しかし、シリアスで一本描き切ろうと思ったら何か後半ギャグになったな……レイクァトムの性格上の弊害が……。
side:将軍レイクァトム
暗闇の中にフェリーンの少女が立っている。
今にも折れそうな痩躯からは生気を感じない。
その正面に将軍レイクァトムは立っている。
この少女は、いつかの記憶の情景か。
身に覚えは無いのに、既視感がある。故に、これはレイクァトムにとって記憶の中に穿たれた空白の中の存在だと察せた。
『信じてたのに』
「そなたは何者だ」
『信じてたのに』
「何者かと問うている。この程度、残響でも行うよう」
『信じてたのに』
フェリーンの少女は批難するような眼差しを注いでくる。
会話は成立しない。
しかし、レイクァトムの胸中は苛立ちよりも引き裂くような痛みに震えている。我知らず胸を掴む手からは、血が滲み始めていた。
動揺で再三の問が口にできないレイクァトムの隣を、新たに現れた人物が通過する。
サルカズを示す黒い角以外の頭部全体を包帯で
このサルカズが何者かをレイクァトムは問い質さない。
直感で理解した――これは、己が掌握していない力の一部であり、度々発作となって己を阻み、狂わせるモノの正体だと。
己自身、なのだと。
『信じてたのに』
「そなただけは奪わせぬ……クーレイティア。――我が罪よ」
「我の、罪?」
「そう。我が原点、過去……そして囚える檻にしてしまった」
悲痛な声でサルカズが告げるが、レイクァトムはそれを鼻で笑った。
「……要領を得んな。貴様とて過去だろう」
「…………」
「未だ隠れ果せると思うたか? 先のロドス逃走幇助において、漸くそなたの存在を認知した。……ここで取り込み、一切の憂いなく我は矛となり、両殿下と共にサルカズの未来を築くのだ」
触れられる距離に在る事が好機。
テレジアから決戦前に休息を取るようにと申し付けられて入った仮眠の直後に訪れたこの特殊な状況が、単なる夢ではないと分かっている。
目を覚ますまでに取り込める。
レイクァトムは力の断片たるサルカズへと手を伸ばした。
「哀れな。罪を忘れ、それでも我を求める今のそなたも過去」
「……何?」
「そなたは、いつか見た我の理想。力を制御し、戦を制する素質を遺憾無く発揮した姿……昔の我が夢見た幻影」
「……我が、過去?」
「故に、そなたの手は創ること能わず。過去のみ捉え、未来が眼中にない。我と同じだ……未来を、作り出せなんだ」
サルカズが振り返る。
その意識は、レイクァトムの背後へと向いているようだった。
レイクァトムは肩越しに後ろを見る。
そこには扉があった。
修繕中の扉、中途半端に開いた隙間を覗いたり端に移動して機材を操り、忙しなく動くブラッドブルードの少女の背中が見える。
一見して、扉は修復不可能に見える。
外観は傷んでいるし、少女が配線等に手を入れては異常動作を起こしたりと苦闘する様は無駄な努力に見えた。
その扉が開かないと困るのか?
そこまでして、扉の先に手に入れたい物があるのか?
……レイクァトムから、扉の隙間の向こう側は見えない。
「何だ、アレは?」
「未来を創る者だ」
「未来? ……単に壊れた扉を修理しているだけだろう。見るに直りもしない物相手に苦心し、無駄に足掻いているだけだ」
「…………」
「どれ、あの扉の向こう側が未来だと宣うならば見せよう。我こそはサルカズの未来を創るべく今、両殿下の矛となった者。そなたには無い武威を以て示さん」
レイクァトムは扉へと槍を掲げながら近づく。
このつまらない幻影を、扉相手に無駄な努力を費やすブラッドブルードの少女ごと薙ぎ払おうとした。
直前、ふと既視感をまた覚える。
そういえば、このブラッドブルードを何処かで見た。
一度、気掛かりを感じると重要な物に思えて扉ごと破壊しようとした手に躊躇いが生じる。
「何故諦めぬ? 見たところ、そなたはこういった分野を専門とする職能の持ち主。直りようが無いのは我よりも理解していよう」
槍を下ろして、レイクァトムはこちらを一顧だにせず作業に熱中するブラッドブルードへと問う。
「そなたが意固地になる価値が、ここにあるのか?」
『無いけど?』
返ってきたのは、清々しいほどサッパリしていた。
「……然るに何故諦めぬのだ」
『あのね。エンジニアってのは、たとえ興味無いつまんない仕事にも自分なりの工夫を加えて誇りを持つようにすんの』
「……自分なりの」
鼻で笑おうとした。
でも、何故かできなかった。
当然である。レイクァトムは知らない――
『意固地になれる程の、とびきり愛着湧くすんごいのを作る。自分で創ってくんだよ、そういう未来を』
この一連の会話そのものが、過去と全く同じである事を。
少女が求めるのは、扉の先ではない。
その一歩前、ただの通過点である筈の扉にさえ未来を見い出しているという事実。
レイクァトムの胸が、言い表せない感動に震えた。
驚愕、歓喜、敬意……明るい感情が綯い交ぜになって混乱し、だがこれらを総括して齎された物を表現するならば。
「―――この我が、救われている?」
「戦の先に何が在る。そなたは、それを理解しているか」
「…………サルカズの未来だ」
「疎まれ、憎まれ……末代への畏怖と憎悪をより滾らせる事が、未来だと申すか?」
「……」
「見えておらぬのだろう。扉の先が」
レイクァトムは図星に口を噤む。
未来を見ている者は、扉にさえ価値を見出した……創り出すならば、先の光景ではない。先へと続く扉から始める。
その発想を、努力を、根気を……持っていなかった。
だから、更に先にある扉の向こう側なんて見えない。
ただ、サルカズを導き続けた稀代の王たる聡い両殿下を信じていれば新たな何かがある。その手助けをすれば、自身もまた未来を築けるのだと。
「我も同感だ」
包帯のサルカズが意外にも賛同する。
「二人に偽りの曇りなし。故に我もその意の一助になろうと思っておる」
「……」
「だが、付いていくそなた自身に何も無い」
「だ、黙れ。……そなたには、あるのか?」
「あるとも。その為なら、たとえ過去の友と対峙しようとも」
包帯のサルカズ――『過去』の回答にレイクァトムの槍を掴む手が憤怒で力む。
振り向きざまに左腕で『過去』の首を掌握した。
如何に力の差があるとはいえ、同一の存在。簡単には折れないが、それでも苦悶させる事はできる。
「然らば……何故我が矛にて、このブラッドブルードを仕留める手を止めた。そなたには敵対する覚悟があるのだろうッッ!?」
声を聞いて気付いた。
この少女は、魔王とロドスの指揮官と共に相対したブラッドブルードであると。
妙にレイクァトムについて知り、必死に訴えかけていた。
聴罪師や異種族とも質の違う、不快感を抱かせる。
「この者はッッ!!」
「…………」
「この者なのだろうッッ!! レイ君などと気安く呼び、我が巫術を帯び……『
「そうだな。あれぞ我が恋」
「……ふ、ふは、ふははは。そなたの覚悟はその程度か。たかが恋にも敵わぬ矮小な」
「恋も知らぬ未熟者に許される発言ではないな」
「……は? 我の初恋はテレジア殿下――」
「その想いが恋ではないと、我が、そなたが最も理解していよう?」
「…………」
「王冠を戴く高貴な同族。されど如何なる同族とも異質、薄汚れた戦塵に塗れるサルカズで誰よりも死を香らせながら尚も曇らぬ眼差し。――ただの、憧れだ」
「ッッ……!」
「力に溺れ、沈み、取り込んだ死を受容できぬ精神だった我が魅せられた存在こそテレジア殿下。……恋ではない」
憧れとは、一種の呪いだ。
レイクァトムにとって、あの瞬間は歴史の転換点だった。
師に連れられ、嫌々足を運んだ場所に彼女はいた。厭悪したブラッドブルードの大君の粘着質な面罵と蔑みに呆れ、平生ナハツェーラーとしての不甲斐なさを隣で説く師の小言に萎びれていたからこそ衝撃が大きかったのかもしれない。
行く手に双子が立っていた。
一振りの剣が化身したと思しきサルカズ。
片や儚い花のように可憐なサルカズ。
数々の猛者を目にしてきたレイクァトムにとっては、さして二人は注目に価しない。むしろ、同じような存在を何度も殺し屠ってきた――その筈だった。
『テレシスだ。そなたの話は聞き及んでいる』
前者は、筆舌に尽くし難かった。
一本の名剣――鞘もない剥き出しの剣である。
声、視線、唇の動き等の些末な所作、そこから察せられる意思にまで鋭さが宿り、呼吸ですら洗練された美しさを感じる。鞘無き剣ともなれば、一見すると触れる者すべてを斬る危うさがある筈。
しかし、そのサルカズ――テレシスは何もかもが違う。
頭頂から爪先まで、己を完璧に制御している。
敵が触れば容易く両断し、同朋ならばたとえ刃に指を滑らせようとも皮一枚すら傷をつけない、そんな統制された力そのものという印象を受けた。
師以上に、尊敬した人物はこの男を除いていないだろう。
逆に、戦術も立ち居振る舞いすら理想とした師を超えているとあって、幼い頃から不動の首位だった憧憬を容易く塗り替えられた拙い反感も抱き、以降下らない態度を取ってしまうのだが。
そんな事はさておいて。
『そして、彼女はテレジア。――今代の魔王だ』
『テレジアよ。あなたの名前を聞かせてもらえる?』
『れ、レイ、クァトム』
テレシスに紹介され、微笑んだサルカズの女性テレジア。
彼女を見た途端、『声』が止んだ。
全身が、震えた。
内側で理性を殺さんとし、精神を苛んで絶えない怨嗟と血を求める烈しさそのものが凪いだ……初めての感覚。内に秘めた怨念はサルカズだけではない、異族のモノすらある。
それなのに、このテレジアに対してすべてが敬意一色に染まり、平伏していた。
動揺に固まるレイクァトムへ、テレジアが一歩進み出た。
『驚いたわ。こんな事もあるのね』
六英雄が一。
数多の術師の屍の山脈を師と共に築いた伝説である。
近づいた瞬間にした、自分よりも色濃い死の気配にもしかしレイクァトムの内側が刺激されなかった。
ただ、レイクァトムの文字通り全身全霊が敬服している。
『これは、何という……そなたが殿下。――結婚してください!!』
衝動だった。
だが、言葉を額面通りに受け取らず、まるで内側が視えているかのようにテレジアの視線に憐憫が混じる。
『そう……辛かったわね』
『こんな事は初めてだ! 数多ある感動が一つになる感覚。宗主、この感情は何というものだろうか!?』
『…………』
『いつもみたいに口うるさく教えて宗主!?』
師すらもが怪訝に見て来た。
あの時の感動は、今でも覚えている。
唯一無二、きっと二度と現れない……今後如何様な魔王が現れようとも、仕えるのはこの人だけだろうという確信すら芽生えた。
そして、師からテレジアの下へ出向せよと命じられた時は身命を賭して果たさんと意気込んだ。その後からの記憶が失われているが、何事か死んだ己が復活して自我を取り戻し、このロンディニウムで再会した後もそれは変わらない。
変わらない? 否、変わった部分がある。
テレジアからも『声』がするのだ。
まるで自分と同じ。
そして、テレジアはその『声』に従って、両殿下と共にこの戦乱の主となっている。
テレジアへの敬意が、曇っていく。
変化はそれだけではない。
唯一無二だった筈の感情を別の者にも抱いていた。
「それは……あのコータスへの感情と同質……あのコータスには、何故憧れた?」
「その目でしかと確かめるがいい」
『過去』は語らない。
さっきまで力説していた口を急に閉ざす。
自分自身だからこそ、もう情報は得られないと理解した。
コータスは……たしかに、今の魔王だとテレシスからも聞いている。レイクァトムの持つ『空白』に関与し、理由も不明な憎しみを募らせるロドスの頭目。
彼女には、一切嫌悪も憎悪もない。
しかし、どんなに特別とて目的が違う……敵だ。
「……コータスは、両殿下にとっての障害。なれば我は奴らを排除する。力量の程は束ねても我にすら届かぬぞ。次に相対すれば」
「好きにせよ」
「……良いのか?」
「士爵曰く、もう守られるだけの子ではない……だそうだからな。ふん、流石は我の自慢……ひっ、やっぱ想像したら心配が膨らんできたッッ!! ええい、ここで差し違えても止めてやるぞ、せめてアーミヤの前では小枝の一突きで倒れる程度まで削いでやるぅぅうう!?」
「えェ……?」
「だ、だが心配無用だな。なぜなら隣には我が認め、後継と見做すLogosがいるのだからな。そなたとて簡単には……ギギギギギ、その立ち位置が羨まずぃぃい! アーミヤの隣で戦う? 何そのご褒美。否、そもアーミヤを戦場に立たせるとかバンシー万死!!」
「えェ……」
「こほん。冗談はさておき本題に戻ろう……冗談にしてやる、ケッ」
一人で勝手に取り乱していた『過去』が立て直す。
「本題……そなたがブラッドブルードの娘を守った事だな」
「然り。恋の尊さもあるが、我は既に死人。……本来は、手出しするのはご法度なのだが」
「なれば何故」
「訂正しよう。そなたは、『
「……我が明確な志を以て殺めるなら止めぬと申すか」
「…………ああ」
「返答遅ォ……」
渋々という『過去』にレイクァトムは呆れ果てる。
だが、これが……『恋』とは何たるかを知るからこその自分との決定的違いならば……不快ではない。
レイクァトムは苦笑する。
「記憶を――『
「……」
「否、聞くまい。概ね理解できる……人格の統合、とやらだろう。今まで賢しらに存在を隠してきたそなたが、今ここで己を晒し、こうして我の性格を熟知しているからこそブラッドブルードの娘や、そこなフェリーン等の記憶の欠片を見せて交渉したのは、その一計の布石」
「流石は我自身。よく理解している」
「……ふ」
話せば、過去を、記憶を求める。
そう思うように、『過去』が誘導していたのだ。
本来なら自分自身なのだから、読み切って躱せただろうが……たった数年の記憶、そしてその中で『過去』が培ったであろうモノが、その不利を無いにも等しいどころか、思うがままの結果を引き寄せてみせた。
だからこそ、レイクァトムは過去を求めずにはいられない。
「流石に、そなた相手にLogosとアーミヤでも難しかろう。犠牲は必至。これが我に能う最大限の助力」
「具体的に何をするのだ?」
「そなたが我を取り込んでも、単なる平時の『捕食』に過ぎぬ。……いずれそなたの目前に現れるコータスのアーミヤ、バンシーの若き傑物Logosが現れる。その者らに尋ねれば、記憶を取り戻す方法を示そう」
「奴らが寝返りを求めたら?」
「それは無い。――記憶を取り戻したとて、きっと『我ら』の道は違うからな」
「……そうか」
レイクァトムは槍の石突で足元を叩く。
すると、急速に『過去』の存在が薄れていく。
「では、今しばらくそなたの存在を保留しよう」
「ふ……助かる。割とガチで賭け要素七割のほぼ博打だったのでな」
「情けない……」
手を振る『過去』に見送られるように、レイクァトムの意識もまた薄れていく。
「――先輩。レイクァトム先パ〜イ」
目を覚ますと、レイクァトムは石段の上に座っていた。
そうだ。
たしか、決戦前にテレジアから待機を命じられた暇を己の中で姑息に潜伏し、ここぞというところで妨害工作を働いては無様を誘う力の断片の回収に利用していたのだった。……目的は果たせなかったが。
レイクァトムを起こしたのは、同じナハツェーラー。
将軍マンフレッドの副官を務める女性の兵士だ。
同族でもあり、業務上何かと関わる機会も多いのでナディーンの事は特に気に入っている。
妹分として可愛がり、稽古をつけてやったりもした。
戦士として尊敬はされているが、何故か態度だけは他とは比べて碎けた印象がある。
「ナディーンよ。マンフレッドに向けるような敬意ある振る舞い、我にも見せて欲しいな」
「……そっちが好みですか?」
「いや、そんな事は……え、好みって言ったら見せてくれるのか?」
「先パイ次第ですね」
にやり、とナディーンが笑う。
この小悪魔、できる!!
レイクァトムは決断に迷い――ふと、脳裏にブラッドブルードの娘の背中が過った。
「……ナディーンよ」
「何でしょう、レイクァトム将軍」
「……ちょっと生意気で、あと敬語ナシ、不可能にも挑んでいく、そんな感じでお願いします」
「……キモ。あ、すみません、本音が」
「ンンンンン!! それも悪くないッッ!!」
過去の己に呆れていたが……案外、同じかもなと思うレイクァトムであった。
おまけ――「理想の家族の形」前編
「理想の家族、とな?」
「そ。いい加減、そこ気になってさ〜」
ブレイズからの問に、Lycorisが包帯の下で顔を顰める。
いつものように晩酌に付き合っていたのだが、酒の量と一緒に理性を減らして彼女が暴走するのはいつもの事。
時折『もういっそクロージャ押し倒しちゃえばイケるって』とか、『Raidianが可哀想でしょッッ』とか、中々に無茶な事を言ってくるのが彼女だが、今晩は少し毛色が違った。
いつも同席して止めてくれるAceやScoutは不在で不安だったが、焚き付ける常連
一瞬身構えたが、どうやら危険な問ではなさそうだった。
「質問の意図が分からん」
「難しい話じゃないよー。たとえばさ、ロドスの中だとこの人が娘だったらー、とか。この人がお父さんだったら〜、とか」
「成る程。身近な人間をモデルに、か」
「そ! んでんで、Lycorisの理想は?」
「んー……まあ、深く考えないで良いというのであれば――」
「ほうほう!」
そんな酒席を、物陰から見守る影が複数ある。
主にエリートオペレーター……Ace、Scout、Logos、Raidian、そして高性能ボイスレコーダーを手にしたワルファリン。
「くっくっくっ、妾の策を以てすれば朝飯前よ」
「ワルファリン……どうなっても知らね――おい、Scout今回は逃げるなよ」
「俺がこの場にいた事を口外しないと約束できるならな」
「案ずるな。我が口封じの呪文を用意しよう」
「どんな催しかと思って来てみたけど。みんな、中々いたずらっ子だね」
ワルファリンがくるりとRaidianに振り返る。
「気になるだろう。クロージャの態度といい、いい加減妾もハッキリさせてやりたくなってな」
「ケルシー先生に怒られるよ」
実はこの酒の席そのものが罠。
普段からLycorisと飲んでいるブレイズを先鋒にして、Lycorisから一つでも確信のある回答が得られたならという魂胆だった。
ワルファリンは普段からクロージャとLycorisのやり取り、そして時折混じるRaidianとの妙に生温かい夫婦漫才(?)を目にしている。
Lycorisはクロージャ一筋。
Raidianは密かにLycoris。
しかし、クロージャはLycorisへ煮え切らない態度。
このモヤモヤした恋愛模様に、ブラッドブルードの邪心が擽られてしまった。
こういった方面へは特に興味を示さないワルファリンだが、相手が相手だったのだ。
「気になってるのは、ワルファリンだろ……」
「……何?」
ぽろり、とAceがこぼす。
ワルファリンの新雪のごとき肌のこめかみにぴきりと青筋が立つ。
「ふ。妾が気になっているのは、ケルシーが一向に検査させてくれないヤツの血液のみ。医学的好奇心以外にヤツへの関心なんて――」
「毎日雑談しに足を運んで来ては『永遠にして不変の美ここに在り』とか褒められて上機嫌になってる人が何言ってんだか。Lycorisが近くで自分以外褒めてると、ちょっとムスってしてるのバレバレだぞ」
「……職務上憚られるべき言動だが、いま妾は少々そなたらの血を見たくなってきてぞ……」
「ふふ。お顔が真っ赤」
白いからこそ赤らんだ時の変化は一目瞭然。
わなわなと羞恥と怒りで華奢な肢体を震わせたワルファリンに、赤い瞳から放たれる抗議の眼差しが殺意に変異しない頃合いを見計らいつつAce達が誂う。
ワルファリンにLycorisへの恋愛的好意は無い。
しかし、ブラッドブルードは変人奇人といった常識がロドス内に周知される諸悪の根源、その双璧の一翼とさえ呼称されるワルファリンに対してオペレーターとしての尊敬の念はあっても、そこまで踏み込んだアプローチをする者もいない。
だからこそLycorisは異質だった。
ロドス加入後のワルファリンに対して、Lycorisはよく負傷者を戦場から彼女の下へ運ぶ事で接触する機会が多かった。
その度に。
『ううむ。ワルファリン先生は今日も今日とて美しい。これで数百年を生きた……だと? 幻ならばどうか消えないでくれ、この麗しき幻影の損失はテラの民の寿命を大きく削るだろう』
『……よくも次から次へとペラペラ褒め言葉が出てくる。むしろ感心するぞ』
『飽きさせぬそなたあってこそなれば』
『そこまで感動されると、妾がそなた史上最優の美ではないかと思い上がりそうになるが。ふ、妾も簡単に自惚れるほど老いぼれてはいないのでな』
『史上最優……美に優劣は付け難いが、最高位である事に一切疑いはないな』
『……中々口が上手いな』
悪い気はしないのである。
それ故に、自分以外に美しいとかいう褒め言葉をあの口から聞くと、何故か釈然としない今日この頃。
身体検査のすべてをケルシー以外が行えない事による神秘性や、オペレーターとしての働き等……あらゆる要素が影響してワルファリンの中で特殊な存在となっている。
故に。
「建前の裏に、自分がLycorisにどう思われてるか間接的に聞き出そうと」
「……そら、回答が始まるぞ」
「あ、逃げた」
「まず、父としての理想はAceだな。最も話しやすく、尊敬もしている。頼れる父としては最適解だ」
「なるほどー?」
「次に、母はケルシー士爵だな。……母が厳しくないと、我は恐らく怠けてしまう。姉上の時がいい例だ」
「えー、奥さんじゃないの〜?」
「確かに夫婦となれば、間違いなく我は幸甚に付すだろう。ただ、士爵を独占する事に少し躊躇いがあるのだ」
「え、うん、んー……ちょっと難しくて分かんない」
「次に兄弟は……妹がロスモンティス、Medic、弟にLogos」
「Logosが弟?」
「だってアイツ生意気。我に突っかかって追い抜こうとするところとかよく聞く生意気な弟であろうッッ!!」
「無駄に変な意識の仕方するねー。……やっぱり、奥さんはクロージャ? それともRaidian?」
「何故そこで妻に飛ぶのだ。もっと先にあろう……近所の幼馴染とか、祖父母とか、信仰する神とか、飲み屋で会う友達とか」
「設定が凝ってるから、先にフツーのやつ」
「あ、ハイ」
「それでそれで?」
先を急かすブレイズに、Lycorisは熟考する。
そして。
「まあ、理想の妻は――」
……後編へ続く