本日もカイセイなり   作:モカの木

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2章
1話 シャナン


「あれが、シャナン……」

 天都光(あまとひかる)は、馬車の窓から覗いた風景に思わず呟いた。

 木立を抜けて開けた視界には、青く煌めく海と、その上を滑るように進む大小の船、船。

 特徴的なその帆船の数々は、ここが異世界なのだと静かに主張していた。

 光が、カイセイと呼ぶこの世界。

 少年がここにやってきて、もう随分な時間が経っている。

 それを振り払うように、光は意識して疑問を口にした。

「……やっぱり、良港? ってやつなのかな」

「はい。波穏やかな入江で水深もあり、大型船でも容易に停泊可能です」

 答えたのは美貌の侍女、ティ・シフォン。

 光がティスと呼ぶ彼女は、常に少年の側に控えている。

「昔は、この街を巡って諍いも多かったそうですネ。それだけ重要な港、ということなんでしょうケド」

 窓の外から、付け加えるように声が届いた。

 一人の少女がぴょこんと、馬車の上から覗き込むように身を乗り出している。

 フィオ・シジョウ。光の護衛兼情報収集役、つまりはニンジャだ。

 特徴的なお下げが逆さまになり、重力と馬車の揺れでくるくると回っている。

 唐突に、一際大きく車台が揺れた。

「あ」

 光が声をあげる。

 窓から見えていたフィオの姿が、妙な弾み方をしたからだ。

 だが、当の少女は身を捻ると、するりと車内へ滑り込む。

「往来が多いせいで、道が荒れがちなのが難点デス」

 ちろと舌を出して笑うフィオに、光は安堵の息をこぼした。

 ここまでの道もそうだったが、この凸凹はいささか辛かった。

 出発前に貰ったクッションがなければ、どこかで余計に休憩を挟んでいたかもしれない。

 時間的にはその程度の余裕はあるが、早いに越したこともないだろう。

「魔導列車があればなぁ」

 以前に王都で見かけた機関車のような威容を、光は思い出した。

 意外にも、というべきか、主要都市間の交通網として、カイセイには鉄道がある。

「この辺りは、多重結界地域ではありませんからネ。要の線路を、ゴブリンなんかが破壊する事例が多発した、らしいデス」

 少年の向かい側に座りながら、フィオが言う。

「そっか、ヨウゲツの結界門は、この辺りじゃもうかかってないのか」

「ハイ。シャナンのエリアに入ってますネ」

 くるり、と少女は指を回した。

「理想は、全部の街が多重結界地域に入ることなんでしょうケド、門自体も大食いのようですし……」

 結界門。

 効果範囲内では、魔物の力が著しく減退するため、知能の低い一部の魔物を除いてはまず入ってこない。

 その範囲が重なる地域を、多重結界地域と呼ぶのだが、フィオの言う通り、それは決して広くない。

 ほとんどは単一の結界門のエリアで、だからこそ、そうでない地域を『多重結界地域』などと仰々しく名付けているわけだが……。

「といっても、結界門すらない開拓地域(アウター)と比べたら、贅沢はいえませんケド」

「へぇ……」

 光は窓の外へ視線を向けた。

 目に見えない結界の中にいる実感はなく、それがない地域の現実もイマイチ飲み込めてはいない。

 ただ、そんな危険な場所でも人は暮らしているのだ、ということが、何となく心に残った。

「我が主」

 不意に、フィオが鋭い声を差し込む。

「窓をお閉めください。そして、ティス殿の側から離れませんように」

「……わかった」

 指示通り窓を閉めたところで、馬のいななきと御者の慌てたような声が聞こえ、馬車が急減速する。

 その間に、少女は風のように外へ走り出ている。

「大丈夫、だよな」

「迷い込んだ魔物です。ゴブリンと、コボルトが合わせて6、いえ、5体になりました」

 ティスが淡々と告げる。

 少年は、僅かに歯を食いしばり、小さく頷いた。

 

 ◇

 

 トゥーズ王国の、とある屋敷。

 先ごろまで光と旅を共にしていた傭兵団、ハモニカの面々がそこで旅装を解いていた。

「ヒカル、大丈夫ですかね?」

 呟いたのは、ニナ。小柄な少女だが、騎士としての実力は折り紙付きだ。

「ははは。後輩がいなくなって寂しいか?」

 笑ったのはジェイクという青年。

 その反応に、そんなわけじゃ、と少女はそっぽを向いた。

「人の心配してる場合かな~? 船の中じゃ、この世の終わりみたいな顔してバケツとにらめっこしてたのに~?」

「い、イネス先輩!? だって、それは先輩がヒカルに私のラーベルミントをあげちゃうから……!」

「まだ卒業には早かったか。ごめんネ」

 少女にしなだれかかっている女性、イネスはそう言いながらもニナをかいぐり回している。

 そんな2人に苦笑しながら、ジェイクは、まぁ、と口を開いた。

「心配する気持ちもわからんではない。覚えてるか? 依頼で顔合わせて最初の出発の時、あいつ、なんて言ってたかさ」

「……覚えてますよ。戦いは極力避けてください、なんて」

 先輩にされるがままになりながら、ニナは口を尖らせる。

「何のための傭兵団だと」

「変わった子だよね。私らよりぜーんぜん弱っちいのに、魔物なんかと戦うと、大丈夫ですかー、なんて心配そうな目ぇしてさ」

 そんなことを言うイネスの目は、笑っている。

「好き好んでお金もらってさ、戦う商売してる私たちなんか、気にしなくていいのにねぇ」

「違いない。が、まぁ、そんなお人好しだって、いいもんさ。きっとな」

 ジェイクは、初陣を終えて泣き出した少年の顔を思い出した。

 ――そうさ、お前はそれでいいんだよ、きっと。

 と、遂にイネスの魔手から逃れたニナが、話題を変える。

「それにしても、実感ないですよ。私たちが、近衛騎士団なんて……ヒカル、びっくりしますよ」

 

 ◇

 

 シャナン。

 活気あふれる街路には、人や物を載せた馬車が何台も行き交っている。

 そのうちの一台から降りた光は、ティスから手荷物を受け取ると、グッと伸びをした。

「……っと、着いたぁ」

 言葉とともに脱力してから、少年は何度か身体をひねる。

 お世辞にも乗り心地が良いとは言えなかった。

 フィオのように屋根の上に陣取っていた方がマシだったのでは、と疑うほどだ。

「お疲れ様でした、我が主!」

 当のフィオは、この数日の馬車旅にも全く堪えた様子がない。

 お疲れ様、と応えながら光は苦笑し、歩き始めた。

 自分とは違い、彼女は道中での護衛にも参加していたのだ。

「騎士、か」

「はい?」

 思わず口を突いた言葉に、フィオが首を傾げた。

 多少慌てて、光は続ける。

「いや、ほら、護衛の兵士たちの中にも、騎士はいたのかなって」

 少女は、ああ、と頷く。

 適当に繕った割には、それっぽい言い訳ができた、と少年は内心で安堵した。

「私の見立てですが、いないとは思います。流石に、結界内の護衛に騎士は宛てがわないでしょう。……自称騎士、ならいるかもですケド」

 多少悪戯めかせてフィオが応える。

「自称?」

 今度は、光が首を傾げた。

「そういや、騎士って、どうやってなるんだ?」

 目の前のフィオも、騎士なのだ。

 カイセイにおける騎士、それは、一騎当千の猛者であることの証明、というのが近い。

 であれば、証明するものがいるのではないか……と、今更に光は思い至った。

「そうですネ、一番多いのは既存の騎士団への入団、でしょうか」

「そっか。やっぱり国の?」

 少女は頷く。

「志望者は多いデス。とはいえ、貴族や商会による私設でも、国の騎士団に引けを取らないところもありますから」

 少年の脳裏に、ハモニカの面々のことがよぎった。

 彼らも、確かな実力を持ちながら、立場としては民間の傭兵団だった。

「明確な所属のない、遍歴の騎士も少なくありませんが……見分け方は意外と簡単ですヨ」

「へぇ、見分け方なんかあるんだ」

「ハイ。見る人が見ればすぐわかるんですが、武器のここデス」

 そういいながら、フィオは自らの得物である直剣を鞘ごと取り出し、ちょんちょんと柄の部分を指さした。

 光は首を傾げ、示された部分を見つめる。

「……何か違うのか?」

「ふふ、柄というより、持ち手全体というべきかもデスが……。ティス殿は、おわかりになりますね?」

 少女は、少年の背後に控えた侍女へと視線を送った。

 つられて振り返った光に、ティスは目配せをし、頷いた。

「はい。一般的な武器と異なり、騎士の武器は基本的にミスリルの合金、ミトス鋼で作られます」

「そのとおりデス。高名な騎士であれば、純粋なミスリル製の武器を扱うそうですが……ミトス鋼も十分な素材です」

 そして、とフィオは続ける。

「ミトス鋼の特徴として、独特な紋様が浮き出ます」

「……なるほど?」

 光は改めて剣の柄に向き直り、指を顎に当てた。

 言われてみれば、普通の金属とは違う……ように見えなくもない。

 そんな様子を見て取ったか、フィオはくすりと笑う。

「あー、っと、ミトス鋼? の武器が騎士だけなのは、なんでなんだ? やっぱり高いのか?」

 気恥ずかしげに話題を逸らした少年に、ティスが応じた。

「はい。いわゆる鋼鉄製の武器と比較した場合、ミトス鋼の武器は概ね10倍の価格差があります」

「……そりゃぁ、気軽には揃えられないか」

「手入れもありますから、維持も考えると、一般兵の武器とするのは大変ですネ」

 フィオが引き取る。

 実感のこもった言葉だったが、光はふと気になった。

「なら……騎士が鋼鉄の武器を使っても良いんじゃないか?」

「いやー、それが難しいんデス」

 少女は苦笑した。

 どうして、と目で問う少年に、彼女は頬をかく。

「鋼鉄だと、その、脆くて」

 

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