本日もカイセイなり   作:モカの木

33 / 43
11話 恐れを知る者達

 荒野を、2体の魔族が歩いている。

 アドラーとカプリコ。

 種族さえも異なる両者は、ただ、主従であるという理由でのみ同行していた。

 

 ◇

 

「果てを覗いて参りなんし」

 ネ=リからの命は、簡潔にして冷酷であった。

「カプリコはお主に預けんした故、如何様にもしやんせ」

 ほほほ、と笑った氏族長は、それ以上付け加える素振りを見せなかった。

 代わって引き継いだのは、壁の指揮官、バルナー。

「氏族長殿は言葉が足りぬが……キヒヒ、ま、それも良い修行かね。アドラー殿、残念ながらゲチスとフィーディーは渡せぬぞ? 秘蔵っ子故な。キヒ」

「……では、俺とカプリコで向かいます」

 静かに返答したアドラーに、ネ=リは僅かに首を傾ける。

 続きを、と言っているようだった。

「どちらかが死んでも、どちらかはそれを伝えに戻れるでしょう」

「……キヒ、氏族長殿、良いのでは?」

「バルナー、まるで妾が悪役のような物言いではないかえ? これは、如何にしやんしたものか……ほほほ、まぁ、ここはお主の顔を立てんしょう」

 宿将の助け舟に、氏族長はこれ見よがしに首を振る。

 あからさまな芝居ではあったが、その露骨ささえ、今の自分への評価ということだろう。

 一瞬脇道へ逸れた思考に、アドラーは目を閉じる。

「それで、いつ出れば?」

「好きにしやんし」

「では……カプリコ、行くぞ」

「はい」

 即座に踵を返した青年の背後で、2つの笑い声が響いた。

 

 ◇

 

「アドラー様」

「何だ」

「怖くは、ないのですか」

 道なき道を行く半ばで、カプリコが唐突に口を開いた。

 その内容に、アドラーは視線を傍らへ流す。

「怖い?」

「ネ=リ様は、死ねと仰っておいででした」

 否定はできない。

 果てを覗くこと、即ち、ナハテの本拠地へと侵入すること。

 無数のナハテだけならまだしも、あの異質な人形までもがいるとなれば……捕捉された場合、逃げ切れる保証はない。

 それでも、と青年は鼻を鳴らす。

「死ね、と直接言っていたわけではない。結果として死ぬことと、死を命じることは、別だ」

「……はい」

「少なくとも、貴様には生き残って貰わねば困る。そのために同行させたのだ」

 カプリコの足が止まる。

 少し遅れて、アドラーも止まった。

「私は、怖いです」

「――恐れを知らぬ戦士ほど、恐ろしくないものはない」

 青年は振り返り、従者の目を見た。

「かつて、偉大な戦士が俺に語った言葉だ。その意味で、お前には才能があるのかもしれんな」

「……私は、ただ、臆病なのです」

 力なく、タルトゥーラの従者は目を逸らす。

「は。それで足が止まるなら、それまでのことだ。何が変わるわけでもない」

 踵を返したアドラーの背に、カプリコは声をかけた。

「アドラー様は、何を恐れるのですか?」

 青年の自嘲するような笑い声が一瞬漏れ、歩き始める。

「……わかれば、苦労はしていない」

 その声に、カプリコは不思議そうに首を傾げ……やがて、ゆっくりとアドラーの後を追い始めた。

 

 ◇

 

 イオタに向かう船上。

 光は、甲板で日没を眺めていた。

「……少し、冷えてきたかな」

 そう呟いて振り返ると、常と変わらぬ距離にティスがいる。

 瞑目してじっと佇む彼女は、いつも少年の側にいた。

 ――それは、これからも?

 きゅっと唇を引き結んだ光に、ティスは目を開く。

「船室で、お茶をご用意いたします」

「……うん、ありがとう」

 多少は、返答に自然さが戻ってきていた。

 ライトの声が脳裏に蘇る。

 ――大事なことは、大事な人にこそ、聞けない。

「……だから、聞かなくちゃ」

「……」

 小さな決意の呟きが聞こえたのかどうか、侍女は微かに目を伏せた。

 

 ◇

 

 ジャスミンのような香りの茶が、カップの中で湯気を立てている。

 この香りは、嫌いではない。

 少しだけ思考が落ち着くようで、光は知らず入っていた肩の力を抜いた。

 船室には、今は少年とティスの2人しかいなかった。

「……ティス」

「はい」

「話を、聞いてくれる?」

「……はい」

 背後に立つ彼女へと、光は訥々と話し始める。

「……これは夢だって、最初はずっと思ってた。長い、長い夢なんだって。……それが、あの時、近道をして……」

 そこで、少年はゆっくりと茶に口をつけた。

 あの子のことも、チャプレットさんに聞かなくちゃ。

 心中で呟きながら、続ける。

「現実だと思ってからも、カイセイのことは……何かふわっとしてたよ。ずっと……俺なんかが、なんでここにいるんだろうって……」

「……」

 黙ったままのティスだが、光は気にしない。

 聞いてくれている、という確信があった。

「それでも、こんな俺でもさ……心配してくれたり、褒めてくれたり……優しくしてくれる人が、たくさんいて……。だから、頑張ってカッコつけようとして……ゴーズも、撃った。ティスに、助けてもらったから」

 長いため息。

「……ずっと、助けてくれてるんだよな。それは……俺がマスター、適性者だから?」

「……」

 返答が、ない。

 一拍をおいて、光は振り返る。

 その目に映った彼女の瞳の色を、何と表現するべきだっただろうか。

「……天都光様、貴方が、マスターだからです」

 ティスが光の名を呼ぶ。

 それは、3度目だ。

 ただ……出会いの日の後とするなら、これが初めてだった。

 単なるイエス・ノーではないその答え方に、少年は微かに頬を緩める。

「……ごめん。卑怯な質問、だよな。でもさ……やっぱり……怖いんだ」

 姿勢を戻して、光はカップを手に取る。

 茶の表面に映る自身の顔に、少年は苦笑した。

「俺は、元の時代に……帰れる?」

「……」

 いいえ、という即答は無かった。

 光は、吐き出した息が震えているのに気づいた。

 しばしの間。

「いわゆるタイムマシン、と呼ばれる装置は、少なくともひとつ、現存しています」

 ゆっくりと、ティスの声が紡がれる。

「また、私でも把握できない領域が、点在しております。その中に同様の装置や設備が存在する可能性は、否定できません」

「その、ティスが知っている場所は?」

 恐る恐る光は立ち上がり、侍女に向き直る。

 彼女は、まっすぐに少年を見つめている。

「ラ・トラン海上にある島です。無人島で、航路はありません。最も近い港から、直線距離で約6000キロ先です」

「6000キロ……」

 パッと距離感を掴めない数字だったが、酷く遠いことはわかる。

「はは……」

 それでも、光は笑った。

「……やっと、目的地が見えた」

 安堵したような、疲れたような……いくつもの感情が混ざったその笑みに、紅玉の瞳が揺れる。

 一歩だけ、ティスは進み出た。

「マスター」

 そして、自ら呼びかける。

 そんな彼女から、少年は苦しそうに顔を逸らした。

「……こんな、情けないんだ……俺は……。ティスからも、みんなからも、たくさん気を使ってもらって……助けてもらって……なのに、ずっと、帰りたいって……」

 それでもさ。

 消え入るような声が、光の唇から漏れる。

「助けてくれる……?」

「……もちろんです。お助けいたします。私が、必ず」

 くしゃりと、少年の表情が歪む。

 溢れた雫を、侍女の指が静かに拭った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。