好きと言わせてくれない   作:布団は友達

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明けてましたね、いつの間に。


ようこそ、跡地へッッ!!(9章〜14章)
プロロー……序章だッッ!


 

 

 

 黄金の水面の上に浮かぶ艦の甲板で、美しいバンシーの青年は血と汗の混じったそれが顎から滴り落ちる前に手の甲で荒々しく拭う。

 骨筆を握る手は、傷の痛みに力が緩む。

 それは、負傷の所為だろうか。

 連戦の疲弊だろうか。

 或いは……躊躇いからだろうか。

 

 見上げた空は、蓋をされたように暗い。

 ただ遠くに聳え立つ光る塔を背景に、黒い空の中で一つの影が浮遊していた。

 一丈にも及ぶ柄の長槍を握るのは、肘先から二本の前腕が発達した異形の右腕。前垂れで顔を隠し、全身から死の気配を放つそれは人というよりも怪物の様相だった。

 誰もが呼吸を憚り、一瞬後の己が命を憂う圧。

 

 ちらりと、青年は艦の下を見やる。

 

 その存在から漂う霧が辺り一帯に瀰漫し、艦を波で打つ黄金の海から立ち上がろうとする幾多の王冠を掲げた亡霊たちを抑え込んでいた。

 一人の所業とは思えない光景、戦争の化身の御業。

 立ち向かうには膨大で、あまりに強大である。

 それでも青年は微笑む。

 

「ふ、そういえば」

 

「……?」

 

「うぬと全力で死合うのは此度が初めてか」

 

 骨筆を軽く揮う。

 虚空に浮かび上がる文字たちが青年の所作に合わせて踊った。

 列を成す文字たちで記した意味は、どれも必殺に達する効果を込めた物ばかりだったが、眼前の存在へと十全に及ぶか否かは不明である。

 相手は知己だった。

 その強さは心得ている。――が、それは衰退していく過程だ。

 全盛へと蘇った現在の状態は知らない。

 

 

「まだ踊れるか。――それでこそ、我が宿敵」

 

 

 前垂れの奥から地響きのような声。

 異形の右腕が長槍を掲げると、穂先から直下の床へと竜巻のように赤黒い濃霧が渦巻く。

 やがて、勃然と足元から文字の刻まれた巨大な鋼の刃たちが青年めがけて突き出した。

 瞬きの間に百の凶器による洗礼。

 それを青年を囲う光の文字列が阻み、火花を散らして刃たちは砕けた。

 

 再開の挨拶代わりに放たれた攻撃を凌いだ青年は、しかし間髪入れず光の粉のような破片の中から猛然と接近する怪物めがけて再び骨筆を奔らせた。

 雷のように迫る死の影、間に合わなければ死ぬ。

 その瞬刻の最中も、青年は冷静に。

 

「――『断ち切れ』」

 

「温い」

 

 剣となった呪文を手に執り、青年が振るった。

 それを長槍が弾き返し、翻った穂先が青年へと一呼吸の間に数本の光線となって走るが、呪文の壁に阻まれる。

 足場となる艦が悲鳴を上げていた。

 二人の力を支える土台としては脆く小さいからではない。

 この艦を過去支えてきた力と、今なお支える力の衝突に悲しんでいるからだ。

 

 幾度目かの凄烈な火花と共に、お互いが弾かれたように距離を取る。

 

「よく防いだな。うぬの師の腕を落とした呪文だが」

 

「見慣れた剣筋が故に。だが、驚いたぞ……我が大師父と拮抗しただけはある」

 

「…………」

 

「それでこそ、魔王の盾よ」

 

「……それは、うぬの名であろう。今ならば、まだ間に合う」

 

「守れなかった忠義だ。衞れなかった運命だ。護れなかった……過去だ」

 

 掲げた長槍の穂先に漂う濃霧が束ねられる。

 渦巻いて、巨大な大鎌の形を作り出した。

 命を刈り取る死の技としては相応しい姿を取り、益々の重圧を対峙する青年へと向ける。

 青年は……表情に動揺は見せない。

 敵ならば、避けられない戦いならば全力で応じるまでという覚悟を宿らせている。

 ただ一瞬、ほんの刹那。

 悲しげに瞳を伏せた。

 

「Logos――叛逆者にして、我が宿敵。……最愛の友よ」

 

「止まらぬよな、うぬは」

 

「そなたが理想を継いで進み続けるのならば……越えてみせよ。我が身を打倒してみせよ、未来とは過去を乗り越えなければ決して目に見えぬモノなり」

 

「過去ではない」

 

「……」

 

「うぬはまだ、ここに在る」

 

「……ふふ。失望させるな、腑抜けめ」

 

 甲板を更地にするような勢いで大鎌が走る。

 呪文の壁ごと薙ぎ払われた青年は、黄金の海へと落下した。

 同時に、足場となっていた艦体が二つに裂けた。

 

「護れずしてどうする? そなたの理想に殉ずる覚悟、その程度かッッ」

 

「『突き爆ぜよ』」

 

「ほう」

 

 落下中も骨筆は止まらない。

 綴られた呪文が数本の槍と化し、轟然と追い縋る死の影の身体を迎え撃つ。

 足留め程度では止まらない。

 青年もそれは承知済み。

 かつて目標として背中を追った相手だからこそ、その強さには誰よりも想像を働かせ、確度を増している。

 

 呪文の槍が輝き、爆ぜた。

 今度は死の影が後方へと大きく跳ね飛ぶ。

 

 青年は黄金の水面に転がり、死の影は崩れる艦に突き刺さる。

 

「初めて遭った時に想ったぞ」

 

「…………」

 

「これぞサルカズの未来。向かうべき道標とな」

 

「何度言わせる。うぬもその一つだ」

 

「何度言わせる。我は過去、殿下の築きし塔の番人なり」

 

 死の影が周囲を見回す。

 波打つ黄金の水面から今しも立ち上がろうとするかつての君主たちへ、更に濃い霧を放って沈めようと押さえる。

 この戦いに横槍は許さない。

 青年に伝わってくる。

 死の影は、この瞬間を切望していたのだ。

 己を過去と自称しながら、未来の為に戦う……この時を。

 

 遠くで塔が崩れ始める。

 

 死の影は、腐敗の霧の大鎌を構えながら。

 

 

「……また、我は守れなかったな」

 

 

 崩壊の音に紛れる小さなつぶやきを漏らす。

 青年も死の影に半身を向けて立ち、骨筆の先端で虚空を裂く。

 その片目から落ちた一筋が白皙の頬を濡らした。

 

 

「これが最期だ、Logos。……さようなら」

 

「ああ。うぬの呪縛、手ずから葬ろう」

 

 

 緩やかに崩れる光の巨塔を遠くに、二つの影が交わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ずっとレイ君の全盛期についてぼかして来ましたが、ドゥカレ閣下や巨獣を単騎で滅せる戦力してる化け物想定で描いてます。
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