「イオタ皇国、別名太陽の国! 首都のアカツキは、かの皇帝が興した最初の街と言われてマス」
ゆるゆると近づいてくる港を前に、フィオが明るく説明していた。
興味深そうに聞く光と、その背後に立つティス。
いつもの2人だ、と少女は微笑んだ。
「歴史ある国で、我ら騎士にとっても憧れの場所ですネ」
「何だっけ、騎士の聖地があるんだっけ?」
「ハイ!」
記憶を辿るような少年の言葉に、フィオは頷く。
「そこを治める歴代の祭司は、いずれも騎士の力量を正しく測り、相応しいものに相応しい
「騎士の力……かぁ」
いつの間にか、桟橋の形がくっきりと見えるようになっていた。
それを眺めながら、光はゲームのステータス画面を想像した。
高レベルになってから話しかけると、称号を貰えるタイプの場所、とか。
……そう考えてもイマイチしっくり来ないのは、自分には見えない「個人の実力」というものを、レベルという見える数値に置き換える、その現実味が薄いからだろうか。
「フィオは、この人は強いな、とか……見てわかるもの?」
「そうですね……もちろん、場合によりけりではありますが……」
少年の問いにフィオは指を口に当て、視線を宙に巡らせた。
「普段の立ち居振る舞いで、これは! と思うことは少ないです。行動を共にする時間が長くなれば、かなり推し量れてくる、という感じでしょうか」
そこで、ちらりと少女はティスを見やる。
釣られて、光もそちらを向いた。
静かに瞑目したままの侍女は、僅かに目を開くと視線を合わせ、また閉じる。
そんな様子に少しだけ笑いながら、もちろん、とフィオは付け加えた。
「戦場では別です。少なくとも、自分よりも上なのか、下なのか。そこを見誤れば……痛い目に遭いますから」
「それは……そう、だよな」
痛い目、というのが具体的に何かは、敢えて暈してくれたのだろう。
その気遣いに、少年は頬をかいた。
「……じゃあ、行ってみようか。その、聖地に」
「楽しみデス!」
照れ隠しの提案だったが、少女は快活に応えた。
◇
下船後、入国の手続きを済ませた光一行は、併設されたラウンジで話していた。
アーサーの顔パスではあったが、実際にはそこそこお高いのではないか。
光はやや緊張しながら、手入れの行き届いたテーブルに案内されていた。
「で、まずはどうするかね?」
口火を切ったのはライトだった。
頷きながら、少年が応える。
「そうですね、一度、騎士の聖地に行ってみようかなと」
「ほほう」
興味深そうに、博士が身を乗り出した。
実際問題として、あの男がいうポータルとはどこにあるのか、は未解決だ。
一応まだ使える、という説明を信じるならば、おそらくは、どこかの遺跡にあるのだろうが……。
何にしても、情報を集める時間は必要であるし、その間で騎士の聖地に向かうというのも、無駄ではないだろう。
「小生は流石に遠慮しよう。騎士ではないし、アカツキの支店に用があるのでね。戻ったら、立ち寄ってくれたまえ」
アーサーが肩を竦めた。
そもそも、彼の予定はトゥーズまでだったはずで……イオタへの同行も、厚意なのだろう。
光は心中で感謝する。
「付き合いが悪いのう。仕方ない、アーサー坊の分までワシが見てきておいてやるわい」
からからと笑うライトに、紳士はジト目を向ける。
「先生、納品まではもう一月半を切ったのですがね」
「わかっとるわかっとる」
「……ヒカル、できれば早めに、先生は連れてきてもらえると助かる」
「あはは……。はい」
額を押さえながら言う紳士に、少年は苦笑した。
これが本当に、あの助言をくれたのと同じ人物なのだろうか。
悪びれもせず、聖地についてフィオへと質問しているライトは、実に楽しげだった。
それでも……このアーサーが一目を置き続けているのだから、やはり、すごい人なのだろう。
「そうそう、フィオ嬢ちゃんはヒトガタを知っておるかな? 神話によると、騎士をも上回る力で魔物と戦ったとあり――」
語りの勢いに目を白黒させ始めたフィオを見て、光は慌てて博士の肩を叩きに向かう。
やっぱり、すごくないかもしれない。
不満げに語り口を閉じたライトに、少年はため息をついた。
◇
イオタの首都、アカツキから馬車と渡し船で2日ほど。
騎士の聖地はそこにあった。
「思ったより人がいるなぁ……もしかして皆、騎士なのかな」
馬車から降りた光は、人でごった返す大通りの様子に目を見張った。
「流石に、全員ではないですネ。巡礼の騎士はもちろん多いデスが、一般の観光客が大多数かと」
「そんなもんか」
確かに、有名な寺や神社でも、信者の人より観光客の方が多かった気がする、と少年は納得した。
落ち着いて見渡せば、お土産なのか、聖地名物何とか、のような幟も目に入る。
どことなく面白く感じながら、光は歩き出した。
客寄せの声や、店先で何かを焼く音、雑踏の騒がしさ。
そんな喧騒は、区画を進むごとに落ち着いていく。
流石に、聖地であるが故なのだろう。
周囲の雰囲気も、また厳かなものが漂い始めたように感じる。
ただ、光のイメージする聖地、つまり寺社や教会といったものともまた異なるようだ。
どちらかといえば無骨な、そう、ヨウゲツで見慣れた城塞に近いように思えた。
「……昔の城、だったり?」
「皇帝の時代に、拠点の一つだったとされてますネ。イオタは島国ですが、当時はまだ混乱していて、その統一にも大きな役割を果たしたと言われてマス」
「七曜の戦記だな。お嬢ちゃんも博識だの」
フィオの解説に、ライトが感心したように追従した。
照れたように、少女は微笑む。
「よく知らないんですけど、皇帝ってのは神話に出てくる人なんですか? メルヴィル博士がよく言う……」
「神話とは異なり、歴史上に残る、いわば伝説の人物です。ただし、その名前は伝わっておりません」
光の問いに、ティスが補足した。
少年は首を傾げる。
「名前が、ない?」
「ない、というと語弊があるな」
ライトが話題を引き取り、オホンと咳払いする。
「確かにあったのだろうが、失伝したのだろう。あるいは、皇帝、という名と同一になったのか……」
博士はそこで、自らの顎を撫でながら空を眺めた。
「イオタのグリーゼ王家、彼らに言わせれば『皇王家』だが、その祖である、とは言われておる」
「その皇王家にも、名前は伝わっていないんでしょうか」
「だろうなぁ。伝わっていれば、これ幸いと喧伝しておろうよ」
からからと博士は笑う。
「さて、そんな皇帝のいた時代から遥かに遡る。それが神話の時代よ。人間とヒトガタとが手を携え、魔物と戦いを繰り広げた。一方で、彼らはそれこそ天上の……星々の世界まで行き来したという」
「……夢のある話デス」
フィオが目を閉じて呟いた。
「もちろん、おとぎ話の類ではある。体系だった史書に遺されているわけでもない。……ただ、各国の伝承を紐解くと、不思議とこういった話に行き着くのだ」
「へぇ~……」
ほう、と光は息をついた。
「神話っていうから、てっきり神様とかの話かと」
「そこまでいくと、本当におとぎ話よな。だからこそ、これらには真実の一端がある……と信じとるのよ」
博士はそう言って頷く。
そういえば、と少年は思い至る。
――カイセイに、神殿の類はあっただろうか。
いや、とそこで首を振り、思考を戻す。
「……ヒトガタ、か。ロマンなんですね」
「その通り!」
呵々、とライトは光の背中を叩いた。
はしゃぐ博士に苦笑しながら、少年はちらりと背後を見やる。
いつも通り、ティスが静かに佇んでいた。
◇
目的の建物には、それから程なく到着した。
周囲の人々は、既に光の目から見ても素人とは思えない者達ばかりだった。
「騎士、なんだ」
「そうですネ。流石にここまで来ると、一般の観光客は殆ど見ません」
フィオが応えた。
ごくり、と少年はつばを飲み込む。場違いではないだろうか。
「騎士しか入れない、という場所ではありませんヨ。付き添いのご家族だったり、騎士団の同僚だったり、関係者もそれなりに、デス!」
懸念を見透かしたような少女の声に、光は、そっか、と頬をかいた。
恥ずかしさを誤魔化すように、えっと、と口を開く。
「そういやさ、銘って、何か証明書みたいのがもらえるの?」
「んー、特に聞いたことはないデスね」
「……それだと、どうやって確認するんだ? その、例えばソリッドステートには鋼の騎士がいて……」
「はい、ご本人がそう名乗りますから……」
不思議そうに首を傾げるフィオに、光もまた首を傾げた。
自称、だけで済むのだろうか。
「えっと……別人が勝手に鋼を名乗ったりとか……しないの?」
「……ああ! そういうご心配でしたか」
合点した、というように少女は破顔した。
そして、いやぁ、と何か照れたように後頭部に手を当てる。
「騎士の名誉は、我が主には馴染みが薄いデスからね」
「騎士の、名誉」
すっ、とフィオが姿勢を正し、剣の柄を押さえた。
「はい。騎士とは、その力に見合った誉をこそ体現するものです。我が主の仰った、銘の詐称など……騎士にあるまじき行い。騎士は騎士たり、騎士ならざれば、即ち死に帰すべし。すべからく、騎士とはかくあるべしと、我らは叩き込まれるのです」
滔々と語る少女に、光も背筋を伸ばす。
ロンドの言葉を、ふと思い出した。
「――覚悟が、騎士の証」
口をついたそれに、フィオが笑みを浮かべる。
「まさに、その通りです。我が主」
と、パチパチ、と拍手の音が響いた。
見れば、誰かが歩み寄ってきている。
「素晴らしい。まだお若いのに、レディは騎士としての立派な見識をお持ちのようですね」
誰だろう、と光が思うのとほぼ同時に、周囲の人々がざわつき始める。
祭司様。
「え?」
思わず、少年はその人物をまじまじと見た。
極めて中性的な容貌と声。パッと見では、男女の区別はつかない。
そんな視線を受けて、祭司様と呼ばれた人物はにこりと笑う。
光の背後で、ティスが僅かに目を細めた。