本日もカイセイなり   作:モカの木

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19話 観測者達

「え、本当に来たんだ?」

 開口一番、「神」と名乗った男はそう言った。

 その視線の先には、マルアハと光、そしてティスの姿。

 ――フィオ殿は、招かれておりませんので。

 祭司の笑顔での謝絶を受けて、何とも言えない顔をした少女を、少年は僅かに羨ましく思う。

 こんなのと会わずに済むなら、それに越したことはない。

「マスター、そうやって適当に処理するから、いつも面倒事が残るんですよ」

「うるさいなぁ。全く、なんでお前は僕に一番塩対応なんだ?」

「薫陶を受けておりますので」

 しれっと言い放つマルアハに、男はガリガリと頭をかくと、盛大にため息をついた。

「で、何の用だい? 天都光くん?」

 光は、ぐっとこらえるように目を閉じる。

 何を聞くべきか。

 何を聞かなければならないか。

 それに、結論が出たわけではなかったけれど。

「……計画って、何ですか?」

「そんなの、そこのAMGに」

「俺は」

 ぞんざいに応じようとした男へ、少年は言葉を重ねる。

「貴方に、聞いてるんです」

「……ふーん?」

 驚いたように、男は手を顎に当てた。

 そして、すぐにニヤニヤと笑みを浮かべる。

「ふふん、内発的活動ねぇ。遠回りでも実現させてんだから、案外悪い選択ではなかったのかな? でも、僕の趣味じゃないからなぁ。……ああ、そうそう計画ね」

 辛抱強く、光は待つ。

「と言っても、どこから話すべきかな。君、ケテル効果だの、フィルニッツ限界だのはわかんないでしょ? 超大統一理論くらいは? え、わかんないの? じゃあそっちからは無理だ。なら……」

 男はガサガサと室内を漁り始める。

 マルアハが呆れた様子で首を振った。

「あれー? この辺に置いといたはずなんだけどなぁ。捨てるはずないし……まぁいいか。で、何だっけ、ああ、だからかいつまんで言うと、君には適性、マナ適性がない。それはもう知ってるでしょ?」

「……はい」

「では、そのマナ適性とは何か。そう、ナノマシン適性のことだ」

「……はい?」

「かつて、偉大なる科学者達がナノマシンを創造した。純粋に人類の発展を願って、その根本たるハードコードを規定した。これは実に幸運だった。斜に構えた皮肉屋だったり、極論破滅願望の持ち主だったらそこで終わってたね」

 ペラペラと語り始めた男は、光の怪訝な声を気にも留めず続ける。

「まぁ、ナノマシン、というのは本来正確ではない。素粒子レベルの存在だが、科学史へのリスペクトを込めてそう命名されたそのロマン! 単体ではなく、群体として存在するが故の特性! 総体としては永久に再生成と増殖を繰り返し、実質的に不滅の存在! それを受け入れたことで、僕らは『かつて人類であったもの』、『旧人類』となった」

 おとぎ話の設定部分だけを垂れ流すような講釈を、少年は必死で受け止める。

 どこが、自分に関わってくるかもわからないのだ。

「で」

 唐突に、男は区切る。

「それが気に食わない奴らがいたのさ」

「気に、食わない?」

「よくいるだろ? 自然派というか、技術による進歩を『堕落』とか言っちゃうような奴らだよ」

 はん、と男は鼻を鳴らす。

 心底軽蔑しているような顔だった。

「ましてや、その技術で生み出された存在が、人類のあり方を変えるなど……許されるはずがない! なんてね」

 芝居がかった調子で両手を広げ、そのままひらひらと振る。

「えっと……ナノマシンで、その旧人類になるというか……改造する、みたいな印象だった?」

「そーだろーねぇ。ミトコンドリアと共生した、それと変わらない話だってのにさ」

 何かを思い出したように、男は笑う。

「そのくせ、ナノマシン由来の技術は使ってんだから、まぁ、なんというかーだよねー」

「マスター、またズレてますよ」

「おっと」

 マルアハの突っ込みが入る。

 男は悪びれた様子もなく、どっかりと椅子に座り直した。

「計画。なんとなくわかってきたろ?」

「ナノマシンを、拒絶する?」

「うーん、30点」

 けらけらと笑い声が響いた。

「それは手段であって、目的じゃないんだ。彼らが望んだのはね、もっと純粋で、傲慢なものだよ。ナノマシンが堕落なら、堕落しない者こそが、真の人類である。ならば、真の人類を滅びから防がなければ! 未来永劫、純粋な真の人類を残すのだ! これこそ、方舟計画であーるってね」

 光は、しばらく何も言えなかった。

 何だそれは。

 それで、何で自分が選ばれるんだ。

「その計画の、推進者の人たちはどうなったんです?」

「どうって、もういないよ」

 にべもない答え。

「計画の規模に比べて、寿命がね、どう見たって足んないよねぇ。あれなら、まだ漸進派……あー、積極的には受け入れないって連中の方が億倍賢かった。で、結果的には何も知らない適性者と、計画用の何やかんや、そこのAMGとかだけが残りましたとさ。ほんとね、迷惑な話だよ」

 ニヤニヤと男が少年を見ている。

 少年は何かに耐えるように俯く。

 その様子に、ティスはそっと目を伏せた。

「……俺に、適性がないのは、何でですか」

「さぁ? そこまで調べるほど僕も暇じゃない。でもホントに珍しいんだよな。君等の時代から呼ぶと、むしろナノマシンへの最適化余地の方がデカいんだ。呼んだ勇者くんたちにさぁ、例外なんてあったっけ?」

「ありません」

「ほーら」

 マルアハと男のやり取りが、やけに腹立たしい。

 それを努めて抑えるように、光は細長いため息をつく。

「……貴方が、勇者を呼ぶのは、何でですか?」

「え、それ聞きたいの? 止めたほうがいいと思うけど」

 男は唇を尖らせた。

 少年は顔を上げる。

「聞かせてください」

「えー……」

 しばしの間、2人の視線が交錯する。

 男は不満げな表情のまま、文句は聞かないよ、と前置きしてから答えた。

「趣味」

「は?」

 流石に聞き間違いか、と光は怪訝な顔をする。

「だーから、趣味だよ、趣味」

「マスター、言葉が足りなすぎです」

「うるさいなぁ……」

 男はガリガリと頭をかく。

 そうだ、そういえば、ほかの旧人類はどうしたのだろうか。

 少年は、半ば逃避気味にそんなことを考える。

「だってさぁ、せっかく戻ってきたら、面白い盤面になってんだぜ? 一息にMシリーズに飲み込まれそうだった新人類が、どういうわけか皇帝なんて出して盛り返してさ。どーせ向こうにもお節介がいるんだから、こっちだって手伝ってやったっていいだろ? バランサーだよ。良いじゃないか、趣味と実益。誰も困ってない」

「……ちょ、ちょっと待ってください」

 聞き捨てならないことを、この男は言わなかったか。

 慌てて、光は口を挟む。

「何だい。いくら何でも、趣味にまで口出しされるいわれは」

「向こうにもお節介がって、どういうことです?」

「……はん? いや、そりゃいるでしょ。君、僕だけだとでも思ってたの?」

「な……」

 男の話をすべて飲み込める、などとは、もちろん思っていなかった。

 それでも、少年の処理能力は限界を迎えてしまった。

「Mシリーズ、あー、魔物だっけ、そっち側だっているよ。物好きがね。他にもいるだろうけど、そんなの当然じゃないか」

 常識で考えてくれよ。

 ぶつくさ垂れ流される男の文句が頭痛を起こすようで、光はこめかみを押さえた。

 

 ◇

 

「クナッズよ……」

 重々しい声が、ラヴァスロウムの玉座の間に響く。

 そこに、魔王クナッズが単独で跪いていた。

「ネメシスの件、失態であったな」

「返す言葉もございませぬ」

「よい。アレを独力で見つけた功績を、我は忘れておらぬ……。次の目星は、どうなっている?」

「……お恥ずかしながら」

「そうか……。では、次は我から何ぞ用意してやろう。励むが良い」

「は……寛大なるお言葉に、このクナッズ、更なる忠誠をお誓い申し上げます」

 その言葉に、異様な雰囲気が玉座の間から遠ざかっていく。

 やがて、クナッズはゆっくりと体を起こした。

 歴代の魔王しか知らぬ、魔族の頂点を見下ろすもの。

 今代の魔王は、ぐっと奥歯に力を込める。

 自分たちはその掌の上だ、とでも言うかのような存在に、ある魔王は従い、また別の魔王は抗い……消えていった。

 クナッズは自嘲するように呟く。

「まるで、おとぎ話の神のようだな」

 この愚痴とて、聞かれていない保証はなかった。

 だが、その「神」とて、心の内までを見透かすわけではない。

 事実、クナッズは嘘をついていた。

 目星は、あるのだ。

 だが、それに手を届かせるには、まだ駒が足りない。

「せめて、お前がいればな……友よ」

 ふっと魔王は笑い、玉座へと深く腰掛ける。

 そして天を仰ぐと、物思いに耽るように目を閉じた。

 

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