本日もカイセイなり   作:モカの木

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13話 果て

 アドラーとカプリコが荒野へ踏み出してから、2日ほどが過ぎた。

 時に歩き、時に駆け、時に潜む。

 その合間で、野生動物の姿を多く見かけることを青年は意外に思っていた。

 果ての荒野は木々こそ疎らだが、背の低い、いわゆる灌木や草むらはそこかしこにある。

 そこに住まう、草食の小動物や雑食の猪。そしてそれらを狙う狼、猛禽の姿も。

「禽獣の類は無視か、ナハテどもは」

 灌木の陰で、アドラーは狩った猪を炎で炙りながら呟いた。

 水も火も魔法で何とかなるし、魔族は水だけでも一月は動ける。

 それでも、腹に入れるものがあるのはありがたかった。

 青年は獣脂の滴る脚を1本もぎ取ると、残った部分をカプリコへと押し付ける。

 戸惑ったように従者は主と猪とを見比べ、そのうちもそもそと食べ始めた。

 アドラーもまた肉を噛みちぎりながら、道中を思い返す。

 ――大河のように押し寄せるナハテ、その行軍の跡は、草すら生えていない。

 それはつまり、決まったルートを通っているということ。実際に、既に2回、すれ違っている。

 一方で、その道さえ見極めれば回避は可能だった。

 バルナーやネ=リほどの体躯であればともかく、自身やカプリコ程度の大きさならば、身を潜める場所は少なくなかった。

 タルトゥーラの実力に体躯が伴うのであれば、確かに、彼女らにとっては苦労の大きい道のりだろう。

 その労力を払うに足る見返りが、果たしてあるのかさえ定かではない道だ。

「持て余していたところに、丁度いい小童が現れた……というところか」

 バキリ、と音を立てて肉を骨ごと噛み砕く。

 カプリコが様子を伺うように顔を上げると、何でもない、と青年は手を振った。

 

 ◇

 

 3度目の波をやり過ごしたところで、アドラーは違和感を覚えた。

 踏みならされた道の外側に残る、乱れ。

「行くぞ」

「はい」

 カプリコと共に近寄ったそこには、獣の死骸、その一部が残っていた。

「……いや、魔獣か」

「そう、なのですか?」

「骨に触れてみろ。ただの獣は、そこまで『硬く』ない」

 従者は、興味深そうに骨へ手を伸ばす。

 それをよそに青年は立ち上がり、振り返った。

「……魔獣は殺すのか、それとも、間抜けが蛮勇を振るっただけか……」

 道の外側、精々は数メートルといったところだが、確かに外れている。

 そして、ナハテの動きには全て規則がある。

 その前提に立つならば、魔獣だからこそ、この「乱れ」が生じたと見るべきだろう。

「魔族と、魔獣を排除するための存在……だとでも?」

 呟き、アドラーは舌打ちする。

 あくまでも、仮定だ。

 それでも、言い知れぬ嫌悪感が湧き上がるようだった。

「何か?」

 青年の声が聞こえたのか、カプリコが首を傾げる。

「いや……気が済んだなら、進むぞ」

「はい」

 アドラーは一旦目を閉じてから、再び歩き始める。

 その後ろを、カプリコが続いた。

 徐々に、その歩みが早くなり、やがて駆け始める。

 波はやり過ごしたばかりだが、道からは離れているに越したことはないだろう。

 いつ戻って来るとも限らない……。

「カプリコ」

「はい」

「壁で、俺達がナハテどもを殲滅できたことはあったか?」

「なかった、と思いますが」

 青年は速度を落とし始めた。

 慌てたように、カプリコもブレーキをかける。

「そうだ。……半分でも、削れたかどうか」

「……?」

「何故、奴らは戻ってこない?」

「あ……」

 壁を攻め、撤退していくナハテの群れ。

 そう、撤退していた。同じ道を、戻っていたはずなのだ。

 自分たちが出発した後は、全てのナハテを倒している、という可能性も否定はできないが……。

 アドラーは鼻で笑う。

 それができるなら、ここまで戦線が膠着することはなかっただろう。

 その結果どちらに傾いていたかは、ともかくとして。

「少し、急ぐぞ」

「……はい」

 荒野を、風が駆け抜けた。

 

 ◇

 

 あれから、また波をやり過ごし、夜を越え、日が昇った。

 アドラーとカプリコの目に、荒野とは相容れぬ何かが映る。

「あれが、ナハテの……?」

「……」

 従者の呟きには答えず、青年は目を細める。

 奇妙な建物だった。

 直線と直角のみで構成された、扁平で広大な箱、とでもいうべきか。

 窓の一つとしてない、のっぺりとした外観は、確かに大多数のナハテに通じる印象はある。

「人間どもの建物とも、違うのか」

 単独で現れたナハテは、人間を模しているとも見えた。

 その巣窟がここであれば、そこには自分も知らぬ人間の国、あるいは集団があるのではないか。

 そう考えなかったと言えば、嘘になる。

「人間の建物、ですか?」

「偵察用の塔も、窓も、出入り口もない。虎口もな。人間どもの要塞とすれば、足りないものが多すぎる」

 カプリコの問いに、アドラーが答える。

 かつて、青年らが奪い、運用したマカリア要塞。

 そして、攻め立てたヨウゲツの城塞。それ以前に見た住居等々と比べても、一致するものはない。

 思考を深めようと意識を集中したところで、アドラーは不意に気付いた。

 大気中の魔力が、あの建物へと流れている。

 ぞわり、と背筋が泡立った。

「……まさか」

 何か、と問う従者を一瞥もせず、青年はバッと膝をつき、掌を地面に押し当てる。

 微弱だが、やはり、流れている。

 空間に存在する魔力は、風のように世界を巡っている。

 集まって淀むこともあれば、散って薄まることもあるが、それは自然現象の一環でもある。

 故に、気付くのが遅れた。

 急速に朽ちるナハテの骸。

 ……朽ちた後、どうなる。魔力だ。魔力に変わる。

「それが、戻っている」

「アドラー様?」

「何故、奴らは戻らないのか。違う、戻っている。撤退した後、自ら朽ち、魔力となって」

 それだけか?

 カプリコが、戸惑ったように爪を鳴らした。

「……カプリコ、魔法は使えるな」

「は、はい」

「名を持たぬ従魔も、そうだな?」

「基礎的なものであれば……それが、何か?」

 魔法とはつまり、魔力の行使。

 如何なる使い手であっても、込めた魔力の100%が魔法となるわけではない。

 宙に霧散する魔力は、あるのだ。

 ナハテを迎撃する魔族、そこで行使される魔力さえも、流れているとすれば……。

「敵に塩を送っていた、ということか」

 アドラーが呟くのと、建物の壁が一部、重々しく開き始めるのは同時だった。

 その空間から、ナハテの群れが吐き出されていく。

 ヒュッ、とカプリコが息を呑む音が聞こえた。

 カチカチと、爪が鳴る。

 地響きを立てて、波が彼方へと流れていく。

 腹に響くようなそれが、ようやく静まった頃。

 涼やかな鈴を鳴らすような音が、にわかに響いた。

「……カプリコ、お前は壁へ戻れ」

 アドラーは建物へと向き直り、従者に指示を出す。

「そして伝えろ。ナハテどもは、魔力から作られる。朽ちて自ら魔力に還り、果てでまた再生する。……我らが使う魔力とて、例外とはいえぬとな」

「そ、それは……」

「早く行け。歓待の使者が出てきている」

 歩き出した青年の背中越しに、カプリコは建物を見る。

 波を吐き出した空間から、1体の何かが、しずしずと進み出てきていた。

 

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