霧島との取引から数日後。
宮城は、空き教室に一人座っていた。
三年になってから、赤石と一部の友人が昼食を食べていた場所。
今は放課後のため、利用者は宮城しかいなかった。
やがてガラガラと重い音を立てて扉を開け、一人の女子生徒が空き教室に入ってきた。
「おー、待ってたぜ。狂言女」
女子生徒の名は鳥飼あかね。
赤石の敵の一人だった。
鳥飼は上麦とほぼ同じ時期、二年の頃に赤石と交流を持った赤石のクラスメイトだった。
出会った当初から赤石とそりが合わず一触即発の雰囲気が常にあったが、二年の三学期に鳥飼が事件を起こす。
体育倉庫にて赤石とかち合った鳥飼が自身の幼馴染達と縁を切るよう赤石に要求。幼馴染達に言うべきだという趣旨をはじめ反論を赤石がすると鳥飼が激昂し赤石に暴行する。
赤石も抵抗の末、鳥飼を無力化したところで幼馴染の
その結果、赤石は三年の卒業直前、霧島が興味本位に暮石へ真相を教え、例の証拠の動画を渡すまで冤罪を
しかしそれは、あくまでも原作の流れだ。
この三年の一学期の間も赤石は針の
「……これは何だ?」
鳥飼が宮城に一枚の手紙を見せつける。
『赤石との一件の真実をバラされたくなければ、放課後ここに来い』
というワープロのソフトから打ったであろう一文が、空き教室の場所の詳細とともに書かれてあった。
無論、宮城の手によるものだった。
「そりゃこっちのセリフだ」
宮城も同様に、スマホの画面を鳥飼に見せつけた。
そこには鳥飼が赤石に喧嘩を売り、暴力をふるっていることがありありとわかる動画が再生されていた。
「……何で、そんなものをお前が」
「霧島が譲ってくれたよ。『面白いことになりそうだから』って言ってな。お前あいつに証拠をばっちり撮られてたみたいだな」
「あの、野郎……!」
鳥飼が歯ぎしりする。
宮城としては、霧島との取引の実情をバカ正直に鳥飼へ話すわけがなかった。
「言っとくが滅多なことはしない方が身のためだぞ。ちゃんと護身用に録音は走らせてるからな。いやースマホは実に色んなことができて便利だ」
宮城は、鳥飼が教室に入った時点でスマホの録音アプリの機能をオンにしている。
鳥飼が胡乱な真似をすれば即座にこの教室から逃げ出し、しかるべき場所へ通報する算段だ。
「……!」
さすがに己の立場を理解したようで、鳥飼は黙り込んだ。
余計な言葉を一切吐き出さないようにという、用心からだろう。
原作にて赤石達や幼馴染達に事の真相が知られたときも、鳥飼は赤石を睨むばかりで一切言葉を発さない場面があった。
法や道徳よりも自分の都合や感情を優先し、物事を暴力で解決しようとする
「お前に二つ要求する」
宮城が鳥飼の前に二本、指を立てた。
「一つは、高校を自ら退学しろ」
宮城が二本から一本へ、指を立て直した。
「な……!」
鳥飼が驚くのも構わず話を進める。
「もう一つは、警察に自首しろ、ということだ」
宮城が、二本目の指を、立て直した。
原作においては、鳥飼がある理由で折れ、赤石に自身の罪状を全て認めて土下座し、赤石に許しを乞う展開だった。
その後も高校卒業までのわずかな間ながら、鳥飼が事件の真相を校内の生徒達に伝え回ることを示唆する描写がある。
卒業旅行において赤石と鳥飼が言い争いするシーンがありはしたものの、基本的には赤石の言うことを鳥飼が聞く態度となり、鳥飼が反省していることは確かなようだった。
宮城に言わせれば、笑止千万な話だった。
口喧嘩で一時期袂を分かつなどのように日常にありふれた程度のトラブルであれば、純粋に心温まるシーンとして見られたと思う。
しかし鳥飼のやったことはその程度を遥かに逸脱していた。
赤石への暴行・傷害罪、そして名誉棄損罪と、一般人ならまずやらない凶悪な犯罪を、鳥飼は行っていた。
ならばまず、警察に沙汰を任せるべきだろう。
法的に出る所を出てから、反省なり何なりすればいい話である。
もう前世なり現世なりで何度言われてきたかわからない通念が、宮城の頭をよぎった。
犯罪行為が謝って済むなら、警察は要らねえんだよ、と。
「そん、な、こと、できる、わけが……」
「できるだろ。両方ともお前の意志で行動すれば済むことなんだから」
目に見えて動揺する鳥飼を、宮城はせせら笑う。
ここまで人を追い詰めるような行為は前世も含めて初めてだったが、これほどに痛快だとは。
やはり相手が相手だからだろう、と宮城は自己解釈をした。
高校への退学は、まあ一手間掛かるだろう。
鳥飼の保護者にはどうあっても理由を説明する必要がある。
「まず退学だが、お前がこの学校でやらかした罪を全て親御さんに説明すればいい」
「何⁉」
「自分は生徒を暴行して怪我をさせ、あまつさえ彼にレイプの濡れ衣を着せました。彼は既にそれによって周りから不遇な扱いを受けており、そのことへ反省の意を示すために、まずは学校を辞めて一から高校生活をやり直します。その間、もちろん彼には精一杯の償いをするつもりです、とかな。証拠の動画はやるから、それを見せて今言ったことを伝えれば、親御さんも理解するんじゃないか」
本気で反省してるならせめてそれぐらいやれ、という
「てめぇ……」
鳥飼がわなわなと拳を震わせる。
おお俺を殴りたいか。
でもな、お前がそう思ってるよりも俺はずっと強く、お前を殴りたいと思ってるよ。
赤石は俺以上にお前を殴ってやりたいと、思ったはずだよ。
だがここは、基本的に暴力が許されない世界なんだよ。
どんなに殴りたい奴がいても、どんなに殺したい奴がいても、歯を食いしばって耐えて妥協していかなきゃならない世の中なんだよ。
お前みたいに他人のためと称して
そんな不条理が得てしてまかり通る世知辛い世界でもあるが、少なくとも赤石の周りの奴らにおいては、俺が許さないよ。
宮城はそう決意を固め、鳥飼を追い込む。
「警察への自首はもっと簡単だろ。親御さんに言うまでもなく自分が警察署へ足を運んでこの証拠とともに自供すればそれで終わりだ」
「ふ、ざけ……」
「要求を飲まないなら、今回の事件はお前と
「⁉」
鳥飼がこれ以上ないというぐらいに目を見開く。
鳥飼にとっての急所である、暮石に宮城は目をつけていた。
鳥飼がここまで大それたことをやった最大の動機は、長きにわたる幼馴染であった大好きな暮石が、大嫌いな赤石と親しくしていたからだった。
暮石、あるいは同じく幼馴染である上麦が赤石と仲良くなければ、鳥飼は赤石を黙殺していただろう。鳥飼が赤石と同様に嫌っていた霧島を基本的には放置していたことからも、容易に理解できた。
つまり、自分のために暮石が傷つくことを、鳥飼は何としても避けようとするということだ。
鳥飼が、宮城のスマホの画面を指さす。
「三葉が私の共犯だなんて証拠、それには……」
「ないな。むしろこの動画では暮石が何も事情を知らなかったことが浮き彫りになっている」
「だったら……」
「だがこの動画を、暮石の登場する前でカットして公開したら、どうなる?」
「そ、それは」
「暮石が事情を知らなかった、ていうことは証明できない。そんな動画に『暮石と鳥飼が示し合わせて赤石を貶めるべくこんな行動に出た』と学校の裏掲示板にでも乗っけたら、第三者はどう捉えるかだな。何せ暮石が赤石の冤罪を世に広めた立場だし」
暮石が、赤石の冤罪を知らしめた要因になったのは、揺るがない事実だ。
実は冤罪だったと明らかになったときに、暮石まで疑いの目が向けられるように誘導すれば、それへ完全に抗することは困難であろう。
「でもそれを防ぐ手立ては、一つある」
「何だよ、それ⁉」
「お前が警察に行き、あの日起きたことを白状することだ」
「……!」
宮城は、詰める。
「そうすればお前が警察に話したことはおのずと噂として学校に広まり、真相は生徒達に敷衍することだろう」
相手の余裕を奪い、どんどん詰める。
「……本当に?」
「それに、そんなことになったら学校生活なんてもうまともには送れない。それならここですっぱり退学しても支障はあるまいて」
「……」
鳥飼は、一言も発さなくなった。
これから自分は何をすべきか、考えているのだろう。
自分の今後の行動次第では、
鳥飼にとっては今自分がどうすべきか、断じて誤っては、ならなかった。
「で、どうする。退学と自首を、するのかしないのか」
宮城はこの場で鳥飼に決断を迫る。
余計な知恵を身につけないうちに、さっさと鳥飼にやることをやらせる。
タチの悪い借金取りになったような心持ちで、宮城は鳥飼に答えを促した。
「……退学も、自首も、します。お願いだから三葉や、私の友達に手を出さないで」
鳥飼は、要求に屈した。
数日もしないうちに鳥飼は鈴ノ宮高校を退学し、宮城から送られた証拠の動画を保存したスマホを持って、警察署へ自首した。