本日もカイセイなり   作:モカの木

30 / 43
8話 残響

「イオタに、一応まだ使えるポータルがあるよ」

 言いたいことは言い終えた、とばかりに男は切り出した。

「来たけりゃおいで。僕ぁ、今日はもう疲れちゃった」

 言い返す気力もないままの光を気にするでもなく、男が指を鳴らす。

 少年の周囲の空間が歪み……目の前に、ハモニカの3人の姿が現れた。

「……どうしたヒカル、真っ青だぞ」

 光を見て、ジェイクが歩み寄る。

「ありゃ、転移酔いかな? ダメな人、割といるからねぇ」

「この間は平気そうだったのに……大丈夫?」

 イネスとニナも、心配そうな表情だった。

 それに辛うじて、大丈夫です、と少年は答える。

 ――あの男の部屋で過ごした時間は、決して短くなかった。

 だが、この反応を見る限り、ここでは転移に伴う僅かな到着のズレに飲み込まれる程度だった、らしい。

 それが、なお不可解さを増すようで、光は震えながらため息をついた。

 

 ◇

 

『ホントに大丈夫? キツかったらラーベルミント飲みなさいねぇ』

『あんまり心配かけさせないでよね! ちゃんと休みなさいよ?』

『長旅の疲れが出ちまったのかな。……遠慮せず、いつでも訪ねてこいよ。みんな、歓迎する』

 乗船間際まで気を使ってくれた3人に見送られ、光は船室に入っていた。

 船着き場で迎えてくれたフィオやメルヴィル博士、アーサーの心配にも、一言二言しか返せていない。

 それを申し訳ないと思う余裕も、今の少年にはなかった。

 あの男の言葉が、耳から離れないのだ。

 未来。

 ……未来って何だよ。

 力なく寄りかかった椅子の背もたれが、情けない音を立てた。

 かくんと見上げた天井は、船の歴史を刻むように古ぼけている。

「……ティス」

「はい」

 光の呼びかけに、いつものとおりティスが応える。

 ――知ってたのか。

 確かにそう問おうと口を開いた少年だったが、それは声にはならなかった。

 知っては、いたのだろう。

 自分が、聞かなかっただけなのだ。

 躊躇いながら口を閉じた彼に、侍女はそっと目を伏せる。

 しばしの沈黙。

 それを破ったのは、出港を告げる鐘の音だ。

 カランカランと鳴り響くそれが、やけにうるさく感じる。

 その耳障りさが、あの男を連想させた。

「……あの人は、誰?」

「O兵装を作成した時代の人間です」

 淀みのない答えに、やっぱり知ってるんだ、と光は呟く。

「ティスは、AMGなの?」

「はい。正確には、そのカスタムモデルです」

 何が正確なんだろう。少年はぼんやりと思う。

「……何で、俺なんだ……」

「……私が起動したのは、マスターがレガ湖上空に出現した直後でした」

 問いともつかぬ呟きに、侍女が僅かな間を挟んで応じた。

 光は、ティスの顔を見る。

 紅玉の瞳が、少年を見つめている。

「起動条件は、計画の適性者が出現することです」

「俺が、適性者だって……?」

「……はい」

 微かな逡巡と、是の返事。

 何だよそれ。

 深々と光はため息をつく。

 わからないことばかりだった。

 そして、今はこれ以上そんなことを増やしたくなかった。

 適性、計画、未来。

 それが何故、「過去」の自分に関わりがあるというのだろうか。

 あの男は、恐らく修志たちを「呼んだ」という。

 計画とやらは、自分を呼んだらしい。

 未来の人間は、少なくとも時間を多少は操れるほどの……魔法のような科学技術を持っていた、ということになる。

 そのくせに、「過去」の人間を呼び寄せているというのか?

「そんなの、自分らだけで勝手にやってくれよ……」

 あの男の、軽薄な笑い声が頭に響いた気がした。

 

 ◇

 

 ぼんやりと、光は甲板の手すりに身体を預けていた。

 航海日和だと、周囲の船員たちが和やかに会話をしている。

 その言葉通り心地よい風が頬を掠めていく中でも、少年はじっと遠くを見つめて動かない。

 フィオが、そんな光と、その後ろで佇むティスとを交互に見やり、呼びかけるべきかと僅かに首を傾げた。

「少しは顔色が戻ったようだの、ヒカル」

 そこへ、ライトが声をかけた。

「……ご心配、おかけしちゃって……」

 ゆっくりと振り返った光は、笑みを浮かべる。

 明らかに、無理をしているとわかる表情だった。

 やれやれ、と博士は肩を竦める。

「何か飲もうと思っとったんだが、一人では味気ないのよ。付き合ってくれんか?」

「……はい」

 誘いを無碍にもできず、光は頷いた。

 

 ライトの船室で、2人は黙ってグラスを見つめていた。

 ティスとフィオは、扉の外で待っている。

 汗をかいたグラスの底が丸く濡れる頃、光は細長い息を吐いた。

「……メルヴィル博士」

「なんだね?」

「その……本当は、聞かなきゃダメだとわかってることを、その人に聞けないって……やっぱり、ダメ……ですよね……」

「ふぅむ……」

 問われた博士は、そこでグラスを手に取ると、周りの水滴を指で拭ってから口元へ運ぶ。

 それを傾ける直前で僅かに留め、唇を湿らせる程度を含んだ。

 何かを考えるような沈黙。

「それを確かめることは、ヒカルにとって大事なこと、かね?」

「……はい」

 ライトの確認に、光は小さな声で答えた。

「そうなると、難しかろうの」

 博士は、穏やかに告げる。

 聞くべきだ、と返ってくるものだと思っていたのだろう。

 少年は、そこでようやく彼の顔を見た。

「自分にとって大事なことを、人に聞く。確かめなければ、と思っていることを。そう、本来なら、すぐにでも聞くべきだが……聞けない」

 ライトは一度言葉を区切り、光の目を見る。

 常の無邪気さではなく、そこには人生の先達としての表情があった。

「それは、聞くべき人が、君にとって同じくらい大事な存在だからよ」

「大事な……」

 ライトは瞑目する。

 何かを思い出しているように、少年には見えた。

「そんな人に、自分にとって大事なことを聞く。それは、心の最も柔らかいところを、差し出すようなものだ。そういう時がな、一番、怖い」

 そう言って目を開いた博士は、どこか懐かしそうに笑う。

「大事なことは、大事な人にこそ、聞けない。人間、そんなものよ」

 だからこそ、とライトは続けた。

「聞かぬは一生の恥、などという格言があるわけだな。……聞けない者の方が、多いのだ」

 聞き覚えのある言い回しだった。

 できない人が多いからこそ言葉として残るのだ、と博士は言う。

 それが励ましなのだということは、少年にもわかった。

「……ありがとうございます」

 聞くべきだ、とも、聞かなくてもよい、ともライトは言わなかった。

 それが、何故か光の心を少しだけ軽くする。

 カラン、とグラスの氷が音を立てた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。