【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百十五話 再会から一夜明けて

1月20日(土)

朝――桔梗組本部

 

 湊の心が壊れ英恵の元にいると知って以降、チドリが毎日のようにタルタロスでシャドウ狩りを行っていることに桜も気付いていた。

 戦う力を失っただけではなく、記憶と人格が退行してしまったことで戦えなくなってしまったのだ。

 それを知った少女が彼の意志を継ぐように、人々を守るためシャドウ狩りという行動に出る気持ちは理解出来なくもない。

 しかし、それは少女に平和な暮らしをして欲しいと願っていた湊の想いに反する行動でもある。

 

(ちーちゃんは帰ってるかしら……)

 

 玄関にチドリの靴があるかを確認しに来た桜は、彼女が運動時に履いているスニーカーが通学用のローファーと並べて置かれているのを見てホッと息を吐く。

 影時間の適性を持たず象徴化してしまう身なので、影時間に少女が何をしようと止める事は出来ない。

 だが、湊の願いだからという理由だけでなく、危険な事をして欲しくないという純粋な親心からも、そろそろチドリに無茶な戦いを止めるように言わねばと桜は彼女の私室に向かった。

 今は朝の六時を過ぎた頃だ。普段のチドリならばタルタロスに行った翌日でも朝の鍛錬に起きている頃である。

 よって、相手を起こしてしまうという事は大して気にせず、部屋の前に着くと桜は扉を三回ノックした。

 

「ちーちゃん、起きてる? 少し話しがあるから入るよ?」

 

 ノックして相手の返事を待つが反応がない。どういう事だと疑問に思いつつ耳を澄ますも、そもそも物音が聞こえて来なかった。

 もしや、既に道場のいるのか。トイレや朝風呂に行っている可能性もあるが、とりあえず起きているか確認してから探しに行っても遅くはない。

 

「ちーちゃん、開けるよ?」

 

 そう考えた桜はゆっくりレバータイプのドアノブを下げて扉を開けた。

 

「…………え?」

 

 扉を開けて部屋の中を見た桜は思わず目を丸くする。

 まず目に入ったのはベッドの周りに脱ぎ散らかされたように散乱する衣服。少女の物に加えて男物のコートやらシャツやらが落ちており、これだけならば泥棒に荒らされたのかと疑う事も出来るのだが、どういう訳かゴミ箱には血のついたレギンスが放り込まれている。

 まぁ、初潮を迎えている少女なので時期によってはレギンスに血が付くことも考えられなくはないのだが、そのまま視線をベッドに向けた桜はその可能性を脳から排除していた。

 

「な、なんで、みーくんが、というか二人とも……」

 

 なんとそこには、英恵の元にいるはずの湊がチドリを抱きしめるようにして寝ていた。

 どうして湊がいるのか分からないが、眼帯も付けている事から本人であるのは確実だ。色々と訊きたい事はあるけれど、仮に記憶やらが戻って帰って来たのならめでたい事である。

 しかし、毛布から出ている湊の腕や肩を確認する限り、どうみても彼は服を着ていなかった。

 年頃の少女と同じベッドで寝ることも問題ではあるものの、そこは家族としてずっと暮らしていたので目を瞑ろうと思うが、流石に裸でベッドに入るのはマナー違反である。

 ただ、その彼の胸元で抱かれるように眠る少女の方も少しおかしい。長かった髪が肩甲骨辺りの長さになっているという疑問がまずあるが、こちらは大した問題ではないのでこの際置いておく。

 それよりも問題と思われるのは少女が現在どのような服装であるかだ。

 部屋に散乱している服を確認してゆくと、少女の物はトレーナー、その下に着るシャツ、スカート、ゴミ箱に放り込まれたレギンス、靴下が落ちていた。

 コートはしっかりとハンガーにかけられているので除外するとして、彼女が普段着ている物から先ほどの物を引いてゆくと下着しか残らないはずである。

 まさか、男子の方は裸で、女子の方は下着姿で寝ているのではあるまいな。そう考え部屋に入ってゆくと、桜は相手を起こさないよう静かに二人を包む毛布を捲ってみた。

 

「…………お赤飯炊かなきゃ」

 

 二人の姿を確認した桜は素早く毛布を元通りにすると、どこか茫然とした様子で出て行く。

 いつまでも可愛い子どもだと思っていたが、どうやら自分たちが思っていたよりもずっと大人になっていたようだ。

 中学二年生では早過ぎるとも思いつつも、二人は桐条の被験体となり世間の子どもたちより精神的に成長している。

 ならば、そういった事に興味を持って同意の上でしたのならしょうがないのかもしれない。

 大人として、親として、ひっそりと子どもの成長を祝ってやろう。そう考え、父や渡瀬には話せないが、自分は応援しているという意味も込めて、桜は朝食にお赤飯を出すべく台所へと去って行った。

 

――チドリ私室

 

 扉が閉まり桜の足音が遠ざかってゆく。その音に反応して目を覚ましたチドリはぼんやりとした頭で身体を起こした。

 

「……さむっ。ていうか、なんで裸なんだっけ?」

 

 起き上がって毛布から出たチドリは、朝の冷たい空気に触れて身体を震わせる。

 自分と隣に寝る男がどうして下着一枚で寝ているのかは不明だが、状況を確認するため腕で胸を隠しながら周囲を見渡した。

 そして、寝ているといっても湊がいるので今のショーツ一枚という服装はまずいと考え、ベッドの下に落ちているシャツに包まれていたブラを拾い、湊に背中を向けた状態で身につけてから暖かい毛布の中に戻って改めて記憶を辿ってゆく。

 

(えっと、タルタロスからアザゼルで飛んで帰ってる途中で眠くなって、そのまま寝たらベッドが汚れるからって服を……脱いだからほとんど裸だったのか)

 

 自分が服を着ていなかった理由を理解したチドリはまだ僅かに眠気が残っているのか、欠伸をしながら湊の腕の中に潜り込む。

 昨夜、タルタロスを後にしたチドリは、アザゼルで飛んでいる湊にお姫様抱っこされながら帰路についた。

 しかし、連日のシャドウ狩りにモナドでの戦闘で疲労がピークに達し、湊が戻ってきたことによる安堵と抱かれている心地良さに途中で眠りかけてしまう。

 そのまま寝てはまずいと自分でも分かっていたので、湊に声をかけて貰いながらギリギリ眠らず家に到着出来たのだが、自分の部屋に着くなりベッドにダイブしかけた。

 けれど、服は戦闘で汚れていたし、足を斬られたことでレギンスには血まで付いていた。そんな状態で寝る訳にはいかず、かといって風呂に入ることや着替えるのも面倒だったので、寝るときはブラを付けない事もあり、ぱぱっとショーツ一枚になってすぐにベッドに入ったのだ。

 

(あれ? でも、なんで八雲まで裸なんだっけ?)

 

 自分が裸の理由は理解した。しかし、どうして湊まで同じ下着一枚という状態で寝ているのか分からない。

 相手に一緒に寝るように言った記憶はあるが、ほとんど寝呆けていたせいで記憶が曖昧だった。

 何か手掛かりになる物はないか、湊に背を向け相手の腕を自分のお腹のところで組ませつつチドリは見渡す。

 そして、落ちている衣服を見ていたときあることに気付いた。

 

(……あ、マフラーがない。そっか、服を入れてるマフラーをどっかに置いてきたから着替えがなかったんだ)

 

 湊のトレードマークである黒いマフラーが部屋にはなかった。帰国した日には付けていたので、きっと英恵の屋敷に忘れてきたのだろう。

 それに気付けば、チドリも昨日の曖昧な部分の記憶を僅かに思い出す事が出来た。

 早く寝たかった自分は服を脱いでベッドに入るなり、湊にもさっさとベッドに入れと催促したが、マフラーを忘れて着替えのない相手はベッドが汚れるからと床に座って寝ようとした。

 以前のままならば彼の部屋に服の置きがあったのだが、残念なことに海外生活中に十センチ以上も背が伸びた湊が着れる服など置いていない。

 よって、ベッドを汚さぬために床で寝るのは間違っていないのだが、眠さで不機嫌になっていたチドリは同時に我儘にもなっていたため、自分と同じように汚れた服を脱いでおけばいいと言って行動を急かした。

 勿論言われたところで、年頃の男女が下着一枚になった状態で同衾するのはまずい、と湊は拒否していたのだが、チドリの方が一向に譲らず、あまり五月蝿くしていると他の者が起きてしまうので、最後には湊の方が折れてこの状態に落ちついたのだ。

 事情が分かれば何ということはない。学校に行く時間までまだまだ余裕のあるチドリは、寝返りを打って湊の方を向くと彼の胸にある大きな傷跡に手で触れる。

 

(……酷い傷跡。今までは全部治ってたのに、こんな状態になっても敵を殺そうとしたのね)

 

 自分を抱いている彼の黒い右腕もそうだが、胸に出来た大きな傷跡もイリスを殺された復讐で負った怪我だ。

 試しに相手の背中に手を回してみると、胸の傷跡からややずれた場所だけ手触りが異なっている。そこから推測するに、これは何か大きな物が斜めに貫通して出来た傷なのだろう。

 ギリギリで心臓や背骨から外れてはいるが、あと僅かにずれていれば心臓か背骨を破壊されているところだ。

 傷跡まで完全に治癒するファルロスの力が効いていない事を考えれば、この怪我を負ったときに心臓や背骨を負傷していれば死んでいた可能性もある。

 そんな怪我を負ってでも復讐をなそうとするほど彼にとってイリスは特別で、失った絶望と殺された怒りや憎しみはさぞ深かったに違いない。

 静かに眠っている湊の頬に触れながら、そこまで彼に想って貰えるイリスへ僅かに嫉妬している自分がいることにチドリは酷い自己嫌悪に陥る。

 

(……あ、そうだ)

 

 故人に嫉妬する自分を浅ましいと思い。暗い気持ちになりかけていたとき、チドリは彼の耳に何もついていない事を思い出した。

 相手はもう大丈夫と言っていたので、徐々にではあっても以前のような関係に戻れるのだろう。

 ならば、その証しとして彼には付けていて貰わねばならない物がある。ベッドから抜け出したチドリは自分の机に向かい、鍵付きの小物入れからタンザナイトのピアスを取り出すと、ベッドに戻ってそれを彼の左耳につけた。

 

(……うん、格好良い)

 

 自分が右耳に付けている物の対であるピアス。彼は絆を捨てるためにイリスの故郷から手紙でこれを送ってきた訳だが、帰ってきたのなら付けても構わないはずだ。

 まだ孔が塞がりきっていなかったので、そこに通して付けてみると以前よりも似合っていてとても格好良く見える。

 別にチドリが誇らしげにする事でもないのだが、そこは身内のそれという事でチドリにすれば何もおかしくないらしい。

 そして、ピアスを付けた青年の姿に満足して頷いていたチドリは、昨日は風呂にも入っていないので学校に行く前に入浴を済ませてしまおうと準備を始める。

 ベッドから出てまず部屋着に着替えると、散乱していた湊の服は畳んでベッドの傍に置き、自分の服は洗うために持っていく事にする。朝風呂にいってくるという書き置きを残し、寝ている青年をそのままにしてチドリは部屋を出てゆくのだった。

 

 

――月光館学園・2-B教室

 

 チドリが入浴を済ませて部屋に戻ると湊は起きて着替えを済ませていた。

 起きているのなら丁度良いので学校に一緒に行くかと尋ねれば、義手を付けるための手術などがあるので、すぐにヨーロッパの方に戻る予定だと言われた。

 そういった話しを全くしていなかった事もあり、湊が既に義手の準備をしていた事は驚きだが、機械で出来ていようと彼に自由に動かせる右腕が戻るのはいい事である。

 相手は自分たちに話しをすると約束はしたが日取りまでは決めていないので、細かい予定等を決めて来ないということは、湊は色々と作業を済ませてから皆に話すつもりなのだろう。

 チドリは相手のそんな考えをある程度理解すると、湊が話す場を設けるつもりだと他の者に伝えておくと言っておいた。

 それを聞いた湊は素直に礼を言い。お返しにとシャドウに切られて少し歪な長さになっていたチドリの髪を整えてくれた。

 髪を切り終わった湊は朝食も食べずに去って行ったが、チドリとしては色々と事態が良い方向に動き出したことで、今日の朝食の米が赤飯だった事にも疑問を抱かず、普段よりも軽い足取りのような気分で登校してきた。

 すると、風花の席で話していたゆかりが、チドリの姿を見るなり僅かに驚いた表情で話しかけてくる。

 

「うわっ、かなりバッサリいったね。心機一転とかそういう感じ?」

「……別にそういう訳じゃないわ。毛先が少し傷んでたから切ったの」

 

 腰まであった髪が肩甲骨辺りの長さになれば誰だって驚く。ゆかりもその一人であり、切った理由は何か心境の変化かと睨んだのだが、まさかシャドウに切られたからなどと正直に言える訳もなく、毛先が傷んでいたなどともっともらしい理由を答えておいた。

 そして、風花の前にある自分の席に向かい教科書類などを整理しているチドリに、新しい髪型を見ていた風花も笑顔で声をかけてくる。

 

「その長さもとっても似合ってて可愛いね。リボンは自分で結んだの?」

 

 今のチドリはサイドから前に垂らしている髪に白いリボンを結んでいた。そちらはシャドウに切られていなかったが、そこだけ長いと歌舞伎の獅子のようになってしまうので、長さを調節して切った後、チドリの持っているヘアアクセの中から白いリボンを選んで湊が結んでくれたのだ。

 自分なら適当にゴムやヘアピンで纏める程度なので、上から下までに数か所でクロスするようにして纏めるのは新鮮である。

 相手も髪が長いので色んな結び方やアレンジを知っていたのかもしれないが、可愛らしくして貰って機嫌の良いチドリは、表情はいつも通りだが心持ち普段よりも高めの声で風花の問いに答えた。

 

「湊にやってもらった。髪を切ったのも湊よ」

「え、有里君帰って来たの?」

「昨日の夜中にフラッと帰って来た。まぁ、まだやる事があるからヨーロッパの方に戻るって、私が登校する前に家を出たけど」

 

 行方不明になっていた湊が帰って来たと聞いて二人も驚いている。

 彼女たちもかなり心配してくれていたので、連絡が取れる状態になったことを早速教える事が出来て良かったと内心思う。

 本当は十二月の時点で帰国してはいたのだが、あのときは連絡を取れるような状態ではなかった。

 けれど、今後は連絡すればちゃんと返事をするとも約束してくれたので、彼女たちが電話やメールをしても問題ないだろう。

 そんな風にチドリが考えていると、呆れた表情で眉間にしわを寄せていたゆかりが携帯を取り出すなり操作をして耳に当てている。

 まさか、発見の報を聞いた直後に相手に電話をかけているのだろうか。そう思って見ていると、電話が繋がったようでスピーカーから漏れた相手の声が聞こえてくる。

 

《……なんだ?》

「いや、なんだじゃなくてさ。私ら君に何回も電話とかメール送ったよね? なんで無事なら連絡してこないの?」

《佐久間だけで着信が百件、メールが三百通をそれぞれ超えててちょっとしたホラーだったからな。今朝も定期連絡なのか電話がかかってきて電源を切ろうか悩んだ》

 

 なるほど、確かにそれはちょっとしたホラーだ。同じように話しを聞いていた風花も微妙な表情を浮かべている事から、今回のことに関しては湊の感性は普通であると断言できる。

 話しているゆかりも「お、おっふ……」と僅かに怯んでいるので、この場合は佐久間の行き過ぎた行動を後で咎めるべきだろう。

 しかし、家族であるチドリたちや病みかけている佐久間はそうでも、他の部活メンバーらはそこまで電話やメールをしていないはずなので、そちらの方には連絡できたはずだとゆかりは言い返す。

 

「先生にはそうでも、他の人には空港から実家に戻る移動中にちょっとメールするとか出来るでしょ?」

《……お前のメールも百件を超えているんだが》

「そ、そんだけ心配してたのよ」

《無事なら連絡しなさいよ馬鹿、心配掛けるな馬鹿、大丈夫だよね? 本当に連絡してよ馬鹿、などなど罵倒したいのか心配してくれているのかハッキリしない内容が多くてな。しかも、ほとんどがこんな一行程度の短文で数だけ多いから、正直佐久間と変わらないレベルで重い》

 

 その言葉を聞いて思わずチドリと風花は視線を逸らした。

 佐久間は意気消沈して笑わなくなっていたこともあり、部活メンバーに限らず危険な状態だと理解していた。

 友人である櫛名田も彼女を心配して授業のないときに保健室で休ませたりしていたので、倒れたりしなかったのは彼女の元々の体力と櫛名田のフォローのおかげだろう。

 だが、そんな周囲が気付くほど危険な状態だった女と同じレベルに重い行動をとっておきながら、普段通りの生活を送っていた少女の方が実は危険なのではないかとチドリたちは考える。

 チドリと風花がサッと視線を逸らしたのを目撃した相手は、

 

「ちょっ、違うから! 誤解だから!」

 

 と必死に言い繕っているものの、現実にメールを送られた者がいるのだから誤解でも何でもない。

 以前からゆかりは佐久間にきつめの態度を取っていたが、実は単なる同族嫌悪だったのではないかと考えている間も、ゆかりと湊の会話は続いている。

 

《前から思っていたんだが、岳羽って俺のこと結構好きだろ》

「ハッ、自意識過剰なんじゃないの?」

 

 言われたゆかりは小馬鹿にした表情で鼻で笑う。

 過去に少し親切にした程度で自分に好かれていると勘違いし、両想いなら付き合わないかと告白してきた男子が何人もいたが、今の湊の発言はそれを軟派なノリにしたようなものだ。

 そんな勘違い男はお断りだとバッサリ切り捨て、むしろ相手が自分を好きなのではないかとすら思えていた。

 けれど、切り捨てられたはずの湊は尚も食い下がって質問をしてくる。

 

《なら、嫌いなのか?》

「いや、嫌いではないけどさ……」

 

 嫌いかと言われれば嫌いではないと断言できる。

 湊からは“同級生”や“クラスメイト”という関係だと言われているが、ゆかりの主観では他の男子と違ってはっきりと友達と言える相手なのだ。

 美紀のように交友関係が広くないゆかりにすれば、そこまで仲の良い人物というのは希少である。

 故に、眉尻を下げながらやや嘆息するように相手の言葉を否定した。

 

《じゃあ、好きか嫌いではどっちかはっきり言ってくれ》

「な、なんでそんな二択で言わないといけないのよ」

《岳羽の言葉で聞きたいんだ。好きなら好きと、嫌いなら死ねと言ってくれて構わない。どうか頼む》

 

 選択肢が極端ではないかと考えている間に、湊から真剣な声で言われたゆかりは困惑しながらも照れから耳を赤くする。

 傍で聞いていた風花も頬を染めているので、一般的な女子は湊からあんな風に尋ねられると恥ずかしく思うのだろう。

 何やらモゴモゴ言いながら自分の髪の先に触れて悩んでいるゆかりを、椅子に座ったチドリが冷めた目で眺め続ける。

 そもそも、相手の口調は真剣だったが別に本気で訊いている訳ではないだろう。本気で訊いていないのなら、適当に誤魔化すか答えたくないと言えばいいだけである。

 サバサバとした性格をしていながら、意外と面倒見がよく義理固い性格であるゆかりだからこそ、真剣に訊かれたと思って悩んでいるようだが、まだまだ湊のことを分かっていないなとチドリは思った。

 

「あーもうっ! 一回しか言わないからね!」

 

 そして、ついに答える決心をしたのか、ゆかりは悩みをふっ切るように大きな声を出す。

 今のゆかりは悩んでいるときよりも目に力が宿っている。だが、耳だけでなく頬も朱に染まっており、先ほどまで片手持ちだったというのに携帯のマイク付近にもう片方の手を添えて、僅かに首を傾げている事もあってどことなく乙女チックな持ち方だ。

 頬を染め、瞳を僅かに潤ませ、両手で携帯を持っていたゆかりは、若干言葉につまりつつもポツリと呟くように言葉を紡ぐ。

 

「そ、その、好き……だよ?」

《そうか。ちなみにこの会話は録音しているんだが、朝からよくそんな恥ずかしい台詞を吐けるな。逆に尊敬するぞ》

「っ!? 死ねっ!!」

 

 真剣に悩んだ時間を返せ。そんな想いをぶつけるように怒鳴ったゆかりは、電源ボタンを押して数ヶ月ぶりの湊との通話を終えた。

 もしも、面と向かって話していればボディブローをお見舞いしているところである。そんな風に怒りで目付きを鋭くさせ肩を上下させていたゆかりは、乙女の純情を弄んだ外道に対する愚痴を漏らした。

 

「さいっあく! 根性ねじ曲がってるどころの話じゃないっつーの!」

「あ、あはは、有里君も元気そうな感じみたいだね」

「余裕で元気でしょ。むしろ、なんかいけすかない感じが上がってるし」

 

 以前からどことなく性格の悪さや腹黒さを感じていたが、海外生活を経てさらに質の悪さが上がったように感じる。

 やはり湊は自分の天敵だと再認識し、苦笑している風花へゆかりは腕組みをしながら吐き捨てるように言った。

 すると、そんな様子を傍らで見ていたチドリが、呆れた様子で言葉をぶつける。

 

「……貴女も貴女で難儀な性格だと思うけどね。好きか嫌いか尋ねられたなら簡単に答えればいいのに、今みたいに真剣に悩んでいると本気だと思われるわよ」

 

 先ほどのやり取りでは湊の方が相手をからかっていたので、それに対して被害者が愚痴をこぼし、加害者の湊を非難しようが何も言うつもりはない。けれども、雑談の中の質問に本気で悩み過ぎではないかとチドリは指摘する。

 ゆかりは以前から湊をそういう対象として見ていないと言っていた。相手のルックスの良さは認めるが、浮世離れした雰囲気を纏っているせいで恋愛対象として見ることが出来ないというのだ。

 本人がそういうのであれば、チドリはさして部活メンバーの恋愛事情に興味がないので追求したりはしないが、先ほどのように真剣に悩んでいる場面を見ると嘘ではないかという疑念が強まっていた。

 やる気の感じられない瞳でジッと見つめられながら、チドリよりそんな指摘を受けたゆかりは、先ほどの怒りも忘れてゲンナリした様子でバッサリと否定してくる。

 

「ないから。ないない、そういう対象じゃないっての」

「でもルックスは認めるんでしょ?」

「……まぁね。てか、久しぶりに会ってなんか変わってた?」

「それなりに、ね」

 

 本当はそれなりどころではない。絶対に中学生ではないだろうというほど身長も伸び、顔付きも大人びていた。腕も目も片方失くしていたことや、身体に酷い傷跡が多数残っていることを含めれば変わりすぎと言えなくもないだろう。

 腕に関しては機械義手を用意しているらしく、また、それがなくとも一時的に人間の腕を生やす裏技もあるらしいので、何も知らない彼女たちに敢えて話す気はないが、目に関しては誤魔化しようがない。

 それ故、チドリはどうせ会えば分かってしまうのだからと、湊が考えた連絡を取れなかった嘘の理由も含めて伝えておく事にした。

 

「……湊が連絡を取れなかった理由だけど、ずっと怪我の治療をしていたらしいわ。同行者が死んだって話したでしょ。あれのせいで湊も死ぬような怪我を負ったんだって」

「そ、そうなんだ。チドリちゃんが会ったときは包帯とかまだ巻いてた?」

「包帯は巻いてない。ただ、右眼がなくなって眼帯はしてた。胸や背中には大きな傷跡があったし、他にも火傷や切り傷に刺し傷、銃創とかの痕もあったから、シャツの下を見るときはそれなりに心の準備をしておいた方がいいわね」

 

 一般人である少女たちにはちょっとした脅しになってしまうと考えながらも、チドリは彼の身体に残った戦いの痕について話す。

 手術をすれば消せる物もあると思うが、そんな状態になってでも成し遂げようとした事があるという証しを、無関係な人間がどうこう言っていいとは思わない。

 チドリや桜たちが言えば気を遣った湊は傷跡を消してしまうため、事情を知っている者たちは、服の下に隠れた彼の傷について何も言わないでいようと裏で密かに話し合っていた。

 この二人や部活メンバーなどが湊の傷跡を目にする機会はほとんどないだろうが、チドリの話しを聞いて僅かに息を呑んでいるため、彼の傷跡については本人に言わないで欲しいと頼んでおく。

 

「……本人は怪我を気にしていないようだけど、同行者の死については複雑みたい。だから、仮に身体の傷跡を見ても何も言わないであげて」

「うん、わかった。といっても、有里君の身体を見ることってないと思うけどね。真田先輩と試合したときくらいしか見た記憶ないし」

 

 女子だけではプールに行った事もあるが、湊は用事で一人だけいないこともあったので、服の下を見る機会はほとんどないだろう。

 チドリの言葉に頷きながらも、苦笑してゆかりがそう話せば、怪我の話しを聞いて暗い表情になっていた風花も笑顔を取り戻し同意する。

 

「フフッ、そうだね。でも、右眼が見えないって事は日常生活とか不便だったりするのかな? 手伝う事があるなら何でも言って欲しいな」

「そこら辺は大丈夫よ。目を瞑っていても音と気配で黒板の板書も分かるんですもの」

「え、なにその無駄な超技能……」

「有里君って忍者か何かなのかな?」

 

 存在自体がチートである青年の特技にゆかりと風花も流石にリアクションに困ったらしく、眉尻を下げて微妙な表情を作ると揃って嘆息した。

 それから三人で話しているといい時間となり、チャイムがなってそれぞれが自分の席についていると、ここ数ヶ月のテンションの低さが嘘のような満面の笑みを浮かべた佐久間が教室に現れた。

 事情を知っている者にすれば、ちょっとしたホラーだと思いながらも湊が電話に出たのだろうと簡単に推測でき、佐久間が元気になったことは喜ばしくとも、あの騒がしいキャラが復活したことには胸中で複雑な想いを抱くのだった。

 

 

 

 


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