【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百六話 前篇 久遠の安寧-交戦-

――スイス・エーゼル飛行場

 

 現地時間で午後二時を過ぎた頃、久遠の安寧の本拠地と自身に懸けられていた懸賞金が解除された事をヒストリアから聞いた湊は、敵の元へ向かうと告げたことで、セスナなど小型機向けの飛行場に連れて来られていた。

 アイギスはヒストリアの母親と医者のシャロンに任せ、右目は失ったが貸していた黒いマフラーを首に巻いて戦闘の準備を整えた湊を待っていたのは、これまで貯めてきた全財産を使っても手が出ない最新鋭の戦闘機であった。

 その横に立ったヒストリアは、湊へ向き直るなり笑顔で口を開いて来る。

 

「足がないと不便でしょうから、今回はこちらの戦闘機をご用意させていただきました。操縦はセスナと似たような物だと思いますので、小狼様なら大丈夫ですよね?」

「……セスナと戦闘機はまったく操縦方法が違うぞ。そもそも、訓練を受けていないと長時間の高速飛行は無理だ」

「まぁ、そうなのですか? でも、小狼様ならきっと大丈夫ですわ」

 

 にっこりと一切の邪気のない笑みを向けられても、そんな根拠のない信頼をされたところで湊の持つ技能には何の効果もない。

 無邪気だからこそ質が悪いのは本当だと呆れつつ、戦闘機を見た事で蘇って来た記憶を整理しながら会話を続ける。

 

「その変な信頼はやめろ。それに、操縦できないとは言ってない。蠍の心臓で一通り教わったから操縦くらい出来る」

「なら、問題はありませんわね。こちらは小狼様に差し上げます。別に壊しても構いませんので、どうぞご自由にお使いください。ミサイルもちゃんと積んでありますから」

 

 言われて確認すると確かにミサイル装備に設定されている。

 しかし、航行距離を考えるとミサイルよりも燃料を積んだ方が良いのではないかと思った。

 もっとも、片道であれば問題なく飛べるはずなので、帰りは別の手段を考えればミサイル装備でも問題ないだろう。

 戦闘機の装備に対する懸念がなくなった湊は、そのまま近付いてゆくと開いていた搭乗席に乗りこんでしまう。

 それを見たヒストリアはニコニコと笑ったままだが、付き人の一人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「しゃ、小狼様、乗り込む前に対Gスーツとヘルメットや酸素マスクを身に付けてくださいませ」

「いらない。普通の人間とは身体の強度が違うんだ。最高速度で数時間飛んでも問題ない」

 

 そんな装備を身に付ければ向こうについてから戦闘に移り辛くなる。

 ならば、なくても多少の我慢で済むので、湊は最初からいらないと言って付き人を下がらせた。

 蠍の心臓で乗った事のある機体とは種類が異なるが、基本的な構造や操縦方法は同じようなので、最終的にはエールクロイツで操る事が可能な事もあり、湊はすぐにでも出発することに決めた。

 ここへ来る前にヒストリアが連絡してくれたことで、この飛行場は貸し切り状態だ。これからいくつもの国の領空侵犯を行うので、証拠を残さないために管制塔とのやり取りも必要ない。

 服装は私服にマフラーを巻いただけだが、シートベルトだけはしっかりと締めて、湊は天蓋を閉めつつヒストリアに離れるように言った。

 

「このまま出る。離れていろ」

「はい。アイギス様のことはどうぞお任せを。ですから、小狼様はご自身の思うままにお進みください」

「……ああ、ありがとう。行ってくる」

 

 いつまでもにこにこと笑って手を振っているヒストリアを、お付きの者たちが引っ張って離れさせている。

 その光景に思わず苦笑しながらエンジンを点火させると湊は操縦桿を握った。

 目的地はギリシャとアルバニアに挟まれた小国バーラエナ。まさか小さいとはいえ国一つを隠れ蓑にしているとは思わなかった。

 だが、隠れ蓑にしていたということは、その国の政府も久遠の安寧の手の人間だと考えていい。

 ならば、国を多少焼いたところで何の問題もない。

 そう考えて、滑走路を進みだしたとき、内に宿しているシャドウの王がテレパシーで話しかけてきた。

 

《やぁ、身体の調子も少しは戻ったみたいだね。それに神降ろしも不発に終わったみたいだ》

「万全とは言い難い。点滴を受けて寝ていただけだからな。でも、記憶の消去が止まった。むしろ、関係のある物に出会うたびに蘇ってくる」

《君は自ら神を呼びこんだとき、人格の変異はあれど神との共存を果たしていた。アイギスさんの力を借りて僕を吸収したように、器になるはずが相手の力を取り込もうとしたんだ。だからもう、君が神の力を引き出すことはあっても、君が神の器にされることはないと思うよ》

 

 茨木童子たちが目指した神の誕生は、シャドウの王を取り込んだことのあった湊が器になりかけたことで、その性質を大きく変異させていた。

 その最大の違いは神が湊を取り込むのではなく、湊が神を取り入れるようになった事だ。

 神を喚び出すには呼び代となる高純度な想いや感情が必要となる。それを用意すること自体が困難なので、湊も自由に神を喚ぶ事は出来ないだろうが、人格の消去と肉体が奪われる心配がなくなったのは朗報だ。

 一時は力を使い過ぎた反動で弱り切っていたが、点滴を受けて睡眠を取ったことで回復した湊は、失われた記憶を取り戻しつつあり。このままいけば完全に記憶を取り戻すことも可能だろう。

 ずっと心配していただけに、友人の一先ずの無事が確認出来たことでファルロスは嬉しそうにしている。

 

《そうそう、君の読心能力が切り替え可能になったのはアイギスさんのおかげなんだ。生命力が尽きかけた君に自分の全エネルギーを譲渡したんだよ……口移しで》

「ごふっ!?」

 

 機体が加速を始め、離陸体制に入ったときに口移しの件を聞いた事で湊は思わずむせてしまう。

 自分が意識を失っていた間のことなので湊には判断がつかず、かといって似た能力を持った存在はアイギスしかいないので、力が安定した理由を考えれば彼女の力を貰ったからだと考えるのが自然だ。

 けれど、やはり機械である彼女がエネルギーの譲渡とはいえ、自分に口付けをするとは思えなかったので、湊はからかわれていると考える事にした。

 

「……適当な事をいうな」

《いやぁ、愛の力って素晴らしいよね。王子様のキスでお姫様が目覚めたのが数日後ってのが残念だけどさ》

「……本当に口移しだったのか?」

《君の身体に関する力の流れは雰囲気で分かるんだ。あれは間違いなく口から流しこまれた感じだったよ。急に力が流れ込んできたから驚いたけど、そのおかげで君の命を繋ぎ止める事が出来たんだ》

 

 普段から生命力を使って蘇生や治療を行っている相手だけに、そういった力の流れに敏感であっても不思議ではない。

 だが、意識がなかったときの話しなので、湊もいまいち信じきる事が出来ず、少し恥ずかしい気もするがアイギスが目覚めたら真相を聞こうと思った。

 そんな事を考えながら、離陸に成功して進路をバーラエナに向けて取った湊に、ファルロスはいくらか真剣な声色で再び話しかけてくる。

 

《さて、それじゃあ本題を話そう。いまの湊君は点滴と睡眠のおかげで力が少し回復している。けど、万全にはほど遠いし、点滴くらいじゃその身体を動かすのに十分な栄養を摂る事は出来なかったんだ》

「いまの状態で蘇生や治癒は出来るのか?」

《完全な蘇生は多分出来ない。出来て傷を塞いで命を繋ぎ止めるくらいだと思う。だから……絶対に死なないでね》

 

 敵の本拠地に乗り込むというのに蘇生が使えない。怪我の治療は出来るだろうが、重傷となれば止血が限度で完治は難しい。

 自分が今まで無理と無茶をしてきたせいだが、それでも休んだ事で思考は冷静さを取り戻し、身体もある程度は自由に動かせるまで回復している。

 ならば、死ねないというのは他の人間と同じ条件になっただけだ。自分は生き延びて、相手をただ殺せば良い。

 残った左眼を蒼く輝かせながら、湊はイリスの仇の少女との邂逅を想い薄く笑った。

 

 

――バーラエナ・久遠の安寧本拠地

 

 数日前の暗殺者集団“蛇”と爆撃機部隊を派遣した湊殺しが、超常現象が起こった事で失敗したという報を受けた久遠の安寧では、湊を見失ったこともあり少々慌ただしくなっていた。

 仕事屋の一団に紛れさせていた構成員に超望遠で撮影させた映像には、光の触手にも見える羽根状の物を背中から生やした存在や、街を覆うほど巨大な黒い蛇の骨に、湊を守る様に飛んでいる天使の姿が映っていた。

 それを確認した幹部やソフィアも、相手がソフィアと同じ能力者であると確信した。

 けれど、湊はいままで銃火器や刀で構成員たちを殺してきている。超常の存在の力を使って殺害したらしき痕跡は出ていない。

 その理由が力を制御出来ていないからなのか、力を使わずとも殺せるという自信からなのかで、久遠の安寧も対応を変えねばならない。

 だというのに、あの日から今日まで湊に関する情報が一切上がって来ない。構成員が殺されていないことから、そもそも活動自体が行われていないようだが、力を持った相手の動きが読めない事で、久遠の安寧のトップを務めるルーカスは言いようのない胸騒ぎを感じていた。

 

(小狼め、一体どこに隠れている。力を使い果たし死んだのか? いや、名切りの鬼は手足を失っても戦い続けると聞く。あの程度で死んでいるはずがない)

 

 相手の存在は許し難いが、それでも仙道を超える化け物であることは認めざるを得ない事実だと考えている。

 映像にあった力を自在に使えるのなら、湊の相手は同じ力を持つソフィアにしか出来ない。

 しかし、相手は生身で戦車を破壊するような化け物だ。仮に異能が互角であれば、肉体の性能の差でソフィアに勝ち目はない。

 どうして名切りの生き残りが自分たちを狙ってきたのか最初は分からなかったが、つい先日、機嫌の良かったソフィアに尋ねればあっさりと理由を教えてきた。

 仙道から話しを聞いたソフィアは湊に興味を持ち、姿を確認したことで自らの物にしようと考え、共にいた仲間を罠に嵌めて殺したらしい。

 それが真実だとすれば、仲間が殺された真相をどこかで知った事で、相手は復讐のために挑んできているのだろう。

 被害総額は爆撃機や施設を破壊された事で三十億ドルを優に超え、殺された構成員の数も一万人に達しようとしていた。娘の軽率な行動が原因で始まった戦争なので、挙がってくる被害報告書を見る度、自分の娘ながら余計な事をしてくれたものだとルーカスは思わず頭を抱えた。

 そうして、執務室に一人で今後の湊に対する対応を考えていたとき、内線の呼び出し音が突然鳴り響いた。

 緊急性によって点灯するランプの色が変わるようになっているのだが、現在光っているのは最大の緊急性を表すレッドランプ。滅多な事ではレッドランプは使わないので、ルーカスは何事だと通信を繋いだ。

 

「私だ。一体何があった?」

《ルーカス様、現在所属不明の戦闘機がまっすぐこちらに向かっているとの報告が入りました。既にいくつもの国の上空を通り過ぎているため、相手の目的地はここの可能性が高いと》

「馬鹿なっ。この場所の情報が漏れるなど考えられん」

《はい。我々も信じられず、困惑しております。ですが、相手はミサイルによって武装しておりますので、ルーカス様の指示を仰ぎたく連絡いたしました》

 

 連絡員の声の様子から察するに、所属不明機はもう少しで到着してしまうのだろう。

 この場所がばれたこと自体が驚きだが、敵と思われる者が攻めてきたならこちらも対処するしかない。

 タイミングを考えれば相手は湊の可能性が高いが、どちらにせよ墜としてしまえば関係ない。

 ルーカスは連絡員にそちらに向かうと告げ、部屋を出ると司令部へと急いだ。

 

***

 

 久遠の安寧の本拠地である基地は、山岳部に近く冬は積雪もあるような寒い地域に存在する。

 地上部にはカムフラージュも兼ねた居住スペースとして広大な土地を持つ豪華な屋敷が建ち、土地の至る所に迎撃装置を配備して、それらを地下の作戦司令部で一括管理しているのだ。

 有事の際には迎撃装置を使って相手を屠るが、仮に内部に侵入されても建物内にも迎撃ギミックや区画を細かく閉鎖するシャッターを多数用意し、さらには武装した兵士も大量にいるため守りは固い。

 けれど、ここへ攻め込んできた者は過去一人もいなかったことで、ルーカスは兵士以外は全て地下区画に移動させ、兵士もほとんどを自分たちのいる本棟の警備に当たらせる守りの布陣を敷いた。

 

「来ました。やはり、まっすぐこちらに向かっています!」

「迎撃ミサイル用意! 相手が動く前に先に撃ちこめ!」

 

 司令部の大型モニターに望遠カメラで捉えた敵機の姿が映し出される。最高速ではなく普通の巡航速度で飛んでいるようだが、相手は最新の戦闘機であるため二分も経たずに到着してしまうだろう。

 ミサイルを装備しておいて、敵対の意思はありませんなどと言ってくるはずもなし。ルーカスは相手よりも先に撃ちこんで撃墜するよう命じた。

 相手の速度とミサイルの着弾時間を計算し、命令を受けた者たちは次々とミサイルを発射した。

 着弾地点はしっかりとほぼ重なる様にしているが、弾道を微妙にずらすことでミサイル群は面で戦闘機へと迫ってゆく。

 いくつかは迎撃出来るにしても、お互いに向かいあって高速で飛んでいるため、回避が間に合うはずがない。

 呆気なかったなと思わず口元を歪めかけたそのとき、モニターに映っていた戦闘機が一瞬にして消えた。直後、ミサイル群の後ろに再び出現したという反応がレーダーに表れ、何もない空間でお互いにぶつかって爆発するミサイルを眺めながら、ルーカスたち司令部の人間は騒然とした。

 

「何が起こったのだ!? どうやってやつはミサイルを回避した?」

 

 モニターで見ていた限り、戦闘機は一瞬にしてミサイル群の背後に移動したようにしか思えなかった。

 急な加速や、神業的な回避を取った訳ではなく、突然消えて別の場所に現れたのだ。

 瞬間移動などというふざけた事を現実に起こせる筈はない。何かしらのトリックが存在すると、迎撃を続けさせながら別の者に解析させれば、驚くべき結果が機器に表示された。

 

「け、結果が出ました……」

「どうした? 早く答えろ」

「は、はい。機器の計測によりますと、あの戦闘機は消えたと思われた瞬間にマッハ五〇以上の速度で飛行し、それぞれの距離が詰まる前にミサイル同士の間をすり抜けたようです」

「そんな、馬鹿なっ」

 

 既にマッハで飛んでいる物が、どうやって一瞬でそこまで加速出来るのだろうか。

 百歩譲ってコンマ以下でそこまで加速できるとしよう。しかし、今度は対Gスーツを着ていようと乗っている人間がかかる負荷に耐えきれない。

 また、見た目が通常の戦闘機と変わらないことから機体強度が同じだとすれば、空気抵抗に機体が耐えられずに空中でばらばらになるはず。

 他にも不可能であるとする様々な理由は挙げられるが、相手はあり得ない事を実現させたのだから、それを可能とする能力を持っていると推測出来た。

 

「……小狼は仕事屋たちから逃げる際にも、一瞬にして別の場所に現れた事があると聞いている。だとすれば、相手には自分と触れている物を空間移動させる能力か、または加速させる能力を持っている可能性がある」

「そ、そんな力を持った者を相手にどう対処すればっ」

「このまま撃ち続けろ。やつがあの能力を長時間使用したという情報はない。ならば、少なくとも発動限界と連続使用に制限があるはずだ。それを見極めるためにも最大火力を維持し、ここへ近付かせるな」

「了解しました!」

 

 ルーカスの命令を受けた者たちは火器系統を操作して、次々とミサイルや対空バルカンを放って戦闘機を落とそうとする。

 けれど、先ほどよりも発射までに時間があったことで、戦闘機は上空に向けて進路を取り高度を上げて逃げている。

 ミサイルならばある程度は追えるが、バルカンの射程にも限界があるので高度を上げながらの相手には当たりそうもなかった。

 逃げている間はこちらへの接近を阻めているが、どうすれば相手を墜とせるかが分からない。そうして、ルーカスが対処法の他に施設内の兵士の配置も変えておくべきかと考えたとき、相手が装備していたミサイルを一斉に屋敷部分に向けて放ってきた。

 地上部の対空戦力を考えれば落とせない事はない。指示を出すまでもなく、部下たちも一部の火器を迎撃に回して撃墜してみせた。

 しかし、一部の火器が迎撃に回ったことで、戦闘機に向けられた弾幕が薄くなり、相手はその隙を突いて次の行動を取っていた。

 

「じょ、上空に大型タンクローリー出現! 地上部の敷地境界付近に落ちてきます!」

 

 慌てた様子でレーダーを確認していた男が声をあげる。

 急に戦闘機が上下反転させたかと思えば、突如、そこに大型タンクローリーが出現し落下を始めていた。

 タンクローリーの側面に描かれた文字と絵を見るに、中身は大量のガソリンだろう。

 そんな危険物が敷地外とはいえほど近い場所に落下すれば、地上部は爆発に巻き込まれて大きな被害を被ってしまう。

 あんな物をどうやって上空に出現させたのかは不明だが、ルーカスは相手の本当の能力は物体を別の地点に移動させるものだと確信した。

 

「絶対に落とさせるな! 引火したガソリンが撒かれてもいい。直撃だけは避けろ!」

「了解っ、ミサイルを敵機に、対空バルカンをタンクローリーに集中させます!」

「総員、衝撃に備えろ。爆発の余波はここへも来るぞ!」

 

 ルーカスが言い終わるかどうかのタイミングで、地上に迫っていたタンクローリーをバルカンが撃ち抜き大爆発が起こった。

 ミサイルが着弾するのとほぼ同じ規模の爆発の余波で、地下にある基地にも衝撃が伝わり少々揺れ、地上のカメラは閃光に包まれ視界を失ってしまう。

 とんでもないデタラメな手段を取ってくる敵だと、机を掴んで衝撃に耐えていたルーカスは表情を歪ませる。

 直撃を避けたことで地上に引火したガソリンが撒かれるだけで済んだが、高温のガソリンがあるせいで、それがフレアと同じ効果を発揮し、傍に配備されている一部のミサイルの熱源感知機能を使えなくなってしまった。

 それを使わずとも発射時点でデータ入力して撃つ事は出来るが、やはり高速で飛んでいる相手を狙うにはミサイル自身で軌道修正を行い追尾して貰う必要があった。

 熱源追尾型にはフレアを、レーダー型にはチャフを使われれば追尾が難しくなることから、その二つに加えてカメラによって認識した物を追うタイプも配備していたが、今回はそれが仇となった訳だ。

 相手がこの効果を理解してタンクローリーを落としてきたのなら、忌々しいが兵器に関する知識を持ち合わせているのだろうと、回復してきたカメラの映像を見ながらルーカスは別の防衛手段を取らねばと思った。

 しかし、ルーカスも構成員たちも回復したカメラの映像を見て背筋が凍った。

 相手の狙いは熱源追尾型の無力化など、そんな生易しいものではなかった。今から迎撃しようにも間に合わない。

 そう、爆発によって基地の視界が封じられている間に、相手は時間差でさらに十台ものタンクローリーを投下していたのだ。それも敷地内のほぼ一ヶ所にまとめて落ちるように。

 

「総員、耐ショック姿勢っ!!」

 

 ルーカスの声で硬直が解かれた構成員たちは、一斉に近くの物に掴まり対ショック姿勢を取る。

 そして、数秒後、先ほどの比ではない大きな揺れが基地全体を襲った。

 

***

 

 二回目のタンクローリー投下を果たした湊は、その爆発で地上部の屋敷と迎撃装置の一部を破壊出来た事を確認しながら、旋回して残っていたミサイルを屋敷に向けて撃ちこむ。

 敵側はまだ爆発の衝撃によって動ける状態ではない。故に、発射されたミサイルは簡単に大きな屋敷の一部をさらに破壊してみせた。

 これで相手の敷いた布陣も完全には機能しないはず。向かう場所に敵がいないことを確認しながら進路を取ると、湊は途中までは戦闘機で向かい、最後は飛び降りて戦闘機を広げたマフラーに収納して地上に降り立った。

 美しい外観をしていた屋敷の一部は見るも無惨な瓦礫と化し、爆発で燃えうつった炎でさらに焼かれている。

 その中を刀一本持った状態で進みながら、湊は近付いて来る者たちの反応を感知して哂っていた。

 

(時間稼ぎとは涙ぐましい努力だな。だが、生憎と俺は正規のルートだけで行こうとは思っていないんだよ)

 

 蒼い左眼を光らせ、湊は足元の床を数度切りつける。

 すると、切られた床はいとも容易く抜け落ち、地下への入り口を作り出していた。

 地下には地下で兵士たちが配備されているようだが、そんなイレギュラーな登場を見せた者に突然対処しろという方が難しい。

 湊は通路だった一つ下のフロアに着地すると、銃を構え掛けていた四人の兵士に向かって駆け出し、すれ違い様に一瞬にして首を切り落とした。

 血飛沫を上げながら倒れゆく者をそのままに、歩き出した湊はこの基地の構造を把握するべく召喚せずにカグヤの探知能力だけを使用する。

 

(ソフィアがいるのはもっと奥の別の棟か。司令部や幹部が逃げ込むシェルターなどもそちらという事は、敵の心臓部は別棟に集中しているらしいな)

 

 今後の方針をまとめながら、湊はマフラーからファルファッラを抜いて引き金を数度引く。

 ハンドガンとは思えない威力と射程で、正面に現れた武装した男たちの四肢や頭部が吹き飛ばされ倒れてゆく。

 続けてファルファッラを戻し、代わりに手榴弾を一つ取り出せば、ピンを引き抜きながら一七〇キロを超える剛速球で投げ込み、背後から迫っていた一団を爆殺した。

 

(ミサイルの回避とタンクローリーの投下で時流操作を使い過ぎた。治癒の分を考えると、時流操作はもう使えないな)

 

 能力を使わずとも人の気配が複数近づいて来ている事が分かる。両手で刀を構えたまま駆け出した湊は、通路の角を滑る様に曲がった先にいた鬼の出現に戸惑う敵を見つめて口元を吊り上げる。

 これが人として正しい反応だ。対峙しただけで全身の毛が逆立つような、戦ってはならないと本能が告げる存在。それを前にして手に武器を持ちながらも攻撃を忘れてしまうのは、力を持たぬ弱き者として当然だった。

 ここに来るまで湊は意識して自分の気配を抑え、不要な犠牲を出さないために攻撃手段も選んできた。

 いまは体調が万全でない事で攻撃手段を選ばざるを得ないが、敵しかいないここならばもう何も抑える必要はないのだ。

 殺意を瞳に宿し、殺気を全身から放ちながら、現代に蘇った鬼は刀を振るい人間たちを肉塊に変えた。

 そして、出来たばかりの血溜まりの上を進み、敵を煽るためわざと傲慢な態度を演じて湊は口を開く。

 

「フフフ、フハハハハッ! 聞こえているか豚ども。名切りと敵対する道を選んだ以上、お前たちに待ち受けているのは死のみだ。何故、我ら鬼が大陸の向こうにまで名を轟かせたのか。その理由、身を持って知るがいい」

 

 この施設にはカメラやマイクが至る所についている事に気付いていた。

 それを使って湊は敵へ再度の宣戦布告をしておいた。ここまで来た以上、怯えて隠れていた主要な幹部たちを逃がすつもりはない。

 すると、敵はちゃんと話しを聞いていたらしく、湊を進ませないようにと隔壁のシャッターを次々と降ろし始めた。

 これでは敵兵も分断されてしまうはずだが、指揮を取っているのはそれを理解していない戦いの素人のようなので、湊は目の前の合金製シャッターを刀で斬り崩しながら、特に驚いた様子も見せずに言葉を続けた。

 

「そして、ソフィア。貴様には以前言ったな。生まれてきた事を後悔させてやると。すぐにそちらに行ってやる。精々その醜い顔を見れる状態にして待っていろ」

 

 こんな小細工をしたところで鬼の歩みを止める事は出来ない。隔壁を斬り崩し、中にいる敵を殺して、備え付けられた迎撃装置を次々にスクラップに変えてゆく。

 戦闘時以外に走らないのは敵の恐怖を増大させるため。あらゆる手を尽くしても止める事の出来ない死神が徐々に近づいてくる恐怖は、相手から冷静な思考を奪うのにとても有効なのだ。

 そして、恐怖で気が狂いそうになりながら命乞いをしてきた相手を、湊はじわじわと嬲り殺してやるつもりだった。

 ソフィアだけは、ただの雑魚と同じように一瞬で死なす気など毛頭ない。何度も痛めつけ、死ぬ前に治療を施し、再び痛めつけてはまた治療する。

 そんな生き地獄を味あわせなければ、イリスを殺された怒りと憎しみは欠片も治まりはしないのだ。

 通路を進みながら湊は密かに思う。アイギスが共に来なくて良かったと。いまの自分を大切な少女に見せたくはなかったから。

 

***

 

 湊の侵入を許したことで久遠の安寧側は大混乱に陥っていた。

 老人たちは自分は死にたくないとシェルターに逃げ込み、ある者はここから離れようと脱出艇の使用許可を求めてきた。

 シェルターに逃げ込むのは構わないが、この状況で脱出艇を使って自分だけ逃げるなど許される筈がない。

 使用は許可できないと返し、相手をシェルターにぶちこんでおくよう兵に命令をして、ルーカスは湊を殺すため様々な手段を試していた。

 

「やつの五ブロック先の隔壁を一時解放、六ブロック先に毒ガスを充満させろ。やつが侵入してから五ブロック先の隔壁を再び閉じて閉じ込める。さらに八ブロック先に放水開始」

「隔壁解放。毒ガス、放水共に開始します」

 

 閉じ込めた敵を殺すため、最初から配備している迎撃システムの他にも隔壁内にガスや水など送るギミックが備え付けられていた。

 水は一度に放水出来る量が限られているので少し先のブロックに設定し、毒ガスはある程度満たしておいて最後に閉じ込め直すことで殺傷能力を上げるつもりだ。

 いまもカメラの向こうでは隔壁内に取り残された兵士が容易く肉塊に変えられていた。

 施設に侵入して三十分も経たないうち既に百人以上が犠牲になっている。これ以上の犠牲を防ぐため、また、自分たちと娘を守るためにルーカスはここで墜とすと真剣な表情で画面を見つめた。

 

「対象、毒ガスエリアに侵入します」

「やつが通ったばかりのエリアに毒ガスを送れ。挟撃した後、改めて隔壁を落とす」

「了解、毒ガスを送ります」

 

 湊が隔壁を斬り崩して現れた。刀一本で切れるような強度ではないのだが、相手は戦車を斬ったこともある男だ。いまさらシャッターを斬ったところで驚かない。

 そして、部屋に入った湊は僅かに表情を変えたことから異変に気付いたらしい。けれど、既に背後からも毒ガスが送られてきている。

 吸えばすぐに効果が出始め動けなくなるような毒だ。急いで前のブロックに戻ろうにも移動中に倒れるだろう。

 今は口を閉じて息を止めているのかもしれないが、それも時間の問題だとルーカスは今度こそ成功を確信した。

 だが、画面に映っている相手は、それを嘲笑うように口元を歪めていた。

 

《この程度じゃあ駄目なんだよ。致死量の毒を血管に流しこまれようが、倒れてすらやれないんだ》

 

 言って湊が刀を振るうと、ブロック内の状態を確認していた構成員の一人が驚きの声を上げる。

 

「なっ!? ぶ、ブロック内に充満させていた毒ガスが消えました!」

「馬鹿な、刀を振るっただけだぞ!?」

 

 刀を一度振るっただけで充満していた毒ガスは消え去り、ブロック内の空気は正常値を表していた。

 追加で送られている毒ガスの部分は表示されているため、センサーが壊れた訳ではなく、先ほどの攻撃らしきものによって相手は毒ガスを無毒化したようであった。

 さらに、相手は言った通り毒ガスを吸っていたにもかかわらず、先ほどと変わらぬ確かな歩みで進み続けている。

 今度は放水されたブロックに到着した。先ほどまでは隔壁を切れていたが、今度は水の圧力が加わって切る事など出来ないはず。

 そう信じていたのに、相手は先ほどまでと違う事を感じ取ったのか、隔壁に向けて刀を突き出していた。

 すると、刀は深々と突き刺さって隔壁を貫通し、貫通した刀の切っ先が水に触れると水が霧散してしまった。

 蒸発しただとか、空間移動させたなどという話しではない。ルーカスたちが画面越しに見ている目の前で、跡形もなく消え去ってしまったのだ。

 

「あれは武器の力なのか?」

「いえ、スキャンしたところ強度が高いだけで普通の刀のようです。むしろ、異常なのは対象の方で、何かの高エネルギー反応が邪魔をしてスキャンが通りませんでした」

「つまり、やつはソフィアとは全く異なる力を持っているというのか。ぐっ……化け物め」

 

 ソフィアが使える千里眼のように、相手も何かしらの力を持っているとは思っていた。

 あんな超常の存在を身に宿すのだ。常識に当てはめられると考える方がおかしい。

 けれど、ソフィアから相手が読心能力を持っていると聞いていたため、ソフィアの千里眼にあたる能力がその読心能力なのだとばかり思っていたのだ。

 その前提が崩れるとなるとルーカスたち普通の人間では取れる手段がなくなってしまう。ソフィアに相手をさせようにも、先ほどの毒ガスや水を消失させた能力や、物質転送を使われればソフィアですら勝てるか分からない。

 額に脂汗を滲ませながら苦悶の表情を浮かべていたルーカスは、これ以上の侵攻を許す事は出来ないとして、肉を切らせて骨を絶つ大きな決断をした。

 

「東棟を破棄する。東棟の隔壁を全て解放、ただちに自爆させろ。やつを地下四階まで叩き落とし瓦礫で押し潰せ」

「ひ、東棟にはまだ兵士たちが」

「いま墜とさねば、やつはここまで辿り着くぞ! 貴様も名切りの鬼に殺されたいのか!」

 

 相手が余裕を見せている今だからこそ効果があるのだ。これ以上近付かれれば、相手がいる東棟以外にも破棄しなければならなくなる。

 本丸に切り込まれるまで残された時間が少ないことから、ルーカスは男を怒鳴りつけて命令の実行を急かした。

 すると、他の者たちも自分たちがどれだけ追い込まれた状態にあるのかを認識したようで、取り残される仲間に悪いと思いつつ、館内放送のマイクをオンにして東棟を除く全ての人間に通達した。

 

「し、失礼しました。緊急連絡、緊急連絡。ターゲットへの対処のため東棟を直ちに破棄する。館内の者は速やかに衝撃に備えよ」

 

 続けて別の男が東棟の自壊コマンドを入力して、あとはエンターを押せば起動出来る状態にした。

 そのまま押せばこのフロアにいる人間が対ショック姿勢を取れないので、男は自分も対ショック姿勢に移りつつ他の者にカウントを伝える。

 

「カウント取ります。5、4、3、2、1、デッド」

 

 直後、基地全体が大きな揺れに包まれた。離れたここまで骨組を爆破する音と倒壊する東棟の衝撃が伝わってくる。

 通信が途絶える直前のカメラの映像には、床が崩れ落下してゆく湊の上に地上部の瓦礫が降り注いでゆくのが映っていた。

 激しい揺れに必死に耐えながら、ルーカスはようやく滅びたはずの名切りの亡霊を討伐する事が出来たと密かに安堵の息を吐くのだった。

 

 

 

 


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