全盛期Lycoris(レイクァトム):集団戦はネツァレムの下位互換。ただし、一騎討ちならネツァレムも大君も巨獣にも勝てる。テレシス相手は「アイツの斬撃イカれてるよ、何でも斬るじゃん……」であり、テレジア相手は「可憐かと思ったら地獄みてぇなアーツ連発してくるやん……無理じゃん……」である。
side:アーミヤ
ロンディニウムから数km離れた付属区画。
都市を守る高い防壁が聳える光景は、これから潜入を実行する私たちを威圧しているかのようだった。
勿論、それで気後れする程の心意気はしていません。
私たちは、もう避けられない争いを覚悟したのです。
ロンディニウム内部で起きている出来事は、ロドスの理念上も決して看過できない事態が起きていると。
そして、それは私たちの過去に深く関与しており、古傷を抉るような凄惨な戦いにもなる。
私は手に飾る十指の指輪を見下ろす。
授けられた日から私を護る加護であり、同時に指輪を食い破って大きな力を行使すれば大きな代償が伴う事を痛感させてくれる戒めの象徴でもあります。
以前、チェルノボーグでタルラと鉾を交えた時に指輪を消費した時からも私は成長しました。
それでも、未だ未熟であるという自覚が拭えません。
あれからも度々Lycorisさんの愛槍から記憶を読み取る行為を続け、垣間見た足跡はあまりにも長く、人ひとりの精神を摩耗させるには十分過ぎました。
Lycorisさんは、既に限界だった……身体よりも精神が。
それでも、たった一つの感情を――ある人へと変わらない愛を胸に抱いていたからこそ、オペレーターLycorisとしての信念を全うした。
その誇り高き生き様は、最後に希望を託してくれたテレジアさんと重なる。
彼女の遺志を継ぐなら、彼の遺志を背負うなら、私は止まれません。
「アーミヤ。やはり話がある」
「ドクター? どうしましたか?」
先ほどまで話し、休憩に入っていたドクターが戻って来ました。
何事かと振り返ると、思案げな眼差しを後方でオペレーター達と忙しなく作業に取り組むクロージャさんに向ける。
彼女がいつになく気を張っている、本艦を普段離れない身で前線に立つという険しい状況だから……と納得していた筈だったけど。
「クロージャさんが、どうかしましたか?」
「今更過ぎるが、やはり……クロージャの参加は危険だ。彼女に代わる人員がいない事、彼女の能力でしか作戦の遂行が危ういというのも承知している。しかし」
「……精神状態、ですか?」
ドクターは何も言わない。
でも、その理由については私も思い当たっている。
今のクロージャさんは、空元気……だけならまだいい。
まるで、何かから目を逸らす為に自ら危地へ身を投じて必死になろうとしている素振りがある。
だって――。
ちらりと、私もクロージャさんの様子を盗み見る。
普段通り気さくな笑みや溌剌とした声で指示を飛ばしているけれど、突然作業中に不自然な硬直して顔が青褪め、直後に首元の新調したチョーカーに触れるや安堵の息を吐いて再始動。
まるで……壊れた機械のようだ。
普段なら、自身やそれを取り巻く機器の不調を誰よりも繊細に看取してケアするのがクロージャさんの真髄。
「……クロージャさんが強く志願したので」
「作戦は彼女ありきな部分も多い、私も現状代案や交代できるオペレーターに思い当たらない。それでも、参加を許可するには」
「……これが、最善なんです」
もし、作戦に参加せず本艦にいたら。
人間の精神は状態から行動の傾向等を予測可能ではあるが、正確性は完全ではありません。対象が人である以上、不確定な部分は必ず含んでいます。
分析で導き出せるのは、あくまで最低限の未来。
ただ、仮定した条件で予測し、分析から弾き出された答えでさえクロージャさんは危険でした。
本艦にいれば、クロージャさんが悪化する一方だ――というのがケルシー先生や医療オペレーターの意見。
『うん……うん、そうだね……』
多くのオペレーターが夜中に見かける光景。
電算室の奥で蹲りながら、以前のようにLycorisさんを再現した自律型ドローンではなく、過去のLycorisさんの録音と延々と会話し続ける彼女の後ろ姿でした。
不安視したオペレーターからの報告を聞き、触れれば壊れてしまうような状態となった彼女への接触を躊躇っていた私も、覚悟を決めて話しかけました。
『クロージャさん』
『結婚? ……ふうん。じゃあ、帰って来たら教えてあげるね。……ねえ、帰って来ないの? 違うでしょ、今はドーベルマンの話はしてないじゃん。そっちが始めた話で……コロコロ話題変えるのやめてよ、もう』
『クロージャ、さん?』
『あの、さ。……何で居ないの? 分かったよもう、結婚、結婚するよ。だから、早く帰って来なよ。いつまで返事、させてくれないのさ。こっちはもう、考え抜いて、ようやく言おうって……何で、何で
好きって言わせてくれないの……?』
私は――言葉をかけられなかった。
ただ、クロージャさんの隣に座って背中を擦りました。
すると、ハッとしたクロージャさんがイヤホンを外して何やら慌てて捲し立てるように誤魔化しを口にするけれど、次第に勢いは尻すぼみしていって……やがて大泣きして私に抱き着く。
誰も彼女を癒せなかった。
どれだけ元気づけようとしても、クロージャさんは夜の闇の底でLycorisさんの声にずっと耳を傾けて、独りで沈んでいく。
それなら、他に何も考えられないくらい必死になれる場所を……もう、他に手立てがありませんでした。
実際、現在は本艦にいる時よりも安定しています。
「ごめんなさい、ドクター。……私じゃ、クロージャさんを」
「……そうか。すまない、酷な事を」
「いえ。いいえ……」
私とドクターは、それから黙ってしまった。
私たちもどうやら、他の事に専念しないと押し潰されてしまいそうになっていたようです。
二人で、改めてロンディニウムの防壁を見上げました。
不思議と、先ほどよりも高く見えた気がしました。
side:ケルシー
曇天の下の廃棄採掘場プラットフォームは、噎せ返るような濃い死の匂いが未だ瀰漫していた。
周囲では、緊張から解き放たれたオペレーター達がその場に崩れ落ちている。
隣のワルファリンも、その険相が緩まずにいた。
「ケルシー。ヤツが最後に言っていた内容……妾の悪い予感が告げているのだが」
「私も同じ予測がある……が、まだ憶測の域を出ない」
数分前までこの空間を支配していた存在との会話を思い出す。
ロンディニウムへの作戦行動を開始していた我々の前に、接近を感知していたサルカズの戦士が現れた。
私とも見知った仲であり、そして……これから最大の障害となり得る脅威。
ロンディニウムへ潜入したアーミヤの行動を看過しつつ、我々を試しに来た……ナハツェーラーの王だ。
「ロンディニウムで待つ。――だが、最後に告げておこう」
目の前に立つ老人相手に勝ち筋は無い。
この場を支配する腐敗の権能の持ち主は、怒気を全身から放っている。
もし、老人がその気ならば一息で全滅する。
未だ警戒で総毛立っているワルファリンを諌めつつ、私たちは彼の一挙手一投足に気を配った。
その最中で。
「テレジアの理想を盾に純血のウェンディゴを殺め、そして我輩の未来を使い捨てた……その方らのやり口には、もはや顧みる価値を見出さぬ」
老人から放たれた言葉に反論できない。
端から見れば、そのようにしか見えない顛末だ。
純血のウェンディゴ――やり方は違えど志には似通う部分があった、敵ながら敬意を払うべき相手ながら打倒せざるを得なかったパトリオットことボジョカスティ。
そして、老人の未来――後継と目して魔王テレジアへと預けて彼女の死後も組織の監視者として立ち回ったオペレーターLycoris……レイクァトム。
どちらも、老人――枯朽の王庭の主ネツァレムの愛弟子だった。
恨まれて当然だ。
批判されて然るべきだ。
この先もロドス・アイランドが進み続ける航路の先で、決していつまでも残り続ける傷跡となる。
この事態は龍門の事件以来ずっと想定していた。
実際に現実として今目の前に現れた老人が如何なる挙に出るか……私も彼とは以前から交流があったが、戦神と呼ばれる苛烈な武勇伝に反して性根は穏やかで理知的、こちらが誠実に対応すれば誘導は難しくない。
しかし。
『大師父がどのような方か……?』
『そうそう。史実だとネツァレムって凄い、とか怖いみたいなイメージしかないけど、弟子にしか見せない一面とかあったんじゃない?』
『ううむ』
過去、クロージャが興味本位でネツァレムについてLycorisに尋ねている事があった。
伝説の偉人の弟子。
Lycorisがロドス内で誇れる数少ない肩書だ。
周囲の人間も聞き耳を立てている程の話題性だが、本人はその質問に対して苦い声色を滲ませる。
『柔軟、ではあるのだろうが厳しくなればどこまでも厳しい。その在り方が敵であろうと味方であろうと崇敬に価するし、同時に最も恐ろしいと感じさせる人柄だ』
『ええっ。じゃあ、問題児のレイ君なんて幾万と叱られたでしょ』
『幾万? ……桁が不足しているぞ、我が姫。そなたは大師父を甘く見ている。まあ、そういうところが愛い、結婚しよう』
『いま求婚するタイミングじゃないでしょ!?』
『愛に時と場合を弁える道理など不要ッッ!!』
『必要だよ何事においても!!』
『兎角、大師父との対話において重要なのは敵意が無い事を必ず最初に進言し、その上で自らの望む事を包み隠さず告げること……あの方は嘘にも敏感だ』
『嘘ついて怒られたことあるの?』
『ふ……修練で勢い余って大師父の畑を腐らせてしまった時、思わずシラを切ってな』
『えぇ……』
『無論、万事お見通しだった大師父による打込み稽古三〇〇本を乗り越えた時、もう二度と嘘は付くまいと誓った…………事が何回かある』
『常習犯じゃん』
『誓いの本質は数に非ず、懸ける想いにこそ真実が宿る……故に、我が姫への生涯の愛を誓う行為が日常茶飯事である事に何ら障り無しッッ!!』
『…………』
『む? どうした、姫。そんなに見つめても我の中でそなたへの好感度が弥増すだけだぞ?』
『……Raidianのこと、口説いてたくせに』
『……………………………ははっ』
『誤魔化し方テキトーかッ!?』
『話が逸れたな。――大師父は理不尽な方に非ず、戦意が無ければ……誇りに背く行為を働かねば寛容さを以て遇するサルカズの玄奥なのだ』
『また誤魔化し……いや、えと、ぬぐ、ぐぐぅ……!』
『ふ、案ずるな。我が意中はそなたへの恋心のみ』
『ちぎゃうしッ!別に心配……いやどうでもいいし!?』
他愛ない会話の回想に、一瞬だけ気が緩む。
当然、直後に対照的な現実の厳しさに笑みも滲まないが。
ネツァレムは曇天を背に浮かび、我々を依然睥睨している。
覚悟を持ってこの場に集っているオペレーターでさえ、きっと緊張感が限界寸前に達しており、いつ泣き叫んでも仕方ない状況だ。
かつてバベルに群がった刺客を一掃したLycorisの姿に重なる。
「何があの子にそこまでさせるのか」
「…………?」
「異種族の王に、未だあの子は執心が過ぎる。よもや、王冠の威光に目の眩むようではない筈……」
「Lycoris……レイクァトムの事なら、王冠ではなくアーミヤそのものを信仰している。戴冠の以前から、その精神性こそ重要視していた」
「ふ、今ロンディニウムへと向かうあの矮小な背に……? なれば、先で待つ試練がその答えを示す機となるか」
ネツァレムの姿が霧となって掻き消える。
ようやく訪れた平穏に、誰もが示し合わせたように深く息を吐いた。
会話を思い返し、現在。
ワルファリンが抱いた予感を私も共有している。
去り際の言葉――レイクァトムが向けるアーミヤへの執着についての部分だ。
既に亡き彼を指して、「未だ」という言葉を用いた。
それは、まるで……。
「報告に拠れば、Lycorisの遺体をサルカズのトランスポーターが回収したと聞く。遺体の状態は……そも我々も詳細を把握していない」
「これが妾たちの夢想でなく現実なら、絶好の機会だ。Lycorisが生きているなら心強い。ヤツは日頃道化を演じておるが、阿呆ではない。己の生存を伏せていたのは、きっと内部工作の為なのだ」
たしかに、そうかもしれない。
Lycorisのアーミヤへの忠誠は計り知れない。
仮に衝動的に動いていたのなら、万難を排してでもロドスへ帰参する。
それが無いのは、ワルファリンの言ったように内部からロドスへ支援する為の布石、或いは動きたくとも動けない状態であるか……いや、ワルファリンは言った……「悪い予感」、と。
「ワルファリン。君が無理に希望的観測を語るのは、らしくないな」
「…………」
「話してくれないか?」
「……ナハツェーラーの巫術は、循環する死。上位個体が死を育み、下位個体が貪り力を養う。それは息絶えた者にも力を与える……ナハツェーラーの王ともなれば、特にそうだ。考えてみれば蘇っていても不思議ではない」
「ならば、何を危惧している?」
「ロドスの最大戦力を、たとえ同朋とておいそれと容易に復活させるのは考え無しのすること。……蘇ったLycorisがいると仮定して、それが我々と相容れぬ……かもしれない」
そうなれば、アーミヤへの試練……ともいえる。
かつての仲間を切り捨てるのか、それとも救い出せるのか。
ネツァレムの言葉を深読みしすぎているのかもしれない。不安が尽きない、いつかの景色が……あの日、血に沈む親友の姿がちらつく、止められた筈の友が死地へ赴く後ろ姿が瞼の裏を焦がす。
「アーミヤの、いや……我々の試練か」
アーミヤ、ドクター……どうか、無事で。