本日もカイセイなり   作:モカの木

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10話 化生

「よろしかったのですか?」

 ラヴァスロウムの王城。

 ネ=リが退室した後で、宰相アデシュが魔王クナッズに尋ねた。

「……煮ても焼いても食えぬ、とはあやつのことだな」

 直接は答えず、疲れたようにクナッズは息をついた。

 ナハテとの戦線を一手に担うタルトゥーラ、その氏族長が凡才である謂れなどあるわけもないが……。

 その心中を推し量ったか、アデシュは話題を少しずらす。

「にしても、アル=ゲディエとは。ゴーズ殿も思い切りましたな」

 クナッズは低く笑った。

「奴め、苦労するのは私だと思って気楽に言ってくれた……。長く後継者のなかった名だ」

「それを推したのが、かのベル=セルクとあれば尚更、ですか。何か、この2つに関係があるのでしょうか」

「さて……それこそ、バーディター殿ならご存知かもしれんがな」

 その答えに、宰相は片眉を上げた。

「陛下でもご存知ないことが?」

「ははは。……そんなことばかりさ」

 魔王は目を閉じ、玉座に深く腰掛けた。

「ベル=セルクは、しばらく空位だろう。オーガの氏族長も、誰になるやら……」

 自嘲するような笑いが、謁見の間に溶けた。

 

 ◇

 

 アドラーは眉を顰めた。

 定刻。

 だというのに、地平線を埋め尽くすはずの群れが現れない。

 訝しげに、地の果てを見やる青年の視界に、何かが映る。

 第六感がけたたましく警鐘を鳴らした。

 ゆらゆらと、何かが近づいてきていた。

「ナハテ……か?」

「……カプリコには、わかりません」

 カチカチと、カプリコが爪を鳴らす。

 ゆらゆらと、何かが近づいている。

 ようやく像を結び始めた何かは、ゆっくりと歩く人間のように見えた。

 少なくとも、昨日までのナハテのような、歪な四肢ではない。

 ゆらゆらと、人型の何かが近づいてくる。

「……これも定例、だとでもいうのか」

 足下の壁は、平静を保ったままだ。

 ちらりとそれを見やり、アドラーは首を振る。

 何であろうと、あれは敵だ。

 ならば、迎え撃つ。

 青年は一度呼吸を整えると、ゆっくりと迫る人型の何かを睨み、跳んだ。

 

 奇妙な敵だった。

 のっぺりとした衣装を纏い、男とも女ともつかぬ顔をし――それこそ、人形、と形容するしかないような無機質さ。

 だが、ナハテとは段違いに、全てが速いのだ。

「カプリコ、離れていろ!」

 ゆら、と動きの起こりが見えるかどうかという瞬間には、突っ込んでくる。

 それを掌底でいなしながら、青年はその手応えに舌打ちをした。堅い。

「四肢が武器は変わらずか……!」

 それとわかる得物を携えずとも、脅威度は変わらない。

 どころか、動きの精度・速度を考えれば、比較にもならない。

 踏み込みをズラされながらも重心は揺らがず、人形は腰ごと回転するように手刀で切りつけてきた。

 掌底でいなす。

 更に回転する。

 もう一度掌底。

 回転が加速する。

 加速。加速。加速。

 一陣のつむじ風が巻き起こる。

「大道、芸を!」

 回転ノコギリの如き手刀を、それでも尽くいなしながら、アドラーは鋭く息を吐く。

 地響きを伴った踏み込みと共に、つむじ風の僅かな切れ目へと青年が肘を叩き込んだ。

 鈍い音をあげて吹き飛んだ人形は、空中でもがくように体勢を立て直しつつ、何事かを呟いたように見えた。

 直後に走った閃光をアドラーが避けられたのは、半ば偶然に近い。

雷撃弾(ライトニングバレット)……様子見は終わり、ということか」

 それでも、青年は不敵に笑う。

 一転して間合いを取り始めた人形を前に、アドラーの手にもまた炎が宿る。

「木偶にしては上等だが、相手が悪かったな」

 かつて相対した勇者に比べれば、何ほどのこともない。

 青年は皮肉げに笑うと、飛来した魔法の弾丸を炎でかき消した。

 

 ◇

 

「まずは及第点、といったところでありんすなぁ」

 戦いを終えたアドラーを迎えたのは、ネ=リだった。

「ご覧になっていたので?」

「ほほほ。小童に万一があらば、壁に被害が出るとも限りんせん」

 言葉とは裏腹に、女傑はニヤニヤと笑っている。

 負ける、とは思っていなかった。

 が、楽な相手ではなかったこともまた、事実だった。

 それを見透かされたようで、青年は黙って目を閉じる。

「本日は中の下、といったところでしょうかな?」

 そこへ、バルナーが現れた。

 アドラーの眉根が僅かに寄る。

「そうさな、精々がその程度のもの。上物であったなら小童では……ほほほ、運の良いことよ」

「キヒヒ。最近、そちらはとんと見かけませんな。在庫切れなら助かりますが」

 ひとしきり、上位の2体が笑い合う。

 得体の知れなさ、という点では、かつての上官とも比較にならぬ氏族。

 あるいは、これこそが魔性の種族の所以なのか。

 浮かんだ思考に青年は拳を握りしめ、目を開いた。

 その目を、ネ=リが覗き込んでいる。

「さて、小童。いよいよ、役に立ってもらう時が参りんしたえ?」

「……は」

 頭を下げたアドラーを見下ろす化生の表情は、ねっとりと歪んでいた。

 

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