ヨーカの港。
そのお祭り騒ぎのような賑やかさに圧倒されていた光は、いつの間にか仰々しい建物に案内されていた。
「え、なんで?」
理解が追いつかないまま一人通された部屋で、ようやく少年は首を傾げる。
どうも到着直前から、わからないことが次々と飛んできていた。
今回は港で下船の手続きを取っていたら、どこからかフルフェイスの兜に鎧姿の騎士たちが現れ、有無を言わさずに「こちらへ」と連れてこられたのだ。
ティスが何も言わずついてきたところを見ると、これ自体は危険ではないのだろうが……。
いや、よくよく思い返せば、フィオも最初こそ呆気に取られていたが、すぐに何か納得していたような。
「……え、なんで?」
同じセリフを繰り返す。
頼りの侍女とニンジャは、何故か扉の外で控えたままだ。
と、整然とした足音が聞こえてくる。
それはまっすぐに光のいる部屋へ向かってくると、扉の前で止まった。
ノックの音。
「……えっと、どうぞ?」
光の声に、扉が開かれる。
入ってきたのは、3人の騎士。
出で立ちからして、港からここまで彼を連れてきた騎士たちに見える。
「……?」
何も言わず立ったままの3人に、少年は怪訝な顔をする。
ただ、何となく、その並び方には見覚えがあるような気がした。
「……くく」
その時、真ん中の騎士が小さく笑った。
聞き覚えのある声。
「ジェイクさん?」
「あっははは! 悪いなヒカル、ちょっとしたサプライズってやつだ」
笑いながらフルフェイスの兜を脱いだのは、まさにハモニカの団員、ジェイクだった。
同時に、両脇の2人も顔を現す。
イネスとニナだ。
「ごめんネー。絶対気づかないからやめようって、お姉さんは言ってたんだけどさぁ」
「顔も隠そうって言い出したの先輩ですよね……? んん! にしてもヒカル、元気そうで良かったわ!」
「……はい、おかげさまで」
安心と、懐かしさと、少しの照れ。
光は気恥ずかしげに首を振ると、口を開く。
「えっと、それで皆さんはもしかして、トゥーズの騎士に?」
「ふふん、よくわかったわね! でも、ただの騎士団じゃないわ!」
ニナが誇らしげに胸を張った。
「私たちハモニカはね、近衛騎士団に取り立てられたの! アレク副団長なんて、今や近衛騎士団長よ!」
「おお……!」
ぱちぱち、と光が拍手する。
実際のところ、それがどれだけのことかは想像できなかったが、目の前の少女の自慢げな様子を見るに、相当に凄いことなのだろう。
が、不意に疑問が生じた。
「あれ、バルクマンさんじゃないんですか?」
「あー、まぁ、ヒカルならそう思うわな」
ジェイクが苦笑する。
ハモニカの団長であったのは、ロンド・バルクマンだ。
そのハモニカが近衛騎士団になったのであれば、近衛騎士団長もまた、ロンドになるはずではないか。
「まぁまぁまぁ、細かいことはいいじゃない。どうせ、明日にはぜーんぶ分かるんだから」
イネスはそう言うなり、胸を張ったままのニナにしなだれかかった。
少女は一瞬体勢を崩しかけ、慌てて踏ん張る。
「お、偉いぞ。今のは完全に重心を崩したつもりだったのに」
「なんでそんな事するんですか!?」
じゃれ合い出した2人に、光は声を上げて笑う。
誤魔化されているのはわかったが、それでも、今はこの雰囲気が懐かしかった。
◇
――明日にはぜーんぶ分かるんだから。
昨日のイネスの言葉を疑ったわけではなかったが、それでも、まさか日も昇りきらないうちから呼び出されるとは、光も思っていなかった。
指定された場所には、まだ見慣れない鎧姿のジェイク達3人が、既に待っていた。
「よく眠れたか?」
笑って声をかけてきた青年に、おかげさまで、と少年も笑って応じる。
和やかな雰囲気のまま誘われたのは、昨日案内された仰々しい建物(港湾の騎士団の派出所らしい)の一角。
物々しい、という程でも無かったが、複数の騎士が脇を固める扉をくぐった3人の後を、光はやや緊張しながら追った。
その室内は、真ん中に円形の台座があること以外は、極めて簡素な造りだ。
「ヒカルは、転移陣って知ってる?」
「えっと……名前くらいは?」
胸を張って口火を切ったニナに、光は自信なさげに答えた。
ゲームやらで、何となく知っている知識ではあるが、もちろん実物を目にするのは初めてだ。
「なら、使ったことはないってことね! きっと驚くわよ!」
「先輩風吹かせちゃってまぁ。私らも、ついこないだ使ったばっかりなのにねぇ」
「い、良いじゃないですか!」
イネスの茶化しに慌てるニナ。
そんな2人に苦笑しながら、ジェイクが口を開く。
「転移魔法は、使える人材ってのは希少なんだ。それを装置に落とし込んだのがこれでな。まぁ、とにかく金がかかるのが難点だが……」
「むしろ、よく装置にできた、というところデスね」
フィオがうんうんと頷いている。
「世の中には、そんな魔法を気軽に使えるのもいるってのがな。とはいえ、行き先をこうやって固定すれば、俺等でも恩恵に預かれる」
光の脳裏に、以前の街、ヨウゲツでの光景が蘇る。
あの規格外の王女、ナインはごく自然に転移魔法で現れていたが……。
物思いに耽りそうになったところで、少年は首を振った。
「えっと、バルクマンさんはこの転移陣の先に?」
「そうだよー。答え合わせはそこでってね」
悪戯っぽく言ったのはイネスだ。
答え合わせ。
トゥーズの貴族だろうロンドが、近衛騎士団の団長ではない理由。
つまり、自分が思っている以上に、高位の貴族で……新しい王様の下で、そう、大臣なんかを務めることになったとか……。
そんなことを考えながらごくりとつばを飲み込み、光は神妙な顔で転移陣を見つめる。
こそこそと、ニナがイネスに耳打ちした。
「あれ、わかってると思います?」
「いやー……当たらずとも遠からず、くらいじゃない?」
◇
転移した先も、同様に質素な部屋だったが、そこを抜けた先は明らかに造りが違っていた。
王城。
そう察した光に、ジェイクは当たりだというように頷く。
まだ早朝だったが、城内は活気に溢れていた。
そんな様子を横目で見ながら、少年はある部屋の前まで通される。
「近衛騎士、ジェイクです。お客様をお連れしました」
ノックに続き、恭しく青年が口上を述べた。
お客様、と呼ばれたことに、光は少しだけ面映ゆく思う。
程なく、扉がゆっくりと開かれ、現れた侍女が動作で入室を促すと、少年の背中をジェイクがぽんと叩く。
「さ、行ってきな。流石に、こっからは一人だ」
「は、はい」
返事をしてから、少しだけ呼吸を整える。
振り返ると、フィオは微笑み、ティスは静かに瞑目していた。
よし、と心中で呟き、光は扉をくぐる。
素人目に見ても品の良い調度品が、朝日を受けてきらめく中にあってなお、凛とした存在感を放つ人物が、そこにいた。
思わず、少年は目を見張る。
凛々しくも華麗な装束は、どう見ても女性の出で立ちだ。
足音に振り返ったその人物は、光を見て微笑む。
「久しい、という程ではないかな? ヒカル」
「え、あれ?」
聞き覚えのあるその声と、記憶の中の見た目が全く一致しない。
「バルクマンさん……?」
「おや、もう忘れてしまったかい?」
くすくすとロンドは笑う。
そのまま、近くのキャビネットを開けると、中から見覚えのある鉄仮面を取り出す。
「その時は、これを外して話そう……と言っただろう?」
「あ、はい。確かにそうです。いや、あの……え? ……女性だったんですか?」
おずおずと切り出した少年に、ロンドは僅かに身をかがめると、耐え切れないとばかりに声を上げて笑い始めた。
大笑いしても絵になる人だなぁ、と光は場違いな感心をする。
「……ふう、いや、そうだろうなとは思っていたけどね。本当に気づいてなかったとは」
ひとしきり笑った後で、ロンドは目尻を拭いながら姿勢を正した。
「では、改めて名乗ろう。我が名は、ロンド・ブリュースター。トゥーズ王国、女王である。……正確には、今日が戴冠式だけどね」
「え」
――あの時のヒカルの顔は見ものだったよ、と、後にロンドは楽しそうに話すことになる。