ラブコメの主人公を評価する前に   作:冴木甲士

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第2話 櫻井聡助について

 宮城は前世でも現世でも、「ラブコメ」と称されるジャンルの漫画やラノベを好んで読んでいた。

 人気のものについてはとりあえず一話まで読み、気に入ったものを全巻揃えて読むというスタイルであり好みに偏りはややあるものの、それでも他のジャンルに比べて多くの作品に目を通してきたのは事実であった。

 

 そんな宮城に言わせれば、櫻井はラブコメの主人公を装った典型的な似非(えせ)に見えた。

 

 まず、ラブコメの主人公は率先して暴力やその他犯罪を行わない。行うタイプならば相応の評価を周囲に与えられている。

 ラブコメの主人公は大して取り柄の無い一般人のように描写されることが多いが、そのような場合はヒロイン達の問題の解決するにあたって暴力に頼ることは、まずない。

 大抵は相手を話し合いで説得、交渉する、報いが必要なら相手の弱みを突いて脅迫するか法的手段に出るなど、ぎりぎりであっても合法の範囲内に収まる手段を取る。

 主人公が暴力をふるう場合があるとしたら相手が先に主人公もしくはヒロイン達へ暴力をふるってきた場合の正当防衛というパターンが相場だ。

 たまに自ら暴力をふるうような主人公もいるが、その場合は周囲から恐れられ、評判の悪いいわゆる不良として扱われることが多い。

 櫻井の場合、自分の周りの女子に関わる男達に対して、向こうからは一切暴力を使っていない、場合によっては非暴力の姿勢を見せているにも関わらず連続で殴りつける、階段の上から突き落とすなどの暴行をしばしばやっていた。

 二年の修了式の際には幼馴染の担任教師である神奈美穂(かんなみほ)に学校を辞めさせないため、全校生徒や教師が揃った体育館で親しい女子達と共謀して正体不明のガスを撒き散らすというテロ行為に及んでいる。主人公がどうこう以前に、櫻井はれっきとした犯罪者だった。

 以上の経歴にもかかわらず、大して悪目立ちすることのない至って普通、それどころか評判の良い生徒であるかのように櫻井は周囲から見られていた。評価が実際から大きく乖離している恐るべき人物である。

 

 次に、ラブコメの主人公は大事な局面で嘘をつかない。

 日常会話の中の冗談のような他愛のないときに細かい嘘をつくことならある。だが、ここぞという場面で自分の意思でやったことに対し虚偽をもって人々を騙すような真似はまず行わない。

 自分の行為が世間から許容されるものでないとわかっていても、自分の行状は全て認めて自分のできる限りにおいて取るべき責任を取る描写が多い。

 櫻井は前述したテロ行為をはじめ、その他諸々の犯罪行為があるきっかけで全校生徒の白日の下に晒されたときも責任を取るどころか「誤解」や「変な嘘の噂」として一切を否認している。抜きがたい卑劣漢ぶりを遺憾なく発揮していた。

 

 そして、ラブコメの主人公はヒロインを無制限に甘やかすこともしない。

 意外に思う人もいるかもしれないが、ヒロインに非があった場合は主人公が諭すこともそれなりにある。

 ヒロインの将来を真面目に考えていればこその行為であり、親しい相手にも毅然とした態度で臨むのはきちんとヒロインを愛玩動物ではなく一人の人間として向き合っている証左とも言えよう。

 櫻井にとってその概念は無いらしい。スマホを見ながら歩く自身の取り巻きの一人にはそのことを何ら注意せず、むしろそれが一因でぶつかった通行人の方に怒鳴り謝罪を要求する描写があった。

 

 櫻井は以上に述べたラブコメの主人公にありふれた要素を全く満たしておらず、ただ美女達に周りを囲まれているだけの存在だった。

 一応櫻井とその取り巻きに関してその状況に至る経緯らしきものも時折描写されてはいたが、ラブコメにありがちなシーンの上辺だけをなぞったような、何とも無味乾燥な雰囲気しか感じられなかった。

 

 一頃ネットの小説投稿サイトで流行したラブコメの設定に、「脇役主人公」というものがあった。

 ハーレムものの主人公のごとく多数の美女に囲まれた男に対して友人のような近しい立場にある男が「脇役」と自嘲し、一見「主人公」のように映る男を傍観するか嫉妬するかを経て、自身も女子の一人(あるいは複数人)と仲良くなっていく筋書きのものだ。

 その「主人公」然とした男も性格は得てして櫻井と大差ない正義、善意の押し付けをする周囲の迷惑を顧みないタイプでありながら周囲の評判は良いという人物に描かれる傾向があった。客観的な状況がハーレムもののそれらしく見えるだけであり、もしその男が主人公のラブコメが出ても人気を博すことは到底起こらないであろう。少なくとも宮城なら一話で確実に見切りをつけている。

 櫻井はそういう脇役主人公ものにおける「主人公」の立ち位置であり、赤石は「脇役」の立ち位置に相当するように宮城は思えた。

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、宮城が一年の頃。

 

「君たちもご存知の通り、この学園には、今、途轍もないビジネスチャンスが舞い込んでいる!」

 

 鈴ノ宮高校の校長室の声を、宮城は学校の外から聞いていた。

 この高校の校舎はそこまで防音性が高くないらしい。校長室に隣接した外壁に寄りかかっていれば、小声はともかくそこそこ大きい声は内容も十分わかるぐらいに拾えた。

 

「そこで! 私は君たちが転校しないよう、充実した学園ライフを送れるように、君たちの学園生活をサポートする、一人の男を招集したのさ!」

 

 宮城は一年の頃は櫻井と同じクラスだった。

 全くお近づきになりたいと思わなかったので何の交流も取らなかったが、櫻井が普段からよく会話している霧島尚斗(きりしまなおと)とともに校長室へ向かうことを傍で聞き、こうして校長室のすぐ近くを外からやって来た。

 

「家事をやらせれば日本一、細かい所に気が付き、先生たちからの人気はとどまるところを知らない! 究極の器用貧乏とは、櫻井聡助君、君のことだ!」

 

 鼻で、笑ってしまった。

 櫻井の行状を一部でも知っている者からすれば何と浅はかな評価であることか。

 

 まあ、いい。

 この校長が櫻井のことを高く買い利用しようとしているのなら、自分もこの校長のことを利用させてもらおう。

 (きた)る日に向けて、宮城は着々と準備を進めていた。

 

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