ラブコメの主人公を評価する前に   作:冴木甲士

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第4話 船頭ゆかりについて

 二年の修了式の日。

 

 赤石にとって大きな転機となる事件が起こる日だった。

 当時読者だった宮城にとっても大きな衝撃を受けた回だった。

 

 この日宮城は仮病を使って保健室で休むふりをした後で校舎を抜け出し、式の最中の体育館を陰から監視していた。

 そして櫻井の一派が起こした体育館中のテロ行為にあたって、宮城はスマホで撮影した。

 

 館内はガスで覆われることになるため、犯行直前の映像を押さえる必要があった。

 物陰に隠れることしばらく、犯人達はこちらに気付くことなくまんまと姿を表していた。

 櫻井と同じ塾にいた面々が何かしている様子を、宮城は慎重に撮影していた。

 

 

 

 

 

 

 宮城はその後すぐに学校を後にした。

 

 赤石の視点において一層深刻なのは、櫻井のテロ行為そのものよりも、この後の場面だった。

 

 宮城としては、テロ行為も含めた未来を知って見過ごした以上、その場面に向き合うべきだったのかもしれない。

 赤石がどんな目に遭うのか、原作の活字だけでなく現実の出来事として、しっかりと見届けるべきだったのかもしれない。

 

 しかし、それをしてしまえば宮城は自分の行動を抑えきれる自信がなかった。

 目についたありとあらゆるものを、比喩でもなく破壊してしまうかもしれなかった。

 

 特にあいつ(・・・)だけは、あの場でできる限りの手段を用いてでも惨殺してしまいそうな気がした。

 

 それではダメだ。

 

 それでは赤石が幸せになることは、決してない。

 

 頭だけでなく全身が湯で煮えられたかのような熱を感じながらも、宮城は何とか帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 宮城は、赤石家の近くの公園に、やって来ていた。

 人目のつかない場所に移動し、公園のとある一点を見続けていた。

 

 そこには船頭(せんどう)ゆかりという、赤石の友人がいた。

 

 まだ寒い時期、船頭は赤石を待ちわびていた。

 

「なんで来なかったの!」

 

「あれから何時間経ってると思ってるの⁉ もう夜だし、お腹空いたし、寒いし……」

 

「なんで勝手に帰ったの⁉ 私の話も全然聞いてくれないで、自分のことばっかり言って、それで、はいさようなら、なんておかしいじゃん! 私の話聞かないのに自分の話ばっかりしておかしいじゃん! おかしいと思わなかった⁉ 自分がおかしいことしてる、って思わなかった⁉ 勝手に人のこと傷つけて、決めつけて、それで良い気になって勝手に帰って、自分がおかしいことしてるって、思わなかった⁉」

 

 赤石は、この日の出来事を受け、自身の人間関係を片っ端から壊そうと、していた。

 

 船頭は赤石が蛇蝎の如く嫌う櫻井と、霧島の手引きでデートし、それを隠していたことに赤石が激怒し、船頭からのプレゼントを突き返して関係を終わらせようとしていた。

 

 しかし、船頭は挫けなかった。

 

 赤石が来るまで何時間もの間この公園で待ち続け、赤石も船頭を見捨てきれずにこの公園へやって来ていた。

 

 作中でも触れられていたが、もしも船頭が赤石の来る前に帰ってしまっていたら、赤石と船頭の縁は間違いなくここで途絶えていた。

 たとえ後日に船頭が赤石の家を訪ねたとしても、赤石が全力で拒絶するのは想像に難くなかった。

 

 

 

 

 

 

 船頭ゆかりとは、宮城が赤石と親しい女性キャラクターの中でも特に気に入っている三人のうちの一人である。

 赤石が霧島とともに参加した合コンにおいて、赤石が櫻井の真似事をすれば女にモテるのかという検証のために普段からかけ離れた人物を演じ、そのときの赤石に船頭が興味を持ったのがきっかけだった。

 赤石が素の自分を明かした後も決して縁を切ろうとせず、一時的にも断交する友人の多い赤石を相手に交友が絶えなかった稀有(けう)な人物である。

 

 船頭ゆかりは赤石のことを思いやる描写がしばしばあった。

 赤石に対し二度にわたって学業成就のお守りを贈ったり、赤石の同級生が赤石に人格を否定しかねまじきことを言ったときに明確に赤石を庇ったり、赤石の彼女と見紛うほどに身を尽くしていた。

 この二年の修了式の後においても、赤石の自室に泊まった船頭は、

 

「いっぱい裏切られて、いっぱい怒られて、いっぱい責められて、いっぱい我慢して、偉かったね。悠人は一人じゃないよ」

 

「……大丈夫だよ」

 

「私は悠人を裏切らないよ。絶対に」

 

 赤石の欲しかった言葉を、ひたすらに掛け続けていた。

 

 一方で、船頭が助けを求めているときには遠慮なく赤石を頼るシーンも見られた。

 赤石の志望校である北秀院(ほくしゅういん)大学の前期試験において赤石が受かったのに対して同じく赤石と同じ大学を目指していた船頭が落ち、後期に向けて勉強を進めていたときに、赤石は船頭の家を訪れて何かと周りの世話をした。

 そして後期試験の合格発表の日、船頭は友人の中で唯一赤石に同伴を頼んでおり、赤石もそれを引き受けていた。

 もっとも、船頭は優秀であり、一般的に前期よりも倍率の高い後期試験にて北秀院への合格を果たしている。

 大学編において原作をその目で確かめられなかったのは宮城も心残りだったが、ここ(・・)で生きていれば彼らの人生を直接見届けられる、と宮城は今後に期待していた。

 

 今一つ大きな特徴は、思ったことがすぐに口に出るタイプであることだ。

 偶然出会った櫻井が赤石の予測通りに言動を再現する様を見た船頭は、初対面の櫻井へ正直に自分の考えを言い放ち、嘲笑した。

 赤石に対しても修了式で赤石が現れた直後の、前述した発言からもわかるように、心に思ったことははっきりとしゃべる性格であり、赤石が好む「嘘を吐かない」人物像におおむね合致していた。

 

 要約すると、船頭は赤石と性格の相性がとても良い。

 演技を解いた状態の、ありのままの赤石をしっかりと受け止めた数少ない女性であるがゆえに、結ばれれば赤石にとっても船頭にとっても幸せになるに相違ないと宮城は考えている。

 そのために協力できることがあれば、宮城に惜しむものなどなかった。

 

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