本日もカイセイなり   作:モカの木

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14話 アルケー

 それは、先だって対峙した異質な人形ともまた、別の存在だった。

 背後で遠ざかるカプリコの足音を聴きながら、アドラーは手に炎を宿す。

 従者へ視線を向けかけたそれは、その瞬間に青年へと向き直った。

「……」

 何事かを呟いているその姿。

 人間染みた服装に、整った姿勢。近寄って像を結んだ表情は、美女とすら言えただろう。

 だが、人間ではない、とアドラーは直感する。

 そう呼ぶには、何かが欠落している。

 それが何かを推し量ろうとして、青年は笑った。

「名を聞こう。木偶に名があるならば、だが」

「――アルケーと」

「……アドラー」

 話せるのか。

 内心を表には出さず、アドラーは応じた。

「警告。E因子の反応を検出。トリアージレベル黃。すぐに治療を受けてください」

「……世迷い言を」

「指示拒否。意識レベル混濁の可能性。レベル赤に修正。搬送開始」

 動きの起こりすら見えなかった。

 寸毫の間に詰め寄ったアルケーへと、青年は反射的に拳を繰り出す。

 ふわりと受け流された腕に人形のそれが絡みつき、極められる。

「抵抗を確認。鎮圧」

「舐めるなッ」

 固定された腕を中心として、アドラーは弧を描くように身体を折り曲げ、蹴り上げた。

 つま先から伝わる感触は、軽い。

 羽のように身を躱したアルケーは、袖口を一度整えると、青年に顔を向ける。

「抵抗の継続は、おすすめしません」

「……」

 今、相手にその気があれば、自分は死んでいた。

 そうならなかったのは、目の前のアルケーとやらに、自分を殺すつもりがないからだ。

 それを理解する一方で、理由はわからなかった。

 魔族と魔獣を「処理」するやつらが、何故。

 ――人間の血か?

 アドラーの内で、そう理性が囁く。

 怒りの炎が、身体の奥底から燃え上がる。

 その熱が思考を沸き立たせ……ガン、と音が鳴った。

 青年の額から、血が滴る。

 自ら拳を打ち付けたアドラーに、アルケーは数度瞬きをした。

 鋭い呼気を吐き出し、青年は構える。

「止めてみろ、木偶」

「……自傷行為を確認。対応レベルを上げます」

 

 ◇

 

『上物であったなら小童では……ほほほ』

 ネ=リの笑い声が耳の奥で木霊する。

 上物。

 このアルケーは、歴戦の氏族がそう呼ぶ存在のうちの1体だろう。

 アドラーは、早くも息が上がり始めたことを自覚する。

 手加減されて、これか。

 現実逃避にも似た自嘲が脳裏をよぎる。

 搬送、という言葉の通り、この人形は青年をどこかへ運ぼうとしているようだった。

 ジリジリと、彼は壁に開いたままの空間へと押し込まれつつある。

 明確な格上相手との戦い。

 それは、以前の勇者との戦いを思い出させた。

 ただ、あの時と違い、今回は時間切れが存在しない。

(さて、どう勝ちを拾う……?)

 刹那の攻防を繰り返し、その度に相手の動きは精度を増していく。

 いずれ、捕まるのは自明だった。

 戦いの帰趨、それ自体は絶望的と言えるだろう。

「――は」

 だというのに、アドラーは笑った。

 その様子に、アルケーが瞬きをする。

「人形遊びで限界を知るとは……小童、当然だな」

「再度警告。抵抗はおすすめしません。これ以上は、身の安全を保証できません」

「手加減は終わり、か?」

 くっと青年は笑いを噛み殺し、構えを取る。

 自棄になった訳ではない。

 怒りに感情を乱し、手加減されてなお息が上がり、勝ち筋のか細さに光明が見えない中で……ようやく、アドラーは思考がクリアになってきていた。

 ――来る。

 直感に逆らわず、肘を掲げる。

 過たず、アルケーの掌打がいなされた。人形が瞬きする。

 仕切り直すように間合いが取られ、直後、アドラーがそれを追った。

 音を置き去りに振り抜かれた手刀は、僅かにアルケーを逸れ、その袖口から留めボタンが弾け飛んだ。

「……雑音が、消えてきたな」

 青年は宙を仰ぐ。

 手応えを確かめるように拳を開閉し、構える。

 アルケーは静かに袖口を整えると、姿勢を正した。

「最終警告です。抵抗を止めてください」

「御託はいい。さっさと来い」

「……以降、当方による鎮圧で生じた何らの身体的・精神的損害に対して、一切の申立は却下されます」

 人形の目が細まる。

 その動きを認識できたわけではない。

 ただ、これまでの経験と己の勘に従い、身体を動かした。

 膝で受けた重い蹴りが、骨の髄に響く。

 続く掌打を、掌打で相殺する。

 打ち込まれた肘を腕で払い、返す手刀は叩き落された。

 本能。

 そう呼べるほどに、戦いそのものが自身に染み付いている。

 ――多くを削ぎ落とした果てで、己の内に残るもの。

 ああ、これが俺の芯か。

「シッ!」

 裂帛の気合が、食いしばった歯の合間から漏れる。

 アルケーの閃光の如き蹴撃を、アドラーの踵が弾く。

 弾かれた勢いのまま、更に円弧を描いた人形の脚が、強かに青年の胴体を捉えた。

 その感触に、アルケーが瞬きをする。

 蹴りの「重さ」を反動とし、アドラーは壁に開いた空間へと跳んでいた。

 

 ◇

 

 建物内が、ざわめいている。

 床や壁、天井それ自体がぼんやりと明かりを放つ屋内は遠近感に乏しく、ともすれば方向を失いそうだった。

 そんな空間を、一瞬の観察と直感のみで、アドラーは駆けていた。

(距離は取れた、か)

 精々が数秒の猶予。

 未知の建物内で、速度を落とせば即座に捕まるだろう。

 それでも、と青年は笑う。

 まだ、生きている。ならば、終わりではない。

 背後に、鋭い気配が迫っている。

 アルケーと名乗った人形は、当然、自分を逃がすつもりはないらしい。

 その意味では、ここに逃げ込んだことは、袋のネズミとも思える。

「……博打だが、勝ちの目が万に一つだろうと」

 無よりはマシだ。

 アドラーは続く言葉を飲み込む。

 根拠は、ないわけではない。

 この建物で、ナハテが作られている。それは確かだろう。

 もし、その生産物の中にあの「中の下」や「上物」もあるならば、疑問が生じる。

 何故、それらを大量に生産しないのか。

 ――()()()()、できないのではないか?

 そう、仮定するならば。

 思考の間に、いくつもの通路をアドラーは駆け抜けている。

 侵入者を惑わせ、絡め取る施設ではない。

 おそらくは、生産という機能だけに特化したもの。故に、ある程度の構造は予想できた。

 分かれ道。

 迷う暇はない。直感に従い、分岐を進む。

 その先で現れた扉から、微かなざわめき。咄嗟に加速し、更に先へ。直後、そこからナハテが吐き出される。

 青年を追っていたアルケーが、その波を掻い潜るために僅かに足を鈍らせる。

 タイミングがずれれば、ここでアドラーは捕まっていただろう。

 後ろを振り返りもせず、青年はただ、駆ける。

 荒野には、ここから吐き出される群れの行軍跡以外に、痕跡はなかった。

 それは、この建物の周りも同様だ。

 「上物」らが、ここでは作られないならば、搬入のための跡があるはずだ。

 それがない、ということは。

 ……一瞬の遅れが、命運を左右する。

 その極限状況が、アドラーの直感をかつてないほどに研ぎ澄ます。

 仮定に仮定を重ねた、推論とも呼べぬ結論を、それでも信じる。

 扉。

「――アレか!」

 アルケーの気配を間近に覚えながらも、青年は最後とばかりにグンと踏み込み、そこを蹴破った。

 転移陣。

 博打の一つには、勝った。

 それを喜ぶ間もあればこそ、アドラーは手に魔力を込める。

「動けっ!」

 叩きつけるように、転移陣へ魔力を流し込む。

 これで起動しなければ詰み。

 起動したとしても、飛ばされた先によっては、また詰み。

 運否天賦のその果ては――。

 

 ◇

 

「……対象、消失(ロスト)。直前のサーチ結果、E因子反応の増大を確認。トリアージレベル、黒。以降、排除リストに登録します。登録名、アドラー」

 アルケーは淡々と呟くと、静かに目を閉じた。

 

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