宮城にとって赤石のことは常に見てて飽きない存在である。
赤石と旧知の仲である須田や
赤石は、まともに接してくる人物に対してはユーモラスな振る舞いをしていた。
作中の初めはある程度交流を重ねた相手にのみそのような態度を取っていたが、物語が進むにつれて真っ当な態度で赤石に臨む人物であれば彼は初対面でも相手にユーモアを提供するようになっていった。
宮城に言わせれば、赤石は友達として一緒にいれば必ず楽しいと思う相手に他ならなかった。
一方で、赤石は理不尽に対してとことん苛烈だった。
相手の行動の理非善悪を常に計ろうとし、相手に非があると判断した場合は即座に相応の態度をもって理不尽への応酬をする癖があった。
その程度は(赤石主観となるが)相手の非の大きさに比例し、例えば
その
小学校~中学校の時分にきっかけすら不明のいじめを受け続け、本編においても周囲から狂人と評され挙句性犯罪の濡れ衣を着せられてますます孤立していくその有様が赤石の人生を象徴していた。
もし赤石に常人を凌駕する矜持と、苦境にて支え続けた友達がいなければ、この作品の展開はきっと読むに忍びないものとなっていただろう。
そういう人生を辿ったからなのだろうか。
赤石は、人が好きと同時に嫌いであり、本来相反するはずの矛盾を抱えた人の気持ちをも愛するその性分を抱えていた。
今まで人の集団の中に人として生活してきた中で酸鼻な経験を散々に味わい、それを多くの人が見捨てたことで赤石は人を信じられず虚無的になった。
しかしそんな渦中にあっても理不尽や悪を払いのけ、自らに手を差し伸べる人もいることを赤石は知り、わずかにでも人を好きになっていった。
陳腐かもしれないが宮城は赤石の人生観をそのように解釈していた。
惜しむらくは、赤石は恋愛に対し途轍もなく弱気だった。
櫻井のように多数の異性から好かれたいと思う時期があったぐらいには人からの好意、愛情を求めていたが、その感情を相手の行動から読み取る力に欠けていた。
人からの嫌悪を察知する能力は人一倍鋭敏なのに対して好意に由来する行動に鈍感なのは、やはり赤石の人生経験が如実に反映されている気がしてならなかった。
赤石は周囲の親しい女子に決して告白をせず、また相手が直接告白するまで相手の恋愛感情を信じないというスタンスを終始取っていた。
その結果、高校卒業後にはおよそ愚にもつかぬ選択を赤石はしてしまうことになる。
今、宮城は二組の教室を訪れていた。
時期は春頃。とある光景を傍観するためだった。
「俺はお前らみたいなクズとは違ぇんだよ!」
宮城は赤石の声を、聞いていた。
「俺はお前らみたいなクズとは違う! 他人を傷つけて、自己満足でへらへら笑ってるようなお前らとは違うんだよ! 何の力もねぇくせに他人を扱き下ろす時だけは一緒になってるようなてめぇらとは違うんだよ!」
赤石の、弾劾を聞いていた。
このときの二年二組は、
担任も対処できず、同じく八谷と仲良かったはずの櫻井でさえ見て見ぬふりをした状況に業を煮やした赤石が事態の打開に動いた局面だった。
このときの赤石のことを、狂った
しかし宮城には、小柄な動物が獣の群れに放り込まれた仲間を果敢に救うような、神聖な光景に見えていた。
赤石の眼に普段からは窺えない
この後赤石は教室を飛び出し、人目の付かない場所へしばらく居座ることになる。
宮城は、赤石が教室を飛び出す前に引き返した。
赤石にとって、赤石が救いたかった八谷にとって大きな転機となるこの事件を横から介入する気には、どうにもなれなかった。
自分はあくまで傍観者。
赤石悠人という、見てて飽きない人物の活躍を生涯見ていたいだけの存在。
そのためなら、何でもする存在。
そのように現世での自分の立ち位置を規定していた。
宮城は前世において赤石の中学時代を読書する前に亡くなった。
だからと言って赤石に直接中学時代のことを尋ねる気にはなれなかった。
作中の描写を見る限り、赤石は中学時代に陰惨な記憶を植え付けられ、後に本編で克明に記される彼の人格を形成するのに大きな影響を与えたことは明らかだった。
そのような出来事を宮城から赤石へ聞き出すのは、あまりにも軽薄な行いだった。
赤石のルーツとも言うべき中学時代に興味が無いと言えば嘘になる。しかし、それはせめて赤石が自分の口から語るのを待つと宮城は思い定めていた。
宮城は前世において原作を第523話まで読み終えてから亡くなりました