相変わらず、ナハテは地の果てから押し寄せてくる。
その波を、アドラーが切り裂いていた。
火砲持ちを引き付け、発射の寸前で砲身ごとその身をねじ切る。
あらぬ方向へ射出された弾丸は、ナハテの群れの真ん中で炸裂する。
「カプリコ、討ち漏らしをやれ。ゲチス、フィーディーは俺に続け」
同意するように、カチカチと爪が鳴る。
アドラーの背後には、カプリコと、新たに加わった2体のタルトゥーラがいた。
バルナーから預けられた、若い氏族だ。
たった4つの影が、雲霞の如きナハテを千々に乱している。
――ナハテに、数で対抗するのは限界がある。
ここまでで、アドラーが推測したのはこうだ。
タルトゥーラは質の高い従魔を、魔族の感覚でいえば無尽蔵に供給できる。
それが、ナハテ相手の水準ではどうか、ということ。
敢えて、相手の土俵で戦う必要などはないのだ。
炎を纏わせた腕で1体を火砲ごと掴み、勢いよく投げ捨て――遅れて炎上したそれが、またしても敵中で爆発した。
「火葬の用意を持参とは、殊勝なことだ」
アドラーは笑い、周囲のナハテをまとめて爆炎の中へと蹴り飛ばした。
◇
「キヒヒヒ、アドラー殿が来てからというもの、
上機嫌なタルトゥーラの指揮官、バルナーにアドラーは無言で礼をした。
「何せ、減った分は産まねばならぬ故。これが手間でなぁ」
「お役に立てているならば重畳」
その答えに、巨大なタルトゥーラはもう一度笑う。
「この長壁では、半端者だろうと強き者こそが正義よ。どうじゃ? 今宵はワシの褥に参らんか?」
「お戯れを……」
「キヒヒヒ、身持ちの堅いことよ。カプリコ、くれぐれも丁重にな」
甲高く笑いながら、バルナーは膨れた腹を揺らした。
アドラーはカプリコと共に頭を下げ、退室する。
言動こそ奇矯だが、この戦線を維持する――指揮と、戦力そのものの意味でもある――手並みは、高位氏族の名に恥じないものだ。
強き者こそが正義。
その言葉に、青年は懐かしさを覚えていた。
そんなアドラーを見送りながら、バルナーはニヤニヤと笑みを浮かべている。
「キヒヒ。そう、数で勝てぬならば……と考えるが定石よな」
青年が導き出した結論は、間違いではない。
「だが……我らが、何故そうしていないのか、までは至らぬか。いやいや、無理難題無理難題。キヒヒ」
愉快そうに首を傾け、手練の氏族は喉を鳴らした。
「むしろ、この短期間に自力でそこに至った、ということを褒めるべきかいね。才ある若武者にはつい辛口になる。キヒ」
先の戦いで、青年はタルトゥーラの若き氏族を引き連れ、戦場を駆け巡っていた。
全体として見れば、まだまだ押し寄せるナハテを跳ね返すほどではない。
それでも、その活躍には確かに光明があるのでは、と思わせるものがあった。
その先に待つものを、知らなければ。
「それにしても、纏う炎よりなお苛烈な戦いぶり……。継ぐ名など事欠かぬだろうに、ゴーズ殿も酔狂なことよなぁ」
もったいなや。
バルナーはもう一度、キヒヒ、と笑った。
◇
果ての長壁の上で、アドラーは考え込んでいた。
背後に控えるカプリコの息遣いが、微かにその耳に届く。
ナハテとの戦いで、確かに自分は功績と呼べるものを積んでいる。
だが……。
「――外れているな」
「何か?」
カプリコの声に、アドラーは別の応答を返す。
「ナハテども、不定期に変わる、といったな」
「はい」
彼が相対する敵、ナハテはその形状を不定期に変える。
その理由は定かではないが、こうも一定の満ち退きを繰り返す異形の波が、形状を変えることのみ「不定期」など、ありえるのか。
「わからぬことばかり、か」
それは、押し寄せる敵のことだけではない。
用意された名、アル=ゲディエ。
その意味するところだけでなく、ゴーズが何故、その名を遺したのかさえも。
青年は拳を握りしめる。
遺された自分は、何を為すべきか。
ここで功績を積み上げることは、仇に届く道となるのか。
……目的を遂げるための道を、自分では選ぶことすらできない。
「無様な」
舌打ちが虚空に消える。
ネ=リの嘲笑が聞こえるようだった。
◇
形状が、変わっていた。
火砲の砲口が小さく、砲身は細長くなっている。
「っ!」
本能的に大きく回避したアドラーの後を追うように、弾丸が連続して着弾した。
機関銃。
その名を青年は知らない。
「
一発一発の火力は低いが、その名のとおり雨の如き連射で敵を制圧する魔法。
それを、前回までの火砲持ちの比ではないナハテが携えている。
「木偶め……!」
咄嗟に、手で後続の3体のタルトゥーラへ指示を出す。
踏みとどまった彼女らは、カプリコを前に立てて守りを固めた。
周囲の砲身が、未だに動きを止めないアドラーのみを照準する。
同士打ちすら気にせず、ナハテの群れは弾丸を吐き出していく。
「舐めるな!」
地を這うように姿勢を低くした青年は、一気に手近なナハテへと踏み込む。
いくつかの弾丸が頬を掠め、赤い線を作った直後、炎を纏った手がナハテの胴体を貫く。
その身体を盾として、アドラーは強引に周囲を蹴散らす。
ぽっかりと敵陣に空間が生まれた。
スローモーションのような感覚を覚える。
無数の砲口が自身を狙っている。
無機質な殺意が、周囲の空間ごと押しつぶしてくる様を幻視した。
刹那。
「――授業料はまけてやろう、アドラー殿」
地響きと共に着地したバルナーが、キヒヒ、と笑った。
ハッと振り返れば、ナハテの波を押し戻すかのように、壁から出撃したタルトゥーラの群れがぶつかっている。
ガチャガチャと、一点に向けられていた銃口があちらこちらへと向き、弾丸を吐き出す。
自らにも飛来する射撃を切り払い、老獪な指揮官は値踏みするように爪を見た。
「思ったほどではないかね。キヒ」
「……奴らが『変わる』契機は、戦う相手の変化、と?」
「キヒヒ。で、あろうな。我らとて、質で対抗しようと思わなかったわけでもない」
戦場音楽の中にあって、老若はやけに平静に向かい合っている。
「雑兵も壁も補充すれば済むが……手練はそうもいかぬ。歯がゆいもの。キヒヒ」
笑いながら、バルナーは爪を二度三度と振るう。
風切り音の度、周囲のナハテがバラバラになった。
「手数は増えたが、火力は落ちたか。であれば、壁は保ちよる」
「……」
壁は保つ。
では従魔は、とはアドラーは聞かなかった。
その問を見透かしたように、キヒヒヒ、と笑い声が響く。
「なぁに、ここまで増えた分で帳尻は合おうというもの。……利子の取り立てはさせるまいぞ、アドラー殿?」
「……承知」
グッと奥歯を噛み締めた青年の拳に、炎が宿った。