本日もカイセイなり   作:モカの木

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9話 闘士

 相変わらず、ナハテは地の果てから押し寄せてくる。

 その波を、アドラーが切り裂いていた。

 火砲持ちを引き付け、発射の寸前で砲身ごとその身をねじ切る。

 あらぬ方向へ射出された弾丸は、ナハテの群れの真ん中で炸裂する。

「カプリコ、討ち漏らしをやれ。ゲチス、フィーディーは俺に続け」

 同意するように、カチカチと爪が鳴る。

 アドラーの背後には、カプリコと、新たに加わった2体のタルトゥーラがいた。

 バルナーから預けられた、若い氏族だ。

 たった4つの影が、雲霞の如きナハテを千々に乱している。

 ――ナハテに、数で対抗するのは限界がある。

 ここまでで、アドラーが推測したのはこうだ。

 タルトゥーラは質の高い従魔を、魔族の感覚でいえば無尽蔵に供給できる。

 それが、ナハテ相手の水準ではどうか、ということ。

 敢えて、相手の土俵で戦う必要などはないのだ。

 炎を纏わせた腕で1体を火砲ごと掴み、勢いよく投げ捨て――遅れて炎上したそれが、またしても敵中で爆発した。

「火葬の用意を持参とは、殊勝なことだ」

 アドラーは笑い、周囲のナハテをまとめて爆炎の中へと蹴り飛ばした。

 

 ◇

 

「キヒヒヒ、アドラー殿が来てからというもの、(わらし)どもの被害がグンと減りおった。助かる助かる」

 上機嫌なタルトゥーラの指揮官、バルナーにアドラーは無言で礼をした。

「何せ、減った分は産まねばならぬ故。これが手間でなぁ」

「お役に立てているならば重畳」

 その答えに、巨大なタルトゥーラはもう一度笑う。

「この長壁では、半端者だろうと強き者こそが正義よ。どうじゃ? 今宵はワシの褥に参らんか?」

「お戯れを……」

「キヒヒヒ、身持ちの堅いことよ。カプリコ、くれぐれも丁重にな」

 甲高く笑いながら、バルナーは膨れた腹を揺らした。

 アドラーはカプリコと共に頭を下げ、退室する。

 言動こそ奇矯だが、この戦線を維持する――指揮と、戦力そのものの意味でもある――手並みは、高位氏族の名に恥じないものだ。

 強き者こそが正義。

 その言葉に、青年は懐かしさを覚えていた。

 そんなアドラーを見送りながら、バルナーはニヤニヤと笑みを浮かべている。

「キヒヒ。そう、数で勝てぬならば……と考えるが定石よな」

 青年が導き出した結論は、間違いではない。

「だが……我らが、何故そうしていないのか、までは至らぬか。いやいや、無理難題無理難題。キヒヒ」

 愉快そうに首を傾け、手練の氏族は喉を鳴らした。

「むしろ、この短期間に自力でそこに至った、ということを褒めるべきかいね。才ある若武者にはつい辛口になる。キヒ」

 先の戦いで、青年はタルトゥーラの若き氏族を引き連れ、戦場を駆け巡っていた。

 全体として見れば、まだまだ押し寄せるナハテを跳ね返すほどではない。

 それでも、その活躍には確かに光明があるのでは、と思わせるものがあった。

 その先に待つものを、知らなければ。

「それにしても、纏う炎よりなお苛烈な戦いぶり……。継ぐ名など事欠かぬだろうに、ゴーズ殿も酔狂なことよなぁ」

 もったいなや。

 バルナーはもう一度、キヒヒ、と笑った。

 

 ◇

 

 果ての長壁の上で、アドラーは考え込んでいた。

 背後に控えるカプリコの息遣いが、微かにその耳に届く。

 ナハテとの戦いで、確かに自分は功績と呼べるものを積んでいる。

 だが……。

「――外れているな」

「何か?」

 カプリコの声に、アドラーは別の応答を返す。

「ナハテども、不定期に変わる、といったな」

「はい」

 彼が相対する敵、ナハテはその形状を不定期に変える。

 その理由は定かではないが、こうも一定の満ち退きを繰り返す異形の波が、形状を変えることのみ「不定期」など、ありえるのか。

「わからぬことばかり、か」

 それは、押し寄せる敵のことだけではない。

 用意された名、アル=ゲディエ。

 その意味するところだけでなく、ゴーズが何故、その名を遺したのかさえも。

 青年は拳を握りしめる。

 遺された自分は、何を為すべきか。

 ここで功績を積み上げることは、仇に届く道となるのか。

 ……目的を遂げるための道を、自分では選ぶことすらできない。

「無様な」

 舌打ちが虚空に消える。

 ネ=リの嘲笑が聞こえるようだった。

 

 ◇

 

 形状が、変わっていた。

 火砲の砲口が小さく、砲身は細長くなっている。

「っ!」

 本能的に大きく回避したアドラーの後を追うように、弾丸が連続して着弾した。

 機関銃。

 その名を青年は知らない。

礫弾雨(バレットシャワー)もどきか!」

 一発一発の火力は低いが、その名のとおり雨の如き連射で敵を制圧する魔法。

 それを、前回までの火砲持ちの比ではないナハテが携えている。

「木偶め……!」

 咄嗟に、手で後続の3体のタルトゥーラへ指示を出す。

 踏みとどまった彼女らは、カプリコを前に立てて守りを固めた。

 周囲の砲身が、未だに動きを止めないアドラーのみを照準する。

 同士打ちすら気にせず、ナハテの群れは弾丸を吐き出していく。

「舐めるな!」

 地を這うように姿勢を低くした青年は、一気に手近なナハテへと踏み込む。

 いくつかの弾丸が頬を掠め、赤い線を作った直後、炎を纏った手がナハテの胴体を貫く。

 その身体を盾として、アドラーは強引に周囲を蹴散らす。

 ぽっかりと敵陣に空間が生まれた。

 スローモーションのような感覚を覚える。

 無数の砲口が自身を狙っている。

 無機質な殺意が、周囲の空間ごと押しつぶしてくる様を幻視した。

 刹那。

「――授業料はまけてやろう、アドラー殿」

 地響きと共に着地したバルナーが、キヒヒ、と笑った。

 ハッと振り返れば、ナハテの波を押し戻すかのように、壁から出撃したタルトゥーラの群れがぶつかっている。

 ガチャガチャと、一点に向けられていた銃口があちらこちらへと向き、弾丸を吐き出す。

 自らにも飛来する射撃を切り払い、老獪な指揮官は値踏みするように爪を見た。

「思ったほどではないかね。キヒ」

「……奴らが『変わる』契機は、戦う相手の変化、と?」

「キヒヒ。で、あろうな。我らとて、質で対抗しようと思わなかったわけでもない」

 戦場音楽の中にあって、老若はやけに平静に向かい合っている。

「雑兵も壁も補充すれば済むが……手練はそうもいかぬ。歯がゆいもの。キヒヒ」

 笑いながら、バルナーは爪を二度三度と振るう。

 風切り音の度、周囲のナハテがバラバラになった。

「手数は増えたが、火力は落ちたか。であれば、壁は保ちよる」

「……」

 壁は保つ。

 では従魔は、とはアドラーは聞かなかった。

 その問を見透かしたように、キヒヒヒ、と笑い声が響く。

「なぁに、ここまで増えた分で帳尻は合おうというもの。……利子の取り立てはさせるまいぞ、アドラー殿?」

「……承知」

 グッと奥歯を噛み締めた青年の拳に、炎が宿った。

 

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