side:アーミヤ
ロドス内の庭園では、よく見かける後ろ姿でした。
子供と一緒になって花壇の傍に長身を屈めて草花の状態を観察しています。
几帳面に経過を朝昼晩とに分けて毎日記録するノート。
端末ではなく、紙を利用する事には拘りがあるそうですが、詳しい理由は知りません。
無類の戦士が花の育ち様に一喜一憂。
そんな姿がサルカズの子供の中では不思議と好奇心を擽る光景だとか。
『Lycorisさん、花が好きなの?』
『……ああ。奪うのではなく、育めるのが良い』
『んー?』
『いずれ綺麗な花を咲かせるようにと、小さい芽を護り、愛おしむのは何よりも誇れる行いなのだ』
Lycorisさんはそう言って、言葉の真意を捉えかねている隣の子供の顔にふふと笑う。
服の裾や角を掴まれたりしても微動だにしない。
彼はまるで、花ではなく樹齢千年の大樹のようでした。
『花が育たないのは、何でなの?』
『うむ。細かい所を見れば、土に含まれる水や糧が少なかったり、そも土自体が合わぬなんて始末もな。他にも、充分な光を得られず、というのもある』
『光?』
『そうだ、光だ。何事にも重要。例えば、森の中の花ならば聳える大木の影に隠れて光を得られぬ事がある。……その花が育つには、木が滅びねばな』
『木が邪魔ってこと?』
『自然の摂理というやつだ。風を凌いだり、強すぎる雨を防いだりと年長者としての働きはあるが……足下の成長を想うのなら、退かねばならん時も……譲るべき時が来る』
『Lycorisさんみたいに大きい人のせいで僕らには光が当たらない、みたいな?』
『ンンン、的確だが認めるとなると若干傷付くゥ!!』
Lycorisさんが立ち上がります。
次の花壇へと緩やかな足取りで歩んでいく。
そうして、物陰に隠れていた私を見つけた彼が手を振って近くへ招いてくれます。
私と子供たちを合流させて、近くのベンチに座らせました。
その前には、枯れた花がありました。
Lycorisさんは固く乾いた花弁を軽く触った後、両の掌を軽く打ち合わせます。
すると――たちまち枯れた花たちが緑を取り戻しました。
折れた茎が真っ直ぐ靭やかさを取り戻し、新緑のような青さを取り戻した葉と、落ちた筈の花弁が再び生える幻想的な光景に私たちは息を呑みます。
『すげーっ!』
『なになに?』
『我の中に蓄えた命をこうして還しただけだ。人や大きな命まで蘇らせる程度の備えは無い、細やかな力だが』
『Lycorisさんが初めてカッコよく見えた!』
『そう? いやはや、漸くそなたらも我が背に学ぶべき光を見出し……え、今まで何も無かった? ホントに? 我って見習うべき点に溢れる人生しか歩んでこなかった気がするのだが?』
『だって、Lycorisさん変なことしかしないじゃん』
『ふははは。なれば我が偉業を語り尽くしてやろう。あれは……いや、姉上に叱られて半泣きになった話だから止そう。よし、これなら……は、大師父に口止めされたな、うん。く、であれば……やべ、口に出せる話の備えに乏しいなッッ……!!』
『ふ。うぬを敬えと童に説くのも酷だろう』
『舐めるなよ若造共がァッッ!!?』
気付けばベンチの隣に立っていたLogosさんが一瞬鼻で笑うと、そのまま失笑を察知したLycorisさんといつもの漫才?のようなやり取りが始まり、私たちは声を上げて笑いました。
『あら、賑やかね』
『む、花の化身ことテレジア殿下ではないか』
『あら、今日も上手ね。いつも素敵な言葉をありがとう』
『その割には一度も靡いてくれぬがッッ!?』
蕾が綻ぶように微笑むテレジアさん。
隣には、ドクターとケルシー先生が立っていました。
あっという間にLycorisさんの周囲に固まっていた子供が移動し、足元で遊び盛りの幼い声たち一つずつに彼女が鷹揚に応えていく。
出遅れた私が立ち止まっていると、LycorisさんとLogosさんが優しく背中を押してくれました。
振り返ると二人ともただ黙って頷いていて、再び前を見ればドクターが両手を広げて待っていました。
いつまでも忘れられない、温かな思い出。
あんな時間がいつまでも続けばと、何度も願いました。
テレジアさんが居なくなり、立て続けにドクターも姿を消してしまってから、もう二度と叶わない光景だと、思い出す度に温もりよりも悲しさが勝るようになってしまう奥底の記憶。
「――アーミヤ」
目が覚める。
いつの間にか、眠っていたようです。
ただ最も体力の少ないドクターの為の小休憩のつもりが、私も無自覚の疲労が蓄積していたみたいでした。
意識はハッキリしている。
身体の方も異常はありません。
ただ……直前まで見ていた夢の影響で、何だか気持ちだけが緩んでしまっている気がします。
「ごめんなさい。直ぐに立ちます」
私は立ち上がる。
ここは既に危険地帯……私が皆を導かないといけない立場、この状態はあってはならない。
改めて気を引き締めて――。
「……強い、怒り?」
不意に、胸を衝く誰かの感情に頭が揺れる。
何だろう。
懐かしいような、いつか何処かで同じような感情を傍で感じ取った事があるような気がしました。
「アーミヤ?」
「いえ、私は大丈夫です。行きましょう」
案じるドクターに微笑んで、私は再び進み出しました。
side:クロージャ
頼もしく部隊を先導するアーミヤちゃんと、そのルートを慎重に指示して皆の安全を確保しようとするドクター。
二人を信じて突き進むオペレーター。
あたしもその中に入って作戦を遂行している筈なのに、何故だか一人だけ場違いのような……浮いているような気がした。
皆と一緒で必死にやってる。
でも、必死の形というか、種類が違う。
当然だ。
意識を逸らせない危機的状況をこれ幸いにと身を置いて流れに委ねているあたしの気持ちが、他の人と同じなワケない。
誰かの為に危険を冒す彼らと、自分の事で手一杯なあたし。
同列に扱う事こそ失礼極まってる。
「クロージャ」
「クロージャさん」
気遣わしげにあたしを呼ぶドクターとアーミヤちゃん。
「なーに? そんな心配そうな顔してさ。大丈夫だって!」
精一杯の笑顔で返す。
大丈夫、あたしは笑える。
一人じゃ無理だけど、首元のチョーカーに触れると嘘でも笑顔が作れて、空元気だって貫き通せる。
でも、これは諸刃の剣かもね。
だってさ。
『少し休んだらどうだ、姫よ。どれ、我が膝枕の代わりに愛の子守唄を』
「子守唄なのに愛囁くとか逆に寝れなくて迷惑――」
耳にした懐かしい声に振り返るけど、誰もいない。
やめてやめてやめて。
あたしは、あたしは大丈夫、大丈夫あたしは。
ちゃんと頑張れてるよ、レイ君。
だから心配しなくたって、あたしの前に本物でもないのに姿を現さなくたって良いんだよ。だからお願い、忘れさせてよ今だけでも。
『ほう。忘れたい……これは試練。なればより一層このレイクァトムの輝きをそなたに焼き付けて我が愛に焦がれるが良いッッ!!』
「やめてよッ!!」
「クロージャさん!?」
「え、あ……」
オペレーター達が振り返っていた。
「ご、ごめんごめん。ちょっと恥ずかしい思い出がね、うん」
「…………」
「気にせず進んで。……お願い」
先頭に立っていたアーミヤちゃんが近寄って来て、黙ってあたしの手を握る。
あーあ、この子を支えなきゃいけない立場なのに。
レイ君に代わって、この光を見守らなきゃいけないのに。
何であたしが照らされて、慰められてるんだろ。
「ごめんね、アーミヤちゃん」
「いえ。いいえ……」
side:??????
歩んでいくテレジア殿下の後ろ姿を見守る。
我は、その背中を見ていると何かを思い出す。
殿下の隣を歩む、小さなコータスの形をした光。
薄々と、これが我が過去に失った何かであると察しが付いている。
何故なら、我の記憶には数年分の空白があるのだから。
寝覚めに我を睥睨する大師父とテレシスを目にした瞬間と、我が最後に記憶している時期では暦の年数にも明らかに齟齬があるのだ。
何も思い出せぬ。
だが、このコータスの光ともう一つ……我と過去の繋がりを示す物がある。
それは、声だった。
『大事な話があるから、ちゃんと帰って来るんだよ?』
優しく、諭すような声色のそれ。
『約束があるって思うと、力が湧くでしょ?』
忘れてはならないモノだった。
必ず果たそうと、過去に誓った己の情熱が空白の穿たれた記憶にも抗って我の胸を焼いている。
一体、誰と交わした約定なのか。
相手は何者なのか。
問わねばならない、探さねばならない。
「ロドス……そなた等から、その答えを聞けるのか?」