「え、本当に来たんだ?」
開口一番、「神」と名乗った男はそう言った。
その視線の先には、マルアハと光、そしてティスの姿。
――フィオ殿は、招かれておりませんので。
祭司の笑顔での謝絶を受けて、何とも言えない顔をした少女を、少年は僅かに羨ましく思う。
こんなのと会わずに済むなら、それに越したことはない。
「マスター、そうやって適当に処理するから、いつも面倒事が残るんですよ」
「うるさいなぁ。全く、なんでお前は僕に一番塩対応なんだ?」
「薫陶を受けておりますので」
しれっと言い放つマルアハに、男はガリガリと頭をかくと、盛大にため息をついた。
「で、何の用だい? 天都光くん?」
光は、ぐっとこらえるように目を閉じる。
何を聞くべきか。
何を聞かなければならないか。
それに、結論が出たわけではなかったけれど。
「……計画って、何ですか?」
「そんなの、そこのAMGに」
「俺は」
ぞんざいに応じようとした男へ、少年は言葉を重ねる。
「貴方に、聞いてるんです」
「……ふーん?」
驚いたように、男は手を顎に当てた。
そして、すぐにニヤニヤと笑みを浮かべる。
「ふふん、内発的活動ねぇ。遠回りでも実現させてんだから、案外悪い選択ではなかったのかな? でも、僕の趣味じゃないからなぁ。……ああ、そうそう計画ね」
辛抱強く、光は待つ。
「と言っても、どこから話すべきかな。君、ケテル効果だの、フィルニッツ限界だのはわかんないでしょ? 超大統一理論くらいは? え、わかんないの? じゃあそっちからは無理だ。なら……」
男はガサガサと室内を漁り始める。
マルアハが呆れた様子で首を振った。
「あれー? この辺に置いといたはずなんだけどなぁ。捨てるはずないし……まぁいいか。で、何だっけ、ああ、だからかいつまんで言うと、君には適性、マナ適性がない。それはもう知ってるでしょ?」
「……はい」
「では、そのマナ適性とは何か。そう、ナノマシン適性のことだ」
「……はい?」
「かつて、偉大なる科学者達がナノマシンを創造した。純粋に人類の発展を願って、その根本たるハードコードを規定した。これは実に幸運だった。斜に構えた皮肉屋だったり、極論破滅願望の持ち主だったらそこで終わってたね」
ペラペラと語り始めた男は、光の怪訝な声を気にも留めず続ける。
「まぁ、ナノマシン、というのは本来正確ではない。素粒子レベルの存在だが、科学史へのリスペクトを込めてそう命名されたそのロマン! 単体ではなく、群体として存在するが故の特性! 総体としては永久に再生成と増殖を繰り返し、実質的に不滅の存在! それを受け入れたことで、僕らは『かつて人類であったもの』、『旧人類』となった」
おとぎ話の設定部分だけを垂れ流すような講釈を、少年は必死で受け止める。
どこが、自分に関わってくるかもわからないのだ。
「で」
唐突に、男は区切る。
「それが気に食わない奴らがいたのさ」
「気に、食わない?」
「よくいるだろ? 自然派というか、技術による進歩を『堕落』とか言っちゃうような奴らだよ」
はん、と男は鼻を鳴らす。
心底軽蔑しているような顔だった。
「ましてや、その技術で生み出された存在が、人類のあり方を変えるなど……許されるはずがない! なんてね」
芝居がかった調子で両手を広げ、そのままひらひらと振る。
「えっと……ナノマシンで、その旧人類になるというか……改造する、みたいな印象だった?」
「そーだろーねぇ。ミトコンドリアと共生した、それと変わらない話だってのにさ」
何かを思い出したように、男は笑う。
「そのくせ、ナノマシン由来の技術は使ってんだから、まぁ、なんというかーだよねー」
「マスター、またズレてますよ」
「おっと」
マルアハの突っ込みが入る。
男は悪びれた様子もなく、どっかりと椅子に座り直した。
「計画。なんとなくわかってきたろ?」
「ナノマシンを、拒絶する?」
「うーん、30点」
けらけらと笑い声が響いた。
「それは手段であって、目的じゃないんだ。彼らが望んだのはね、もっと純粋で、傲慢なものだよ。ナノマシンが堕落なら、堕落しない者こそが、真の人類である。ならば、真の人類を滅びから防がなければ! 未来永劫、純粋な真の人類を残すのだ! これこそ、方舟計画であーるってね」
光は、しばらく何も言えなかった。
何だそれは。
それで、何で自分が選ばれるんだ。
「その計画の、推進者の人たちはどうなったんです?」
「どうって、もういないよ」
にべもない答え。
「計画の規模に比べて、寿命がね、どう見たって足んないよねぇ。あれなら、まだ漸進派……あー、積極的には受け入れないって連中の方が億倍賢かった。で、結果的には何も知らない適性者と、計画用の何やかんや、そこのAMGとかだけが残りましたとさ。ほんとね、迷惑な話だよ」
ニヤニヤと男が少年を見ている。
少年は何かに耐えるように俯く。
その様子に、ティスはそっと目を伏せた。
「……俺に、適性がないのは、何でですか」
「さぁ? そこまで調べるほど僕も暇じゃない。でもホントに珍しいんだよな。君等の時代から呼ぶと、むしろナノマシンへの最適化余地の方がデカいんだ。呼んだ勇者くんたちにさぁ、例外なんてあったっけ?」
「ありません」
「ほーら」
マルアハと男のやり取りが、やけに腹立たしい。
それを努めて抑えるように、光は細長いため息をつく。
「……貴方が、勇者を呼ぶのは、何でですか?」
「え、それ聞きたいの? 止めたほうがいいと思うけど」
男は唇を尖らせた。
少年は顔を上げる。
「聞かせてください」
「えー……」
しばしの間、2人の視線が交錯する。
男は不満げな表情のまま、文句は聞かないよ、と前置きしてから答えた。
「趣味」
「は?」
流石に聞き間違いか、と光は怪訝な顔をする。
「だーから、趣味だよ、趣味」
「マスター、言葉が足りなすぎです」
「うるさいなぁ……」
男はガリガリと頭をかく。
そうだ、そういえば、ほかの旧人類はどうしたのだろうか。
少年は、半ば逃避気味にそんなことを考える。
「だってさぁ、せっかく戻ってきたら、面白い盤面になってんだぜ? 一息にMシリーズに飲み込まれそうだった新人類が、どういうわけか皇帝なんて出して盛り返してさ。どーせ向こうにもお節介がいるんだから、こっちだって手伝ってやったっていいだろ? バランサーだよ。良いじゃないか、趣味と実益。誰も困ってない」
「……ちょ、ちょっと待ってください」
聞き捨てならないことを、この男は言わなかったか。
慌てて、光は口を挟む。
「何だい。いくら何でも、趣味にまで口出しされるいわれは」
「向こうにもお節介がって、どういうことです?」
「……はん? いや、そりゃいるでしょ。君、僕だけだとでも思ってたの?」
「な……」
男の話をすべて飲み込める、などとは、もちろん思っていなかった。
それでも、少年の処理能力は限界を迎えてしまった。
「Mシリーズ、あー、魔物だっけ、そっち側だっているよ。物好きがね。他にもいるだろうけど、そんなの当然じゃないか」
常識で考えてくれよ。
ぶつくさ垂れ流される男の文句が頭痛を起こすようで、光はこめかみを押さえた。
◇
「クナッズよ……」
重々しい声が、ラヴァスロウムの玉座の間に響く。
そこに、魔王クナッズが単独で跪いていた。
「ネメシスの件、失態であったな」
「返す言葉もございませぬ」
「よい。アレを独力で見つけた功績を、我は忘れておらぬ……。次の目星は、どうなっている?」
「……お恥ずかしながら」
「そうか……。では、次は我から何ぞ用意してやろう。励むが良い」
「は……寛大なるお言葉に、このクナッズ、更なる忠誠をお誓い申し上げます」
その言葉に、異様な雰囲気が玉座の間から遠ざかっていく。
やがて、クナッズはゆっくりと体を起こした。
歴代の魔王しか知らぬ、魔族の頂点を見下ろすもの。
今代の魔王は、ぐっと奥歯に力を込める。
自分たちはその掌の上だ、とでも言うかのような存在に、ある魔王は従い、また別の魔王は抗い……消えていった。
クナッズは自嘲するように呟く。
「まるで、おとぎ話の神のようだな」
この愚痴とて、聞かれていない保証はなかった。
だが、その「神」とて、心の内までを見透かすわけではない。
事実、クナッズは嘘をついていた。
目星は、あるのだ。
だが、それに手を届かせるには、まだ駒が足りない。
「せめて、お前がいればな……友よ」
ふっと魔王は笑い、玉座へと深く腰掛ける。
そして天を仰ぐと、物思いに耽るように目を閉じた。