ウプアット、改めソリッドステートへ、ヨウゲツから隊列が向かおうとしていた。
ある程度の受け入れ準備が整ったことで、ようやく、ナイン・アステリズムが領主として着任する段となったのだ。
先行したカール・ヘンシェルの尽力もあるのだろう。
自身の後見人でもある老臣の顔を思い出しながら、ナインはローブの下で目を閉じた。
「思ったより、早かったわね」
「何か?」
ゴーレムが支える輿の中で呟いた王女に、護衛の近衛兵団を率いる若き将軍、レラ・リヴォフが反応する。
「トゥーズで戴冠式があったそうよ」
「は。ブリュースター家の女王とか」
「ハモニカの団長、とは言わないの?」
「……」
それには答えないレラに、ナインはくすと笑った。
「王族は、どこも面倒なしきたりが多いわね」
「は……」
返答に窮する将軍を、王女は気にするでもなく、下がってよいと手で示す。
するすると輿の窓をカーテンが覆った。
開門の声が響く。
整然と、隊列は動き始めた。
◇
道中。
レラはナインに呼ばれ、その輿に近寄っていた。
「マカリアへ?」
「ええ。実際の様子、直接見たいでしょう?」
窓越しに会話をしながら、彼女は少しだけ思案する。
道のりとしては、僅かな変更で済む。
そして、王女の言うとおり、報告だけでなく自身の目で確かめたいという気持ちは、確かにあった。
「……分かりました」
「いい子ね」
くすくすという笑い声が、カーテンに遮られて消えていった。
その様子を僅かに憐れみながらも、レラは首を振った。
今後、長い付き合いになるかもしれない相手だ。
意識を切り替えると、若き将軍は隊列をマカリアへと向けるべく号令した。
◇
「……これは」
目の前に広がった光景に、レラは言葉を失っていた。
威容を誇ったマカリア要塞は、その地盤ごと大きく抉れ、粉々に――比喩ではなく文字通りに――爆ぜていた。
それはまるで、砂の城を地面ごとすくい上げて放り投げたかのような。
「ふぅん……」
いつの間にか、分厚いローブを纏ったナインが脇に立っていた。
「王女殿下、危険です」
「あら、足元くらい見えてるわ。それに、殿下は不要よ。そうね、ナインで良いわ」
「……ナイン様」
ぐっと、何かを飲み込むようにしながら、レラは呼びかける。
鈴のような笑い声が響いた。
「まぁ、それで良しとしましょう。……ネメシス、ね」
不意に、王女の声音が低くなる。
「鋼喰いの切り札だった、とか」
「ええ、そうね。確かに、相応しい力のよう」
おずおずと追従したレラに、ナインは声の調子を戻す。
と、パチンと指が鳴った。
呼応して、原型を留めていない瓦礫の一部がふわふわと浮かび上がり、近くに寄ってくる。
「『
「……比較にもなりません」
「そうよね」
ナインが鼻を鳴らすと、瓦礫は地面へと落ちる。
ドレッドラム。
最上位の対城塞魔法の一つ。
強固な魔法防御が施された城壁に対する、人間側の対抗手段。
あれならば、確かにマカリアの城壁を崩すことはできるだろう。
運用に、100人単位の魔法部隊を複数必要とすることさえ無視すれば、火力という意味では最高峰だ。
「私でも、ここまでは無理だわ。壊すだけならともかく、ね」
「……」
ナインは、それを超える威力の魔法を単独で行使し得る。
それがどれだけの規格外かを理解するが故に、レラは何も言わない。
「このネメシス、防げて?」
「私では、無理です。勇者のお二人なら、あるいは一発は」
「でしょうね。私も、二発目は耐えられないでしょう」
後先を考えなければ別だけど。
そのセリフは続けず、ふぅ、と王女は呆れたようなため息を漏らす。
「跡地」に残された歪なクレーターは、ネメシスが複数撃ち込まれたことを示唆していた。
その意味をレラも察し――剣呑な雰囲気が漂う。
ナインの纏うローブが、俄にざわつき始めた。
「――ティス、とか言ったかしら。あの侍女」
「……はい」
離れた位置に繋いだ騎馬たちが、怯えたように嘶く。
「……ふふ、世界は広いわね」
途端に、空気が弛緩した。
知らずに肩の力が入っていたレラも、腹の底から息を吐き出す。
「妬けると思わない?」
「……」
その言葉にも、レラは無言だった。
ころころと笑いながら、ナインは輿へと戻っていく。
ソリッドステートまでは、まだ2日かかる。
「……苦労したのね、ヒカル」
先行きに、レラはしみじみとため息をこぼした。