シャナンからイオタへ向かう定期便。
その出港までは、まだいくらかの時間がある。
それまで宿でぼんやりするのも違うように思い、光は港へ足を向けていた。
遠目には風光明媚に見えた港と船舶の数々は、近寄れば活気と喧騒に満ちている。
接岸している船は、あるものは積荷を次々と搬出し、またあるものは続々と積み込んでいる。
そんな荷物の数々を積んだ貨物用の馬車が、ひっきりなしに往来する桟橋。
そこから続く石畳の道は大通り以上の幅で、広大な倉庫街に繋がっていた。
通行の邪魔にならないよう、一旦その場から離れた少年は、問屋街へ続く道に入ったところで振り向いた。
「……サイズ感が狂うなぁ」
感嘆したように呟く。
貨物馬車が吸い込まれていく倉庫の入口は、優に四台分の幅があるだろうと思われた。
その倉庫自体がシンプルな造りであるため、どうにも大きさを感じられず、逆に「馬車が小さい」ように見えてしまうのだ。
「あれでも狭いくらいだ。繁忙期は待機列が桟橋まで続く」
「え?」
不意に聞こえた声の方向へ、光が顔を向ける。
そこには、身なりの整った紳士と初老の男性が立っていた。
少年の目が丸くなり、その後ろでティスが折り目正しく礼をする。
「チャプレットさん! メルヴィル博士も!」
鷹揚に頷いた紳士の隣で、博士と呼ばれた男性が破顔した。
「久しいなぁ。息災だったかね?」
「はい、おかげさまで」
紳士の名はアーサー・チャプレット。
チャプレット商会の次期会長、いわゆる若旦那で、光のパトロン。
光は、彼に旅費等々を工面してもらう代わりに、旅先で見聞きしたことを定期的に報告する契約を結んでいる。
正直なところ、これは破格なものだった。
そのきっかけとなったのが、メルヴィル博士だ。
ライト・メルヴィル。
カイセイのゴーレム研究の大家で、ヨウゲツの王家離宮を維持するゴーレム達は彼の作品だ。
「で、何か手がかりはありそうかね?」
「あー、イオタに行けば、もしかしたら何か分かるかも……って感じです」
少年のように目を輝かせた博士の欠点は、いわゆるマッドサイエンティストであることだろう。
彼の目的はただ一つ。
騎士を超えるゴーレム。
神話に謳われる、かつて人類と共に魔物と戦ったというヒトガタ。その再現。
「先生、それも結構ですがね、いい加減次期のロットを納品していただきたいものですな」
「まぁ~だ二ヶ月も先だろう。アーサー坊は心配性すぎるぞ」
「もう二ヶ月、です」
肩をすくめたアーサーだが、それでも慣れた様子だ。
博士を家庭教師として幼い頃から知っている彼にしてみれば、いつものやり取りなのだろう。
「で、ヒカル。そちらが?」
「あ、はい。手紙ではお伝えしてましたけど、同行者の……」
「フィオ・シジョウと申します。お見知りおきください」
いつの間にか、ティスの隣に立っていたフィオが進み出て、礼をする。
「小生はアーサー・チャプレットと申す。しがない商会の放蕩息子でね、縁あってヒカル君の援助をしている」
「聞き及んでおります。我が主から、常々お世話になっているお方、と」
「何、大したことではないよ」
そんなやり取りに、光は少しだけ気恥ずかしくなり、頬をかいた。
「えっと、それで、チャプレットさん達はどうしてシャナンに?」
「うむ。立ち話もなんだ。店を取っているのでね、軽く食事でもしながら話そう」
取り出した懐中時計をちらりと眺めると、アーサーは踵を返し、先導するようにゆっくりと歩き出した。
◇
個室の多いレストラン、その一室に光はいた。
慣れた様子で食事を取るアーサーとライトをちらりと見やり、少年は内心でため息をつく。
マナーを洗練させるには、場数を踏むしかないのだ。
少しだけ、この場を遠慮したティスとフィオの2人を羨ましくも思う。かたや個室の扉の外にそっと佇み、もう一人はまたどこかに姿を消していた。
「それで」
ナプキンで口元を軽く拭い、アーサーが話し始めた。
「小生がここに来たのは、トゥーズに渡るためだ」
「え、と、何かご用事が?」
「うむ。で、君の経路でもあることを思い出してね。待たせてもらった」
そうだったんですか、と光は素直に納得した。
彼の先見の明に驚かなくなる程度には、付き合いが深まっているともいえる。
「トゥーズは大きな前線を抱えているわけではないが、その分、各国間の物流の一大拠点でな。アーサー坊も定期的に顔を出しとるのよ」
「なるほど」
ライトの補足にも、少年は頷く。
先ごろまで最前線の都市、ヨウゲツにいたのだ。
物がある、ということがどれだけの意味を持つのかは、何となくだが理解はできた。
「……バルクマンさん、凄いところをまとめようとしているんだ」
「ハモニカの団長だったかな」
「あ、はい」
光の呟きを、アーサーが拾った。
ロンド・バルクマン。ヨウゲツの戦いを機に、故国であるトゥーズへと戻った騎士。
「違約金の件は連絡があったよ。今どき、律儀なことだがね」
「……はい」
「して、まとめようとしている、というのは?」
ライトが興味深そうに尋ねた。
「えっと、この間の戦いで思うところがあったようで……トゥーズは大公って人が治めてるそうなんですが、あ、流石にご存知ですよね。それで、王様が不在なので、少しでも安定させるためにって」
「ほう」
博士は感心したように笑う。
ロンドのことというより、それを説明した光に対して、のようだった。
「そんなことまで、話してくれたのかね?」
「え? はい。依頼を切り上げる理由だと……」
少し驚いた様子のアーサーに、少年は首を傾げる。
何かおかしいことを言ってしまっただろうか、と自問する。
「……ヒカル、それは君が信頼されている、ということだよ」
穏やかに、紳士は微笑んだ。
一瞬、光は面食らったように動きを止める。
「いくらでも誤魔化せることを、しっかりと説明する。……何も思っていなければ、そんなことはしないものだ」
「それは……えっと、そう、なのかな?」
「ははは、士たるもの三日会わざれば、というやつだな、アーサー坊」
愉快そうに、ライトは手持ちのグラスを飲み干した。
アーサーもまた、同意するように頷いている。
「どうせ、乗る船は一緒だろう? せっかくだ、老人に付き合ってくれんか。色々と、話を聞かせておくれ」
「えっと……」
ちらりと、少年は紳士を見やる。
その視線を受けて、アーサーは卓上の鈴を鳴らした。
「では、飲み物を追加しましょうか。先生は酒の方が?」
「わかってるではないか」
ライトの笑い声が、からからと響いた。