露見していた場合、それら全てに彼は疲れてしまい、絶望して諦めてしまった。そして、博打めいた特攻を俺に仕掛けて────

 

「────俺に、介錯を委ねる気か」

 

「………………………………さぁ、何の事かな。ただ、君とキリトを殺したかっただけだよ」

 

 無気力な目と声、しかしコペルの発言と覚悟は嘘では無いだろう。生かしておけば、いつか実行しかねない危うさがある、現に決闘の中に振るわれた剣技には明確な殺意があった。()()()()()()()()()()()()()()、それだけの事なのだろう。

 実際の所、他人の手で犯罪者(オレンジ)フラグを立てる事は難しい。自らの手で能動的に攻撃しないと、フレンドリーファイアになりにくいSAOは、相手のアバターを無理に動かして攻撃させても、オレンジカーソルには変わらない────つまり、俺がコペルのカーソルの色を無理にオレンジには出来ないのだ。

 

「………………」

 

 俺は人の、命を奪った事がある。悪人だった、間違いなく。だが、正しい事をしたとは全く思えない。だから、きっと────。

 

 

 

「…………コペル、先に地獄で待っててくれ」

 

「あぁ────君を、怨みながら待ってるよ」

 

 

 

 ────この行いも、ただの間違いで、俺のエゴに過ぎないのだろう。

 

 

 

 アニールブレードを水平に振るう。バツンと、丁度植物の繊維質を断ち切るのに近い感触だった。その斬撃によってHPが全損したコペルの首は、重さを感じさせない飛び方をして────地面に落ちると、ガラスが激しく砕ける様な音と共に消えていった。

 

「…………え?」

 

 聞き慣れた、しかし感情が抜けた声が聞こえてきた。そちらを振り向くとキリトが二層の扉を開けて、そこに立っていた。多分、道中でいなくなったコペルの企みを気付いて急いで駆け付けた、といった感じだろう。

 

「オウル、お前……何を────」

 

「────殺した、殺されそうになったんでな」

 

 正当化しない、正当化すべきではない。キリトには、俺と同じ道を歩んで欲しくは無い。既にコペルという脅威が無くなった以上、彼の心情や覚悟、俺の推察を語り説明する事にどれ程の意味があるのか────殺人の免罪符など、このSAOにあるべきでは無い。

 

「待て────待てよ! 何があったんだ! オウル!」

 

「────待たない、キリト……悪いけど、お前とはここまでだ」

 

 トレンチコートの襟を正して、キリトに背を向けて歩き出す。爽やかな風が流れ、生命力を感じさせる瑞々しい草原が広がるが、今の俺には全くの逆効果だった。聞こえて来るのは俺の足音と風がはためかせるコートの裾の音だけ────続いてくる足音は無い。

 

「あーあ……結局、独りか」

 

 歩き始めてどのぐらい経ったのか、戦いの最中であっても一秒単位で計測できる脳内時計も流石に人を殺した後では狂ってしまったらしく、いつの間にか二層の主要区《ウルバス》に到着していた。メニューウインドウで確認すると、ボスを倒してからまだ三十分。このままアクティベートしなければ、後一時間半近く二層の転移門は開かれない。

 

「…………今の内に宿屋くらい探しとくか」

 

 メニューウインドウを開いたまま歩き、いくつかあった筈の宿屋を脳内の地図を頼りに向かい始めようとすると、ボス戦のドロップアイテムの中にメーキャップアイテムがある事に気が付いた。知り合いではミトが瞳を赤くして、ディアベルが髪を青くしていた。

 今の俺の姿はリアルと同じ黒髪に、ご先祖様の中に地中海周辺出身の白人でもいたのか、何故か青い瞳をしている。原作通りなら、いつかキリトは《黒の剣士》になる筈だ。ならばと思い、俺はアイテムで髪を白く染め上げる。彼とは違うという意味を込めて、彼とは違うという()()を込めて────そうだ、俺は、英雄(キリト)では無い。自覚しよう、自分がなんなのか。

 

 

 

「殺人鬼だと、目立つくらいが丁度いい。忌避され恐られ、それでも忘れられないように」

 

 

 

 俺は────────『(オウル)』だ。

 

 

 

 ♢

 

 

 

 二層が開通されて三日が経過した。俺はアスナとミトと共に行動していたが、結局オウルは見つからなかった。恐らく、オウルは今回のボス戦に参加しないだろう。あの後、俺はオウルを追い掛ける事が出来ず、続々と現れたレイド隊に嘘を交えた説明をした。コペルが嘗て俺とオウルに《MPK》をした事、その口封じにオウルを狙い彼は雲隠れした────という事にした。

 SAOの名前は全てアルファベットになっている。コペルの綴りを知らない者が多数である事から、コペルの死に気付くのはもう少し先の話になるだろう。それに気付いたとしても、オウルが犯人である事は流石に《黒鉄宮》の碑石にも記される事は無い。だが、勘の良い奴は根拠無しに言い触らす事も想像に難くない…………。

 

「……くそ、オウルの奴。何処に行ったんだよ」

 

「…………ねえ、キリト君? オウル君と何があったの? コペル君も何処に行ったの?」

 

「あの時言ったろ、オウルを殺そうと雲隠れしたアイツを追って消えたんだよ」

 

 三日前の説明と同じ事を繰り返すが、アスナの表情は明らかに納得していない────それでも、真実を話す事は憚られる。オウルだって被害者に違いないのに後ろ指指されるのは、俺には納得出来ないのだ。

 

「キリト、オウルは、生きてるんでしょうね?」

 

「それは間違いない、アイツがそんな簡単に死ぬもんか」

 

 テーブルで昼食を取りながらミトが聞いてくる。三日前にオウルとコペルの間に何があったのか、俺も詳細は知らない。しかし、オウルのカーソルは間違いなくグリーンのままだった。という事はコペルの殺害はデュエルによるものだったのだろう、但しそれは《全損決着》という今のSAOでは絶対に選ぶべきではない手法だった。

 何故、コペルはあの時に降参宣言をしなかったのか。そうすれば攻撃しようとしたオウルはオレンジプレイヤーにならない為に攻撃を中断して、彼が生き長らえる事も出来た筈。何故、オウルは《全損決着》だったとしてもコペルの殺害に踏み切ったのか。アイツだって馬鹿じゃない、コンビの際に散々話し合った結果、ナーヴギアには人間の脳を焼き切る機能がある事は間違いないとお互いに確信した。第一、オウルがコペルの事を殺したいくらい憎んでいるなら、あの時の森で見捨てた筈だ。

 

「なんで、なんで何も教えてくれないんだよ…………」

 

 ────俺は、お前の相棒じゃなかったのかよ…………。

 

「────浮かない顔だナァ、キー坊?」

 

 女性の声で特徴的な喋り方が背後から聞こえて来る。俺は反射的に椅子を掴みながら素早く振り返ると、そこには砂色のローブを着た情報屋のアルゴがいつの間にか立っていた。

 

「アルゴ! 見つかったか!?」

 

「見つかったと言えば見つかったシ……見つからなかったと言えば見つからなかったかナ……」

 

「情報料なら払う────だから、この件に関しては一切誤魔化すな」

 

 煙に巻くような物言いにピクリと額に血管が浮かぶ、我ながら全くらしくない反応だと思うが、この件はそれだけ俺にとっても────多分、ミトにとっても重要な事なのだ。テーブルの向こう側から彼女も乗り出しそうな位、興味を隠せない。

 

「アルゴさん、アイツは────オウルは今何処にいるの?」

 

「……すまなイ、それはオイラにも分からないんダ。二日前にある場所で会ったんだがそれ以降は足取りが掴めない────これは、渡されたがナ」

 

 アルゴは懐から複数枚の紙を取り出した。俺は渡されたその紙を四つ折りから広げると手書きの文字が書き込まれていた────オウルの字だ。メッセージを使わずにこんなアナログな方法を使った理由は分からないが、横からミトとアスナも覗き込み俺達は無言で読み始める。

 

『これを読んでいるという事は、ちゃんとアルゴは仕事をしてくれたのだろう。アルゴにはキリトに渡すように言ったが、もしも近くアスナとミトもいるのなら、別に隠さないでもいい。知っておいて欲しい事を幾つか書いておいたからだ。

 まずはキリトへ、コペルの件に関して本当に悪かった。本当はあの場でキチンと話すべきだったのかもしれないが、あの場にレイド隊が到着して、俺だけが居てコペルが居ない事に気付けば俺がPKしたと騒ぎ立てる奴がいると思ったから、足早に立ち去らせてもらった。お前までPKプレイヤーの仲間だと思われる訳にはいかないからな』

 

「PK……!? オウル君、コペル君を────」

 

「────アスナ、後にしてくれ」

 

 真実が記されている手紙の内容に、アスナは驚きを隠せない。いや、或いは、つい数日前まで一緒に戦い、食事までしていた相手が人を殺した事実に戦慄しているのか。だが、俺はそんな事よりも手紙続きが気になって仕方がなかった。

 

『キリト、お前が今後も攻略組に居座る気なら気を付けろ。間違いなく、仲間割れを目論む犯罪者プレイヤーが現れてくるだろう。根拠は俺が名乗り出ても払拭されきれていない、元ベータテスターへの怒り。もう一つは、攻略組内に不穏な動きをしている奴がいる事だ。残念ながら現段階では疑惑の域を出ない、ここから先はお前自身に任せる事になる。丸投げで申し訳ないが、気を付けて欲しい。

 

 アスナへ、効率的な行動を心掛けて自分らしくあろうとするお前の事だ。暫くの間はキリトに付いて行く形で攻略組に居る事だろう。もしかすると、お前の力や求心力に目を付けたプレイヤーがギルドに誘ったりするかもしれない。その時にどうするかは、参考としてキリトやミトに話す事を忘れないでくれ、お前結構熱くなって冷静を欠く所があると思う。友達を悲しませたくないなら、もう死を前提にした戦いは止めろ。

 

 ミト、正直お前に対して書くことが一番悩んだ。この手紙を読んでいるなら、俺が人の命を奪った事に一番驚いているのは、間違いなくお前だろうから。話したい事、話すべき事、それは沢山あるがSAOでするべき事じゃないと思う。例えまた、リアルで会えるとは限らないのだとしても。だから生きてほしい、キリトとアスナもきっと力を貸してくれる。協力プレイの苦手意識は払拭出来ていないだろうけど、別に嫌いじゃないだろ? 

 最後になるが、いつまた会えるか分からない。もしかすると、呆気なく俺は死んでしまうかもしれない。でもお前達には生きてほしいと思う。その為に、微力ながら俺もSAOを攻略していくつもりだ。殺人という罪を背負ってしまったが、それでも俺はお前達の事を最高の仲間だと思っているよ。短い間だったが、ありがとう。       オウルより』

 

「オウル…………」

 

 この内容を書くに辺り、オウルは何を考えていたのだろう。ここにある書かれた全てだけが、きっと彼の思いでは無い。忸怩たる思いもあった筈なのだ、PKをせざるを得ない理由もあった筈なのだ。

 そして俺は、アイツに付いて行くべきだったのだ、あの時に。例え、人殺しの濡れ衣を着せられても。相棒じゃなかったのかだと? 俺が馬鹿だった、その場に留まる事を選んだのは俺じゃないか。ギリギリ間に合った筈なのに、彼を一人で先に行かせたのは、他の誰でも無い────俺だ。

 

 その相棒を見捨てたのは────俺じゃないか。

 

「ぐ……うぅ…………」

 

 紙がくしゃくしゃになる事も構わず、手に力が籠る。俺は何も学んでいなかった、何一つとして成長していなかった! あの日、デスゲームが始まり、クラインを置いて行った時に後悔した筈なのにだ! 仲間だと思った、相棒だと思った、助けて助けられる間柄で────オウルは、信じられる奴だと思っていたのに!!! 

 

「キリト君……」

 

 アスナが心配そうに声を掛けてくるが、今は顔を上げられそうにない。歯を食いしばった所で目から止められない涙は、紛うことなく俺の後悔の表れだ。俺は一体…………あと、何度、同じ過ちを繰り返すのか。

 ゲームでありながら命が掛かったこの世界で、人との繋がりを、命の儚さと、叫びたくなる程の未来への不安────しかし、今まで支えてくれた相棒は隣にいない。残されたのは、桐ヶ谷和人が友を見捨てた()()だけだ。

 

 

 

 





誰かが仕組んだ孤独な罠に、ってね。
あと主人公の立ち絵公開、といってもAIですがね。

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こっちは副題バージョン。

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