本日もカイセイなり   作:モカの木

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17話 アウトサイダー

 ぐわんぐわんと、頭の中をかき回されているようだった。

 アドラーは気を失っていたことに気づき、素早く起き上がろうとしたが、手足がいうことを聞かない。

「こ……こは……」

 仰向けのままで、辛うじて言葉を発する。

 あの瞬間、転移陣が起動したことだけはわかった。

 その後だ。

 転移に伴うあの不快感が、以前のものよりも強烈に襲ってきた。

 それが無理やりな転移の起動による、いわゆる過負荷だと、転移魔法の使い手ならば察しただろう。

 当然、アドラーはそれを知らない。

 同様の理由で行き先が大きくズレていたことも、今は知りようがなかった。

「……」

 千々に乱れた五感を、何とか手繰り寄せる。

 どうやら、ここはどこかの林か森らしい。

 背中の感触からして、下草の類に寝転がっているようだ。

 ひとまず、即座の危険はないものと思えた。

「……また、生き延びたか」

 青年はそのまま空を仰いだ。

 そう、空が見える。

 あのナハテの生産施設、そしてアルケーの虎口からは、逃れられたのだ。

 見上げた青空が、渦を巻くように歪む。めまいが、まだ続いていた。

 目を閉じ、息を整える。

 魔力の流れを意識し、丹田から隅々まで届けるようなイメージ。

 徐々に吐き気が収まり、感覚が戻り始める。

 あれから、果たしてどの程度の時間が経ったのか。

 あの人形はどうなったか。

 ナハテどもは。

 ……カプリコは。

 確かめる術すらない思考を、アドラーは瞬時に打ち切る。

 ――何かが、近づいてきていた。

 ゆっくりと、だが、確実に近づいてくる気配が、ひとつ。

 気を抜きすぎだ、と心中で己を罵る。

 それの魔力は薄いが、安心の理由にはならない。

 青年自身、万全には程遠いのだ。場合によっては、不覚を取ることも十分にありえた。

 可能な限り息を潜め、気配の方向へ集中する。

「……ど、どなたか、いらっしゃるのですか?」

 現れたのは、人間の女。

(……いや、違う?)

 アドラーは訝しむ。

 目を閉じたままの彼女は、辺りを見渡すように首を振り、手の杖でトントンと地面を叩く。

 微弱な魔力が走ったのを、青年は感じ取る。

「ああ、やはり倒れて……。大丈夫ですか? ……どうしましょう、気絶してらっしゃるのかしら」

 オロオロとした様子で、その女性は杖で探りながら近づいてくる。

 アドラーは、口を開いた。

「何者だ」

「あ……お気づきでしたか? 物音がして、それがどうやらお人のようでしたので、様子を見に参りました」

 青年の誰何に、彼女はホッとしたように胸に手を当て、続けた。

「私、ルーティアと申します。ちょうど、近くに木の実を取りに来ておりました。お怪我はございませんか?」

「……アドラーだ。怪我はない。だから、放っておけ。すぐ、消える」

 ふらつきながら、青年は身体を起こす。

 ルーティアと名乗った女性は、そこで少しだけ眉を顰めた。

「失礼ですが、尋常な体調とは思えません。ご無理をなさっては」

「くどいぞ。放っておけ」

「……そう、ですね。立ち入ったことを申しました。ご容赦ください」

 深々と頭を下げると、ルーティアはゆっくりと、もと来た道を戻っていく。

 その姿が木立の合間に消えるのを見届けてから、アドラーは勢いを付けて立ち上がった。

「……」

 既視感、とでもいうべきか。

 彼女の魔力は、人間のものとは異なっていた。

 そして、魔族のそれとも、違う。

 強いて近いものを挙げるならば、自分自身の……。

「まさか」

 その想像を、一笑に付す。

 まだまだ、本調子には遠い。

「さて、まずは、ここがどこかを確かめるべきか。……帰したのは、早計だったな」

 自嘲するように肩を竦め、アドラーは歩き始める。

 数歩のところで、小さな悲鳴が耳に届いた。

 青年は思わず足を止め、そうした自分に舌打ちをしてからため息をつく。

 そして、踵を返した。

 

 ◇

 

 数体のゴブリンが、ルーティアを囲んでいた。

 襲いかかるでもなく、どちらかといえば、死なない程度に痛めつけてやろうというような様子だ。

 その目を、アドラーは飽きるほどに見てきている。

「何をしている」

「ゲッ!? ……ギャギャギャ! マザリモノ、フエタ、ギャギャ!」

 1体のゴブリンが振り返り、下卑た笑みを浮かべる。周りの仲間も、釣られて笑い始めた。

 青年は目を細め、手に炎を宿す。

 途端にゴブリン達は怯えたように後ずさる。

「ゲゲ……マザリモノ……」

 それでも、不満を隠そうともしないのは、魔族でも随一の知能の低さ故か。

 その他の種族から、雑兵として使い潰される対象。

 そんな最底辺からさえ、侮蔑されるもの。

 くっとアドラーは笑い、手近な1体へと声を掛ける。

「貴様らに無駄な時間を使うつもりはない。消えろ。二度は言わん」

「……ゲゲゲ!」

 数が上回っている、というだけで、ゴブリン達は自信を取り戻したらしい。

 粗末な棍棒や剣をこれ見よがしに構え、青年を半包囲するように動き出す。

 生意気なやつを痛めつけてやろう。

 ありありと表情に浮かんだそれを、アドラーは無視する。

 次の瞬間、青年はコマ落としのようにゴブリンたちをすり抜けた。

 嘲るような表情を浮かべたまま、最下級の魔族の首が次々と落ち、燃え上がる。

「さて」

 炎が爆ぜる音を背に、青年はルーティアへ向き直った。

 杖を守るように掻き抱いたまま、彼女は蒼白の表情で唇を引き結んでいる。

 その口が、ようやく開いた。

「あの、お怪我はございませんか?」

「……ない。お前はどうだ。ルーティア……だったか」

「おかげさまで……。ですが、このゴブリン達は……」

「ああ、殺した。俺の忠告を無視し、のみならず敵意を向けたからな」

 その答えに、ルーティアはぐっと声をつまらせたようだった。

 やがて、杖を頼りに立ち上がると、一礼する。

「……ありがとうございます」

「礼は良い。聞きたいことがあった、そのついでだ」

 ぶっきらぼうに、アドラーは続ける。

「ここはどこだ? 見たところ森のようだが……」

「は、はい。ここは、アケオスの森と言いまして、ビョードル様が治める地域です」

「ビョードル……あの、親分気取りのホブゴブリンだな」

 青年は微かに舌打ちをする。

 ラヴァスロウムとは、人間側が開拓地域(アウター)と呼ぶエリアを挟んで、反対側といったところだ。

 ここにナハテが湧いた、という話は聞かない。であれば。

(……転移事故。運が良かった、というべきか?)

 もし、あの転移陣が「上物」の生産施設へと繋がっていたならば。

 あるいは、事故での転移先が海や、身動きも取れぬ場所だったならば。

 もしも、の可能性を思い浮かべたところで、アドラーは目を閉じる。

 考える意味はない。

「あの、アドラー……さん?」

「……何だ」

「よろしければ、家で少しお休みになられませんか? その……私も、お聞きしたいことが、ありまして」

 おずおずと切り出したルーティアに、青年は少しだけ沈黙する。

 そして若干の間を置き、ああ、と答えた。

 

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