時は来た。
奴らを追い落とす時が。
ここに来るまで、そこはかとない不安は常にあった。
この世界はたまたま自分の愛読していた作品世界に似ているだけで、人物や展開は全く別のものになっていくのではないか、と。
自分が生まれ変わったこの世界が原作と同一であるという保証などは当然どこにもない。
自分が前世の記憶をもって勝手に判断していただけの話であり、どんなに原作と同じ場所で同じ人物が同じ行動を取ろうと、偶然に偶然が重なっただけと言われれば否定し得なかった。
ただ、ここまで赤石や、その周辺の人物は全員これまで原作と同じ行動を辿っていたのは紛れもない事実なのだ。
赤石は八谷を救い、船頭や上麦と親しくなり、櫻井や鳥飼と対立していった。
他の展開まで宮城の観測した限りでは原作と齟齬のない成り行きとなっていた。
それでも宮城にとって何より喜ばしかったのは、八谷と上麦と船頭が、赤石との関係を深めたことだった。
宮城が修了式の顛末を知っておきながら止めなかったのは、彼女達のことを赤石に信じてほしかったからだ。
あの事件を経由せずに平和に学校生活を過ごせたとしても、彼女達が赤石とより仲良くなるかは不透明だった。
それなら事件も原作通りに起こしてもらい、赤石と彼女達の行動に任せた方がより確実だと宮城は見ていた。
そして宮城の目論見は、図に当たった。
三人とも原作の時のように、赤石と関係修復を成し遂げた。
もはや宮城に、我慢する必要はなかった。
これまで原作と同じ展開に少しでも沿おうと大人しくしていた宮城が、自ら原作とは違う展開に変えようとしていた。
原作の読者だった当時にどうしても納得ができず、何度も懊悩し続けた部分を、変えようとしていた。
リスクは、計り知れない。
宮城が変えようとしても失敗して、結局原作通りの展開になるかもしれない。
あるいは、宮城が展開を変えたことで、赤石達により苦難の展開が待ち受けるかもしれない。
それでも、宮城は動いた。
不条理がまかり通りやすい世界であっても、赤石の周りにだけは、通してほしい筋があったから。
宮城は、霧島を呼び出した。
二学期始め、新井が噂によって女子達と孤立し、夏休みのとある事件から救ってもらった赤石と新たな局面を迎えようとしている時期だった。
「どうしたんだい、急に」
「いや何だ、ちょっと取引ってやつをしたくってな」
「へー、君との取引、ねぇ」
霧島は不敵な笑みを湛えていた。
赤石にとっては毒にも薬にもならない享楽主義者だったが、宮城は霧島のことを不思議と嫌いになれなかった。
「ブツは何だい」
「これだ」
宮城はスマホで一つの動画を再生して、霧島の方に向ける。
「ほー、これはこれは……」
「よく撮れてるだろ」
内容は、櫻井が山田という大学生を階段から突き落としているところ。
体育祭のときに捉えた、櫻井の犯行の証拠だった。
「何でそれで僕が興味持つと思ったんだい?」
「櫻井のこと嫌いだろ、お前」
「……」
霧島が憮然と黙る。
何で知ってんだ、というツラだな。
そりゃ知ってるよ。
原作読んでるもん、俺。
そう言ったら霧島はどんな反応をするだろう。
やってみたいという衝動に駆られたが、話がややこしくなるだけなので本題を進める。
「赤石とそういう話をしてるのを小耳に挟んだだけだ」
「地獄耳なのかい、君は」
「まあな」
はあ、と霧島のわざとらしい誇張を入れたため息を吐く。
霧島は櫻井のことを嫌悪していたが、友人を装って櫻井の取り巻きたる美少女をおこぼれに貰おうとしていた。
その当てが外れた霧島は自身と櫻井の卒業式に復讐を決行。「櫻井聡助の歴史」と称して櫻井が高校時代に行った犯罪行為の数々を卒業生達のスマホに送信し、怒った櫻井から暴行を受ける様子と、犯人でなければ出てくるはずのない発言を引き出した様子を生徒達に撮らせ、その動画を拡散させることに見事成功した。
そのときに霧島が挙げた櫻井の罪状には赤石を病院の一室で暴行した件、女湯に侵入した件などが含まれていたが不思議と記載されていない件もあった。
それこそが「体育祭のときに山田を階段から突き落とした件」であった。
原作では割愛されていただけ、という線もあるにはあるが、罪状を照らし合わせると赤石を暴行した件以上に悪質な行為であり、原作で誰も触れていないことには疑問が残った。
そこで宮城は、こう推察した。
単に霧島が知らなかっただけではないか、と。
原作では一応山田と櫻井の一件の直後に霧島が櫻井とかち合う場面があるが、霧島が山田と櫻井のやり取りを直接見た描写はない。
霧島がその場面も知っているように見せかけただけで、実際は霧島も知らない一件だったんじゃないかと当たりをつけた。
霧島の反応を見て手応えを感じた宮城は、
「そしてこれが修了式のときのテロ行為の犯人達の様子」
「ほー」
修了式に撮影したときの動画も霧島に見せた。
「何か櫻井達の知り合いみたいだぞ、こいつら」
「君って総助達に対してこんなストーカーしてたのかい」
霧島が呆れ顔をする。
「人のこと言えてないぞ、お前」
「何のことやら」
「それにあんな奴らを四六時中つけ回すなんて冗談よせよ」
「そんな動画持ってる君に言われてもね」
で、と霧島は話題を変えた。
「ブツはそれで全部かい?」
「ああ」
「それで僕に、何を差し出してほしいのかな?」
宮城は、一息置いた。
「俺が求めるのは鳥飼が赤石に暴行した証拠の動画。そして鳥飼と赤石の件から手を引いてほしいということだ」
霧島の表情が、変わる。
「何で僕があかねちゃんと赤石君の動画を持ってると思ったのかな?」
「お前、赤石と鳥飼の後を追っていったことがあったよな」
霧島は鳥飼が事件を起こしたその日、赤石と鳥飼の様子を陰から見ていた。
「あんときは俺もたまたま近くにいたんだ。首突っ込むことじゃないかとその日は放置して帰ったが、まさかこんなことになってたとはな」
「なら何で今の今まで彼らを放っておいたんだい?」
「俺も、少しは鳥飼を信じてみようと思ったからだよ」
嘘だった。実際は赤石が八谷、上麦、船頭と関係を取り戻すのを待っていたからだ。
「奴が自分の凶行を恥じて全てを明かすときを待ってたんだ。だが奴は一学期丸々何の反省の素振りも見せなかった」
「あかねちゃんの言う通り、本当に赤石君の方が凶行に及んだのかもしれないよ?」
「赤石はそんなバカな真似するタイプじゃないんでね」
「赤石君のこと信じきってるんだねぇ」
やれやれ、と宮城は首を横に振る。
「わかったよ。赤石大好きな宮城君に免じてあかねちゃんの暴行動画をあげよう。もうあかねちゃんと赤石君の一件にも干渉しない。それで満足かい?」
「助かる。それなら俺もこの動画2つを送信しよう。存分に使ってくれ」
「フフ、君もワルだねぇ」
宮城と霧島の取引は、これにて成立した。