本日もカイセイなり   作:モカの木

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18話 混血

「人をお招きしたことがなく、粗相があるでしょうが……」

 ルーティアに案内されたのは、ギリギリ建物と呼べそうな小屋だった。

 元は浅い洞窟、というよりは岩陰だったのだろう場所を、木々と葉っぱ、そして土を撫でつけた壁で囲ってある。

「……」

 彼女が一人で作れるはずがない。

 そして、中の広さも、独居にはやや広すぎる。

 アドラーは目を細めたが、特に追求はしなかった。

 その間に湯を沸かしたルーティアが、何かの葉を煎じた器にそれを注ぐ。

 薬湯の類か、と青年は匂いで当たりをつけた。

「これくらいしか、お出しできるものがなくて」

 恥ずかしげに彼女が器を差し出す。

 黙ってそれを受け取り、口をつける。苦みと、僅かなスパイスの香りを感じる。

 魔香草。

「で」

 アドラーは勧められた椅子――切り株を磨いたようなものだった――を断り、入り口近くの壁に背をつけた。

「聞きたいこととは?」

 窓の少ない屋内は、薄暗い。

 俯いたルーティアの表情は、伺い辛かった。

「……アドラーさんは、いえ、アドラーさんも……ハーフなのですか?」

「そうだ」

 即答に、彼女は顔を上げた。

 アドラーは内心で嘆息する。やはりか。

「で、では!」

 勢い込み、ルーティアは腰を浮かせる。

「サリオンという名を、ご存知ですか!?」

「……いや、知らんな。誰だ」

 記憶にはない。

 少なくとも、面識のある氏族ではないはずだった。もっとも、彼女から氏族の名が出ることもないだろうが……。

 その返答に、ルーティアは力が抜けたように座り込む。

「そう、ですか。魔族の軍属とお見受けしましたので……もしや、と思ったのです」

「……」

 アドラーは黙ったまま腕を組んだ。

 その沈黙を催促と取ったか、彼女は徐に続ける。

「弟、なのです。私と違い、健康で……軍属となり、母と私に楽な暮らしをさせるのだと、数年前に家を出ました」

 道理で。

 青年はもう一度屋内を見やる。

「お聞かせください。軍では、ハーフは……どのような、扱いなのでしょう?」

「……指揮官による、としか言えんな」

 嘘ではなかった。

 だが、現実的とも言えない。

 100の内で、99は、従魔と変わらぬ消耗品扱いだろう。

 そしてその従魔からも、仲間とはみなされない。

 アドラーの返答に何かを察したか、ルーティアは寂しげな笑みを浮かべた。

「そう、なのですね」

 人間の血が混じった、というだけの理由で、排斥される。

 果たして、だけ、と言えるのか?

 人間の血とは、魔族にとって、それだけで敵対に値するのではないか?

 青年は、思考を打ち切るべく咄嗟に口を開く。

「……配属は、どの方面だ」

 引きずられ過ぎた。

 転移事故の後遺症なのか、魔力と共に思考も不安定なようだった。

 アドラーは小さく舌打ちする。

 それには気づかなかったか、目の前の女性は記憶を辿るように、指をこめかみへ当てた。

「確か……ウプアット、と」

「――は」

 青年が笑う。

 ルーティアは、不思議そうに首を傾げた。

 

 ◇

 

「俺は、ウプアットにいた」

 アドラーの返答に、ルーティアは言葉を失う。

 居心地の悪い沈黙が降りた。

「……そして、軍を率い、敗走した。ラヴァスロウムに戻ったのは、俺一人だ」

「それ、は……」

「お前の弟は、生きているまい。殺したのは、俺だ」

 ――その責任、どう取る?

 クナッズの声が蘇る。

 青年は目を閉じた。

「……軍を率いるほどの方が、何故、こちらに?」

 予想した反応ではなかったことに、アドラーは僅かに苛立つ。

「敗北したことで、左遷させられたのさ。サリオンを殺した無能を咎められた、ということだ」

「……」

 ルーティアは、それには何も応えない。

 ややあって、彼女は口を開いた。

「……弟は、せめて、戦場には立てたのでしょうか」

 ウプアットの軍勢は、ゴーズの統制下にあった。

 その規律を考えれば、ハーフだからと私刑にあった挙げ句、倉庫の片隅に転がされた……などということはないだろう。

 アドラー自身が、その証拠だった。

「軍勢の中には、いたはずだ」

 その答えに、小さなため息が漏れる。

 そうですか。

 瞑目したままの彼女は、そこで青年へと顔を向ける。

「軍務に臨んで死んだならば、それは、お役目の一つではありましょう。……どうか、いたずらに恨みを抱かせないでください」

「貴様……」

 気丈な内容とは裏腹に、声の震えが、内心を如実に表していた。

 青年は、それがやけに癇に障る。

 ぎりと奥歯を噛み締め、ルーティアへと歩み寄る。

 ビクリと身を竦めた彼女の目の前の卓に、アドラーはその手の器を置いた。

「物分り良くやり過ごすのが、貴様の処世術か?」

「……サリオンが家を出て、程なく母が死にました。元々、身体は強くなく、弟を思う心労が重なった結果でしょう」

 訥々と、ルーティアが語る。

「サリオンからの連絡も、母の死を伝える術もなく、一人となった私には……ここまでの時間は、余りに長過ぎました」

 もう、疲れたのです。

 それは、沈み込むような声だった。

「仇を討とう、とは思わないのか? 目の前の男は、貴様の弟を」

「やめて!」

 悲鳴がアドラーの言葉を遮った。

 何をやっているのだ、俺は。

 心中で、青年は己の無様さに憤る。

「……アドラーさん、貴方の魔力は、まるで全てを焼き尽くすように感じます。色は、私と似ているのに……熱が、違いすぎるのです」

「……」

「貴方ほどの魔力ならば、ハーフであっても相応のお立場のはず……。その下心は、お詫びします。だから、お願いです。それ以上は、言わないでください。……私には、その熱は、耐えられません……」

 震えながらも、ルーティアは立ち上がる。

 そしてもう一度、お願いします、と深々と頭を下げた。

「……立ち入りすぎたな」

 アドラーは、そう言うとゆっくり踵を返す。

「サリオン、その名は覚えておこう。俺が、生きている間はな」

「……アドラーさん」

「そうだ、ビョードルの根城はどの辺りだ?」

 扉の手前で、青年は振り返った。

 ルーティアは首を傾げる。

「それでしたら、家を出て正面へ進んで……沢に当たりますから、それを上流側に向かえば、いずれ着くはずです」

「そうか」

「何か、ご用件が?」

「……縄張りを通り過ぎるからな。筋は通さないと、面倒なのさ。俺のようなものは、特に」

 返事を待たず、アドラーは扉をくぐり、閉めた。

 

 ◇

 

 誰しもが、戦えるわけではない。

 特に、女の魔族であれば。

 ルーティアはハーフではあるが、タルトゥーラのような種族こそが例外なのだと、改めてアドラーは思い出した。

「……混ざりもの、か」

 魔族。

 多種多様な種族を「同族」足らしめるのは、人間を敵とする、というただ一点。

 その「敵」が異なるだけの存在を、青年は最近まで相手取っていたはずだった。

 変化し続けるナハテ。

 名もなき大多数の雑兵と、アルケー。

 それは、名もなき大多数の従魔と、名を持つ氏族とを有する魔族とも、妙に符合するとさえ思えた。

 嫌悪感が沸き立つ。

 偶然、と切り捨てることを、本能が拒否しているかのようだ。

 ザッと足音を立て、青年は歩みを止める。

「古来、魔族とは強さをこそ身上とする(つわもの)であった……」

 かつての教えを口にする。

 それは、魔族の平等さを示すもののはずだった。

 ナハテが、持ち得るとは思えないもの。

 だが。

「……強さのみを指標とするならば、そこに、種族の別は……ない」

 畢竟、人間とでさえも。

 アドラーは、重々しいため息をついた。

 であるならば、魔族と人間が手を取り合った時代はあったのか?

 両者は、神話の時代から争っていた、というのに?

「……」

 グッと、拳を額に押し付ける。

 ミシミシと、指の骨が鳴る。

 ゴーズからの教えが、いくつも去来した。

 そんな言葉だけで、あのベル=セルクは成り立っていたのか?

 ……やがて、腕がだらんと下げられる。

 じくじくと痛む額を気にも留めず、アドラーは空を仰いだ。

 戦うこと。己の芯にあるそれは、物心ついた頃からの日常でもあった。

 そして、強さを証明することが、教えの実現であると信じた。

 故に、戦い続けた。

「兵……」

 青年は目を閉じる。

 その身に流れる魔族の血と、人間の血。

 自身を苦しめ続け、同時に、生を繋げる理由ともなったもの。

 混血。

 強さによって、それを上書きできるわけではない。

「……継承しても、か」

 ふっと、アドラーは笑い、目を開いた。

「このザマで、閣下の仇を取るというのか?」

 呟きは、木々のざわめきに紛れていく。

 姿勢を戻し、青年は沢へと歩き始めた。

 定まらぬ足元を、転移事故の後遺症と決めつけながら。

 

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