本日もカイセイなり   作:モカの木

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3話 ナイン

「お、来たな若人」

 ヘンシェル邸。

 使用人に通された部屋で、老人は何か書き物をしていた。

 手紙か、あるいは指示書だろうか。

「お待たせしちゃって……。で、何か御用ですか」

「まぁ、爺のお喋りに付き合わせる気もない。ナイン様のことでな」

 やはりか、と光は内心でため息をつく。

 それを見抜いたか、ヘンシェルはニヤリと笑った。

「ははは、まぁそう嫌な顔をするな。不敬な言い方だが、今回に限れば、話を聞く価値はあるだろう」

「実力は聞いてますが……まさか……」

「そのまさかよ。最近、留守番が多かったようだからの」

 少年は、今度は実際にため息をついた。

「子供じゃあるまいし……」

「そう思う気持ちもわかるが、ナイン様も思うところはあるのだろう。特に、都市の存亡の危機、となればな」

「王族の矜持、ってやつですか?」

「さて、真意までは、この老人にはな」

 ヘンシェルは呟き、光に茶を勧めた。

 カイセイの茶は、紅茶とジャスミン茶を混ぜたような、独特の香気がある。

 この香りは嫌いじゃない、と少年は思う。

 熱めの茶を啜ると、ほうと息が漏れた。

「……とりあえず、行ってみます。屋敷の方ですか」

「頼む。……すまんな、流石に今回は、宥める余裕がない」

「いえ、いつもありがとうございます」

 正直なところ、ストッパーとしてのヘンシェルがいなければ、光の苦労は今の倍以上であったろう。

 その程度は、少年もわかっている。

 そして、今の彼に余裕がないというのもわかる。

 軍はレラだけで動かすわけではないし、3000人の兵を戦わせるには、それ以上の後方支援が必要だ。

 だから、光はヘンシェルの元に長居はしなかった。

 案の定というべきか、見送りもそこそこに、老人はまた筆を執っていた。

 

 ヘンシェルの居を辞し、その足でナインの屋敷、ヨウゲツ郊外の王族の離宮へ向かう。

 離宮、といえば聞こえは良いが、せいぜい、ヘンシェルの館より少し大きい程度だ。

 呼び鈴を鳴らすと、侍女が扉を開けた。

「オ待チシテオリマシタ」

 お辞儀とともに、きしり、とその関節が音を立てる。

 ゴーレム、と呼ばれる魔動人形。

 主の命令を受けて動く、いわばロボット。

 ナインの屋敷には、主である彼女以外には、このゴーレムたちしかいない。

 初めて見た時には、随分戸惑ったことを光は思い出す。

「ナイン様、ゴ到着ナサイマシタ」

「通しなさい」

「ハイ。……ドウゾ、オ入リクダサイ」

 促されて入った部屋は、窓に厚手のカーテンが幾重にも掛けられ、昼間だというのに陽光は一切が遮断されていた。

 ぼんやりとした卓上灯が、気怠げにクッションに身を沈める少女を照らし出す。

 蜂蜜を溶かしたような琥珀色の肌と白金の髪は、朧気な光の中でも些かも美しさを損なっていない。

「久しいわ、ヒカル」

 僅かな熱を持ったセリフが、艷やかな唇から紡がれた。

 少年には実感できないが、今この瞬間にも、彼女からは「魅了」と呼ばれる魔法が放たれ続けている。

 ――ナインの才能は、あまりにも大きすぎた。

 かつて、諸国家を統一し、魔物への大反攻作戦を主導した伝説の「皇帝」を凌駕するとさえ言われる魔力の成長に、彼女の体が追いついていないのだ。

 扱いきれぬ魔力とは、呪いだ。

 溢れるそれが、持ち主を蝕んでいく。

 それを回避するべく、彼女の防衛本能が無意識に行っているのが、過剰な魔力を魔法に変換して放つことだった。

 それが魅了の形を取ったのは、単なる偶然に過ぎない。

 もっと物騒なモノでなくてよかった、と安堵するべきか、もっと無害なモノであってほしかった、と嘆くべきかは判断に迷うところだろう。

 ともあれ、この魔法は彼女の状態に関わらず、常時発動している。

 それこそ、寝ていても。

 呼吸のようなもので、例外は、意識的に別の魔法を行使する場合。

 端的に言えば、戦闘。

「いつ?」

「……遅くても2~3日中には」

 その返答に、ナインはころころと笑った。

「止めないのね」

「まぁ、今回は」

「ふぅん。どういう風の吹き回しかしら」

「不確定要素が多いので、本当はお止めしたいんですけどねぇ。とはいえ、お残りいただいてもレラが使えるものでなし、無駄に寝かせておくよりは」

 慇懃無礼な物言いは光の悪あがきだったが、王女は気にも留めていない。

「酷い言い方。でも、いいわ。ヒカルなら許してあげる」

「……そりゃどうも」

 少年にはわからなかったが、ナインの魅了は強力だ。

 強力すぎる、といっていい。

 彼女の居室は、その館に倍する以上の魔力防護が張り巡らされているが、それはナインの身辺警護というよりは、その魅了を外に漏らさないため、という意味合いだ。

 ナインは、この部屋から出るときには、特注の対魔法処理を施したローブを纏う必要があり、素肌、ましてや素顔を晒すことは厳に戒められている。

 それは、そうせざるを得ないほどの事件がかつて起こったことの証左でもあり、この館にゴーレム以外が詰めていないことの理由でもある。

 だが、光は違った。正確に言えばティスもだが、それはナインの知るところではない。

 素顔で話せる、唯一の例外にして異性。

 諸々の事情で鬱屈としていた彼女にとって、それはどれだけの救いであったか。

「それで……行き先は、ソリッドステート?」

「っ」

「図星なの? やだ、本当に物好きね、アナタって」

 冗談のつもりで、適当に言ったのだろう。

 思わず核心を突かれた光が絶句するのを、ナインは楽しそうに眺めている。

 少年は何かを言おうと口を開き、結局何も言わずにため息をついた。

「でも、良いかもしれないわ。備え万全の前線基地(マカリア)に乗り込むよりは、誤魔化しが効くから」

「そのローブ被っても、魔力検知されれば一発みたいだからな。どんな出力なんだか」

 傍らに畳まれているローブを見やり、光は首を振る。

 王女はゆったりと脚を組み替え、頬杖をついた。

「さぁ……本気を出せば、マカリアくらいなら消し飛ばせるかも、ね?」

「キツいジョークだ」

「アナタがお願いしてくれれば、やってもいいわ」

 薄い笑みを浮かべたまま、ナインは告げる。

 絶対の自信を背景とした、静かな微笑だ。

 おそらく、やれるのだろう。

 それがどの程度すごいことなのか、光には朧げにしかわからなかった。

 故に。

「やめとけ」

「あら」

 肩をすくめた少年に、ナインは意外そうに首を傾げた。

「ずいぶん助かるんじゃない?」

「変に名を売る必要はないだろう。……売るにしても、売り方ってもんがある」

「……へぇ?」

 傾けたままの王女の表情が、喜ぶような、からかうような色を浮かべる。

「気にしてくれるのね?」

「……出発の時間は、また連絡する。行くなら、用意しといてくれ」

「ええ。またね、ヒカル」

 くすくすと笑うナインを尻目に、光は部屋を辞した。

 

 ◇

 

「難儀なもんだな」

 帰り道、光は呟いた。

「自由に使える爆弾を持て余してる気分、てのが近いのかね、アレは」

「魔力だけなら、勇者のお二人より上、と豪語されてますもんネ」

 フィオが応じる。

 勇者にも勝る、というその自信は、恐らく正しいのだろう。

「……でも、ナイン様のお気持ち、ちょっとだけわかるかもデス」

 少女は、僅かに同情の色を浮かべた。

「何かをやらなければならないのに、それに手が届かないって、辛いですから」

「まぁ、そうだな」

「特に、ナイン様は、そのための力を既にお持ちです。発揮する機会さえあれば、と、歯がゆい思いをされてらっしゃるのでしょう」

 少しだけ言葉を区切り、不意にフィオが相好を崩す。

「んふふ、昔の私を見てる感じですネー。まぁ、私にはあれだけの力はなかったんですケド!」

 言われてみれば、と光は少しだけ思いを馳せる。

 出会ったばかりの頃のフィオは、確かに、今のナインに通じるものがあったかもしれない。

 それは口に出さず、光は話題を切り替えた。

「個人的には、ダークエルフの先祖返りってのがな。ファンタジーしてるよ、ほんと」

「それ、外では言わないほうがいいですよ」

「王室の闇ってか。まさにダークだな」

「まぁ、強迫観念といいますか……昔は、勇者もいなかったそうですし、力への渇望は強かったんでしょう」

 王族や貴族の義務ってやつですネ。

 フィオは茶化すように言ってから、少しだけ声を潜めた。

「婚姻といえば聞こえはいいんですケド……。実際は、かなり強制的だったみたいですからネ」

「へぇ……」

 先祖の業がナインに降り掛かっている。

 言ってしまえばそれだけだが、本人にしてみれば、ふざけるな、となるだろう。

「で、エルフたちは今はどうしてるって?」

「ドワーフと同様に、小さな国が点在しています。魔物とは敵対しているので、表面上我々とは同盟関係ですネ」

「難儀なもんだな」

 もう一度そう呟き、光はやれやれと首を振る。

 彼の目的からすれば、厄介な政治に首を突っ込むのは寄り道もいいところだ。

 そうは言っても、ナインとの関係が続くのであれば、いずれ避けられない話になるのだろう。

「まぁ、いいさ。……焦ってんのかな、俺も」

 ぼやきながら、半ば現実逃避のように、光は稜線の向こうへと視線を送った。

 

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