A.予想は出来ていたでしょう?
「わ、美味しい! 限定デザートだけじゃなくて普通のメニューもクオリティ高いね!」
「そうだな、ベータ版と比べて味覚エンジンも改良されたんだろう。一層のクリームとか二層のケーキとか、今でも食べたくなる味だ」
「ふーん…………オウルって、結構甘党?」
「まぁね」
星がびっしりと敷き詰められた夜空を眺められるテラス、そこには幾つかのお洒落なデザインが彫られたテーブルが並べられている。現実の世界なら、この景色を展望出来る食事など一体どれだけの料金が掛かるのか、私には全く分からない。加えて目の前のいる背が高い青年────いや背は高いが凛々しい顔は、まだ僅かに幼いので少年だろうか? とにかく、オウルという男性と共にしているなど、LV14トレジャーハンターフィリアとしても、現実では中学二年生の竹宮琴音としても、全くの未知の経験だ。
私とオウルはテラス席の内の一つを陣取って、運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。《フレッシュチーズ刻みの旬の野菜サラダ》、《ガリガリ鳥のパリパリソテー》、《クラムとシュリンプのグラタンスープ、石釜パン付き》。そしてオウルも同じ物を頼むと同時に、最後に《ブルーブルーベリータルト》なるものを私の分も含めて頼んだ。恐らく、それが一日三十品の限定デザートなのだろう…………転売ヤーが現れないか、不安だ。
「このソテーさ、“ガリガリ鳥”なんて名前だから瘦せ細っているのかと思ったけど、全然そんな事ないね」
「あぁ、ガリガリ鳥の“ガリガリ”はガーリック、つまりニンニクだよ。なんかのアイテムのフレーバーテキストに書いてあったけど、この鳥はニンニクが主食なんだと」
言いながらオウルはフォークでソテーを口に運び、私もそれに倣う。パリパリにバターで焼かれた皮は楽しく美味しい食感で、噛めば噛むほど染み出してくる肉汁には、確かにニンニク特有の濃厚な味わいと、少しツンとする風味があった。でも、ニンニクが主食だって?
「ねぇねぇ、ニンニクってさ。ネギとかと同じで人間以外の動物には猛毒なんじゃ…………」
私もそこまで詳しくないが、ネギを食べたペットが赤血球を破壊して、下痢や嘔吐を引き起こして死亡するという話を聞いたことがある。そんな物を主食にしているなど、それこそ人間くらいの筈だ。それを聞いた彼は、苦笑しながらワインを上品に揺らす。
「それはそうだけど……ここはゲームだしなぁ。それに現実世界にだって毒を食べる動物がいない訳じゃない、例えばコアラとか。コアラはユーカリの葉しか食べないけど、ユーカリの葉には、しょっちゅう少年探偵が舐めてる青酸カリが含まれているし。有毒鳥類で有名な“ピトフーイ”は強力な神経毒を持ってるけど、これは自身で生成した物じゃなくて食べてる虫から貰っているらしいし。因みに、河豚が毒を持ってる理由も同じ理屈」
スラスラと出て来る情報量に、私は素直に驚きながら感心する────少年探偵が舐めている云々以外、アレってコラ画像でしょ。
「へぇー……じゃあ、このガリガリ鳥もその有毒鳥と同じなのかな?」
「或いは、コアラみたいに食糧というリソースの奪い合いを嫌った偏食家なのかもな」
意外と博識なオウルの話を聞きながら食べていく、ボトルから注ぐ度に種類が変わる不思議なワインに、アサリとエビのグラタンスープに石釜パンを漬けると、香ばしいパンと魚介スープの味が信じられないほど調和する。濃厚な味に疲れたら、アッサリとしたサラダで口の中をフレッシュにする。流石にベータテスターとして食べ慣れてるだけあり、オウルの勧めた料理は満足感バッチリだった。
「「………………………………」」
「いやー、あとはタルトだけだなー、待ちどおしいなー、あははははー!」
────凄い目でコチラを見てくる、黒い剣士と赤い剣士の二人組がいなければ、尚良かった。表情は崩さないまま、乾いた笑い声で視線を逸らす彼に聞いてみる。
「…………ねぇ、オウル? 何したの?」
「何も、ていうか何もしてないから、こうなったというか何というか」
ジトー、というオノマトペが聞こえてきそうな批判的な視線が赤いフーデットケープの女剣士から注がれて。チラチラ、と気になりつつもどうすべきか迷っている視線を黒い剣士から注がれている。鬱陶しいとまでは言わないが、あまり居心地は良くない。私とオウルは顔を二人から背けて小声で話す。
「あの二人は何なの? 仲悪いって感じじゃなさそうだけど」
「あぁ、あれは攻略組名物の喧嘩ップルだ」
「────喧嘩ップル!?」
────なんだそれは。デスゲームとは言えども、このMMOゲームでまさか恋仲など成立するのか? 私は思わずデカい声で聞き返してしまった。
「女剣士の方は普段はなんかツンケンしてるけど、ふとした拍子にちょいとデレたり。黒い方は捻くれてる風を装って、かなり臆病で結構なお人好しだしな────あべしッ!?」
「「誰がケンカップルか!!」って真似しないでよ!?」
得意げに語りながらワインを揺らし美味そうに口に運んでいたが、後ろの二人組に聞こえていたのか。勢い良く二つの拳が振り下ろされて《アンチクリミナル・コード》の紫色の閃光が周囲を少し照らす。もちろん、オウルのHPが減る事はないのだが衝撃だけは通るので、一瞬だが、彼が真顔のまま目がグリンと回り白くなった────怖っ。
「やぁ、久しぶりだな。キリト、アスナ。その後はどうだ?」
「色々と話したい事と聞きたい事があるけど…………とりあえず、そっちの子は?」
「将来有望なプレイヤー。色々あって今は行動を共にしている……それで? 聞きたい事って、
「────あぁ、そうだ」
オウルの青空の様な瞳と、キリトと呼ばれた少年の黒曜石の様な瞳が真っ直ぐ見つめて、何か含みのある言葉が交わされる。攻略には直接関係無い事? どういう事だろう? しかし、その言い回しに気付けていないのは私だけなのか。隣の細剣を腰に帯剣した彼女も、少し暗い表情で不安そうにオウルとキリトを見つめている。
「あのー……もしかして、私って邪魔かな……?」
「え、いやいや、そんな事は無いですよ? えーと……」
「フィリア。よろしくね、キリト」
オウルに対しては気安く強気な感じで話していたのだが、何故か私と話すと彼は困った様な、少ししどろもどろになる。年齢は外見から離れてなさそうだが、もしかしたら年下なのかもしれない。そんな彼の戸惑いを察したのか、隣の細剣使いの女性プレイヤーが代わりにとばかりに表立つ。
「巻き込んでごめんなさいね、フィリアさん。私はアスナ……一応、攻略組の一員をやってます。それで悪いんだけど、オウル君を少し貸してくれない?」
「貸す必要は無い。話したい事は大体察しが付くし、俺とフィリアは少し急いでいるんだ」
アスナさんのお願いに私が返事をする前に、オウルが断りを入れた────その時に、オウルを睨むアスナさんの背後に仁王の様なものが見えた気がしたが、きっと気の所為だろう。オウルの表情が青ざめた気もするが、それもきっと気の所為だろう。
「────いいの? 言っちゃうよ? ミトに」
「…………良いよ、別に? 何を勘違いしてるのか知らないけど、俺とアイツはそんな仲じゃないし、用件はそれだけか? まだ何か他にあるならキリトにメッセージ送らせてくれ」
「え!? キリト君ってオウル君とフレンド登録してたの!?」
「え? あ、はい」
「それを! 先に! 言いなさいよ!」
彼はきっと『ごもっとも』と言いたかったのだろうが、『どもっほも!?』と謎の声を上げながら仰け反る、何故ならキリトの腹部にアスナの拳が突き刺さったから。先程のオウルに対する攻撃と違い、システム障壁が出ないギリギリの力加減は思わず感心してしまった。殴り慣れてるなぁ……この人なんか苦労してそうだと、私はタルトを食べながら思う。
「さ、フィリア。タルト食ってチャチャっとクエストを終わらせよう」
「ちょっと! オウル君? まだ話は────」
「ああ! そうそう! フィリアってさ? お化けとか、そういうのは苦手か?」
オウルの遮る様な、わざとらしい大声にアスナはビシリと固まった。それはまるで《石化》の状態異常に掛かったようだった。もっともSAOにその状態異常があるのかは知らないが、少なくとも今の彼女は“お化け”という単語が彼女の何かに触れたのか、ガチガチに固まってしまった。その様子に隣のキリトは疑問符を浮かべている…………キリトは知らないのに、オウルは知っていた? いや、流石に考えすぎか。
「ううん、別に。全然平気だよ、倒せるmobなんでしょ?」
「《圏外》のはな、一部圏内で出て来るのは、クエスト対象だったりするから倒しちゃダメなのもいる。まぁ詳しい事は歩きながら話すよ、向かう先はお化け屋敷になってる地下遺跡ダンジョンだ」
タルトを食べ終えた私とオウルは勘定を済ませて店を出る。あの二人の事を置いていっても良いのかと少し不安になったが、かと言って私にはどうすればいいのか分からない。オウルにはオウルの事情があるのだろうし、深入りするのは彼から話してくれた時でいいだろう。いや、そもそもそれだけの長い付き合いになるかは不明だが。
「……………………………………………………ねぇ、キリト君。この階層って、その、多いの?」
「え? 多いって…………オバケが? 確かに遺跡とかに霊安室的な場所もあるから、結構多いぞ?」
「…………終わったわ」
「アスナ!? アスナさん!? アスナさーん!!?」
その言葉に、真っ白に昇天しているアスナが店を出る際に見えた…………苦手なのか、オバケの類が。
「────ところでミトって?」
「────
♢
オウルの話によると、このクエストは順不同でも構わないが、特定のNPCに話かけないとキーアイテムである指輪は出現しないらしい。本来ならば広い主街区に沢山いる中から、イベントフラグになっているNPCを探し当てるのは面倒極まりない。しかし、そこは彼がベータテスターである事が有利に働いて、僅か五分足らずでクエスト目標に『どうやら鼠のモンスターが地下に指輪を持ち去ったらしい。探してみよう!』と、次の目的が示された。
「ねぇ、オウル? 最後のお婆さんが言ってた鼠って、mobなの? それともただの設定?」
カルルインの地下に広がる墓地でもありダンジョンでもある地下一階で、私は先行するオウルに聞いてみる。まだ《圏内》らしいが、雰囲気は既に角からガイコツのmobでも出てきそうだった。歩を止めず、こちらをチラリと見ながら彼は答える。
「んー……両方? 確かに、ここ《カルルイン》の地下墓地ダンジョンには《スライ・シュルーマン》って鼠っぽい奴が居てな。コイツが中々の曲者で《強奪》スキルを持ってんだよ。で、コイツはプレイヤーが落とした物を何でも拾い去っていく。NPCのお婆さんが言ってた鼠は、多分ソイツの事じゃないかな?」
「なら、鼠を倒せば指輪をドロップするの?」
「いや、絶対に床に指輪は落ちている。そして落ちている場所は《圏外》である地下二階か三階のどっちかランダム。でも指輪はデカいし、二人分の松明とタルトのバフがあれば多分三十分も掛からないよ。その上、さっきも言ったけど《圏外》の方が拾える遺物はレア度が高いぞ」
その言葉に、興奮が隠せない私に『でも────』と彼は続ける。曰く、《強奪》スキルは一瞬でアイテムの所有権が移るので、絶対にアイテムをばら撒く様な行いはしてはいけない。何でもベータ版で、コンビ相手がアイテムを全部オブジェクト化するコマンドを使ったせいで、何時間も鼠を追い掛ける羽目になったのだとか。
それを聞いて私は腰の短剣────《ブレッシング・ダガー+4》を撫でる。四層でレベリングしている時にドロップした武器なのだが、かなり極低確率でしか落ちないらしく、結構スペックが良い。以前は普通の店売りを使っていたのだが、それ以来なんだかすっかり手に馴染み気に入ってしまい、この短剣の性能が前線に追いつかなくなった時は、インゴットに変えて武器生成をして使いたいと考えている。
「……じゃあ、絶対に、武器は落としちゃいけないね」
「そういう事だ。ま、鼠に拾われてもアイテムは消えないし。巣穴を探るか、鼠を倒せば取り戻せる。それにその鼠は大して強くないし、積極的に襲ってこないけどな」
固く決意する私に、心配するなと言わんばかりに、穏やかに彼は微笑んだ────気がした。あれ、と思った時にはもう真顔だ。アバターの表情筋制御が異様に上手いせいか、言動は愉快なのにどこか演技くさい。ある意味では、無表情が一番彼の心情を表しているのかも知れない。そんな事を考えながら、私は《圏外》に踏み出した。
凡そ十五分後、地下二階の遺跡にてキーアイテムである指輪は簡単に見つかった。大きな真紅のルビーらしき物が付いており、売れば大変良い値が付きそうな気がするが、オウルの話通りならコレは婦人が殺人して奪った盗品なので、流石に自重した。本来ならばこのまま屋敷に戻りクエスト終了なのだが、限定タルトのバフはまだ四十分残っている。当然勿体無いという事で、残りの時間は遺物拾いとmobを倒してレベリングする事になった。
この地下墓地遺跡はオウルの言った通り、ミイラ男や女幽霊のmobが沢山湧き出てきた。強さこそLV18の彼は勿論の事、LV14の私でも意外と問題なく戦えていた。というのも、このmob達は厄介なデバフ攻撃とアストラル系特有の通常攻撃が効きにくい特性があったのだが、逆に言えば対策があれば問題ない。ミイラ男は松明の炎に弱いので、予め彼が用意した油瓶を投げつけて燃やし、女幽霊は鳩尾の少し下らへんに小塊の弱点があるらしく、クリティカル率の高い私の短剣は正確に切り裂いた。
「やたらクリティカルヒットするな、その短剣」
ミイラ男のバインド攻撃で伸ばされた両腕を切り落としてから、流水の様な水平斬りで上半身と下半身を真っ二つにしながらオウルが言った。腐っているためか、動きは直前まで遅いミイラ男は対処しやすい、代わりに筋力値は高く一度捕まると中々逃げ出せない上に、痛覚が無い設定なのか怯みにくいし通常攻撃で毒を付与してくるが。
「いいでしょー? この《ブレッシング・ダガー+4》は《正確さ》に全振りしているからね、おまけに元々の性能もクリティカル率高めだし」
「あぁ、言っちゃ悪いが戦闘は俺がキャリーする事になると思ってた────よっと!」
そんな事を言い彼は、私の方を見ながら自身の背後から迫ってきた女幽霊の弱点を
「…………なんかのスキル?」
「ん? ただの慣れ。勘とも言う」
「…………勘? 何に対して?」
「そりゃあ、mobの攻撃してほしくない箇所への。データ量とか、ある程度は偏差が有るだろうし」
「なんか、チート臭いね…………」
────いや、勘て、それに何にどう慣れたらそうなるの?
ソロでなくとも便利で有名な《索敵》や《隠蔽》に、こんな芸当が可能になる派生機能があっただろうか? 流石に《片手直剣》や《投剣》には無いだろうし…………ていうか《投剣》があるなら、それでmobを釣ってほしいとも思う。コスパ悪いだろうけど。
そんな事を考えながら周囲に敵がいない事を確認して、床を見渡す。既に二階のフロアはほぼ回り切った。かなりの量の遺物を拾えて大満足だが、バフはまだ続いているし、ストレージ容量も全然余裕だ。敵の強さは三階もあまり変わらないそうなので、このまま遺物拾いとレベリングを続行しようと思った矢先────部屋の隅に、遺物の輝きを捉えた。
「ラッキー! お宝ちゃん発見!」
「切り替え早いなオイ」
そんな呆れてそうな彼の言葉を無視して、遺物を拾い上げようとした時────ガコン、と馴染みの無い感触が足元から響いた。
「え────!?」
「フィ────頭を守れ! 足から着地しろ!」
落とし穴。回転式の扉の様に床が開き、既に体は穴の中に半分以上落ちてしまっている。オウルが罠の位置や仕掛けを暗記していた事もあり、《罠解除》の機能は切っていた事が裏目に出た。油断と悔恨、穴の縁に指をかけるが筋力値は高くない私では抜け出す事は叶わず、無情にも縦に回る床が私を叩き落とした。
♢
「フィ────頭を守れ! 足から着地しろ!」
────落とし穴!? この部屋には無かった筈だ!
そんな事を考えても彼女は既に落ち始めている、フィリアとの距離は五メートル以上。今からダッシュしても間に合わないし、俺の貧弱な筋力値では、軽装と言えども彼女は持ち上げられない。故に彼女が穴に消える残り二秒弱は、着地の助言するぐらいが精一杯だった。ガゴンと重厚な音と共に落とし穴は塞がる、急ぎその位置を剣の柄頭で何度か叩くが全く開かない。
この手のトラップには連続で作動しない様にクールタイムが存在する、そして物や場所によって時間は変わる。あと何秒、何十秒、もしかしたら何十分も待たないと、この落とし穴は作動しないかも知れない────とても待っていられない。
「クソ! 地形は変わってないからって、罠も変わりないと油断した……!」
自身の迂闊さに絞め殺してやりたい衝動に駆られるが、今はそんな場合では無い。この地下墓地遺跡は全三階層で構成されている。今いる位置は地下二階なので、当然彼女は三階に落ちた形になる。落差は恐らく十メートルも無いだろう、足から落ちればダメージは軽装故に一割か二割程度、頭から墜落しなければ即死はまず無い。確信しながらも、そう願わずにはいられない心地で視界端のHPバーを確認する。
「フィリアのHPは……よし、八割以上残っているな」
俺は立ち上がり、周囲に敵の気配が無い事を《索敵》で確認してから足音を殺しながら走り出す。この地下墓地二階にはアストラル系のmobが多く、その殆どには《隠蔽》が通じない、見つかれば戦うしかないので、その分タイムロスとなる。だが、既に二階マップデータにも下に降りる階段は写してあるし、三階の位置と照らし合わせれば彼女の位置特定は難しくない。つまり、今俺が警戒すべきことはmobをトレインして彼女を巻き込むこと。
幸いな事に、このダンジョンはミイラ男や女幽霊も頻繫に出現するのだが、そのどれも動作が遅く敏捷値は低い。なので、俺の極高敏捷値に追いつけるmobは存在しない。一定の距離さえあれば、すぐに突き放して姿が見えなくなったmobは諦めて定位置に戻るだろう。そうして邪魔な敵を避けながら、下に降りる階段まで三分で辿り着き、殆ど飛び降りる形で三階に転がり込んだ。
「敵の反応は────無いな」
地下三階は天然の鍾乳洞洞窟になっており、通せんぼしているボスを倒すと、地上からでは半日掛かる村までのショートカットになる。それ故にだろう、上の階層よりも多少広くなっている。真っ直ぐに辿り着ければ二分も掛からないが、当然道中にはmobがいる。索敵範囲にはmobは見当たらないが、フィリアが落ちた地点までエンカウントしないと高を括るのは、虫が良すぎるだろう。
だが鍛えた索敵スキルの暗視ボーナスで、暗闇でも目は利く。あとは足音を消して嗅覚と聴覚と直感をフル活動させて、何としても不意打ちだけは防ぐ────こんな時にこんな場所で、ミイラ取りがミイラになるなど笑えない。
「…………?」
しかし歩き始めて、三分程が経ち。俺は訝しむ────幾ら何でも、敵に出会わなさ過ぎないか? ここは上階のミイラと女幽霊だけでなく、小賢しい盗っ人鼠に大群で襲ってくる蝙蝠と、かなり豊富なmobが出る筈なのだ。だが、デスゲーム初日から鍛えている索敵には全くmobの姿が無い────誰かがmobを間引いた? フィリアか? いや、彼女が初見の敵に自分から挑むとは思えない。
つまり結局、理由は分からない。しかしこれ幸いと、既に別れて十分以上経過している彼女に合流すべく、足音を殺しながら小走りで落下予測地点に向かう。すると、前方に何かボンヤリとシルエットが見えた。俺は最初それがフィリアかと思ったが、背の高さが違うしシルエットは二人分ある、つまり他のプレイヤーだ。恐らくは彼らがmobを倒したのだろう、俺は彼らにフィリアを見なかったか聞こうと────する寸前で、俺の直感が警鐘を激しく鳴らし、それを疑う事無く俺は物陰に隠れて隠蔽スキルを使う。
「……………………」
────俺がいきなり奇行に走った理由の一つに、一層でキリトとレベリングの休憩中にした話題がある。
その
その時の休憩中に水筒を回し飲みしながら、キリトに振った話題はこうだ。『仮想世界において人の気配をスキルに頼らず感じる事は有り得るのか?』それに対して、多分理系のキリトの答えは『全てが0と1のデータと、電子で構成された仮想世界で、人の気配というオカルトが介在する余地は無い……筈だ』と言った。
もっともらしい意見だ、正直に言えば反論の余地は無いと思う────実際に体験していなければ。恐らくだが、煮え切らない答えになったのはキリトにも似たような覚えがあるのだろう。しかし、ナーヴギアはマジックアイテムなどでは無い。世紀の天才が作り出した科学の作品だ、だからこそオカルトな現象には否定的なのだろう。
────では、いっその事『それが有り得る』と仮定した場合、どんな理屈が考えられるか。
ここから先は、完全に俺の妄想に過ぎない。“気配”などという単語だから非科学的に思えるのだ。これを“脳波”に置き換えた場合どう考えられるか?
俺達SAOプレイヤーはナーヴギアを使い、アーガス本社の地下に設置されたサーバーに接続している。この時に約一万人の人間はサーバーで間接的に繋がっている。そしてナーヴギアは、間違いなくプレイヤーの脳波を読み取っている、それも医療機関の専門機器並みの精度と高性能で。ちょっとした感情でアバターが大袈裟に、笑ったり泣いたりするのはその為だろう。
────もしも、この“脳波”が一見すると何も無い様に見える仮想空間を通じて、他プレイヤーに受信出来たとすれば?
イライラしている人間が近くにいると、自分まで居心地が悪くなるように。何らかの悪感情が脳波として送信されて、それが俺やキリトが受信する。これこそ俺達が感じた“気配”の正体ではなかろうか。或いはこの世界、『ソードアート・オンライン』風に言えば────“心意”だろうか。
無論、この妄想にも穴はある。そもそもナーヴギアが脳波を読み取っていたとしても、それが他のプレイヤーに感じられる様に放出されているのか。入力と出力が入り混じる様なチャンネルが、ナーヴギアやSAOのインターフェイスに設計されているのか。
要するに、全ては証拠も無い机上の空論だが────
「あのさぁ、ディアベルの奴、いい加減殺さねえ? マジうぜぇんだけど?」
「あははー、気持ちは分かりますが我慢ですよぉ? 今回はこの層ボスのドロップ品が目当てですからねぇ。やっちゃうのは、また今度にしましょう。
────俺は、この穴だらけの空論を信じる。理由は、俺の勘だ。
キンキンと耳障りな声には少し聞き覚えがある、一層で俺に突っかかってきた奴だ。名前は知らないし、顔も以前同様に黒フードで見えない。対面の奴は本当に何も知らない、滑る様な質感のスケイルアーマーに片手剣、一番特徴的な物はチャラチャラとした鎖頭巾だ。SAOにおいて最も賛否両論多い武具と言えば兜、つまり頭部の防具だった。
何故なら、究極の一人称視点と言えるフルダイブゲームで兜装備は視覚や聴覚が遮られるからだ。勿論、防御力が上がるし《スタン》に対する耐性も付くのだが絶対ではないので、ほぼソロプレイヤーだった俺やキリトはこの手の防具には頼らなかった。しかも鎖頭巾という、顔を覆うフルフェイスタイプの兜に比べると、明らかに防御力が落ちる風変わりな代物…………やはり顔を隠す為の物、なのか?
「ディアベルさえ殺したら、多分キバオウとリンド辺りが対立すると思うんだけどな……チッ! あのオウルとか言う奴のせいで台無しだ!」
「あははー、自分は一層のボス戦に参加しませんでしたが、やっぱりいるんですねー、あの人」
「何オマエ? アイツの事知ってんのか?」
「ベータテスターの間ではクソ有名人ですよぉー? PvPの公式戦で優勝してましたし、最前線をほぼソロで攻略してましたし……あ、そういえばキリトさんも偶に一緒にいたっけなぁー」
「あぁ、あの《ブラッキー》か。オマエ殺し損ねたんだろ? 《デュエルPK》に負けて」
「えぇ、いやーイケると思ったんですがねぇ……まさかデスゲームになった今のSAOのデュエルに適応してるとは、流石に見込みが甘々でしたー、あははー」
黒フードのキンキンとした耳障りな声に、鎖頭巾剣士のねっとりした軽薄な口調は、ずっと聞いていると頭が痛くなって気そうだったが。俺は微かな原作知識を可能な限り思い出して、現状と照らし合わせる。
まず間違いなく、こいつらは『Poh』の手先だろう。PKを先導するような奴は、現状のSAOで奴以外に居るとは思えない。俺の記憶に焼き付いているコペルですら飽くまでも単独犯だった、しかも彼の動機は自身の罪の隠蔽。決して免罪符にはならないのは俺も理解しているが、それでも彼は決して
そしてどうすべきか、俺の思考は最終的にはそこに帰結する。ダンジョンの奥深くでこの二人の話し合いが、ただのロールプレイとは全く思えない。カーソルこそグリーンだが、潜在的犯罪者プレイヤーと考えるべきだ────今のうちに殺すか?
オレンジになるのは痛いが、アライメント回復クエストをすれば二人殺した事はシステム上では雪げる。しかし、俺には未だにコペルを殺した時の言語化しがたい不快感が拭えずにいる。理性では今後の攻略において邪魔になる二人組を消すべきと思っている。だが今更、俺の中の捨てきれない倫理観の様な物が最後の決断を鈍らせている。どうする? どうすべきだ? いや、俺はどうしたいんだ…………?
「…………一度、キリトとディアベルにも話すべきか」
たっぷり十秒悩みぬいた結果は、今はこの二人が明確に犯罪者である証拠は無いので、一旦泳がせておいてから攻略組の精鋭で反撃と捕縛にかかる、というものだった。既に原作と同様に《ラフィン・コフィン》が出来ているとは思えない、だがPohの手先がこの二人だけとも思えない。現状は見逃して、再起不能になる程のもっと大きな痛打を与えるべく────
「にしても、さっきの
「あぁ、コレか? 結構イイスペックだし、サブ武器にしようと思ってる。えーと、この……《ブラッシング・ダガー+4》!」
「いやいや、
────………………ナ ニヲ イッテ イルノダ コイツ ラハ?
デデーン、フィリアOUTー。
因みにタグがネタバレになるのは好きじゃないので、原作キャラ生存OR死亡は付けません。