【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百十七話 特別開発室

――カペル・EP社研究所

 

 カペルという国にあるEP社所有の研究所。ソフィアやシャロンが現在そこにいると届いていたメールで確認した湊は、以前ヒストリアに貰って燃料を補給し直していた戦闘機で途中まで移動し、燃料が空になってからはタナトスで飛ぶ事でようやく到着する事が出来た。

 連絡があれば空港まで迎えにゆくとも言ってくれたが、残念なことに湊は不法入国者である。

 とりあえず、戦闘機や戦車を作っているEP社の兵器開発工場の敷地に戦闘機を置いて、その場にいたスタッフに身分を明かして補給と整備を頼むとそのまま隣接した研究所に向かった。

 

「お待ちしておりました」

「……何故、ヒストリアがいる」

 

 研究所に向かった湊を入り口で出迎えたのは、なんとEP社と何の関係もないヒストリアだった。

 一応、彼女の隣にはソフィアとシャロンもいるが、部外者を彷徨かせてよいのかと視線で尋ねれば、ソフィアが肩を竦めて首を横に振ってきた。

 相手とは別に親しくないのでその反応の意味は読み取れないが、ヒストリアが関係者ではない事は理解出来る。

 よって、無関係なら用はないと無視して他の二人に話しかける事にした。

 

「それで、俺の義手は出来ているか?」

「一月の頭には出来てたわよぉ。っていうか、あの機械の子の設計図なんて持ってるなら早いとこ言って欲しかったわ」

 

 どことなく甘ったるい癖のある話し方をするシャロンは、義手は完全に出来上がっていると得意げに言ってくる。

 彼女はアイギスの腕を修理しただけで構造やら作り方を理解したようだが、それでも設計図があった方が開発は捗るようで、ソフィアに持っていかせたのは正解だったと、退行前に動いておいた自分自身を湊は褒めたくなった。

 

「桐条グループの最高機密だ。あれだけ人がいる場所でそれを持ってるなんて言える訳がない」

「ま、なんでもいいんだけどねぇ。とりあえず、こんな寒い場所で話すのもなんだし。奥に行きましょうか」

「わかった。ああ、ヒストリアは用がないなら帰れ。ここは子どもを遊ばせておく場所じゃない」

 

 ばっさりと言い切り、湊は動物を追い払うように手を二回振る。

 言われたヒストリアは驚いた顔をした直後、頬を膨らませて抗議の視線を向けてきた。

 けれど、湊はさっさと手術をして義手を付けてしまいたいと思っているのだ。一歳しか違わないと言っても、相手が年下である事実は変わらないので、冷めた目で見つめて再び帰る様に告げる。

 

「子どもは学校の時間だろ。サボってないでちゃんと行ってこい」

「さぼってなんかいませんわ! それに小狼様とソフィアさんもワタクシと一つ、二つしか違わないのなら学生でしょうに」

「わたくしは既に英国大学院を卒業しています」

「俺は留学扱いでまだ復学していないから登校義務はない」

 

 ヒストリアも普段は学生をしているのだが、平日だと言うのに今日はさぼらずここに来ていると話す。

 そんな訳がないだろうと思いつつも、ソフィアが自分は学生ではないと話したので、湊も復学するまではいくらでも休み放題であると返した。

 すると、何故だかヒストリアよりもソフィアの方が目を見開いて驚いているが、相手は自分が学生だと知らなかったのかと湊は不思議に思った。

 

「……ソフィア。お前、俺が学生だと知らなかったのか?」

「え、ええ、年齢は聞いておりましたが、裏の仕事をしながら学校に通っていらしたんですか?」

「まぁ、職業の一つでしかないがな。裏の仕事をしつつ、中華料理店や骨董品屋のバイトをしたり、中学に通ったりしていたが、本業はやはり仮面舞踏会の方だ」

 

 こんな事を聞けばチドリや桜に英恵なども怒るだろうが、湊は学校よりも裏の仕事に重きを置いている。

 よって、学校はチドリやゆかりの護衛に、桐条グループへの牽制がメインで、あとは息抜き程度にしか思っていない。

 話を聞いていたソフィアも、学生であることやバイトの部分は不思議そうにしていたが、本業が裏の仕事ならそういった隠れ蓑もあり得ると判断したのか、先に行っていたシャロンを追うように歩き始めた。

 その後ろには何故かヒストリアが続いているものの、相手もなかなか頑固なので、同年代のソフィアと一緒にいさせればウロチョロしないだろうと、追い払うことを諦め好きにさせることにした。

 そして、病院に似た雰囲気の長い廊下を進んだ先で待っていたシャロンと合流し、特別開発室と英語で書かれた一室に案内された。

 中は学校の教室よりも二回りほど広い部屋で、デスクが並んでいるゾーンの奥に、試作品のパーツや描きかけの設計図が見えた。

 ここはシャロンに与えられた研究室だが、最後尾の湊が部屋に入った事を確認したシャロンは、部屋の奥にある倉庫と思われる扉の方に向かって大きな声で呼びかける。

 

「武多ー! 私らの上司が来たよー!」

「は、はい。いま行きます!」

 

 部屋の奥から帰ってきたのは少し高めの男性の声で、その声の主の名前は武多というらしい。

 シャロンが助手を一人連れていきたいと言っていたので、それが武多という男かと思っていれば、奥の部屋の物音が止んで何やら丸く巨大な物体が出てきた。

 まるで、中に入って遊べるバルーンアトラクションのようだ、と相手を見た湊はそう思った。

 身長は一七〇センチほどだろうが、湊が二人並んでもまだ相手の方が上回る横幅、平均サイズの眼鏡が随分と小さく見えてしまう肩にまで頬や下顎の贅肉が乗る頭部、胴体や頭部の肉付きのよさに対して一般人とあまり変わらない太さの手足、何から何まで今まで出会った事のないタイプだと湊は未知との遭遇に驚いた。

 明らかに体重は百キロ以上あると思われるが、重さを感じさせない軽快な足音で一同の前に現れた肉はハンカチで汗を拭いつつ笑顔で挨拶をしてきた。

 

「どうも、どうも。僕は先生の助手をしています武多 克平(たけだ かっぺい)と言います。国籍はアメリカですが、こう見えてちゃんと日本でも働ける医師免許も持っているのですぞ」

 

 言いながら相手が渡してきた名刺を見ると、今まで“タケダ”という音だけで聞いていた湊は、その漢字を見て“ブタ”と読んでしまう。

 しかし、特段気にすることでもなかったので、それをすぐに思考の端に追いやると、湊は随分と馴れ馴れしい話し方をしてきた相手を観察した。

 そもそも、ソフィアと湊はEP社で最も偉い人間であり、仮にそれを知らなかったとしても、相手の上司であるシャロンが自分たちの上司として紹介していた。

 普通の企業では、相手の方が年下だったとしても、立場が上ならば先ずは敬語で接するのが普通だ。

 武多はギリギリで敬語のようなもので話していたが、流石に“ですぞ”というふざけた語尾は如何なものかと思う。

 そうして、しばらく観察していた湊は考えを纏めると、冷めた目で相手を見つめて口を開いた。

 

「……もう少し普通に喋ってくれ」

「おっふ、男性だと分かっているのに、美人過ぎて冷たい視線で見られるとゾクゾクと込み上げてくるものがありますな」

 

 言って、ハァハァと危険な息遣いでやらしい笑みを浮かべる武多。

 だが、対照的に湊の顔からは表情が完全に消えていた。

 

「ソフィア、こいつは除名しとけ」

「かしこまりました」

「ちょっ、マジすんませんしたー!」

 

 湊は自分に対して劣情を催してくる男が嫌いだ。一応は社員というか部下なので手を出すのを堪えたが、こんな危ない人間を傍にはおいておけないとソフィアにクビにしておくよう告げる。

 ソフィアの方も同じように感じていたらしく、すぐに了承して携帯を取り出してどこかへ連絡しかけると、武多は二人の脚元に飛び込みそのままジャンピング土下座をしてきた。

 それを見下ろしている二人は視線だけで殺せそうなほど冷たい目をしているが、こんな馬鹿でも自分の助手だからと、傍に立っていたシャロンは嘆息しつつ二人に声を掛けた。

 

「申し訳ないけど、うちの助手はこういう奴なのよ。だけど、腕は確かだからさぁ。雑用としてでも置いといてくんない?」

「……こいつは俺の経歴を知ってるのか?」

「いや、上司としか話してないね。丁度良いや。武多、そこのボウヤってさぁ、綺麗な顔してるけど個人で一万人以上殺してる化け物なのよ。ほら、EP社幹部殺しって話題になったでしょ。あれ、犯人はこの子だから。てことで、止めはしないけどふざけるなら命懸けでやりなよぉ」

 

 よく考えればあまり説明していなかった事を思い出し、シャロンが湊を殺人経験のある危険人物だと伝えれば、武多は湊らの前で正座しながら顔を青くして震えている。

 新しい知り合いと友好を深めようとフランクに接した訳だが、実際は殺人鬼に挑発紛いの事をしていたのだから、真実を知ってしまえば如何に自分が危険な事をしていたかと恐怖を感じるのも無理はない。

 しかし、これでお互いのことを改めて理解したので、武多も立ち上がって色々と説明に移ろうとしたとき、研究室の扉が勢いよく開いた。

 

「ちーっす、エマさんが来たっすよー」

 

 軽いノリの挨拶と共に現れたのは、長く伸ばされたボサボサの茶髪をしたぽっちゃり体型の女性。

 流石に武多ほどではないが、現れた女性もそれなりにふくよかでぶっちゃければ肥満と言える。

 それを見た湊が、この研究室はシャロン以外ノリの軽い肥満しかいないのかと思っていると、研究室に自分の知らない人間がいる事に気付いたエマという女性は、太めの黒縁メガネの位置を手で直し口を開いてきた。

 

「おっと、こんな端っぺの研究室にリア充オーラたっぷりの美人さんが……お客さんっすか?」

「いや、私らの上司だよ。ってか、グループの総帥と最高顧問とベレスフォード財閥の御令嬢」

「どうもはじめまして。新設されたこの研究室に配属されたエマ・ビットマンと申します。このような研究室に貴方がたのようなお人が来られるとは思わず。随分とお見苦しいところをお見せしました。あまり片付いておりませんが、どうぞご自由に見ていってください」

 

 エマ・ビットマンと名乗った女性は、湊たちがお偉いさんだと知るなり背筋を伸ばして丁寧な対応をしてきた。

 既に先ほどの軽いノリを見ているので無駄なのだが、本人もそれは分かっているらしく、顔色は青く笑顔が引き攣っている。

 しかし、上司にふざけた態度を見せて首を飛ばされる事を思えば、いくら無茶だと思っても挽回しようと必死にならずにはいられないのだろう。

 エマが半分涙目になっているのを冷めた目で見ていた湊は、相手が泣きだす前に訊いておくかと質問をぶつけた。

 

「話し方はある程度我慢してやるから質問に答えろ。エマ、それと武多、お前ら今年でいくつだ?」

「え、えっとー、女性に歳を尋ねるのはマナー違反といいますか……い、いえ、嘘です。いま二十六で、今年で二十七です」

「僕は三十三になりますが……」

「ああ、ついでに言っておくと私は誕生日きたら二十八だから」

 

 凍てつくような視線を向けられ怯えたように質問に答える二人に対し、シャロンは気にした様子もなく飄々と自分の年齢を教えてきた。

 武多はシャロンの助手ということだったが、年齢はシャロンの方が下なのかと、彼女たちについてよく知らない湊は、新たな情報を覚えておく事にする。

 

「俺は今年の四月で戸籍上は十五になる」

「え、社長その見た目でティーンなんすか?」

「社長は俺じゃなくてソフィアだ。それと俺は実年齢と肉体年齢にずれがあるから、そこら辺は放っておけ」

 

 湊が若いのは見れば分かるが、どこか浮世離れした雰囲気と憂いを帯びた表情のせいで二十代に見えない事もない。

 それだけに、相手が十代後半にすらなっていないと聞いたエマは目を丸くして驚いている。

 言われた湊としては、肉体年齢は十八なので実年齢より老けて見られる事は理解していたが、流石にアラサーの女性に遠まわしに老けていると言われたくはない。

 よって、年齢と見た目のずれについて軽く説明しつつ話しを続けた。

 

「俺よりも一回り以上年上なんだから、もう少し落ち着いた行動をとってくれ。シャロンには俺の義手製作を含めてかなり重要な仕事をしてもらうことになる。そんなとき、さっきみたいな態度で仕事をされては安心して任せられない」

『……すみません』

「別にお前らの個性を否定するつもりはない。公の場では勿論困るが、そういった口調の方が話し易いなら普段はそのままで構わないし。無茶な仕事を振る分、多少の事は大目にみる。だが、自分たちでもTPOを弁えてセーブしてくれ」

『……はい』

 

 会ったばかりの初対面の人間にこんな風に言われるのは嫌だろうが、湊の義手はこの研究室にいる人間を中心に今後も研究と開発を進めてゆくことになる。

 湊の義手は戦闘にも使う事になるので、先ほどのような軽いノリばかり見せられると作った物の方にも不安を覚えてしまう。

 故に、会ったばかりだからこそ、しっかりオンオフを切り替えるのは勿論、円滑な人間関係のために空気を読んだ行動を心掛けて欲しいと釘を刺しておいた。

 そんな様子を傍から眺めていたシャロンは、室長の自分が部下を諌めなくても、さらに上の上司がやってくれるなら任せておくかというスタンスなので、話しが終わって正座していたエマたちが立ち上がるのを確認して声を掛けてきた。

 

「話しは終わったぁ? んじゃ、早速あんたの腕に接続部を付けるからさ。武多とエマは手術の用意始めておいて。結構時間かかるからヒストリアとソフィアはどっかでお茶してきな。終わったらまた呼んだげるから」

 

 この研究室は現在は三人でやっているらしく、メンバーが揃ったなら手術が始められるとシャロンは楽しそうに準備を進め出す。

 指示を受けた二人も、先ほどのことを挽回するチャンスだと張り切って動いているので、お互いに嫌な気分になりながらも言った意味はあったと感じ、湊は別室に移って義手の接続部を腕に取り付ける手術を受けるのだった。

 

***

 

 義手接続部の取り付け手術はおよそ三時間で終わった。

 機械義手はまだまだ研究の進んでいない分野で、腕と繋げても上手く電気信号が伝わらなければ動いてくれない。

 湊は仕事柄かなり無茶な使い方も予想されるので、後々新しい物と付け替えるにしても、ちゃんと神経と繋ぐ必要があるため作業はかなりの精密さを要求されるものとなった。

 けれど、専門家のシャロンと助手を務めた二人のおかげで手術は無事成功し、手術室の隣の部屋へ移った湊は右腕の上腕に取り付けされた黒い接続部へリサイズされた三連装アルビオレを繋げた。

 ガチャン、と繋がる音がしたとき、湊は文字通り神経を刺すような痛みを覚える。だが、それがしっかり神経が繋がった証しだと考え、ゆっくりと手を動かしてみた。

 

「……すごいな。普通の腕のようにラグもなく動く」

「いや、普通はリハビリっていうか訓練が必要なんだけどね。あんたの身体は本当にどうなってんだか。ま、いいけどね。パーツに関しちゃ桐条の設計はかなり進んでたからさ。人が付けても生身同様に動かせるって本当にすごいよ。んで、重さとか動きとかに違和感はない?」

 

 訓練もせずに最初から生身同様に動かしている湊をみて、シャロンは呆れつつも慣れてきたのか純粋に問題点がないか尋ねてきた。

 言われた湊は、腕を振ったり拳を握ったり開いたりして、アイギスとお揃いの機械義手の感触を確かめてゆく。

 EP社製の腕の正式な名前はEP00“三連装アルビオレ改”らしいが、重要なのは性能であって、名前などあまり変な物でもなければ大して重要ではない。

 日常生活や軽い運動程度の動きをしてみた湊は、続いてその場で逆立ちしてみたり、マフラーから取り出した棒を器用に回してみたり、腕にやや負担のかかる動きもしてみる。

 結果、生身の腕との重さの違いは僅かに感じたが、普通に武器を振り回すだけならば問題ないと相手に答えた。

 

「生身より少し重く感じる。それを踏まえて動けば問題ない程度だが、ウエイトバランスで調整できるか?」

「最初は想定より少し重めにしておいたのよ。軽いと生身より動くと勘違いするかもしれないしね。それで、動きは割と良かったけど、戦闘には耐えられそう?」

「現段階じゃ何とも言えない。武器を振り回すのは出来そうだったが、敵を殴ったり、武器で攻撃を受けたときの負荷はやってみないと分からないんだ」

「んじゃ、サンドバッグを殴ってみようか。武多、持って来てー」

 

 かなりの難手術を終えても疲れを見せず湊と話していたシャロンとは対照的に、武多とエマは椅子に座り込んで休んでいた。

 だが、シャロンがサンドバッグを運んで来いと言った途端、武多はシュバッと素早く立ち上がって廊下に消えていく。

 少しするとズリズリと音をさせて戻ってきて、シャロンと湊の前に懐中電灯を立てたような形状のサンドバッグを置いて再び椅子に休みに向かった。

 いまのやり取りだけでシャロンと武多の関係が分かった気がするが、義手の性能テストには何ら関係ないので、湊はこちらに集中することにする。

 腰を落として握った右手を腰溜めに構え、左手は突き出す拳の向かう方向を定めるレールのように対象に向けた。

 腕の引きに腰の回転、踏み込みの際の体重移動に対象のその先を打ち抜くという心構えなど、それら全てを調和させる事で最高の一撃は繰り出される。

 呼吸で内功を練り上げながら湊は、目の前のサンドバッグを拳で貫いてしまおうと考えた。

 火器モードでは銃身も兼ねる指が、強く握られるにつれギシギシと音を立て始める。傍らにいたシャロンはその音にも勿論気付いているが、あえてやらせてみようと止めたりしなかった。

 そして、内功を練り上げた拳を限界まで握り締めた湊は、床板が割れるほどの震脚で地面を打ち鳴らし、目の前の空気を押し退けるように、ゴウッ、と音をさせて鋭い拳を突き出した。

 

「はぁっ!!」

 

 人間が喰らえば一撃で死ぬであろう剛腕の一撃は、真っ直ぐ進みサンドバッグの表面を捉える。

 途端、ドンッ、と腹の底に響くような重い音が部屋中に響き、サンドバッグが衝撃に押され動いてしまった。

 しかし、深く踏み込んだことでサンドバッグを移動させながらも対象から離されていなかった拳は、次の瞬間に音を立てて崩壊していた。

 

「うぐっ!?」

 

 殴り付けた拳から衝撃が伝わる様に、手首から肘にかけてのパーツもばらばらと崩れてゆく。

 桐条の設計図に書かれていた物よりも新しい素材を使うことで強度は上がっているはずだったが、完璧にスクラップになってしまった義手だった物を見つめ、接続部から血を流し痛みで顔をしかめていた湊は製作者にどういう事だと尋ねた。

 

「……おい、もろすぎないか。拳一発で壊れたぞ」

「うーん、あんたの打撃力に耐えきれなかったみたいね。こりゃ、素材の方から見直しかなぁ。まぁ、日常生活には使えるっぽいから、スペアの方でしばらくは過ごしておいてよ」

 

 言って、湊の腕から壊れた義手を外して接続部の血を拭うと、シャロンは先ほどと全く同型のスペアをウエイトバランスのみ調整し湊の腕に取り付けた。

 傷は取り付けられている間に治ったので構わないが、義手が耐えきれなかった衝撃は接続部を取り付けた生身の部分にもダメージとして伝わってしまう。

 これでは戦闘用として使う事は出来ないと、期待を下回る性能に湊は落胆した。

 

「はぁ……生身の方が高性能とはな」

「そりゃ、あんただけだから。というか、問題は強度じゃなくて、衝撃吸収だとか衝撃を分散させる機構の方になるかもしれないわねぇ。いま壊れたのは殴った対象から返って来た衝撃に耐えきれなかった自壊だからさ。それを吸収なり分散させられればいくらかマシになると思うのよ」

 

 研究用として床に散らばったパーツを回収して白いトレーに入れながら、シャロンは単純な強度だけを上げようとしていた事を反省する。

 そもそも、湊が人間の限界を超えた威力の拳や蹴りを放っても骨が無事なのは、上手い具合に筋肉や関節で衝撃を吸収し、身体全体で吸収しきれなかった分を受け流しているからである。

 そのクッション性を排除した状態で攻撃すれば、いくら湊でも衝撃に耐えきれずダメージを受けてしまう。

 だが、戦闘にも耐え得る義手を作る上で、避けられない問題が初日から判明したのは僥倖だ。

 研究のし甲斐があると上機嫌でトレーを置きに行ったシャロンが離れると、座っていた武多がサンドバッグを回収して元あった場所に片付け、他の者たちが動いている事でエマも休憩を終えてやってきた。

 

「ってか、小狼さんって何で戦ってるんすか? うちの最高顧問になったってことは、年収は一千万ドル超えますし。裏の仕事辞めて悠々自適なブルジョアライフを送ってた方が楽でしょうに」

「……まぁ、そこら辺の話しはまたしてやる。俺やソフィアの持っている異能も関係するんだが、開発に協力して貰う以上は話さない訳にはいかないからな」

 

 この研究室は湊の義手を初めとした、医療用義肢の開発を表の目的として設立されている。

 しかし、実際は戦闘用義手に新装備の開発、影時間の活動のサポート等を兼任させるつもりなので、医療用義肢はあくまで副産物として作られる物だ。

 室長のシャロンにはメインは自分の装備開発だと湊は伝えており、副産物だろうと高性能な義肢が作れるなら構わないと了解も貰っているが、ペルソナやシャドウなど影時間に関わる事についてはまだ説明していない。

 そこについては中途半端にしか力を理解していないソフィアにも説明する必要があるので、改めて説明の場を設けると返せばエマは「了解っす」と軽いノリで言った。

 期待していた性能には及ばなかったものの、日常の腕を新たに手に入れた湊は服を着直し、何度か未装填状態での空撃ちを試していると、シャロンと武多が戻ってきた。

 

「そっちのテストは終わってるわよ。ま、撃った衝撃が腕にどう伝わるかは分からないんだけどさぁ」

「後で試しておく。日常生活で使っていて気付いた点もまとめてレポートにしておくから、書類かデータファイルになるかは分からないが目を通しておいてくれ」

「りょうかーい。んで、話しは変わるんだけどさ。見せたいもんがあるからついて来てくんない?」

 

 おいでおいでと手招きをしてついて来いと言ったシャロンは、白衣のポケットに手をいれたまま廊下へと出てゆく。

 その後ろに湊が続き、さらに後ろを武多とエマがついて来るが、シャロンが案内したのは一番初めに訪れた研究室であった。

 中に入ると暇そうにファッション雑誌を読んでいるソフィアと、そのソフィアに笑顔で話しかけているヒストリアが目に入る。

 一応、雑誌を読みながらでも相槌を打っているので話しは聞いているようだが、歳が近いくせに別に仲良くするつもりはないのだなと、湊は不本意ながらソフィアが自分に似たタイプであると思った。

 そんな似たパーソナリティを持った少女は、湊たちが帰ってきたことに気付くと、雑誌を閉じて湊を迎えた。

 

「手術は無事成功したとのことで、誠におめでとうございます」

「ああ、ありがとう。EP社の技術をいくつか使っているらしいが、まだ戦闘に使えるレベルではなかった。日本に場所を移してからも開発を進めてゆくから、そのつもりでいてくれ」

「はい、かしこまりました」

 

 恭しく頭をさげてソフィアが了承している間に、研究員の三人は奥の部屋へと入って行った。

 なので、湊はソフィアとヒストリアにもついて来いと合図を送り、シャロンらのいる部屋へ向かう。

 最初に見せたい物があると言ったとき、シャロンは悪戯を思い付いた子どものような表情をしていた。

 そこから推測するに、シャロンは何かを見せて自分を驚かせようとしているのだと湊は考える。

 別に世界中のことを知っている訳ではないので、シャロンの性別が実は男だと言われればそれなりに驚く自信はあるが、研究室の奥の部屋でわざわざそんな話しはしないだろう。何より、彼女は歴とした女性だ。

 ペルソナを使った索敵や、周囲の生物の心の声や記憶を読む読心能力を使えば、部屋に入る前でも相手が何を見せようとしているのか知る事は出来る。

 だが、サプライズをそんな裏技で潰すなど無粋でしかないので、湊は素直に部屋に入って中を見た。

 

「っ……これは、対シャドウ兵器…………」

 

 部屋に入った湊はそこに居た少女を目にして思わず唖然とする。

 座っているのは普通の椅子だが、首の辺りにいくつものケーブルが繋がった黒いレオタード姿の少女が目を閉じて寝ていた。

 髪の色や容姿はアイギスと異なっているが、肩や足の付け根など共通している部分もあることから、湊はその少女がここで作られた対シャドウ兵器だと一目で理解した。

 普段は冷静な湊が驚きから言葉を失っているのを見て満足したのか、シャロンはエマと武多に少女とケーブルで繋がっているパソコンの操作を命じながら話しかけてくる。

 

「あんたから設計図を貰ったからさ。ノウハウを理解するために一台作ってみたんだよ。最初はあの機械の子と同じ容姿にしようと思ったんだけど、そんな事したらあんたに殺されそうだから、こういうのが上手い武多に自由にさせたんだよね」

 

 眠っている少女を観察してみると、髪は少し癖のあるアッシュゴールドで肩甲骨辺りの長さ、身長はアイギスより少し高めで、プロポーションと言っていいのか分からないが、アイギスよりも胸が大きく腰の辺りはくびれていた。

 機械なので触ったところで金属の固さと冷たさしか感じないだろうに、それでもここまでしっかりと美少女の造形を作る武多のこだわりには舌を巻くしかない。

 けれど、ボディは作れても、OSとも言える精神は宿す黄昏の羽根がないので、いくら飛騨の遺したデータで構築法が分かっていても作る事はできないはずだ。

 その点はどうしたのか尋ねようと湊が口を開きかけたとき、眠っていた少女が目を覚まし、アイギスとは異なる深海色(ディープブルー)の瞳を向けてきた。

 

「おはようございます」

「……アイギスと同じ声だ」

「まぁ、中身はだいたい同じだからね。けど、作れたのはボディだけでさ。今のだってパソコンで打ち込んだのを喋らせただけなのよ」

 

 少しトーンは違っていたが、少女の声がアイギスそっくりだった事で湊は僅かに動揺する。

 しかし、パソコンで打ち込んだメッセージを信号として送り、信号を受け取った事で少女は喋っただけだと残念そうに嘆息しながら話すシャロンの言葉を聞いて、あくまでもこの少女は対シャドウ兵装シリーズのボディを持った機械だと認識出来た。

 湊にとってアイギスはとても特別な存在だ。ノウハウを知るためと言えど、それと同じ容姿の機械を作っていれば、湊は容赦なくシャロンらを殺していただろう。

 故に、ざわついていた心をどうにか落ち付かせた湊は、声は同じでも目の前の存在は機械でありアイギスではないと自分に言い聞かせ、冷静な仮面を被りシャロンに話しかけた。

 

「名前はあるのか?」

「あんたの腕と一緒で桐条製のリメイクだからね、型式番号はEP00-X1だよ。ただ、アイギス改なんて付けたら怒るだろ?」

「そうだな。とりあえず四肢は切り飛ばしていただろうな」

「だーから、どうせだしあんたに付けて貰おうと思ってたのよ。なんかいい名前なぁい?」

 

 シャロンという人物は飄々とした性格で掴みどころがないように思えるが、意外と他人の事を想っており、湊が嫌がるだろう事を理解してしっかりと避けていた。

 そういった能力を持った上で仕事の腕も確かな人材というのは大変貴重だ。彼女と自分を巡り合わせてくれたヒストリアに心の中で感謝しつつ、湊は起動された状態の少女を見つめて名前を考える。

 目を開いたことで顔の印象もしっかり把握出来るようになったが、こちらの少女はアイギスよりも少し目付きがきつい。さらに全体的に色素が薄い様でロシア系にも見える。

 だからと言ってロシア系の名前を付けたりはしないものの、そもそも、そこまで凝った名前を付ける必要があるのかと思った湊は、分かり易さを重視して名付ける事に決め、それを口にした。

 

「……イヴだ」

「イヴ? んじゃ、あんたはアダム?」

「いや、俺は二人の息子のアベルだよ」

「人類最初の殺人の被害者ねぇ……ま、いいけどさ。それじゃあ、この子はEP00-X1“イヴ”ってことでよろしくねん」

 

 復讐に憑かれ三ヶ月の間に一万人も殺した人間が、どうして人類最初の殺人の被害者を名乗ったのかは分からない。

 けれど、踏み込めば深みに嵌まると判断したシャロンは、思考を切り替えてEP00-X1の設計図にイヴの名を書き足した。

 名前が決まった事を他の二人も伝えれば、パソコンを操作していた武多らもサムズアップで返して来たので、しっかりと把握したようである。

 そして、改めて名前の決まったEP社製対シャドウ兵装シリーズの少女“イヴ”について、シャロンは説明を始めた。

 

「さっきも言ったけど、私らはイヴのボディしか作れてないのよ。ま、ボディ作るのも一苦労で、こんなのを七年前に作ってた桐条のテクノロジーには驚かされたんだけどさ。問題はOSの方で、精神を宿らせるとかっていう“黄昏の羽根”ってのが、どんだけ調べても分からなかったんだけど、あんた何か知ってる?」

「……ああ。いくつか所持しているし、俺の心臓のところにも入ってる。黄昏の羽根は現代科学では解明できないオーパーツだ」

 

 言ってマフラーに手を入れると、湊は青白く光る一枚の羽根を取り出した。

 

「情報と物質の両性質を持っていて、アイギスを初めとした人型の対シャドウ兵装シリーズは人格をインストールしたこれを全員内蔵していた」

「オーパーツと来たか。そんなの利用したロボットを作るとか桐条グループは未来に生きてるわねぇ。でさ、それってもらえたりする?」

「研究用に譲るのは構わないが人格の構築やインストールは認めない。それは命を作る事と同義だ。俺はそんなの許さない」

「なるほど。ま、そういう事ならしょうがないか」

 

 真剣な瞳で人格構築は絶対にさせないと語る湊を見て、シャロンは口でいうより納得したように素直に諦める。

 元々、彼女は色々な人間の助けになろうとして義肢の開発と研究をしていたのだ。それだけに、命を作るのと同義だと言われてしまえば、医者としても人としても諦めざるを得ない。

 

「けど、そしたら動作確認は当分見送りね。この子を動かせるような複雑なプログラムなんて作ってないし」

「……それは俺が代わりにやろう」

 

 言うなり湊がイヴに手を向けると、今まで椅子に座っていたイヴが一人で立ち上がった。

 これには製作者の三人は目を見開き、一体どうやったのだと視線で説明を求めてくる。

 後ろにいる少女たちはよく分かっていないようだが、イヴは身体を動かすためのシステムが積まれていないのだ。

 外部から電気信号を送れば、それによって話したり手を上げ下げするくらいは出来るが、立って歩いたり、話しながら手を動かすといった複雑な事は出来ない。

 しかし、いま湊は手をかざすだけでイヴを立ち上がらせてしまった。もしや、遠隔操作装置が組み込まれていて、湊はそれを操作する方法を知っているのかと考えかけたとき、立ち上がったイヴは首のコードを引っこ抜いて、スタスタと湊たちの前まで移動するなり話しかけてきた。

 

「こんな感じですがどうでしょうか?」

「いや、こんな感じってあんた遠隔操作できんの?」

 

 話しかけてきているのは正面にいるイヴだが、その内容を考えているのは斜め後ろにいる湊である。

 そのせいで色々とややこしいが、ここは湊に話すのが正解だろうと振り返って尋ねれば、その質問には背後の少女が答えた。

 

「別に対シャドウ兵器だけという訳ではないですけど、内蔵している黄昏の羽根が特別なので機械を遠距離から支配出来るんです。ただ、出来るのは動作の支配なので、データに手を加えたりなどは出来ませんが」

「ややこしいから本人が喋ってくれる?」

「……まぁ、こんな感じに自由に動かせる。調べた感じだと特に問題もなさそうだ。今後は、俺の腕の開発と並行して対シャドウ兵器の研究も進めて欲しい。少しやりたい事があるんだ」

 

 ここに来てからシャロンは毎日が楽しかった。七年前に完成していたという明らかにオーバーテクノロジーのデータを見た時点で、その裏に何か途轍もなく大きな物が広がっているとは思ったが、今までの義肢研究が何ステップも進んだのだ。

 まだまだ実用化や一般に普及させるには多くの課題が残っているものの、それも湊の戦闘用の義手という馬鹿げた品を研究していれば解決出来そうな気がしている。

 研究に多大な協力をしてくれるそんな青年が、何やら面白そうな事をまだ考えているというのなら乗らない手はない。湊のやりたい事とやらに興味を覚えたシャロンは悪戯っぽい笑みを浮かべて快諾した。

 

「やりたい事? んー、なーんか面白そうな匂いがするわね。いいよ。んじゃ、概要が決まったら書類かデータで頂戴」

「ああ、感謝する」

「さぁて、それじゃあもう少しイヴの動作確認をさせてもらいましょうか。あんたってどれくらいの距離まで操作出来るの?」

「……調べた事はないが、動かし続けるなら離れて行っても問題ないはずだ」

「それじゃあ、服を着せて外を歩かせてみようか。実験開始ぃ」

 

 楽しそうに実験の開始を宣言するシャロンを見ながら、湊はなんとかこのメンバーとも仕事を続けていけそうだと内心で安堵した。

 

 

 


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