本日もカイセイなり   作:モカの木

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12話 騎士の聖地

「イオタ皇国、別名太陽の国! 首都のアカツキは、かの皇帝が興した最初の街と言われてマス」

 ゆるゆると近づいてくる港を前に、フィオが明るく説明していた。

 興味深そうに聞く光と、その背後に立つティス。

 いつもの2人だ、と少女は微笑んだ。

「歴史ある国で、我ら騎士にとっても憧れの場所ですネ」

「何だっけ、騎士の聖地があるんだっけ?」

「ハイ!」

 記憶を辿るような少年の言葉に、フィオは頷く。

「そこを治める歴代の祭司は、いずれも騎士の力量を正しく測り、相応しいものに相応しい(めい)を与える、ということデス」

「騎士の力……かぁ」

 いつの間にか、桟橋の形がくっきりと見えるようになっていた。

 それを眺めながら、光はゲームのステータス画面を想像した。

 高レベルになってから話しかけると、称号を貰えるタイプの場所、とか。

 ……そう考えてもイマイチしっくり来ないのは、自分には見えない「個人の実力」というものを、レベルという見える数値に置き換える、その現実味が薄いからだろうか。

「フィオは、この人は強いな、とか……見てわかるもの?」

「そうですね……もちろん、場合によりけりではありますが……」

 少年の問いにフィオは指を口に当て、視線を宙に巡らせた。

「普段の立ち居振る舞いで、これは! と思うことは少ないです。行動を共にする時間が長くなれば、かなり推し量れてくる、という感じでしょうか」

 そこで、ちらりと少女はティスを見やる。

 釣られて、光もそちらを向いた。

 静かに瞑目したままの侍女は、僅かに目を開くと視線を合わせ、また閉じる。

 そんな様子に少しだけ笑いながら、もちろん、とフィオは付け加えた。

「戦場では別です。少なくとも、自分よりも上なのか、下なのか。そこを見誤れば……痛い目に遭いますから」

「それは……そう、だよな」

 痛い目、というのが具体的に何かは、敢えて暈してくれたのだろう。

 その気遣いに、少年は頬をかいた。

「……じゃあ、行ってみようか。その、聖地に」

「楽しみデス!」

 照れ隠しの提案だったが、少女は快活に応えた。

 

 ◇

 

 下船後、入国の手続きを済ませた光一行は、併設されたラウンジで話していた。

 アーサーの顔パスではあったが、実際にはそこそこお高いのではないか。

 光はやや緊張しながら、手入れの行き届いたテーブルに案内されていた。

「で、まずはどうするかね?」

 口火を切ったのはライトだった。

 頷きながら、少年が応える。

「そうですね、一度、騎士の聖地に行ってみようかなと」

「ほほう」

 興味深そうに、博士が身を乗り出した。

 実際問題として、あの男がいうポータルとはどこにあるのか、は未解決だ。

 一応まだ使える、という説明を信じるならば、おそらくは、どこかの遺跡にあるのだろうが……。

 何にしても、情報を集める時間は必要であるし、その間で騎士の聖地に向かうというのも、無駄ではないだろう。

「小生は流石に遠慮しよう。騎士ではないし、アカツキの支店に用があるのでね。戻ったら、立ち寄ってくれたまえ」

 アーサーが肩を竦めた。

 そもそも、彼の予定はトゥーズまでだったはずで……イオタへの同行も、厚意なのだろう。

 光は心中で感謝する。

「付き合いが悪いのう。仕方ない、アーサー坊の分までワシが見てきておいてやるわい」

 からからと笑うライトに、紳士はジト目を向ける。

「先生、納品まではもう一月半を切ったのですがね」

「わかっとるわかっとる」

「……ヒカル、できれば早めに、先生は連れてきてもらえると助かる」

「あはは……。はい」

 額を押さえながら言う紳士に、少年は苦笑した。

 これが本当に、あの助言をくれたのと同じ人物なのだろうか。

 悪びれもせず、聖地についてフィオへと質問しているライトは、実に楽しげだった。

 それでも……このアーサーが一目を置き続けているのだから、やはり、すごい人なのだろう。

「そうそう、フィオ嬢ちゃんはヒトガタを知っておるかな? 神話によると、騎士をも上回る力で魔物と戦ったとあり――」

 語りの勢いに目を白黒させ始めたフィオを見て、光は慌てて博士の肩を叩きに向かう。

 やっぱり、すごくないかもしれない。

 不満げに語り口を閉じたライトに、少年はため息をついた。

 

 ◇

 

 イオタの首都、アカツキから馬車と渡し船で2日ほど。

 騎士の聖地はそこにあった。

「思ったより人がいるなぁ……もしかして皆、騎士なのかな」

 馬車から降りた光は、人でごった返す大通りの様子に目を見張った。

「流石に、全員ではないですネ。巡礼の騎士はもちろん多いデスが、一般の観光客が大多数かと」

「そんなもんか」

 確かに、有名な寺や神社でも、信者の人より観光客の方が多かった気がする、と少年は納得した。

 落ち着いて見渡せば、お土産なのか、聖地名物何とか、のような幟も目に入る。

 どことなく面白く感じながら、光は歩き出した。

 客寄せの声や、店先で何かを焼く音、雑踏の騒がしさ。

 そんな喧騒は、区画を進むごとに落ち着いていく。

 流石に、聖地であるが故なのだろう。

 周囲の雰囲気も、また厳かなものが漂い始めたように感じる。

 ただ、光のイメージする聖地、つまり寺社や教会といったものともまた異なるようだ。

 どちらかといえば無骨な、そう、ヨウゲツで見慣れた城塞に近いように思えた。

「……昔の城、だったり?」

「皇帝の時代に、拠点の一つだったとされてますネ。イオタは島国ですが、当時はまだ混乱していて、その統一にも大きな役割を果たしたと言われてマス」

「七曜の戦記だな。お嬢ちゃんも博識だの」

 フィオの解説に、ライトが感心したように追従した。

 照れたように、少女は微笑む。

「よく知らないんですけど、皇帝ってのは神話に出てくる人なんですか? メルヴィル博士がよく言う……」

「神話とは異なり、歴史上に残る、いわば伝説の人物です。ただし、その名前は伝わっておりません」

 光の問いに、ティスが補足した。

 少年は首を傾げる。

「名前が、ない?」

「ない、というと語弊があるな」

 ライトが話題を引き取り、オホンと咳払いする。

「確かにあったのだろうが、失伝したのだろう。あるいは、皇帝、という名と同一になったのか……」

 博士はそこで、自らの顎を撫でながら空を眺めた。

「イオタのグリーゼ王家、彼らに言わせれば『皇王家』だが、その祖である、とは言われておる」

「その皇王家にも、名前は伝わっていないんでしょうか」

「だろうなぁ。伝わっていれば、これ幸いと喧伝しておろうよ」

 からからと博士は笑う。

「さて、そんな皇帝のいた時代から遥かに遡る。それが神話の時代よ。人間とヒトガタとが手を携え、魔物と戦いを繰り広げた。一方で、彼らはそれこそ天上の……星々の世界まで行き来したという」

「……夢のある話デス」

 フィオが目を閉じて呟いた。

「もちろん、おとぎ話の類ではある。体系だった史書に遺されているわけでもない。……ただ、各国の伝承を紐解くと、不思議とこういった話に行き着くのだ」

「へぇ~……」

 ほう、と光は息をついた。

「神話っていうから、てっきり神様とかの話かと」

「そこまでいくと、本当におとぎ話よな。だからこそ、これらには真実の一端がある……と信じとるのよ」

 博士はそう言って頷く。

 そういえば、と少年は思い至る。

 ――カイセイに、神殿の類はあっただろうか。

 いや、とそこで首を振り、思考を戻す。

「……ヒトガタ、か。ロマンなんですね」

「その通り!」

 呵々、とライトは光の背中を叩いた。

 はしゃぐ博士に苦笑しながら、少年はちらりと背後を見やる。

 いつも通り、ティスが静かに佇んでいた。

 

 ◇

 

 目的の建物には、それから程なく到着した。

 周囲の人々は、既に光の目から見ても素人とは思えない者達ばかりだった。

「騎士、なんだ」

「そうですネ。流石にここまで来ると、一般の観光客は殆ど見ません」

 フィオが応えた。

 ごくり、と少年はつばを飲み込む。場違いではないだろうか。

「騎士しか入れない、という場所ではありませんヨ。付き添いのご家族だったり、騎士団の同僚だったり、関係者もそれなりに、デス!」

 懸念を見透かしたような少女の声に、光は、そっか、と頬をかいた。

 恥ずかしさを誤魔化すように、えっと、と口を開く。

「そういやさ、銘って、何か証明書みたいのがもらえるの?」

「んー、特に聞いたことはないデスね」

「……それだと、どうやって確認するんだ? その、例えばソリッドステートには鋼の騎士がいて……」

「はい、ご本人がそう名乗りますから……」

 不思議そうに首を傾げるフィオに、光もまた首を傾げた。

 自称、だけで済むのだろうか。

「えっと……別人が勝手に鋼を名乗ったりとか……しないの?」

「……ああ! そういうご心配でしたか」

 合点した、というように少女は破顔した。

 そして、いやぁ、と何か照れたように後頭部に手を当てる。

「騎士の名誉は、我が主には馴染みが薄いデスからね」

「騎士の、名誉」

 すっ、とフィオが姿勢を正し、剣の柄を押さえた。

「はい。騎士とは、その力に見合った誉をこそ体現するものです。我が主の仰った、銘の詐称など……騎士にあるまじき行い。騎士は騎士たり、騎士ならざれば、即ち死に帰すべし。すべからく、騎士とはかくあるべしと、我らは叩き込まれるのです」

 滔々と語る少女に、光も背筋を伸ばす。

 ロンドの言葉を、ふと思い出した。

「――覚悟が、騎士の証」

 口をついたそれに、フィオが笑みを浮かべる。

「まさに、その通りです。我が主」

 と、パチパチ、と拍手の音が響いた。

 見れば、誰かが歩み寄ってきている。

「素晴らしい。まだお若いのに、レディは騎士としての立派な見識をお持ちのようですね」

 誰だろう、と光が思うのとほぼ同時に、周囲の人々がざわつき始める。

 祭司様。

「え?」

 思わず、少年はその人物をまじまじと見た。

 極めて中性的な容貌と声。パッと見では、男女の区別はつかない。

 そんな視線を受けて、祭司様と呼ばれた人物はにこりと笑う。

 光の背後で、ティスが僅かに目を細めた。

 

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