「少しは落ち着いたかしら」
「……ああ、ありがとう」
玉座の間を離れた、ホールのような場所で、光は腰掛けていた。
返事とは裏腹に、まだ声は少し震えている。
対するナインは、あれだけの激闘を経てなお疲労の色を見せていなかった。
「まぁ、上出来よ。彼の者に、認められたのだから」
「そう、なのかな」
「ええ」
何とはなしに、少年は天井を見上げる。
今この瞬間も、ロンドはハモニカを指揮して都市内の残敵を掃討している。
そしてフィオは、ヨウゲツ方面の戦況を確認しに向かっていた。
自分は、何もすることがない。
それは、山中での一幕と重なったが、あの時とは何となく違うな、とも光は思っていた。
「休むべき時に休むことと、歩くべき時に休まざるを得ないこと。それは違うのよ」
「……勉強になる」
見透かしたような王女のセリフに、少年は苦笑して目を閉じる。
くすくすと、涼やかな笑い声が空間に溶け、静寂が訪れた。
「俺が」
ふと、光が口を開く。
「もっと早く、ティスを頼っていたら……」
視線を、傍らに控える侍女へと送った。
まるで美術品のように佇む彼女からは、戦いという気配さえも伝わってこない。
それこそが、逆説的にあのデウス・エクス・マキナとでもいうべき神威の裏付けでもあるようだった。
「ふぅん」
応じたナインの声音には、若干の棘が混じっている。
「……主人がお困りよ。侍女ならば、答えるべきではなくて?」
ティスはそこで目を開くと一礼し、ちらりと光を見やる。
少年は僅かに戸惑い――頷いた。
「結果的には」
透き通るような音が鳴る。
「あのタイミングが最善であった、と判断します」
「……続けなさい」
「O兵装の発覚以前にゴーズを処理した場合、脅威レベルの正確な測定に失敗していた可能性があります」
整然と言葉が紡がれる。
王女は腕を組み、目深なフードの奥で何事か唇を動かし、首を振った。
「その口振り、嫌な感じよ」
ふぅ、と艶めかしい吐息が漏れる。
「……アレの同類が、他にもあるのね?」
「はい」
ティスは頷き、少年がぎょっとしたように再び視線を向けた。
「そう……確かに、警戒しなければ」
ナインの言葉は硬い、が、すぐにくすくすと笑った。
「……とはいえ、雲を掴むような話だけれど」
ひとしきり笑うと、彼女は珍しく呆れたような、困ったような様子で、誰ともなく呟いた。
O兵装。
異質なその存在が、まだこの世界にはあるのだと、ティスは言う。
光の想像も及ばぬ、魔法より魔法じみた超技術の塊。
あるいは、それは自身の本願の、地球への帰還の手がかりかもしれない。
ぼんやりと、少年はそんなことを思った。
「ひとつ、聞いておくわ」
すい、と声が差し込んだ。
ナインがティスの目の前に立っている。
「貴女の目的は何?」
「……必ず、マスターをお助けすることです」
「ふぅん……ヒカルを、必ず?」
「はい」
値踏みをするように、王女は首を傾げる。
居心地の悪い沈黙。
耐えきれなくなった光が口を開こうとした時だ。
「……まぁ、良いでしょう」
ナインが頷いた。
応じるようにティスもお辞儀をすると、目を閉じる。
機を逃した少年は、気まずそうに頬をかき、小さくため息をついた。
◇
外から、甲高い鳥の鳴き声のような音が響いた。
何かと窓に目を向けた光に、鏑矢です、とティスが告げる。
「向こうも、終わったようね」
ナインの言葉に、少年はハモニカが仕事を済ませたことを察した。
「鉱山都市とはいえ、曲がりなりにもかつての王都。狭くはないわ」
「良くは知らないんだが、その、こういう街の占領……っていうのか? 難しいんだろ?」
「ええ。優秀よ、彼女の騎士団は」
その物言いに多少の違和感を覚えたが、光は聞き流す。
「そういえば前の住民、ドワーフだっけ、帰ってくるのかな」
「そうね……難しいでしょう」
少年の質問に、王女は少しだけトーンを落とす。
「代替わりの直後で、王家の後継者は不在だったわ。当時のアフリッド王が、それでも鋼の騎士団と運命を共にしたのは……若さと、焦りもあったのかしら」
「……」
「この都市から逃れたドワーフ達は、それ故にこそ、弔いに訪れることはあっても、再び住まうことは望まないでしょう」
その感覚は、光にはよくわからなかった。
ただ、自身の知る「王」と「民」の関係と、カイセイでのそれには違いがあるのだ、ということはわかった。
「だからね」
ナインが光へと向き直る。
「ヒカル、貴方には申し訳ないけれど、この都市の奪還を貴方の功績にはできないの」
「うん? 別に良いけど」
「……ふふ、そうね、貴方に実感はないでしょうね」
鈴を鳴らすように、王女は笑う。
「貴方が、かつてのアフリッド王の縁者ならば、何を憚ることもないのだけれど……。そうでないならば、ここはマーディンの王家が『解放』する必要があるの。つまり、私がね」
「……政治ってやつか」
「あら……うふふ、そうよ。面倒なの。とっても」
楽しげな様子に見えたが、光はここで、なぜ彼女がウプアットへの同行にこだわりを見せたのかを、薄っすらと理解した。
ナインは、ずっと己の責務を見据えていたのだ。
自分ではどうしようもないことで、不本意な状況に置かれてなお……勝手に背負わされただけの荷物を、放り出さなかった。
その気高さが眩しく、光は目を逸らす。
そんな心を見透かすように、王女はもう一度笑った。
「幸い、その手の機微はロンド・ブリュースターなら察するでしょう」
「……? バルクマンだろ?」
「ああ、そうだったわね」
悪びれもせず答えるナインに、少年は首を傾げる。
「さ、出迎えてあげましょう。座ったままで、あの弓使いの子にお説教されたくないでしょう?」
「……そうだな」
先輩風を吹かせるニナの顔が浮かび、光は苦笑した。
その表情がようやく崩れたことで、王女はローブの下で静かに口元を緩め、歩き出した。