side:Raidian
その一報を聞いて、ロドスが凍りついた。
――敵陣にてオペレーターLycorisの復活を確認。ロドスオペレーターへの容赦ない攻撃、言動から記憶喪失且つ全盛への回帰から脅威認定。
まだ、彼を失った悲しみから立ち直れない者もいる。
この報せは、救済なのか追撃なのか。
少なくともバベルの頃から在籍している面子からすると、絶望的な状況下には違いない。みんなが彼の戦いぶりを見ていて、しかもそれが衰退していた状態の威力と知るからこそ。
私も最初は耳を疑った。
何より、一番信じ難かったのは。
――クロージャへの加害行為からロドスに関連する過去の記憶は一切無いと見受けられる。
あれだけ愛していたクロージャへの攻撃。
Aceすら情報の真偽を未だに疑ってしまうのは当然だと思う。一部では、巫術を悪用してLycorisに化けた何者かの仕業だと糾弾する始末。
それだけの衝撃がみんなに走った。
同時に怒っていた、筈なんだけど。
「隊長。大丈夫、ですか?」
「ん? 私は大丈夫だよ」
何故か、いの一番に皆で私を心配する。
Lycorisの話が伝達されたのも、エリートオペレーターという立場上誰よりも先に入ると思うのに、よくよく周囲を観察すると私が最も遅かったと知れた。
そして、それが気遣いである事も。
そんなに配慮しなくても、私は大丈夫なのに。
クロージャよりも先に、私は立ち直れたの。
だって、それがLycorisの願いでもあったから。
Lycorisの訃報から少し経過した頃だった。
遺品整理が済んで、それぞれが縁ある品を譲り受けたりする中で私にも譲渡される物があると知って驚いた。
まだ涙で目元が腫れていない日が無くて、毎日鏡で見る自分が情けなく見える日が続いていたから、遺品を受け取った時に正面のケルシー先生の目に映る顔が少しだけ救われているように見えたの。
受け取ったのは、一通の手紙と人形。
内容から前者が記されたのは、ドクター救出作戦の前日だと察せられた。
後者は、随分と小さく可愛く作られたLycoris自身。
何でも、出発直前にロドス本艦に待機するオペレーターへと渡しておいた物らしい。
以前から裁縫を嗜んでいるのは知っていた。
子供たちとも一緒にやっていたし、寒冷地に赴く医療オペレーターの為にマフラーを編んで贈り、相手から懸想されて調子に乗っていたらクロージャの機嫌を損ねて慌てふためいていたのも。
『む、Raidianもマフラーが欲しいと? ふ、生憎と誰かにこれ以上贈り物をすると可愛い可愛い我が愛しの姫が妬みで頬を膨らませてしまうのでな…………二人だけのヒ・ミ・ツ、だぞ♡ え、お揃いがイイ? …………あの、ガチで内緒でお願いします』
結局、意識して避けてはいたけど、ある時お願いしたマフラーを並んで付けていた瞬間をクロージャに見咎められてしまった時もあったね。
それ以来、裁縫自体を子供相手以外でしなくなった筈なのに。
でも、どうして人形なんだろう――その疑問は、手紙に書かれていた。
「Raidianへ
思えば職務上そなたと接する機会が多く、平生伝えたい想いは口にしている故に文として認める程の事は特に無い筈だが、やはり記しておくべきだと感じた。
我はそなたに何もしてやれなかったと痛感しておる。
学ぶばかりで、そなたに返せた物も無い。そなたと交わした約定を果たす所存ではあるが、戦場に絶対は無い。
仮にもし、もしそなたの下へ帰れぬとあればこの手紙も必要となろう。
我はそなたに救われていた。
終ぞ我の勇気が足りなかったばかりに拒絶し続けたが、Logosやそなた以外で我が胸裏に根気強く踏み込まんとしてくれた者は居なかっただろう。それは皆を平等に扱い、過去への執拗な干渉を避けるロドスの風潮も影響しているのだが、その中でもそなたは諦めなかった。
そなたが悪いのではない。
そなたは待っていてくれた。
我に打ち明ける勇気が無く、何事も察知してくれるそなたに甘えていたに過ぎない。
だからこそ、生前に報恩も為せず約定も果たせぬままに消えていく事を想定して文を認めるこの行為もまた、そなたの強さへの甘えに他ならぬのだ。
そなたに明かせなかった事がある。
一つは巫術についてだ。
我が巫術は、大師父とは些か異なる。大師父は自らの力で平らげた戦の中で死を育み、己が糧とする。殺し、その命を取り込んで操るという、自己責任の取れた力だ。
それに反して我が巫術は醜悪。昔から常に暴走状態にあり、己が殺した者たちのみならず、周囲で死した者からも意図せず力を取り込む始末。言わば他者の死と嘆きを無秩序に、無遠慮に、身勝手に力として貪る。
バベルでは、鉱石病に倒れる者の死と想念すら吸収してしまい、それを花への供給や自傷で紛らわせておった。
それが殿下か『もう死ぬんだろうな』ら最期に頂いた助言を得て制御、吸収を極力抑制した残滓が如き最低限の出力以上は二度と使わぬとい『殿下ごめんなさい』う状態に安定したが、再びその微かな上限を超えて発動すれば最早止める事は叶わぬ。もう手遅れだったのだ。見える物全てを憎く映す目を己で抉り、本当は『アーミヤの次の誕生日に間に合わない』あった右手の一つも斬り落として傷口を腐らせ、もう蓄えた死に抵抗する力はほとんど失っていた。
それでも数年を生き存えたのは、愛しの姫とアーミヤ、そしてそなたやLogos『またLogosと飲みたかったな』の支え合ってこそ。
その間に、己の内に蓄えた力はすべてロドスの庭園と愛しの姫への贈り物に注いで枯れ果てた。
此度のチェルノボーグにおける作戦、戦場の在り様によっては最大の巫術を使う事に『クロージャにあいたい』なるやもしれん。使わなければ死ぬ、我が戻らぬ時はその場合だろう。
我の傷も疲弊も悉くは自業自得、そなたの所為ではない『まだみんなといたい』。
我が戻らずともそなたに責任は無いのだ。
最近はもう絵本をよむのも、かくのも意かこ識が混濁してままならぬ
明かせなかった事はこの程度にして、そなたへのおくり物に人形を作った理由を書かねばナルしズムに捉えられてしまう『俺って黙ってればカッコいいと思う』だろうしな。
そなたは他人を労り、いつくしむばかり、己ではない痛みも機敏に察知し『いまどこまで書いたっけ』て傷ついてしまう性分だ。だが我はそなたが自分を労るところを見たことが無い。
それはならぬ。
今後、この手紙をみたならもぅそのようなことがないようにわれにかわ『あとは何だっけ』って人形が見張ろう。われのしぶとさを甘くみるでないぞ。
そろそろ手も意識も疲れてきた。
残るは作戦に投じるとしよう。
改めて、我が滅ぼうとそなたに責は皆無。と言っても、きっとそなたは『そうだ、てがみか』優しいから自罰的な思考に陥ってしまうのだろう。
悲しんでくれるのは嬉しいが、我はそなたのような人間にこそ笑って前向きに生きて欲しい。
何故ならそなたが、われにとって最も――(以下読み取れない崩れた文字がページ半分に続く)」
人形は、自分を蔑ろにしがちな私への監視員らしい。
こんな手紙を渡されて、自分を大切にしろだなんて説得力がないよ。
崩壊した文字の羅列、形も成さず役割を果たさない本人の意思だけが込められたであろう表意文字のなり損ないたち。
でも、最後の微かに残った余白に消された文字の痕跡があった。
黒く塗り潰して曝すと、そこには。
『しにたくない きえたくない しんじてたのに』
浮かび上がった悲鳴に、見た事を後悔する。
直前で書いたから、推敲どころか自分が何を記したか内容の再確認も済んでいない。そうでないなら、たとえ真実を明かす遺言書とはいえ、彼がここまで弱音を暴露する筈がない。
でも、だからこそ書かれた物が本音なのだと理解できてしまう。
その彼の本音が、私に前向きに立ち直って欲しいと願っていると知れたなら、くよくよはしていられない。
でも。
「クロージャを攻撃……もしかして、以前のLycorisじゃないのかな」
「それは、みんながそう言っていますし。もしくは、双子……だとか噂もしてます。或いは、ロドスに対して演技しているとか。何でも、最終的にクロージャさん達をテレシスから守ったとか」
「…………」
報告に拠れば、ロドスのオペレーターも襲ったと聞く。
彼らは負傷もしたらしいから、演技にしてもかなり苛烈だ。
きっと、今のLycorisは本当に私たちを忘れ……力に身を委ねた状態。私たちといた時のように力に怯え、抗い、抑えていた時期とは違う。
もう、人格そのものが……。
「それと、記憶喪失とはいえ断片的にですが過去を思い出しているそうですよ!」
「え?」
過去を思い出しているわけがない。
もし、それが本当ならクロージャに攻撃なんてしない。
クロージャこそ、Lycorisにとって最重要な存在なのだから。
さすがに信じ難い話に私が困惑しているのが伝わったのか、オペレーターの様子も自信を無くしていく。
「えっと、過去の約束がどうとか」
「約束?」
「自分の手を握って、『帰ったら大事な話がある』と言った人がいた……とか」
「っ……」
思わず声が出かかった。
そうだ。
彼は言っていた、約束は必ず守る男だって。
かなり本人は不安そうに、曖昧に笑っていたけど、絶対に守るって言葉から伝わる強さと覚悟だけは本物だった。
それに出撃前だって、再確認の為に私の所に顔を出してきていた。
『Raidian。何処に』
『ん、ここだよ。Lycoris』
『うむ。……その、二人で話せぬか?』
私を気まずそうに呼び出すLycorisの態度に、勘違いしたオペレーター達がにやにやと生暖かい視線でどうぞと催促する。
部隊から少し離れて、私たちは二人きりになった。
『どうしたの、Lycoris』
『いや、な。本艦を離れる以前より、そなたの案じる視線が幾度となく突き刺さってな……』
『ご、ごめんね』
『我が不甲斐無いだけだ。だからこそ、改めて宣誓に参った』
『……?』
『そなたが伝えんとする大事な話、とやら。我に絶対伝えるべき事なのだろう?』
『うん。そうだよ、人伝てにもできない』
『なれば、此度の戦場を超えて必ずや我が身をそなたの前まで保たせると誓おう』
『……ふふ。わざわざ、その為に話しに来てくれたの?』
照れ臭そうなLycorisは、震えながら私の……副腕アクシーとデンディを自分から握ってくれた。
驚いた私の前で跪いて、顔を上げる。
何も見えていないその目が、包帯の奥で私を捉えているのが分かる。
『アーミヤが光、クロージャが恋、Logosが友ならば、そなたは我にとっての――』
「じゃあ、きっと大丈夫ね」
私の返答に、オペレーターが首を傾げる。
大丈夫。
私の約束が心の中にまだあるなら、きっと帰って来られる。
Lycorisは、ロドスを……私たちのところを帰るべき場所だと定めているんだ。
「待ってるからね、Lycoris」
おまけ「誰が一番?」
その日、食堂で賑わっていたロドスオペレーターの話題がそれに行き着いたのは偶然だろう。
『Lycorisと一番仲のいいオペレーターは?』
勿論、この話題を進めるに至って前提条件としてクロージャは除外されている。
既に本人が最愛と公言するだけあり、誰もが彼女以上は存在しないと理解しているからだ(一部は反対しているが)。
特に彼との交流も長いアーミヤ、ケルシー、ワルファリンやエリートオペレーター達も軒並み顔を揃えた場所では、正直この中の誰かしかいないと周囲も思っていた。
そして、件の彼らは――。
「やっぱり私でしょ。毎晩のようにお酒を酌み交わしてるしねっ! それに、元最強様は私こそが後継者に相応しいって言ってるからさ!」
――by.ブレイズ
「やはり、我だろう。共にサルカズの未来を築かんと誓い合った仲。その紐帯の堅さ、もはや伴侶もさながら……深い意味は無い」
――by.Logos
「俺だな。何だかんだで、一番エリートオペレーターでも会話が多いのは。アイツも俺が一番話しやすいって言ってたしよ」
――by.Ace
「オレだろう。いつもカッコいいと言っていた」
――by.Misery
「ん。Lycorisは私が大好きだって」
――by.ロスモンティス
「ふ、この中じゃ背中を預けた回数はダントツだからね」
――by.Outcast
「…………」
――by.Mantra
「え、普通にアーミヤじゃね?」
――by.Mechanist含む数名
「ふふ、誰だろうね」
――by.Raidian
「妾に決まっておろう。何せ、どんな未来を辿ろうと長い付き合い……生涯を共にする事になろうと言っておった。……おい、なぜ怪訝な顔で見る? ホントだぞ」
――by.ワルファリン
「君たちが普段(二十分続いたので略)――私かも知れないな」
――by.ケルシー
「え、えへへ。恥ずかしいですね、えっと……えへへ」
――by.アーミヤ
予想通り、自信満々で語った彼らは一部を除いて何とも言い難い複雑な雰囲気を醸し出していた。
Lycorisとの付き合いに、日頃の奇行を除いて一人のオペレーターとして尊敬しているからこそ、最も親しいのは己だという事が一種の誇りとなっている。
しかし、他人の意見を否定してまで強く言い出すのは照れ臭く、それが奇妙な均衡を作り出していた。
これは……本人に聞くしかない、という結論に至ったのも必然だろう。
因みに。
「まあ? 誰がどうだろうと一番は不動だよね、いや別に嬉しくないけどさっ」
――by.クロージャ
聞かなかった事にしてあげよう。
さて、件のLycorisはというと。
「え? ……Medic一択だろう」
「わ、私ですかっ?」
「無論。ほうら、Medicよ。土産に甘ーい菓子を持ってきたぞ、一口いかが?」
「も、もう。私は子供じゃないんですよ。それに、今日分の糖分は摂りましたのでお気遣いなく!」
「そうらそうら。目で追っているのがよく分かるぞぃ。遠慮せず――って、えっ……どうした、総員アーツユニットを持ち出してて……何? 「全然オマエと仲いいとか思ってないからね?」だと? ……急に気持ち悪いぞ、そこにいる士爵とワルファリン先生に診てもらえって待て待て待て待て待て待て待てッッ!!?」