好きと言わせてくれない   作:布団は友達

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長くなったァ……。


間話「闇夜に生きる? 我が居らぬからそうなる」後編

 

 

 

 side:W

 

 

 目覚めると、巨大な船の中の病室だった。

 イネスやヘドリーの無事も知ったけど、未知の空間に放られている事には変わりなかったから、少し散歩する事にした……その先で。

 

『気にかける価値の無いものなんてないもの』

 

 窮地に現れた、あの白い影の正体に会った。

 カズデルを追われた、若い世代なら誰もが知ってるってあの英雄の一人……テレジア殿下。

 あたしが今まで見て来たサルカズと違う、サルカズ。

 いつも血と臭いと、恐怖と飢餓、色んな物に塗れて濁った物があたしの中のサルカズだったのに、それらとは明らかに違う。無縁でいられる恵まれた者だから、じゃなく、寧ろ誰よりもそれに触れている筈なのに染まらない……光?強さ?……分からないモノを見た気がする。

 あまりにも眩しいような、あたしは眼を合わせられなかった。

 

 

『ええ。私はテレジア。この船はロドス・アイランド。じゃあ――あなたは?』

 

 

 さっきのテレジアの声が頭に反響してる。

 呼びに来た人間と一緒に去ってしまったけど、未だに囁かれているようだった。

 直視すら、出来なかったのに。

 俯いているあたしの、床しか映していない視界。

 そこに、別の誰かの足が現れた。

 

 

「――種に、まだ光は早いか?」

 

 

 ゾッとする、あの声だった。

 痛む体に鞭を打って、武器は無いけど身構える。

 そこには、ナハツェーラーの戦士が立っていた。

 テレジア、殿下に先んじて戦場に現れた長槍使いのグルグル包帯サルカズ。手練だらけの状況で、全員を制止してみせたバケモノ。

 身構えたところで、今のあたしじゃどうにもできない。

 

「……ほう」

 

「……?」

 

「怯懦に竦まず構える。……抗って生きる事が染み付いたサルカズか、面白いな。我を汚いカーテン等と揶揄する童共とは異なるようだ」

 

 しげしげとあたしの全身を見回し始めた。……見えてるのかしら。

 まるで珍生物、骨董品でも物色しているように呑気な態度に段々とイライラしてきた。

 アンタを愉しませる為に傷だらけで生きてるんじゃない。

 我ながら単純だけど、感情のまま反射的に拳を突き出していた。掌で軽く受け止められた瞬間、岸壁に打ち付けたような感触が返ってくる。

 

「そなた、名は?」

 

「……W。傭兵よ」

 

「それは傭兵としての名だろう? ……いや、そうか」

 

「……名前なんて無いわよ」

 

「我はレイクァトム。此処、バベルなる組織の一員Lycorisとして名を列ねるサルカズ……基本的な職務は、殿下の護衛と愛の伝道ッッ!!」

 

「殿下の護衛……」

 

「愛の伝道ッッ!!」

 

「うるさい!!」

 

 そっか、だからコイツが先に戦場に現れたのか。

 

「何? あたしの前に顔を出したのは、礼でも言って欲しかったから?」

 

「ぎく。ふ……ふふ……」

 

「図星じゃない……」

 

「最近罵倒され過ぎて、たまには褒められたい……殿下とアーミヤしか褒めてくれない……くすん。外部の人間ならば或いはと期待の一念に足を運べば、小生意気な傭兵とか我が不幸留まるところ知らず」

 

「一々言い方がムカつくわね」

 

 あたしはボロい船の中を見回す。

 これまで歩き回って見て来た景色と、殿下の口振りからもまだ修繕中だとは聞いている。

 船を直している、のは理解した。

 でも、掘り出した物を立て直すだけにしてはコイツといい今まてすれ違った連中からも、バベルは抱えている戦力が怪しい。何よりカズデルの王本人が主導で行うってところが肝要な気がする。

 

「バベルは、何の組織なの?」

 

「今はカズデル……サルカズにしか手が及んでおらぬが、種族の垣根を超えてテラのあらゆる苦難に立ち向かう組織」

 

「ふーん……異種族嫌いのサルカズには似合わない理想ね」

 

「だから良いではないか」

 

「……?」

 

「サルカズに不似合い、即ち成れば新たなサルカズ。憎悪、戦、飢餓、病……あらゆる絶望と自失の桎梏に打ち克てる。バベルの理念を解し、同調して己が信念とすれば、この淀んだカズデルを変える新たなサルカズとなろう」

 

「……殿下みたいな?」

 

 ハッとして思わず口を付いていた。

 らしくない、普通はこんな会話に付き合うあたしじゃないのに。

 あたしの言葉をどう捉えたのか、包帯サルカズ――Lycorisは暫く黙ってあたしを見ていた。包帯の所為で本当に見てるかすら分からないけど。

 でも、何となく哀しそう……に感じた。

 殿下の眼差しとは違うモノ。

 殿下もあたしの知るサルカズとは違う。その印象から、多分だけどコイツの言う『新たなサルカズ』なんだと思った。

 けど――

 

「残念だが、殿下も未だ至らぬ領域だ」

 

 コイツは即否定した。

 口振りから、他のサルカズ同様にテレジア殿下を慕っているのは察せる。

 それでも、あたしから見ても異色のサルカズである彼女が次世代のサルカズではないか、という部分には否定的だった。

 あまりの即断に何故かあたしの方がムッとしてしまう。

 

「アンタ、包帯の所為で物が見えてないんでしょ。それとも元から節穴とか?」

 

「中々言いよる。……そうだ、あの殿下すら届かぬ……我には、遥か遠くの峰を見るよりも至難」

 

「……殿下、でも」

 

「殿下から、我も新たなサルカズと呼ばれる身なのだがな。なれば、何故我は女性に持て囃されぬのだ……!? む、かのバンシーの女傑から受けし古傷が何故か疼く……」

 

「煩悩に打ち克てないあんたが新しいサルカズなワケないでしょ」

 

「ンンン! 怪我人でなければ張り倒していた程の正論ッッ!!」

 

「絶対あんた新しいサルカズじゃないでしょ」

 

 こんなヤツがあたしより遥かに強いなんて、もしかしてあの時は何か夢でも見てたんじゃないかと思う。

 そう言われても不思議じゃない。

 死にかけだったし、何より現れた殿下は本当に……今まで見て来たサルカズらしくない、本当にサルカズなのかって感じるからこそ夢だと納得しそうになる。

 今立っているここも、コイツと話してるあたしも。

 

「何を惑うている?」

 

「別に。アンタには関係ないでしょ。あたしがアンタを褒める事なんて無いんだから、変な期待なんかしてないでさっさと消えたら? ……ああ、でも」

 

「む?」

 

「アンタがお望みなら、いくらでも罵倒してあげようかしら。それくらいなら、この短い会話の間でも何個だって出せるくらいには分かったから」

 

 あたしはニヤリと笑ってみせる。

 すると。

 

 

「それもそれで悪くない。――さァ、どうぞッッ!!」

 

「うぇ」

 

 寧ろ乗り気な姿勢を見せられて吐き気がした。

 ふと、少し離れた通路の角から長い耳がこっそり伸びるのが見えた。

 

「む……この顔が綻んでしまう新芽の香りは」

 

「あっ、見つかっちゃいました」

 

 耳の正体が躊躇いがちに顔を出す。

 小さいコータスの女の子だった。

 その瞬間、突風が吹いたかと思えばさっきまであたしの隣にいた包帯サルカズ、レイクァトムがコータスの隣に滑るように移動していた。

 とんでもない速さと勢いに、コータスすらびっくりして固まってる。それでもお構いなしにと天井近くの高さまで抱え上げ、くるくるとレイクァトムは回った。

 

「我相手に隠れんぼとは、百年早いぞ〜?」

 

「お、お話中だったみたいだから入れなくて……」

 

「如何なる用向きかな? 用が無くともそなたなら場所も時分も問わず大歓迎。……もしや、また士爵……ケルシー先生のお注射に恐れをなして我を盾に隠れようと考えてはおるまいな?」

 

「お注射は、さっきドクターが一緒にいてくれたので大丈夫でしたっ」

 

「そうかそうか。では、我も注射が怖い時は女性に付き合うてもらうかッ!? いや、士爵と二人きりというのもまた捨て難い……」

 

「あ。じゃあ、その時は私が手を握りますね?」

 

「……何よりも心強いではないか」

 

 ゆっくりとコータスを床に下ろし、跪いたレイクァトムは小さな手を包むように握って自分の額に寄せた。

 それは後で知る物語の中の君主に忠誠を誓う騎士の礼儀みたいで、祈りを捧げるラテラーノの信徒みたいで。

 小首を傾げるコータスが戸惑う視線をこっちに向ける。

 あたしだって分かんないわよ。

 

「いい加減放してやったら?」

 

「む。そうだな、愛しくてつい……と。仕事を終えた殿下の気配が向こうからする。アーミヤ、そなたが迎えてやれば喜ぶ」

 

「レイクァトムさんは?」

 

「仕事帰り故、身を清めて求婚に参上すると伝えてくれ」

 

「わ、分かりました。……ケルシー先生に怒られないようにして下さいね?」

 

「あ、ハイ」

 

 あのコータスには頭が上がらないのか、素直に頷いて去っていく小さな背中を見送っていた。

 

「情けないわね。バケモノのくせに」

 

「無礼千万。其はテラより我へと遣わされた光の御形。……クーレイティアの死より続く苦界の最中、この朽枯の心底を癒す希望なのだ」

 

「クーレイティア? アンタの家族か何か?」

 

「……口が滑った。忘れよ」

 

 こちらに背を向けたまま大仰に意味わかんない事を語っていたレイクァトムが振り返った。あまりにも勢い余る動作の迫力に腰元のナイフへと手が伸びてしまう。

 

「な……何?」

 

「そなたもまた未だ新芽。殿下を見て学び、己が未来について思案するといい。……だが、それが我のような依存じみた信仰ではなく自ら切り拓く志である事を祈ろう」

 

「は、はァ……?」

 

「要は目指せ、新たなサルカズ! ……だな」

 

「……ねえ」

 

「む?」

 

「その、新しいサルカズっていうのに居場所はあるの? ……話聞くだけでも、相当な異端でしょ。サルカズなんて生きる道も限られてるのに、その中でも異端扱いされたらソイツ独りよね?」

 

「ふーん? ……そなたの中の新しいサルカズは、随分と寂しいものだな」

 

「……………………」

 

 満足したのか、レイクァトムは大柄な体を不気味で軽快なスキップで揺らしながら通路を進んでいく。

 結局、付き合うだけ疲れたカンジがする。

 ……あたしの思う新しいサルカズは寂しい、って何よ……テレジアとも違って、でも今のサルカズですらなくて、ソイツに居場所なんてあるワケ……?

 

 テレジア、殿下は、いつかあたしにサルカズの女性に相応しい名前を必要となるって言ってた。

 

 それも、これから変わるサルカズとしての名前なの?

 あたしが直視出来なかった殿下の瞳と、アイツか残した『新しいサルカズ』……それが胸の中でずっと響いている。

 複雑で、ちょっとイライラする。

 でも、不思議とあたしはその答えが気になった。

 知らず口元に浮いた笑みが、それを探す事への興味を示している。……アイツの言う通り、ここにいれば、テレジアと一緒にいれば、きっと見れるんじゃないのか。

 

 少しして、あたしは去っていくヘドリー達とは別に『バベル』へと残る事を決めた。

 

 テレジアは勿論、何故かレイクァトムのクソったれも嬉しそうにしていた。

 何なのよ。

 しかも、調子に乗って鍛錬なんてつけ始めた。

 お得意の爆弾は腐って使い物にならない、基本的に近接戦の指南ってやつ。

 

「っあ゛っ!?」

 

 放った爆弾を霧で掴んで投げ返され、辛うじて逃げられたけど爆風に煽られてしまった。

 地面を転がり、数時間ぶっ続けの鍛錬の疲労も相俟って四つん這いになって無様に呼吸で必死のあたしをアイツが見下ろす。

 

「ぜぇ……さ、最悪……」

 

「爆弾を主武装に据えたそなたの戦法、見栄えは悪くない。しかし、戦争は祭りではないぞ」

 

「ムカつく……アンタを愉しませる為にこっちは音と光撒き散らしてるワケじゃないんだけど――ね!」

 

 会話の途中、跳ね起きて短刀で斬りつける。

 アイツはそれを難なく長槍の柄で受け止め、その近くを回すように軽く捻った。

 すらり、とあたしの短刀と交わる部分からゾッとするような鋼色が覗いた。

 慌てて顔を後ろに引いたら、鼻先を振り抜かれた仕込みの剣が擦過する。ちょ……死ぬ……!?

 

「ふむ、目が良い。アスカロンでもコレは見切れまい」

 

「そ、れは良いこと聞いたわ。テレジアにアイツより役に立つかもって言えるわね!」

 

「む?」

 

 あたしは後ろに倒れた姿勢を利用し、そのままレイクァトムの胸を蹴って後ろへ飛びつつ空中で背転。

 正面に向き直った瞬間に隠し玉の爆弾を放る。

 完璧な不意打ち、タイミングも投擲速度も読んだ必殺の爆撃になる。

 でも、何故か失敗の予感。

 直後に、レイクァトムが柄に仕込みの剣を叩き込むように納める。

 そして、少しだけ前傾姿勢になって――。

 

「むははは、甘いわッッ!!」

 

「はぁ!!?」

 

 風になったレイクァトムが一瞬で真っ二つになった爆弾の傍を通過し、あたしの後ろに移動していた。

 とん、とお互いの背中が重なる。

 アイツがまた槍の柄に刃を納めた音がした。

 

「……ほんと、ふざけてるわね」

 

「テレシスの剣を弾いた我が自慢の剣技。……まあ、弾いた剣が折れて開いた口が塞がらんかったが……マジでアイツ何なん? ただの素振りみたいな剣で斬撃が飛んでくるの可怪しいってホント……」

 

「……はぁ、やってらんない」

 

 あたしはその場に座り込む。

 短刀を鞘に叩き入れて、呼吸を整える。

 

「何だ。諦めるのか?」

 

「大体、毎回挑発口調で誘い出してアンタに修行付けられる意味が分かんないんだけど。痛い目見せてやろってやるけど、本来こんな仕事でもないなら付き合う義理もないし」

 

「……」

 

「何であたしを鍛えようなんて物好きな真似してるのよ」

 

「……その内分かる。――と、言いたかったのだが、諦観の先に答えは無い。ここまでやっておいて、道が途絶えるのは惜しくないのか? 我に一太刀入れねば得られぬぞ」

 

 こうやって、ここまで頑張ったのにーみたいな青臭い事を言ってあたしを向き合わせようとする。

 そういう小細工が一々イライラするのにさ。

 

 

「――入れても分かんないから言ってるのよ」

 

 

 ちん。

 あたしの手元で軽い音が鳴る。

 レイクァトムが「む?」と言って手元を見た……その手の甲から血が噴いた。

 

「……これは、まさか……先刻見せたばかりの我の剣技……」

 

「はんっ! どうよ、自分の技で散々防いできた不意打ちをとうとう入れられた気分は!?」

 

 そう。……漸く一泡吹かせられた。

 

「……愚直。我が一太刀を卑しくも盗んだ挙句、これまでの愚かな失敗を囮に……見た瞬間に即再現? くく、くははは」

 

「…………?」

 

「見て学べと言ったが、よもや……」

 

「は?」

 

「我は志を示せぬが、いずれそなたが抱く理想を成す為の力を養わんとしたが……これは重畳」

 

「ねえ、一撃入れたし疲れたからあたしもう――」

 

「燃えてきたぞ。姉上、これが弟分を……妹分を可愛がりたくなる気持ちというやつだな!」

 

「ちょ……!?」

 

 アイツから霧が溢れて、あたしを円形に包囲する。

 まるで、闘技場……。

 ま、まさか。

 

「さぁ、続行だ……行くぞ、我が弟子よ!!」

 

「こっち来んなぁぁぁあ!!?」

 

 地獄の鍛錬は続く。

 他の女は一目見た瞬間に口説いたりするクセに、あたしの事は女扱いどころかガキ扱いですら済まない師弟関係の設定。

 何だかそこが気に食わないけど、こうやって退路を断たれた上で必死に向かって来られると、あたしも向かい合うしかない。

 

「ホント、なんなのよ……!」

 

 あたし、笑ってる……?

 

 

 

 

 

 

 

「アンタは納得出来るのかよッ!?」

 

 それから数月後、テレジアの意向に逆らって軍事委員会と内通していると思しいサルカズの傭兵の集団を取り締まっていた。

 あたしが見つけたコイツらを処理しに、あの長槍を片手に現れたレイクァトムが冷然と見下ろしている。

 

「そなたの言の真意を捉えかねる」

 

「アンタは、異種族に媚び諂う様を見てられるのかよ! オレ達の英雄が、彼女なら成し遂げられる力があるのにみすみす周りに敵を侍らせて曇っていく様を看過できるってのか!?」

 

「……殿下の理念が異端なのは認めよう。しかして窮まったサルカズの未来に光を齎そうと、サルカズという狭い視野に囚われず、異族と手を取る事で可能となる未来の幅広さを示さんと身を粉にしている。……それは断じて英雄に在るまじき惰弱に非ず」

 

「アンタの中の王庭の血は騒がないか!?」

 

「……」

 

「へっ、誰よりもバベルに似合わねえ怪物のくせに。……隣のヤツもそうさ、そんだけ異族も同族も沢山殺してるヤツが伸ばした未来に救いがあるなんて信憑性ねぇよ!!」

 

「っ……」

 

 散々テレジアを否定する言葉に、あたしは頭に血が昇って短刀を抜きそうになる。……でも、コイツの言葉に何故か胸が揺らいだ。

 鞘から抜きかけて止まったあたしの手に、レイクァトムの手が上から重ねられて制止される。

 

 

「一理ある。我はそうやもしれん……が、この者は駆け出したばかり。何より、抗う事を諦めぬ魂の持ち主なのだ。目を閉ざして先を見ぬそなたに、この者の未来まで否定はさせぬ」

 

「…………流石は魔王の盾。堅いね、何もかも」

 

「そなたが勧めてくれた薬草、煎じて飲んだ茶はアーミヤも喜んでくれた。殿下の為にあの敵も味方も入り乱れた戦場から果敢に捕虜となった仲間を救い出してくれた……感謝してもしきれぬ。これまでの労に報いて……戦友、尋問の後は我が介錯しよう」

 

「……アンタの槍なら、悪くねえ。でもよ」

 

 ちら、とサルカズの傭兵がレイクァトムの手元を見る。

 槍を掴んでいる手が震えていた。

 

「アンタ、やっぱ似合わねえよ。情なんかに流されず、もう戦争に身を染めちまった方が楽だろ……宗主もそれを望んでるぜ」

 

「ふ……我も愚直故に、この道が誤りであろうと進んで見たい未来があるのだ。我が屍の先にあろうと」

 

 レイクァトムの手があたしの肩に乗せられる。

 取り敢えず、払い除けておく。

 

 裏切り者に振り返らず歩くコイツの隣を自然に歩く形になってしまった。

 暫く無言だったけど。

 

「情けなかろう?」

 

「え?」

 

「これが、戦争や飢え、憎しみの連鎖から抜け出せぬサルカズの典型。そなたらサルカズの若人が、もう血と鋼の臭いに塗れた未来に囚われないようにしたかったのだが。それを作ろうという我がこれではな」

 

 珍しく落ち込んでいるコイツの姿が面白くて、思わず鼻からふっと空気が抜けた。

 心外そうに振り返るレイクァトムの足を蹴る。

 

「アンタなんかに救ってもらわないと居場所も未来も無いくらい、あたしは弱かったわけ?」

 

「…………?」

 

 コイツが期待するような大層な理想どころか目標なんて抱いてないし、テレジアの目指す先を、テレジアが魅せてくれる光を追いかけているだけだけど。

 

 

 

「あたしの未来は、あたしが作るから余計な御世話よ」

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

 レイクァトムが何故か黙った。

 口元の包帯が微かに動く……アイツは、笑っていた、気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、テレジアが倒れた日だった。

 ヘドリー達と去ろうとしたあたしの後ろで砂を噛む音。

 鍛錬で聞き飽きた足音だ。

 

「待てッッ!! 諦めるのか!?」

 

「……何の話よ」

 

「バベルを離れ、そなたはそなたの未来を……作れるというのか?」

 

 ヘドリーとイネスが警戒に構える。

 二人がかりでも絶対に勝てない相手、敵がいつもテレジアの傍から引き剥がすのに苦慮した化け物。

 今回、まんまと策にハマって主を失ったソイツの訴えにあたしは振り返った。

 すると、あたしの顔を見た瞬間に、アイツは何故か驚いたような反応をして……静かに槍を下ろした。

 

「その瞳……そうか、些か濁っているが、消えてはおらぬな」

 

「何の話よ」

 

「悔しいが……今のバベルに、そなたの居場所はないのだな?」

 

「ええ」

 

「……であれば、待とう。いずれ、そなたの理想と我らの道が交わる事を祈ろう」

 

 すんなり諦めたアイツを三人で怪訝で思いながら、早足でその場を後にした。

 その後、ヘドリーの提案通りテレシスの思惑に便乗する形で北部雪原を中心に活動していた感染者集団レユニオン・ムーヴメントに合流した。

 

 そこで、テレジアに似た一つの強い感情で突き進む女リーダー・タルラと。

 アイツに似た死の臭いと古風な言い回しをするような古いサルカズ・パトリオットに出会った。

 

『テレジアは、お前たちに、生きた証を、残した、のだな』

 

 何処へ行っても、忌々しい縁なのか……テレジアやアイツのような存在がいて、そして狂いたい、狂ってしまえばと思っていた先でも考えさせられた。

 

 そして、道を選んで進み始めて……あたしが目指すサルカズを見せる未来に、アイツもテレジアもいない。

 どっちも、他国で戦争の中心にいる。

 かつての理想に反した事をして。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな姿、見たくなかった。

 見間違いって、思わせなさいよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 おまけ


「クーレイティア。夕餉だぞ」

 洞窟の中、レイクァトムの声に岩陰でもぞりと蠢く。
 恐る恐る現れたのは、頭に包帯を縛ったフェリーンの少女だった。

「……」

「安心せよ。誰にも悟られぬよう参った」

 それでも出てこない。
 少女との信頼関係構築は芳しくない。
 レイクァトムが少女を発見したのは国境沿いで、まだきな臭い情勢の最中で旅行者を装った密偵の集団と一戦を交えた時である。
 敵の荷から、少女が現れた。
 どうやら、サルカズへの囮として利用すべく連れてこられたという。
 故に、サルカズどころかそも人間不信となっていた。
 名前は、ここ一月ずっと食事を運び、必死に話しかけて漸く聞き出せたもの。しかし、名前以上の情報は無い。
 また異種族への敵意が高まっている時期に他へは相談できない。
 結局、こうして洞窟にかくまっているしかできない。

「……おじさんが食べなよ」

「我の腹は膨れておる。そなたこそ、その細い手足でどう家へと帰るというのだ? 食べて英気を養い、怪我を治せば帰れるように――」

「……帰る、家なんて」

「……」

 囮とすべく連れてこられた少女。
 幼い身に帯びた酷な任務、役割は明らかに捨て駒と称する他になく、そこに抜擢される立場と経緯など想像に難くない。
 捨てられた、或いは売られた。
 スカーアイが営むバザーを見た事のあるレイクァトムとしては、人身売買等の幼子が大人の都合で不本意な価値を付加されてあらゆる取引に利用されるという知識はある。
 ひとえに、無神経だった。
 そう、無神経なのだ。
 戦の心得しかなく、殺しの腕しか自慢がない。

 そんな自分に、嫌気が差していた。
 だが、そんな自分を喜んでくれる師と同朋たちがいる。役立てば、自分の国の助けとなる。
 嬉しいはずなのに。
 逃げ出せるなら、逃げ出したい。

「……クーレイティアよ。何か好きな物はあるか?」

「……」

「我はな、花が好きだ」

「……私も、好き」

「本当か? 実は昔、修行の一環で国外に赴いた時に花の咲き乱れる丘があったのだ。もし、そなたの怪我が治れば見せてやりたい」

「……綺麗なの?」

「無論。心の震えた景色だ」

「……」

 少女がおずおずと岩陰から這い出てきた。
 前腕半ばでぶっつりと途切れた右腕を庇いつつ現れた少女へと、レイクァトムもゆっくりと歩み寄る。

「そら。なればこそ、早く元気になるのだ」

「……ん」







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