本日もカイセイなり   作:モカの木

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16話 司るもの

「え……と」

 目の前で微笑む祭司に、光は困惑した。

 名前、言ったっけ?

 疑問はあれど、名指しで誘われた以上は返事をしないのも失礼だろう。

 それに、フィオの銘のこともあるし、余り印象は悪くしたくなかった。

「じゃあ、お言葉に甘えて、少しだけ……。その、人を待たせてるので」

 こうなるなら、メルヴィル博士にも来てもらえば良かったかな。

 心中でライトに謝りながら、少年は頭を下げた。

「ありがとうございます。それでは、ご案内します」

 祭司もまた頭を下げると、先導するよう歩き出す。

 その後を追い始めながらちらとフィオを見ると、彼女も若干困惑しているようだった。

 そりゃそうだよな、と思いながら、光はティスに軽く質問した。

「……ティス、あの人、男の人で良いのかな?」

 少し前に見かけた時もそうだったが、性別がわからない。

 声も中性的と言うか、背の高さだけならば男性とも思えなくもないが。

 最近、それが笑い話になったこともあり、少年は自分の目を信用していなかった。

「いいえ」

 ティスが光の耳元に口を寄せ、その耳にだけ届く声で答えた。

 やっぱり、と苦笑しかけた少年は、続く声にぎょっとする。

「人ではありません」

「……え?」

「あれは、AMA――Artificial Materialized Angel――そのメッセンジャーモデルです。男女の別はありません」

 咄嗟に振り向いた光を、侍女が見つめている。

「えー、えむえー?」

「AMGの普及版ですが、用途や目的は異なります。O兵装と同時代の遺産です」

 その説明に、少年は息を呑む。

 あの男の軽薄な顔がちらついた。

 ……そのAMAが、自分を名指しで呼ぶ。

 裏を感じないわけにはいかなかった。

「ついて行って、大丈夫かな?」

「マスターの身に、危険は及びません」

 その返答に、光はゴクリと唾を飲み込む。

 自分の身には、危険はない。

 そう、身には。

「……何か、気になることが?」

 フィオが心配そうに訊ねる。

「うん……。でも、それを確かめないと」

 ありがとう。

 そう言って笑う少年に、少女はしっかりと頷いた。

 主が決めたならば、と。

 その視線の先で、祭司が僅かに速度を緩め、振り返る。

「どうかなさいましたか?」

「いえ、すいません。ちょっと、確認を」

 止まっていた足を、光はもう一度動かし始めた。

 

 ◇

 

 応接室、というよりは、執務室のような部屋だった。

「あまり人を招きませんので、片付いていないのはご容赦を」

 朗らかに笑う祭司は、テキパキと茶器の準備を始める。

 言葉の割に、その動作はやけに手慣れて見えた。

 程なく用意された茶は、懐かしい香りと色の、いわゆる緑茶のようだった。

「これは……」

「日本の勇者の方々には、こちらの方が評判が良いもので」

「え?」

 今、この人は何と言った?

 光の反応に、祭司は笑顔を浮かべたまま、ああ、と何か納得したように頷く。

「もしや、詳しいご説明はまだでしたか?」

「え? あの……は、い」

「やはり、そうですか」

 一転して大きくため息をつくその反応は、AMA、人工の存在とは思えない。

「トゥーズを出立の折、私のマスターとお会いした、ということは伺っておりました。その際に、色々と話した、と」

「……あの人が、マスター?」

「ええ。申し遅れました。私、マルアハと申します。今は、祭司も務めておりますが」

 そう名乗った祭司に、光は目を白黒させる。

 思っていた以上に、情報量が多すぎる。

「……祭司様は、勇者殿と繋がりが?」

 言葉に詰まった少年へ、フィオが助け舟を出した。

 そして、内心で納得する。

 出港直後の光の不審な様子、その原因は恐らく、件のマスターだと。

 マスター。その呼び名に、引っ掛かりも覚えた。

 マルアハは頷く。

「この地に現れる勇者殿は、まずマスターとお話しされ、その後、私の元へとお越しになります」

「それは……」

 少女が絶句する。

 この世界の時代時代に現れる勇者。

 それすらも司る祭司、いや、その上に立つ、マスターという存在とは?

 光が、ようやく気を取り直した。

「……修志と、湊さんにも会ったことが?」

 汀修志(みぎわしゅうじ)湊依衣子(みなといいこ)

 カイセイにおける、今代の勇者2人。そして修志は、一応、光の友人と呼べなくもなかった。

「はい。これまでで最高の勇者と、そう見ておりますよ」

 にこりと笑って答えるマルアハに、少年は微かに疑念を抱く。

 反応は、確かに人間のようではある。

 しかし、それは、何か、模倣のようだった。

 曖昧さがない、というべきか。

「えっと……それで、俺に声をかけたのは、何故です?」

「はい。イオタにいらっしゃると伺いまして、マスターから『機会があれば適当に説明しておいて』と」

「な……」

 何だそれは。

 思わず、光は拳に力を入れた。

 その反応を気に留めた様子もなく、マルアハは困ったような表情で頬に手を当てた。

「それにしても、ヒカル殿のご様子では、ほぼ何も説明なさっていないようですね。相変わらず、困ったことで」

「……修志たちは、なんて説明を受けたんです?」

「長くなりますので、要点だけ申し上げますね。この世界の人間は、魔物の脅威に晒されている。必要な力は与えるので、君たちで助けてやってくれ。君たちには、その適性がある」

「適性……」

 また、それか。

 恐らく、自分とは違うそれのせいで、修志たちは「呼ばれた」のだろう。

 光はそう考え、一度目を閉じた。

「適性って、何です?」

「マナ適性ですね。この世界の人間は例外なく持っています。勇者殿は、元々ある適性へ、マスターが更に手を加えるのです」

 あの男が、修志たちの適性に手を加えた。

(……そりゃ、神様、なんて呼びたくもなるか)

 光は、したくもない納得をしてしまった。

「ヒカル殿には、皆無のようです。非常に珍しい、いえ、観測したのは初めてです」

「……」

 感心したような言葉に、少年は何とも言えない顔をした。

 どう反応すれば良いというのか。

「それにしても、ここでどこまで話すべきか、は私が判断できる域を超えますね」

 やれやれ、とマルアハは大げさに肩を竦めた。

「よろしければ、ポータルまでご案内します。そこで、直接お話されてはいかがですか?」

 思わぬ提案だった。

 目を見張った光は、一度深呼吸をする。

「……お願いします」

「では、日程は後ほどお伝えします」

 にこりと、マルアハは微笑んだ。

 

 ◇

 

 宿への帰り道。

 少しだけ、重い沈黙が流れていた。

「……どう、説明すれば良いのか、わからなくて」

 ぽつりと、光が口に出す。

「黙ってて、ごめん」

「……はい。我が主の謝罪は、確かに受け取りました」

 フィオが穏やかに答える。

「……どこか遠いところから、とは察していました。そこは、とても離れたところだろうと」

 例えば、極稀にある、転移事故。

 そういった類に巻き込まれたのではないか……と。

 ある意味では、その想像に対する確認ではあった。

「勇者殿とも、親しくなさっておりましたからネ。ニホン……ですか?」

「うん。……遠いところだよ」

 勇者。

 どこかから現れる、この世界における人間側の切り札。

 殆どの場合で、来歴は不明。

 遍歴の騎士が自身の過去を語らず、周りもそれをよしとして追求しない構図は、当然勇者にも当てはまった。

 その大らかさが、これまでは光を助けていた。

 なし崩しとはいえ、それに甘えられなくなったのは、きっと、悪いことではないはずだ。

 少年は、そう思おうとする。

「私も、聞いたことがない国の名前デス。……世界は広いですネ」

 ふふ、とフィオが笑った。

 少しでも、空気を軽くしようとしてくれているのだろう。

「フィオ……俺は、だから、その……帰り道を、探してるんだ」

「はい」

「フィオの名前とか、銘とか……色々、受け取ってるくせに……俺は……か、帰りたがって……」

 怖かった。

 情けなかった。

 それでも……言わなければと思った。

「我が主」

 その声を、正面から受け取れず、光は顔を背ける。

 そんな少年の前に、ひょこりと少女が回り込んだ。

「帰り道の案内は、ご入用ですか?」

「……うん、お願いします」

 泣き笑いする光の手を、フィオがそっと握る。

 そんなやり取りを静かに見守っていたティスの、その紅玉の瞳が僅かに揺れていた。

 

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