玉座の間に生じた暗黒が、周囲の装飾や瓦礫を次々と飲み込んでいく。
即座に、フィオとロンドは距離を取った。
局所的なブラックホール、とでも称すべきか。
呆気にとられた光を、引力から守るようにティスがそっと支えている。
唐突に漆黒の球体が消えた。
時間にすれば、10秒にも満たない程度。
それでも、もうもうと巻き上げられた粉塵が、辺りを覆っていた。
あの中にあって無事なものがあるとは、少年には到底思えなかった。
余波で天井から斧剣が抜け落ち、床へと突き立つ。
「……やった、のか?」
光がぽつりと漏らした。
だが、誰からも答えは返ってない。
やがて、粉塵が落ち着き始め……中から、ややふらつきながらも、「鋼喰い」がその姿を現した。
「これほどの強者と戦えるとは、長年ここに留まった甲斐があったというものだ」
斧剣を床から抜きながら、ゴーズは笑う。
当然、無傷ではない。
巨躯のあちこちには細かい瓦礫が突き立ち、装束は血で濡れている。
相当な消耗を、しかし、感じさせぬ覇気。
「惜しむらくは、
「あら、負け惜しみなら十分にした方が良くってよ?」
ナインの舌鋒に、それでも魔族の将は愉快げだ。
「負け、か。あるいは、貴様らがヨウゲツに留まっておれば、なるほど、負けたのは我らだったかもしれぬ」
「……何だって?」
油断なく間合いを計りながら、ロンドが怪訝そうに呟いた。
「ナインと言ったな。貴様の力があれば、我らの計画は防がれただろう」
断言するゴーズに、光が上ずった声で応じる。
「ヨウゲツにゃ勇者がいるんだぜ?」
「そうだ。それこそが目的よ」
魔将は鷹揚に頷いてみせた。
「……あいつらを、たかが11万の軍勢で倒せるとでも?」
言いながら、苦しい、と少年は思った。
わかったのだ。
何か、自分の知らぬ決定的な何かを、目の前の恐るべき首魁は持っているのだと。
それを肯定するように、ゴーズは口を開く。
「思わぬとも。だからこそ……」
そこで、ふと言葉を区切ると、魔将は玉座の間の天井を見上げた。
いや、天井ではなく、その先を見据えるようだった。
「せめてもの餞よ……その目で見届けるが良い!」
一瞬で斧剣を構えたゴーズに、光をかばうようにフィオとロンドが立ちはだかる。
ゴウ、と空気が逆巻いた。
竜巻の如き剣閃が荒れ狂い、まるで爆発したかのように天井と壁を吹き飛ばす。
「なんて力! まだこんな余力が……!」
フィオが奥歯を噛みしめる。
あの技が自身に向けられていたならば、果たして命があったかどうか。
「往生際の悪い」
ナインは不機嫌そうに、すいと指先を巡らす。
ガラガラと音を立てて降り注ぐ瓦礫が、それだけで光達の頭上を避けて床に落ちていく。
間もなく、開放的になった玉座の間に静寂が戻るとともに、ゴーズが剣先で上空を指し示した。
つられて視線を送った少年は、その光景に目を見開いた。
「昼間の空に……あんな明るい星が……?」
「あれこそが『
ぞわり、と光の背筋に悪寒が走る。
「ネメ……シス……」
呆然と呟いた少年の耳元に、ティスが唇を寄せた。
「O兵装です」
「……え?」
理解できないという様子の光に、彼女は続ける。
「衛星軌道上から、一種のレールガンを撃ち込む遺失兵器です。既に発射シークエンスに入っています」
「何だよ、それ……」
開いた口が塞がらないとはこのことか、と、少年は見当外れな感想を抱いた。
慌てて頭を振る。
「と、とにかく……それなら、早くゴーズを倒さないと……!」
焦り、叫んだ光に、魔将は呵々と笑った。
「最早遅い! 己を殺そうとも、滅びの星は止まらぬ。ヨウゲツともども、勇者は砕け散る定めよ」
「……O兵装を防ぎ切るのは、残念ながら、勇者のお二人でも難しいでしょう」
すがるように見つめた侍女から、残酷な肯定が告げられる。
「遅すぎた、のか……?」
少しでも覚悟を決める時間が欲しい。
そう願った一晩の猶予が、あるいは分水嶺だったのかと思い至り、少年は力が抜けそうになった。
「ヒカル……」
気遣わしげなナインの視線に、光は血が滲むほどに拳を握りしめる。
仲間を、ティスを「頼る」ことに甘えた結果が今なのだ、と心の中の自分が嘲る。
少年の口が何事かを紡ぎかけたその時、凶星から禍々しい光の帯がヨウゲツへと伸びているのが見えた。
最終照準です。
そんなティスの声が、耳に水が詰まったかのように、くぐもって聞こえた。
◇
ヨウゲツ。
一際大きな金属同士の衝突音が響き、ついで小さな舌打ちが鳴った。
アドラーと修志とが幾度も干戈を交えた結果、青年の鉤爪が限界を迎えたのだ。
「勝負あったな」
それでも油断なく構えながら、勇者は宣言する。
その時。
天から、怪しい光帯が城壁へと差し込んだ。
「いや」
にわかにざわつく人間たちの様子を視界の端に捉え、アドラーは笑う。
「俺の勝ちだ」
「っ!」
異変を察知した修志は、瞬時に城壁と駆け出す。
それは追わず、青年は悠々と予備の剣を引き抜き、周囲の魔族へ指示を出す。
止まれ、と。
「兵士たちの動揺を抑えて! それと、魔技師達に、この光を早急に分析するようにと」
レラは素早く対応を始めていた。
唐突に降り注ぎ出した謎の光。
その原因が、いつの間にか現れたあの昼天の煌星であるならば、間違いなく尋常な事態ではない。
それ故に、自身に打てる手が残されていないことも察していた。
撤退さえ、間に合うかどうか。
「状況は?」
そこへ、修志が依衣子を連れて現れた。
渋面を作って首を振る将軍に、2人は顔を見合わせ、頷く。
「……魔物の将が、俺の勝ちだ、と言ってたんです。多分、これが敵の切り札でしょう」
修志の言葉に続けて、依衣子が口を開いた。
「何か、大きな魔法だと思います。城壁と、私達の魔力障壁で何とか……」
「……敵の動きも止まったようだし、恐らく、そうでしょうね。予備部隊から、魔力障壁に長けたものを抽出して預けます。それと、副官」
「は!」
「ヘンシェル殿と合流して、住民の避難を開始させて」
「……り、了解しました!」
レラの指示に、副官は食いしばるように答え、走り出した。
それを見送ると、彼女は勇者の2人に向き直り、頭を下げる。
「お願いします」
「任せてください!」
修志は快活に応じ、依衣子も微笑を浮かべて頷く。
もはや、この場の運命は勇者に託されたのだ。
「避難が間に合えばいいけれど……」
部屋に残されたレラは、そう呟きながら、机上の地図に目を落とす。
その視線は、無意識にウプアットの位置を捉え――ヒカル、と小さな声が零れた。