side:カライシャ
「……レイ」
異様な小屋の中、魔女カライシャは独り言ちる。
それは、レイクァトムがチェルノボーグにて果敢にロドスの撤退を支援し、散ってから暫く経った頃だった。
あれだけマメに文通を途絶えさせなかった弟分の返信が無くなった。
本人に施していた巫術が消失した手応えもした。
まるで……本人が死んだかのような……。
今所属しているロドスなる組織の業務が忙しいのだろうか。
聞いた話によれば、保育活動に精を出しているとの事。
最後に来た返信に依れば、求婚している相手がいるのに夫婦がいるだとかどうとか、要領を得ない話ばかり。
『拝啓、姉上。
北の風がそなたの身に堪える……わけないか、味覚以外も鈍い故、その健康が揺らぐ事は無いな。流石は姉上、我が最も尊敬する偉人の一!
我の方は変わりない。
振り向いて欲しい相手には一顧だにされず、さりとて尊敬する女性と夫婦と持て囃される始末。挙句、着々と差を縮めるバンシーの才に眠れぬ夜があるような無いような日々である。
姉上が良ければ、一度ロドスを訪ねるがよろしい。
我がいつでも歓待の宴を催して迎えよう。案ずるな、こう見えて修練を積んだ我が腕は好評を得る料理も振る舞える。同僚も姉上に会いたいという声があるのだぞ。……何故か我を〆て欲しいだとか、姉上に一度叱られた方が良いという雑音も混じるが、そなたを歓迎する空気がある。
逆に、我はアレだ、忙しいから、そちらへと赴くのは難しい。
決して身体が辛いとかではないぞ。
あと、姉上の小屋は何が仕掛けられているか分かったものではないから、というのも決してない。
では、次の返信にて答えを待とう。
姉上の宝物、レイクァトムより。
追伸。
我の結婚に反対するの何故?
相手がブラッドブルードだから?』
小生意気な事を書いた手紙、これが最後だった。
何があったのだろう。
何があって……カライシャの宝物は、この世を去ってしまったのだろう。
魔族と忌まれた人たち。
鉱石病に罹患しやすく、一般的なアーツとは異なる体系の技とされる強力な『巫術』を操る。歴史の中、繰り返した戦と振り撒いた憎しみは数知れない。
内外に湧くサルカズという種の末代まで続くとされる敵意。
その生き物は――それが肉を得たモノと呼ばれた。
存在が確認されたのは、カズデルの国境からの報せだ。
ネツァレムの元に届いたのは、彼への警告めいた文言である。
サルカズのみならず、他種族もが有機無機を問わず腐敗する霧に包まれて死滅し、霧は国内に向けて拡大しているという。
規模も被害も甚大。
戦の神にしか為せぬと思われるとのこと。
ネツァレムは、早速現場へと人を遣わせた。
調査部隊の長は、当時から同族にも畏れられた魔女カライシャ。
無秩序に死を撒き、同朋を穢すならば塵に帰せとの達しに従って赴いた。
「酷い有様ね」
カライシャは崖の上から望む景観に顔を顰める。
崖下の荒野一帯を満たすのは、青黒い霧だった。
色合いは夜空のような重く澄んだ蒼さではなく、人体が生気を失って腐る時の青さ。紛れもなく自然現象ではなく、何者かの術法であるのは確かだった。
霧に込められたエネルギーは凄まじい。
その強さは、師ネツァレムをも彷彿とさせる物量と規模だ。
荒野を覆うそれは、遠くの山の麓にまで及んでおり、さほど高くはないカライシャの現在地から眺める景色がまるで山頂でしか目の当たりにできない雲海のような有様。
今直ぐにでも根源を絶たねばいけない。
「隊長。我々の巫術でも退けられません」
「迂闊に触れた一人が一瞬で崩れました」
崖下へと先んじて足を運んだ隊員が霧払いを試みた。
巫術による干渉――が、術そのものが腐るという異様な反応にカライシャへ報告する隊員の右腕が欠損している。
「術者は確認できたの?」
「おそらくは深い霧中。無効にされる直前まで我々の術が干渉可能だった範囲、その更に奥でしょう」
「……私以外には無理ということなのね」
ため息をこぼしたカライシャが崖下へ。
無闇に霧の中へと踏み込む危険を冒さず、目標の位置のみを捕捉して仕留める算段は頓挫した。
ならば、カライシャもまた眦を決して身を抛つ他にない。
歩む先に立ち塞がる霧の壁を前に、カライシャは槍とも杖とも付かない長物を優雅な所作で振るう。彼女の身体が霧とは対象的な美しく神秘的な蒼光を帯びると、霧がゆっくりと行く手を空けるように割れた。
隊員たちの感嘆の声を背に、カライシャは更に進む。
「(術は粗い……危険なのは出力だけ。力任せというより……暴走、いや、制御を手放しているの?)」
霧から伝わる情報には、激情を起源とした烈しさを感じない。
敵意は無い、秩序を感じない。――だからこそ危険。
カライシャは冷静に分析しつつ、霧を掻き分ける。
「――あら。こんな所にいたのね」
カライシャが払った一画に人影が勃然と浮かび上がる。
低い背丈、体に引っ掛けただけの襤褸のような服。
片手には折れた槍の柄を握っているが、それでも長すぎて欠けた穂先を地面に引きずった跡がカライシャの来た方角とは別方向から伸びていた。
なるほど、カライシャは了解した。
霧中において健在、ならば霧の根源はこの子だ。
「坊や。こんな所で何をしているの?」
「家を探してるんだ」
「……そう。とても疲れているように見えるけれど、沢山歩いた?」
「いっぱい歩いた。でも疲れていない。食べてなくても勝手にお腹いっぱいになるんだ」
幼い声が嬉しそうに話す。
子供だった。
しかし、微笑ましく思えないのは未だ隙間なく周囲を満たす殺傷力の高すぎる霧の最中だからというだけではない。
腹部を擦る子供の右手が二つあった。
よく見れば、肘から先が分岐して前腕が二本になっている。
霧と異様な腕、無邪気な言動が相俟ってどこか人とかけ離れた印象をカライシャに抱かせる。
「それは良い事ね。どうして、家を探しているの?」
「ちょっと前まで、洞窟で暮らしてた。でも、光る羽を持つ人たちが追いかけてきて、怖くて眼を瞑った後に周りが霧で何も見えなくなったんだ」
「…………」
「もう光る羽の人たちもいなくなったけど、同じところにいたらまた来るかもしれなくて。だから、歩いて別の寝れる場所を探したんだ。……でも、歩いても歩いても霧だらけで」
「そう、ずっと一人で大変だったわね」
「一人じゃないよ」
子供がにこりと笑う。
まだ、この霧の中に他の存在が?――カライシャは緩みかけていた警戒心を引き締め直す。
子供に悪意が無いなら、霧を振り撒く子供を誘導する存在こそ危険である。
霧の中存立できるなら、実力としてカライシャと同等以上。
気配を探ろうとするカライシャの前で、子供は変わらず。
「霧を歩き始めてから、声がするんだ」
「……声?」
「うん」
子供が手を差し出す。
カライシャは細い手に、自分の掌を重ねる。
すると。
『帰りたいよ』『殺してやりたいアイツがいる』『妻が待っている、あの家に』『もうすぐ家だ』『おかえり』『あれ、俺の家は?』『痛い、どうしてこんな酷いこと』『そのまま進め、穢せ、踏み躙れ』『帰りたいだけなのに』
触れた手から無数の声がカライシャの中に響いた。
あまりの物量に思わず、さっと後退る。
小首を傾げる子供……カライシャは同行者などいないと悟った。ずっといると思った霧の旅の伴は、子供が無自覚に平らげた命の数々の叫びである。
子供は無邪気に、それを仲間だと信じ込んでいるのだ。
光る羽を持つ人――おそらくサンクタの傭兵か。
察するに静かに暮らしていたところへサルカズを狩る彼らと対峙し、命の危機に瀕して無自覚に巫術が発動、そのまま制御を失った。
本来なら、この出力は幼い身を滅ぼす。
しかし、師ネツァレムと同様の効果を発揮する術は、命を吸い上げて子供を生かして回復と消耗を延々と続け、皮肉にも実質的な永久機関となっているのだ。
……カライシャの任務は、災禍の源を絶つこと。
目標が確認できた今、速やかな処刑が望ましい。
しかし、相手は子供……それも特徴を見るにナハツェーラーの同朋である。
「坊や、家が見つからないなら私の所においで」
「いいの?」
「ええ。こう見えて、私は強いの。次に光る羽の人が来たって追い払えるし、美味しいご飯も作れるわ」
「……良かった」
ぽろり、と子供の瞳から涙が落ちる。
「このままずっと、何も見えないところで歩くしかないのかなって、思ってたから」
「……あなた、名前は?」
「名前?……何だろう」
「そう。じゃあ、家に着いたら一緒に考えましょう」
カライシャはこつり、と手にした長い杖で子供の頭を軽く小突く。
カライシャから伝わった蒼い光が子供を包むと、霧がゆっくりと晴れ始めた。巫術によって子供の力を封じ、霧を絶ったのだ。
豁然と避けていく霧から大地と空が広がり始めた景色に、子供が呆然としている。
カライシャはそっと手を差し出した。
「さあ。帰りましょう、
後日、連れ帰った子供をネツァレムは認めた。
ただし、その才能を見込んですぐに修練を付けると言い始めた時には師、王庭の主相手といえどカライシャは異を唱えた。
疲弊した子供には休息が必要である。
カライシャもまた戦士ではあるが、しかし吸い上げた命の声に振り回され、無自覚な孤独に喘いで霧を彷徨っていた子供には同情しかなかった。
「レイ。どう、美味しい?」
「……お姉さん、そんなにじっと見られると食べづらい」
「ごめんなさい。でも、私も人に手料理を振る舞う機会なんて無かったから、つい気になってしまうの」
「美味しいよ。あったかくて……今までだってお腹は空かなかったけど、久し振りにお腹いっぱいだ」
「あら。本当に?」
子供――レイクァトムと名付けた少年の綻ぶ顔を見たカライシャは、これまで覚えたことの無い喜びを覚える。
今まで人を饗した事が無かったが故に新鮮だった。
これまた奇怪な事に卓を共に囲う師にも視線を投げる。
師は……匙をゆっくりと皿に安置した。
「……カライシャ。無知な子の舌相手だった事が幸いしたな」
「……どういう事かしら」
「この子の世話に勤しみ、今後も養うならばその方も励まねばなるまい」
「何に励むの? ねえ、教えて下さらない師匠?」
「語ればその方だけでなく、この一品に舌鼓を打つこの子も己が感覚の貧しさを嘆くだろう」
「レイ。こんな人放っておきましょうね」
「……お姉さん、これひょっとして」
「美味しいわよね? そう言ったものね?」
「ア、ウン」
師に酷評された料理にカチンときて、それからカライシャは料理にも励んだ。
幸い器用な事もあって、数をこなす程に上達はしていた。
毎日食べるレイクァトムの笑顔は輝きを増し、そして一瞬だけ「あれ、最初に食ったアレってやっぱり……」とギャップから過去を正確に自覚しつつあったのは余計だが。
そんな日々を続ける内、身体がしっかりしてきたレイクァトムは知らない内にネツァレムの修練を施されていた。
これには憤慨したが、レイクァトムはネツァレムから己が巫術が暴走状態にあった事、それによって無用に殺めた命があった事、制御するには心身を鍛える必要がある事を既に教わっていたのだった。
幼心には酷な事実だが、それでも当のレイクァトムは毅然としていた。
「辛くないの?」
「ない。むしろ、頑張ろうって思ったよ」
「どうして」
「お姉さんが止めてくれたから。俺、お姉さんが助けて良かったって胸張れる男になるんだ。師匠みたいに」
「……レイ」
真っ直ぐな瞳で告げられた感情が眩しかった。
恩人と慕う子に、胸が痛む。
情状酌量の余地があると分かるまで、子供であろうと容赦なく処断するつもりだったのだ。
そんな自分が尊敬の念を向けられるのは、お門違いにも思えたからである。ネツァレムも、その点については伏せているようだった。
それでも、独り彷徨っていた子供が居場所を見つけて生き生きとする様に水を差せなかった。
殺そうとした大人と、知らない子供。
手放す気はないし、これからだって世話を焼きたい。目まぐるしくカライシャの日常を彩るこの子への愛着も湧いていた。
しかし、募る罪悪感に距離感を量りかねていた頃。
「姉上」
「……え? レイ、今なんて」
「……ごめんなさい。ちょっと、呼びたくなって」
「――」
自分が惑うていた関係に、レイクァトムが名前をつけた。
その瞬間に、カライシャの胸中は愛おしさで満たされた。
家族。
カライシャは、この少年を愛そうと誓った。
始まりは複雑だったかもしれないが、少年から向けられる真摯な愛情に、自分も同じ物を返したいと。
その日、正真正銘の弟となったレイクァトムを初めて抱きしめた瞬間から、カライシャにとって掛け替えのない宝物になるのに時間はかからなかった。
彼を愛でるのは、カライシャのみではない。
ネツァレムもまた、レイクァトムを贔屓した。
かつていた愛弟子のウェンディゴに並ぶ……無論、カライシャの愛情とはまた毛色が違う、どちらかと言えば後継者としての期待。
自身と同じ力を有していながら、その潜在能力は己を凌駕する可能性を孕んでいる。
たしかに、レイクァトムは強大だった。
既に同族では、ネツァレムやカライシャ以外に御せる存在がいなくなる程度に。
ただ一点……欠点もあった。
戦の申し子としての才覚は持ち合わせていたが、精神までは伴っていなかった。
幼い頃から聞こえていた死者の声、ネツァレムが糧と割り切っていたモノに振り回されるようになった。
言動の変化、自傷、突発的に催す異様な嗜虐。
壊れていく弟に、カライシャとネツァレムの意向は相容れない道を辿っていく。
とある切っ掛けから戦から離そうと、カズデルを離れる折にレイクァトムを連れ出そうとしたが。
『俺は行けないよ』
姉上のように同族を労り、師のように強くなれるまでは。
惜しみない尊敬と愛情を含んで告げられた内容、そして裏にある頑なさにカライシャは折れた。
心配して手紙を送り、返信を欠かさぬよう言いつけた。
文面では元気そうだったのだ。
ただ、異変はあった。
何かに堪えながら書いたような乱れた字の形、前に送った手紙に再返答したりと狂う時系列。
いつか様子を見に行くべきだと、薄々感じてはいた。
そして、途絶えたと思った返信が届いた。
その内容は。
『拝啓、姉上。
北の果て、愛しき姉上は如何お過ごしか。最近、体調は崩していないだろうか……なんて思ったが、我よりも頑丈な姉上が風邪なんて引くわけないか。むしろ、人を案じている場合ではないな。
強がってはいたが、どうやら我の身体は保ちそうにない。
次の作戦を機に、前線を退くか、物言わぬ骸となるやもしれない。
この手紙は、我が理想に殉じた時に姉上に送るよう同僚に依頼している。
これを読んでいる時は、すまぬが我はもういない。
改めてすまぬ。姉上のようになりたいと誓った幼い頃の決心は果たせそうにない。
だが、後悔は無いのだ。
姉上に救われ、家に迎えられたあの瞬間から始まった憧れだったが、届かない方が偉大さを痛感していられる。
これが最後の文になるやもしれんので、これだけは伝えたかった。
姉上、今住む家は違えど我が心はあの頃から故郷を姉上の隣だと思っている。居場所を失った我にとって、そなたは家族であり帰る場所である。
サルカズは死後、バンシーの挽歌を受けて彼岸へ渡るとされるが、我は姉上の隣に還る事としよう。バンシーの弔いを無碍にする行いを惰弱と言わず、この不肖の弟を昔の、まだ巫術で容赦なく躾けるようになった頃より前の優しい姉上の笑顔で迎えてくれると嬉しい。まあ、同僚のバンシーには我の為に歌うなと申し付けている故、彼岸に渡らず真っ直ぐ姉上の下へと逝けそうだが。
情けない弟だったが、愛してくれてありがとう。
我の故郷、我の家、我にとって最愛の家族よ。
追伸。
我の求婚は終ぞ届かなかったが、姉上には良縁がある事を祈ろう。……夫婦喧嘩に巫術を持ち出すのはご法度だぞ??』
「レイ。……帰って来てるのなら、姿を見せて」
カライシャは知らない。
弟の魂は、まだ姉の下へと帰る前に戦場を馳せている事に。
おまけ
――1102年
ロゴスは一人の幼子――シルーシャを膝上に乗せていた。
外勤先で見繕った服を持ち帰り、忙しなく着せ替えては毎度賛美する彼に疲弊しきったシルーシャは、若干嫌そうだった。
呆れているのはエースとレイディアン。
「ロゴス。そろそろ解放してあげよう?」
「ふ。我の不在をさぞ寂しく思っていたであろうシルーシャとの空白を埋めんと努めている。きっとシルーシャも理解していよう」
「うー。やっ」
「嫌だってよ」
「それはエースの事だ。我の行いに非ず」
「俺の髭面よりも嫌だよな、シルーシャ?」
「やッッ!!」
「ロゴスの時より強い否定じゃねえか……」
ロゴスの膝上からぱっと飛び降り、レイディアンの方へよたよたと駆け寄る。
疲れてフラフラのシルーシャを抱き上げ、レイディアンは新しい服に皺を付けないよう慎重に扱いつつ、肩に顔を埋めてくる小さな頭を撫でた。
「最近は構いすぎてウザがられてんな」
「ふ。……しかし、夜になると内線で我を呼び出して寝床に誘う」
「いやいや、まさかそんな…………」
耳まで赤いシルーシャ。
賢いシルーシャは、未だ自身での発話は拙いものの他人の言葉を理解するのには長けていた。アンバランスな成長ではあったが、ケルシー曰く問題ないとの事。
ロゴスには人前で甘える事が苦手らしい。
因みに、シルーシャが記憶している内線番号はロゴスの部屋とアーミヤの執務室のみ。
エースは愕然とし、レイディアンは寂しそうに眉を寄せた。
「シルーシャ。お母さんは呼んでくれないの?」
「んー」
「レイディアンは最も共にいる時間が長い。呼ばれない事を惜しむ必要はない、それで満足している証左」
「じゃあ、今日は一緒に寝ましょうか」
「うん。うん。」
「む。レイディアン、今宵は我が用意したシルーシャ用の枕が――」
「枕だけお願いね?」
「……仕方無い」
細やかなシルーシャの取り合いが決着すると、小さな寝息が聞こえ始めた。
どうやら、着せ替えの体力消耗で限界に達したようだ。
三人が視線を合わせて微笑む。
「大きくなったものだ」
「そうね。最初は大変だったもんね」
そう言って、苦笑しながら頬に手を当てるレイディアン。
ロゴスが顔を苦くする。
特に意味のない仕草だったが、彼が別の意味に捉えたと察知したレイディアンが首を横に振った。
「あなたの所為じゃないよ、ロゴス」
「……すまぬ。我が注意を払うべきだったのだ」
ロゴスは沈痛な面持ちで目を閉じる。
その瞼の裏には、あの日の出来事が浮かんだ。
ぱちん、と乾いた音と共にレイディアンの顔が横に弾ける。
あ……とか細く、後悔と驚きが綯い交ぜになった悲鳴を口に漏らすクロージャ。慌てて間に入ったアーミヤも動揺が隠せない。
クロージャの様子は尋常ではなかった。
しょうもない悪巧みはしても理不尽な真似はせず、普段は誰かに手を上げる事なんて決してしない彼女らしからぬ暴挙。
ロゴスがクロージャの肩に手を置く。
しかし、混乱したクロージャは感情のままにそれを振り払った。
『どうして……返してくれるって……何で……待ってたのに!』
悲痛な叫び。
レイディアンが再び顔を正面に戻し、クロージャを見る。
クロージャはそれに怯んで、頭を抱えながらその場を歩き去ろうとする。
その背をロゴスは呼び止めた
『クロージャ。……すまぬ、我の力が及ばなかった。誰にも責はない。恨むなら――』
『もう、やめてよ』
『……』
『みんなを、恨みたくないよ……』
クロージャが走り去っていく。
ロゴスは目を開けて、改めてシルーシャを見る。
取りこぼした物、残ったモノ。
どちらの方が手にすべき価値があったのかと思い悩んではいけない。
『頼むぞ、Logos。……今度は、そなたが約束を果たせ』
「分かっているとも。そなたの他に、我しかシルーシャの父は居らぬのだからな」
ふぅ、地獄介錯ゥ!!