――遺跡の道案内はご入用ですか?
当初、彼女が光たちに接近したのは、打算だった。
◇
隔世の感がありますネ。
フィオは心中で呟き、微笑んだ。
殿堂。目の前には、試しの場へと繋がる扉。
騎士の聖地、その中で最も騎士が憧れ、そして最も恐れる場所。
一度くぐれば、ある者には栄誉が。
そして、ある者には、未熟の現実が与えられる。
期待を背負い聖地を訪れ、
自分とて、例外ではないのだが……少女は不思議と重荷を感じてはいなかった。
銘を軽んじている、というわけではない。
むしろ、表には出さなかったが、心から欲しているものでさえある。
「……父上、母上、お見守りください。
小さな声は、周囲に待機する騎士達のざわめきに紛れる。
あの時、自分にその力がもしあったなら。
銘を受けるに足る、力が。
「ディード・ファルツ殿」
「おう!」
呼び出しに、まさに豪傑といった出で立ちの騎士が応え、扉をくぐっていく。
聞き覚えのある名だった。
確か――。
「ディンズウェイ王国の珊瑚騎士団、だったかな?」
「おお、首都イビス・ヨーの護りの要ですね!」
言いながら隣りに座った女性騎士へ、フィオはパッと答えた。
「あそこは団長も銘持ちだから、2人目となれば箔が付く……といったところだろう。捕らぬ狸にならなければ良いね」
「珊瑚の騎士、ロン・ファンジン殿でしたか」
「ふふ、コーラル王家自慢の珊瑚の騎士。出来過ぎとも思うが……。おっと、ルディオ・メッサーだ」
「フィオ・シジョウと申します」
差し出された手を、少女は握り返す。
「かくいう私も、騎士団の使いっ走りでね。イラーフのしがない団なんだが、銘持ちの有無で評判が……と目の色を変えてるんだ」
「あはは……。お察しします」
やれやれと嘆息してみせるルディオに、フィオも苦笑した。
中小の騎士団で、銘持ちが出た途端に入団希望者がひっきりなしに、という話は、珍しくはない。
「それで、君の出身は? もちろん、言いたくなければ遠慮せず」
「ご配慮、ありがとうございます。私はマーディン王国です。今は、ある方にお仕えしておりまして、騎士団には所属しておりません」
「へぇ……。見る目のある主のようだね」
女騎士はそこでニッと笑う。
言葉の割に、気負った様子もない。
緊張を紛らわすでもなく、単に目に入ったから話しかけた……という感じだろう。
(こんな方が、きっと銘を受けるんでしょうね)
あくまでも、自然体でこの場にいられること。
それが一つの条件のように、フィオには思えた。
しばらく、他愛のない雑談を2人は続ける。
「ルディオ・メッサー殿」
「おっと、私の番だね。では、フィオ殿」
「はい、ご武運を」
「ありがとう。君もね。縁があれば、また会おう」
颯爽と、ルディオは扉をくぐっていく。
その背を見送り、少女は微笑んだ。
◇
試しの場。
扉を抜けた先は、思った以上に広大な空間だった。
目測で、おおよそ4~50メートルはあろうかという円形の、闘技場というべきか。
(いえ、楕円形……)
フィオは目を細める。
ふと、対面の壁上に誰かが現れた。祭司。
「かつて、ここでは多くの騎士が
不思議と通る声が、離れた少女の耳にも朗々と響く。
「フィオ・シジョウ殿。貴女も、そうした誇り高い先達に並ぶことを願います」
頭を下げた祭司が、柱の陰へと戻っていく。
合わせて、対面の壁が開き、誰かが闘技場へと入ってきた。
長身だが、まだあどけなさの残る少女。
その特徴的なおさげは、見覚えがある。
「……私?」
疑問の声に応じるよう、「自分」が構えた。
フィオもまた、切り替えるように瞬きし、構える。
同時に、両者が駆けた。
速さは互角。
剣筋のキレも、間合いの見切りも、互角だった。
数合切り結び、フィオが跳び退く。
追っては来ない。
「……」
スッと構え直し、少女は「自分」を見つめる。
そこに、戸惑いの色は最早なかった。
トン、と「自分」を中心とした円を描くように、跳ねる。
トントン、と音が速くなる。
あっという間に途切れのないほどに速まったリズムが、闘技場に渦を描いた。
その渦の縁から、4つの影が中央へ跳ぶ。
それが重なったと見えるや、甲高い音が遅れて場に響いた。
フィオの刃を、辛うじて「自分」が防いでいる。
未練を見せずに、そのまま少女はすれ違い、残心した。
「なるほど」
呟き、振り向く。
「私の力と、私の速さ。しかし……私の業ではない。念の為、お聞きします。何者ですか」
返答はない。
予想通り、というようにフィオは体を開くと、真っ直ぐに剣を突きつける。
「お覚悟」
ゆら、と切っ先が弧を描いた直後、少女の踏み込みが地を揺らした。
ごうと逆巻いた風を裂く一閃が相手の剣を飛ばし、返す刃がその喉元紙一重でピタリと止まった。
「そこまで」
いつの間にか現れた祭司が告げる。
フィオが剣を納めると、「自分」の姿も薄まり、消えた。
「私の魔法で作り出した、貴女自身の写し身です。月並みですが、自分自身を乗り越える、ということですね」
「
「おや、ご存知でしたか」
そう言って、祭司は頷く。
「そう、私の術は、対象の力量を正確に再現します。その水準の騎士ならば備えて然るべき業、と共に。本人との違いは、その程度です」
恐ろしいことを、とフィオは戦慄する。
「当然、積み上げた業が及ばなければ、勝てない。珍しくないのですよ。業を持たぬ騎士は」
「……恐れ入ります」
「もちろん、この術を使うのは、数ある試しのうちの一つではありますが。貴女には、この内容が相応しいと判断しました」
朗らかに笑う目の前の人物に、少女は違和感を覚える。
どこかで、この感覚は味わったような。
「さて、お喋りはここまでとしましょう。フィオ・シジョウ殿」
「はい」
「汝は、銘に足る資格を示した。望むならば、受け取るべし。その銘、葵の騎士」
「……謹んで、拝銘いたします」
「おめでとうございます」
にこりと、祭司は笑みを浮かべた。
◇
「フィオ!」
殿堂から出た少女を、光たちが迎えた。
「ただいま戻りました! 我が主!」
ぴょこんと手を挙げ、少女は応える。
「怪我とかはない? その、試しっていうくらいだから……危なかったりとか?」
「いえいえ、全然へっちゃらでしたヨ! 内容は極秘なので、ちょっとお伝えできないんデスが……」
「そっか。大丈夫ならいいんだ。それで、えっと……」
ホッとしたように息をついてから、おずおずと少年は伺う。
それが、フィオにはやけに微笑ましく思えた。
「はい。無事、銘を受けることができました」
貴方のおかげだ、とは声には出さなかった。
言えば、きっと彼は恥ずかしがるから。
「……良かったぁ。フィオなら、きっと大丈夫と思ってたけど……うん、良かった」
心底安心したというように、光は脱力する。
その背後に少女が視線を送ると、ティスもまた目礼する。
思えば、出会った時から、不思議な主従だった。
今では、そこに自分も加わっていると思えば、他人事のように言う資格はないのだろうけれど。
――だってさ、そうしないと進めないなら……仕方ないじゃないか。
いつかの言葉が、耳の奥で蘇る。
誰しもが、止めろと言っていた。
いつまでも塞がらない傷を、そのままにしろと。
――でもさ、それが終わったら、多分……ほら、すごい陳腐なこと言うけど、君の家族はさ、君には幸せになってほしいって、思うんじゃないかな。
そのセリフを、自分と同じく、帰る場所を無くした人が、言ったのだ。
「我が主」
「うん?」
「改めて、我が名をお受けください。葵の騎士、フィオ・シジョウの名を」
少しだけ、光は呆気にとられたようだった。
それでも、しっかりとフィオに向き合い、頷いた。
「……うん。頼りない俺だけど」
恥ずかしげに頭をかき、少年はあーっと話題を逸らす。
「そう言えばさ、葵ってどういうんだっけ。花?」
「はい。立葵が有名で、茎は地面から真っ直ぐに伸び、初夏から夏にかけて、美しい花をいくつも咲かせます」
「真っ直ぐに、美しい花か……」
ティスの説明に、光は感心したように頷く。
そう言葉にして説明されると、フィオは何か気恥ずかしく思えて、てへへと笑った。
「良かった、まだいらっしゃいましたね」
そこへ、声がかかる。
振り向けば、そこには祭司が立っていた。
「よろしければ、お茶などいかがですか? アマト・ヒカル殿」