【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百十八話 語る青年

2月4日(日)

午前――桔梗組本部

 

 まだまだ冬の厳しい寒さが続く二月初旬の日曜日。その日は、午前中から湊の事情を知る大人たちが桔梗組に集まり、話題の中心となる青年の到着を待っていた。

 いま広間に集まっているのはこの家で暮らす四人と栗原、五代、ロゼッタの計七人だ。

 湊が記憶を取り戻してチドリと再会したあの日、彼はチドリに言われて皆に自分が何をしようとしていたのかを話すと約束した。

 ただし、湊の方にも今後に向けた準備が色々とあるので、話すのはそれらが一区切りついてからだと今日まで伸びていたのである。

 先日ようやく時間が空きそうだと連絡が入り、他の者も問題なく集まれると答えたことで、今日の集まりが決まった。

 そうして、昼には到着するという連絡を受けて早めに待っていた一同は、湊に話をして貰う前に、こちらでも彼に尋ねる事をある程度はまとめておこうという話になり、湊が今現在どのような力を持っているのかを把握する事が主題となった。

 留学前の湊は、ペルソナ能力の他には魔眼とエールクロイツの機械支配くらいしか力を持っていなかった。生命力の譲渡なども異能には含まれるが、それを入れてもEP社との戦争中に流れていた他人の心を読めるなどの噂の真偽も確かめておきたいところである。

 故に、いくつかの異能を書いたチェックリストを用意し、それを湊に答えてもらう事で先ずは情報の整理をしようという流れでとりあえずは固まった。

 チェックリストに書かれた内容には“他者の思考を読める”“他者の感情を読める”“他者の記憶を読める”など、一部重複しているようにも見える物もあるが、それは湊の能力の適応範囲を細かく知っておくためにわざとそうしたものだ。

 この内容を考えた栗原は元々研究畑の人間なので、そういった細かく条件を変えたアプローチで対象の全体像を把握する事が得意だった。

 五代やロゼッタは人を相手にした商売をしているので、相手から情報を引き出すことや反応から隠された思惑を読むのは得意だ。けれど、湊は一部の感情が死んでいるせいでそういった駆け引きが上手く働かない。

 よって、今日は隠さず真面目に話してくれることにはなっているが、自分の事を話すのが苦手な青年が相手であるため、その部分を補ってくれる栗原の役割はとても重要だった。

 

「……来たみたい」

 

 一同がチェックリストなどを作成し終えて待っていると、お茶を飲んでいたチドリがポツリと呟いた。

 他の者は言われるまで分からなかったが、彼女はペルソナの力で索敵の網を張り巡らせていたことで、ステルスをかけていなかった湊の接近を感知出来たらしい。

 出迎えるためにチドリが立ち上がると、それに続いて桜も立ち上がって他の者には待っていて欲しいと告げて玄関まで小さく駆けてゆく。

 玄関についたチドリと桜は少し外へ出るとき用の草履を履いて扉を開くと、外の石畳のところでベリアルのチャリオッツから桐条英恵と水智恵が降りるのを手伝っている青年の姿が目に入った。

 チャリオッツから降りる際に湊に手を借りている恵は、どこか疲れた様子でゲンナリしている。

 

「これは乗り物だったから少しマシですけど、八雲さんはよく支えも無しで怖がらずに空を飛べますね」

「そうね。生身では馬くらいしか乗った事がなかったから結構怖かったわ」

「……人は飛べるだろ?」

『飛べません』

 

 ベリアルの乗っているチャリオッツは、ベリアルの他に大人が三、四人くらい乗れるだけの広さがある。

 後方の一ヶ所は乗り降りのために何もないが、側面には鳩尾ほどの高さのあるしっかりとした壁や掴める場所があるので、ペルソナで飛ぶ事になれていない者には優しい仕様だ。

 けれど、昔から湊に運んで貰っていたチドリは慣れたものだが、一般人がいきなり雲よりも高い位置で飛ぶのは怖いだろう。

 そして、昔から当たり前のように飛んでいた青年が不思議そうに首を傾げて話すと、即座に二人から突っ込まれているので、それを傍らで見ていた桜がクスクスと笑い声を漏らす。

 その声でチドリたちが出迎えに来た事に気付いた英恵たちは、湊を除いて二人に挨拶をしてきた。

 

「ご無沙汰しております」

「どうもはじめまして。あの、アイギスと脳波リンクしていた水智恵といいます。今日は八雲さんに急に連れて来られたんですけど、私も来てよかったんですかね?」

「ようこそいらっしゃいました。今日はみーくんが話を聞かせたいと思っている人を呼んでいるから、誘ったという事は恵さんにも聞いてもらいたいってことだと思うの。だから、よければ聞いてあげてね」

 

 英恵が来る事は湊に誘われたと本人から連絡があって知っていたが、アイギスが蠍の心臓と合流する際の功労者である恵を連れてくるとは聞いていなかったので、そういった事はちゃんと連絡しておいて欲しいと桜は困ったような苦笑を浮かべる。

 だが、二人を連れてきた本人はいつに間にか姿を消しており、チャリオッツから降りたばかりの二人も辺りを見渡しているので、一体どこへ行ってしまったのだろうかと思った。

 

「あれ、みーくんは?」

「多分、ベルベットルームに行った」

 

 どこへ行ったか知らないかと尋ねれば、その場で消えるのを見ていたチドリがベルベットルームに行ったはずだと答える。

 他の契約者だと、ベルベットルームに行っている間は扉のある位置の前でぼーっとしているように見えるのだが、湊は完全に空間を行き来するため部屋に入るとその場で消えてしまうのだ。

 契約者以外は扉を見る事も出来ないので、まさに人体消失マジック並みの驚きだが、最近の湊は時流操作で去っていくときにも同じように忽然と姿を消すため、完全にステルスをかけられれば気配を追えない事もあってチドリは小さくストレスを感じていた。

 

「……あ、出てきた。また女連れで」

 

 湊がベルベットルームに行ったのであれば、現れるのは扉を出した位置からなので、四人がその場に残って少し待っていると、湊がエリザベスとマーガレットを伴って現れた。

 前回は末っ子のテオドアも一緒だったので、どうして今回は連れてきていないのかという疑問はあるが、湊が女性ばかりを連れて来た事をチドリが指摘したため、他の三人は苦笑いを浮かべている。

 

「八雲、その二人で最後? 青いのってもう一人いなかった?」

「テオドアはベルベットルームの天井修理があるから欠席だ」

「天井の修理? どんな場所か知らないけど、台風でも来て壊れたの?」

 

 エリザベスらのいる場所がベルベットルームという名である事は知っている。

 しかし、どのような場所かは具体的に聞いていないため、何があって天井が壊れたのか分からないチドリは首を傾げ尋ねた。

 それに答えたのはエリザベスで、彼女は一歩近づいて他の者らにも礼をするとベルベットルームの構造を説明してくる。

 

「現在のベルベットルームは上昇する巨大なエレベーターとなっております。そして、天井が壊れた理由は、愚弟が八雲様の忠告も聞かずに室内でペルソナを召喚したからでございます」

「エレベーターの中で召喚するとか馬鹿じゃないの?」

 

 巨大なエレベーターと聞いたチドリはデパートにあるような物を想像し、そんな場所でペルソナを呼べば壊れて当然だろうと呆れた顔をする。

 これといって大型でもないメーディアですら人間よりも遥かに大きいのだ。重量に関しては空中に浮いているため判断し辛いが、それでも普通に立っているだけで天井に頭をぶつける事は容易に想像がついた。

 

「ええ、まったくその通り。そして、そのような事が起こった直後に、真顔で夜のお誘いをしてくる八雲様の胆力には大変驚かされました」

 

 そんな微妙な食い違いの発生しているチドリの言葉を肯定したエリザベスだが、彼女はあろうことか当人以外は女性しかいない場所で、涼しい顔のまま爆弾発言を落としてくる。

 いまの湊は幼さの完全に消えた、年齢性別問わず他者を魅了する妖しい美しさを持った青年の姿だ。その彼が浮世離れした美貌を持つエリザベスを誘ったとしても、両者のレベルはほとんど釣り合っているので違和感はない。

 だが、実年齢は中学校に通う十四歳の少年なので、そんな子どもが年上の女性にそういった誘いをかけるのはどうなのだと、二人の女性は困った表情を浮かべ、二人の少女は真相はどうなのだとジッと湊を見てきている。

 完全に油断していた状態で攻撃を喰らった湊は、どうしてエリザベスはわざと状況をかき回すのだと僅かに疲れた表情で、自分に集まっている視線の主たちに弁明した。

 

「煙草の煙を顔にかけただけだ。そんな意味があるなんて知らなかった」

 

 言ってマフラーからマーガレットに貰った長煙管を取り出し、咥えて吸いこむと誰もいない方向に煙を吐いて見せる。

 それを見ていた他の者は、湊の説明よりも彼が煙管を吸っている事の方が気になってしまったようで、英恵は湊の前まで進むと彼の咥えている煙管を取ろうとする。

 しかし、取られる前に相手が届かないよう手に持って湊が上にあげた事で、英恵は少しムッとした顔で煙管を取る事を諦めつつも諌めてきた。

 

「八雲君、煙草なんて子どものうちから吸っては駄目よ。それに副流煙や呼出煙はとても身体に悪いの。だから、煙を吹きかけるなんて絶対にしては駄目。約束して頂戴」

「……マーガレット」

「自分で説明なさいよ……」

 

 英恵は湊の身体の事を思って諌めてきている。だからこそ、それを無下には出来ないのだが、前提がそもそも間違っているため、湊は彼女たちへの説明を全てマーガレットに任せた。

 傍で見ていただけで急に説明を丸投げされた彼女は、面倒そうな顔で無責任な青年に呆れている。

 とはいえ、彼に煙管を渡したのは彼女なので、原因を作った者としての責任は負わねばならないかと溜め息を一つこぼしてから青年の保護者らに向き直った。

 

「まぁいいわ。この子が吸っているのは煙管型のマジックアイテムで煙草ではありません。刻み煙草を入れる火皿から飲み物を注ぐ事で、煙化したそれを楽しめるのです。ですから、喉用の加湿器に飴やガムのような味を楽しむ機能がついたものだと思ってくだされば分かり易いかと」

 

 マーガレットが説明している間に、湊は自分が持っていた煙管をチドリに咥えさせ吸ってみろと促す。

 急に口に入れられた事にチドリは少々怒っているようだが、本物の煙草でないなら吸ってみても問題ないはずと考え、僅かに躊躇うような素振りを見せながらも最後はゆっくり煙管を吸いこんだ。

 しかし、吸いこんだチドリは途端に表情を険しくして湊にジトっとした視線を向ける。何かおかしな点でもあったかと、相手の口から抜いてすぐに自分で吸い直してみたが特に問題は感じられなかった。

 一体何がお気に召さなかったのか不思議に思っていれば、チドリは少し口をもごもごとさせてから話しかけてきた。

 

「……薬臭い。これ何味?」

「胡椒博士だ」

「それ嫌いだって前に言ったでしょ。変なの吸わせないでよ」

「……薬臭いといってもサルサパリラという植物由来の物なんだがな」

 

 胡椒博士は湊が赤いパッケージのコーラと同じくらい愛飲している飲み物で、二十種類以上のフレーバーを混ぜて作られた独特な味わいのある知的飲料だ。

 中にはチドリのように薬臭いと嫌う者もいるが、その原因はフレーバーの一つであるサルサパリラという植物の味と香りのせいである。

 元々、薬としても使われている薬草なので、摂取量に気を付ければ身体にもいいのだが、匂いが苦手ならば仕方がない。

 わざわざ布教しようとするほどジャンキーやフリークではないため、とりあえず煙草ではないと理解して貰えればそれでいいと湊は気にした様子もなく煙管を吸い続けた。

 

***

 

 いつまでも外で話している必要はないため、湊たちは家に入ると他の者たちが待っている広間に向かった。

 そのとき部屋に入ってきた湊を見てロゼッタや栗原は目を丸くしていたが、色々と事情があって今の姿になったと告げれば他の者も話を聞く姿勢を見せたことで、桜がお茶の用意をすると湊はすぐにイリスの死の原因とその後どんな事をしていたのか話し始めた。

 弔ってしばらくは廃人となって教会で保護されていたことや、そのときに血に目覚めて正式に名切りの名を継いだこと、イリスの復讐で久遠の安寧を滅ぼすと決めたが、その裏には無関係な人間を傷付ける者が現れないよう抑止になるつもりがあったことも全て話した。

 名切りは既に滅んだはずの伝説ともいえる存在だ。それが再び蘇って裏界最大組織を相手に一人で立ちまわったことで、実際に恐れた者たちが活動を自粛してヨーロッパの方では一時的に犯罪率が低下していたというデータがある。

 単純に復讐のみを狙っていると思っていた一同は、そのような状況になっても他人の事を考えている青年に思わず呆れたが、復讐や抑止の他にまだ隠された理由があったと湊は語った。

 その隠された理由は、心を持った機械であるアイギスを人として認めさせる事。

 初めは誰もその意味が分からなかったが、心を持っているのに兵器や機械として扱われ、心ない言葉をぶつけられる可能性を考えれば、彼女が他の者と同じように平和な世界で生きていくために、力で捻じ伏せてでも現在の支配構造を変え、世界に彼女を“人間”だと認めさせる必要があると思ったそうだ。

 けれど、それを本人に言ったら気持ちは受け取って貰えたが、そんな事をしては駄目だととても怒られたのでもうやるつもりはないという。

 離れた場所からとはいえ、実際にアイギスと湊が戦っているのを見ていた五代と渡瀬は、本気の殺し合いにしか見えない二人の戦いがそんな極めて個人的な理由で行われていたと知り、なんとも微妙な表情で何も言えないでいる。

 他の者たちも同様で、復讐という個人的な事情かと思えば人々のためであり、人々のためだと思えば結局は一人のためであったりと、どちらにしろ他者のためではあるがこの青年は結局チドリかアイギスの事が根幹にあるのだと思い知らされた。

 そうして、アイギスに諭された後は目的を日本に帰る事に絞り、久遠の安寧を攻め落としたことで戦いを終える事は出来たが、今度は力の性質変化に最適化の時期が重なり精神と記憶が退行してしまう。

 

「あの退行は最適化といって、血に目覚めた者の才をより活かし易くするために、身体や精神を変革することで起こる現象だ。普通は筋肉痛や風邪でぼーっとする程度に身体や意識に影響が出るらしいが、俺は名切りの最高傑作だけあって全能力を強化するために一時的に省エネモードになったみたいだ」

 

 退行しても英恵の屋敷を訪れる事が出来たのは、湊にとって百鬼の実家よりも母と度々訪れていた英恵の屋敷の方が思い出に残っていたことと、何かあれば英恵の元へ向かいなさいと母に言われていたからだ。

 そもそも、百鬼家は湊を除けば既に全員死んでいるので親戚はいない。父方である九頭龍家は祖父母と伯父一家が存命であるが、祖父には頭を撫でて貰った記憶もないので、湊にすれば近所の人間よりも遠い存在である。

 従姉の七歌とは遊んだり話したりもしていたけれど、英恵と七歌ではどっちの方が好きかと言われれば迷わず英恵と答えるくらい懐いていたため、結局、母の言う通りに英恵の元へ向かった。

 

「まぁ、その最適化も済んだから今のところは何の心配もないと思う。一応、次に記憶に問題が生じたときの事を考えてデジカメで色々と記録するようにし始めたが、特に何もなければただ趣味で写真を撮るだけになるな。とりあえず、俺からの話は以上だ」

 

 実際に使い始めたらしいコンパクトデジタルカメラをマフラーから取り出して見せ、右隣に座っていたチドリを一枚撮ると湊は収納し直す。

 急に撮られたので油断した表情の写真となったが、チドリが消させようとしてもマフラーの中身を取り出せるのは湊とベルベットルームの住人しかいない。

 何も出来ない事でムスッとした表情で手を振りあげたチドリは、湊の右腕に向けてビンタを放った。

 直後、部屋に金属に物がぶつかった甲高い音が響き、ビンタを放った少女が目に涙を滲ませ手を押さえて肩を震わせる。

 他の者は、見ていたにもかかわらず一体何が起こったのか分からなかったようだが、湊が咥えていた煙管をテーブルに置き、上着を全て脱いで上半身を見せた事で事情を察した。

 

「……右腕は既に機械義手を付けてる。まだ研究を始めたばかりで性能は生身の俺に負けるが、硬度に関して普通の拳銃の弾を防げる。だから、攻撃するなら右腕以外にした方がいいぞ」

 

 上腕二頭筋の中頃にある黒い接続部とその先にある機械の腕。装甲の表面はアイギスと同じように白い布張りになっており、黒と白のコントラストが余計に生身ではない事を意識させる。

 本人はアイギスとお揃いであることに喜んでいるようだが、他の者にすれば生々しく残る身体の傷跡と共に青年の戦いが全て現実にあった事を証明するもので、どうやって受け止めるべきか悩んでしまう。

 他の者が黙っている間に湊は服を着直したことで話は流れたが、もしも、いま湊が他の人間の思考を読んでいたら、自分たちが同情してしまっている事もばれているはずだと五代は思った。

 湊は同情されても別に気にしない性格のようにも思えるが、思ってしまった側は相手に失礼な事をしたという自覚がある。

 故に、湊の話が一段落したのであれば、ここらで能力についての話に移ろうと先ほどのチェックリストをテーブルの上に広げ提案した。

 

「話は変わるんだけど、小狼君が今どんな能力を持っているか教えて貰ってもいいかな?」

「……よくこんなのを作ったな」

 

 咥えた煙管を口の動きで上下させて遊びながら、湊は手に取ったチェックリストを眺めて感心している。

 聡い青年の事だ。ところどころ重複したような項目がある事で、その意味も理解しているだろう。

 相手は自分のことを話さないので、誰も訊かなかったから話していなかったと後でなる場合も考えられる。

 それを避けるため詳細に能力を把握しておこうと用意したのだが、湊は一頻り目を通すなり、チェックリストを五代の方へ返してきた。

 

「悪いけど能力に関してはあまり教える気がない」

「それは僕たちを信用していないからかな? それとも、君の情報を持った僕たちが狙われる危険を避けるためかい?」

「……これだけ話して前者を問うのはいまさらだろ。まぁ、後者は若干ある。だけど、それよりも単純に話すのが面倒くさい」

 

 話さない理由は面倒くさいから。その斜め上の発想に、ベルベットルームの住人を除いた女性メンバーは座ったままこけそうになり、危うくテーブルに顔をぶつけかけた。

 けれど、そう言えばこういった人間だったと思い出してきたことで、桜がやや引き攣ったような笑みで話して貰えないかと頼みこむ。

 

「い、いまなら、ここで一度話すだけで済むから、後でその都度色々と訊かれる面倒を考えれば話した方が楽だと思うんだけど、どうしてもダメかしら?」

「……影時間の展開が出来る、他人の心を読むことが出来る、時の流れを限定範囲内に限り加減速させる事が出来る。まぁ、これだけ知ってれば充分だろ?」

「う、うん。ありがとう……って、時の流れ?」

 

 随分とざっくりした説明になったが、本人が認めた事で最低限の事は分かった。

 せっかく色々と用意したというのに、それが全て無駄になったことに栗原などは眉間に皺を寄せている。

 しかし、桜が礼を言い終わる直前、チェックリストにまるで含まれていなかった能力が話の中にあったことで、詳しい説明を求める一同の視線が湊に集中した。

 

「……だから、時間を加減速させるんだ。空間内と外界とどちらに主観を置くかによって加減速の定義も変わるけど、いまやっているのはこの部屋だけ外よりも速く時を進めてる。一度切るから腕時計と居間の時計を見比べたらいい。正しい時間は居間の方だ」

 

 言って湊は催眠術を解くかのように指を一度鳴らした。その音が合図のように、一同は部屋を出て時間を確認しにいったが、湊と同じように残っていた力の管理者二人のうち長女が湊に話しかけてくる。

 

「詳しく知らないけど、別に指を鳴らす必要はないわよね?」

「ああ、分かり易さを優先しただけだ」

 

 聞いたマーガレットは「サービス精神旺盛ね」と呟きほうじ茶をすする。

 影時間の展開と時流操作はベルベットルームの住人にも扱えない力だ。湊と同じように黄昏の羽根を内蔵したところで出来るかは不明で、そもそも時の流れを概念として理解し知覚しなければ加減速させようがない。

 ベルベットルームは現実とは異なる時の流れの中に存在するものの、それは言ってしまえば異界にベルベットルームがあるだけで、住人らが異界を作っている訳ではないのだ。

 しかし、湊の能力は極狭い範囲とはいえその異界を現実世界に作っている。影時間も異なる時流の空間も、黄昏の羽根の恩恵で作り出せているにしろ、現世の理に縛られた人間に出来る範囲を超えていた。

 青年に流れる古の神の血がそれを可能とするのか、異界の神を降臨させ得る器にすればその程度は出来て当然なのか、色々と興味は尽きないところではあるがマーガレットは今調べる気はないので大人しく他の者が戻ってくるのを待つ。

 そして、少し経つと複数の足音が近づいてきて、出て行っていた者たちが帰って来た。

 

「昼前に話し始めて二時間以上は経っているはずなのに、まだ正午にもなってなかった」

 

 部屋に戻ってきた者たちは先ほど自分が座っていた場所に腰を下ろし。実際に時間を確認してきたばかりのチドリが湊に報告する。

 

「でも、時間を加減速するって、どういった理屈なのかしら?」

 

 言葉の意味と現象としては理解出来たが、まったく方法や理屈が分からないとしてロゼッタは顎に手をあてて首を傾げている。

 他の者たちもそれは同様で、青年が実際に時間の流れを操作できるのは分かったけれど、それが何を使って行われているのかも理解出来ない。

 何せ、部屋に入ってからいつ時間を操作し始めたのかも気付いていなかったのだ。能力を切る際には指を鳴らして合図してくれた事で分かったが、何の予備動作もなく能力を行使できるのなら気付く事はおろか対処しようがない。

 ただ影時間を展開するだけでも適性を持たぬ者は湊に手を出せなくなるというのに、時まで支配されては太刀打ちできるはずもなく、五代やロゼッタなど裏の仕事に関わる者らは彼と敵対する者らに思わず同情した。

 

「……理屈に関しては、影時間や時間を概念として理解出来ない者には説明しようがない。それがどんな物であるか理解出来れば干渉する事も出来る」

「なるほどね、桐条の先代当主が目指していた“時を操る神器”の一つの答えがあんたって訳か」

 

 栗原はエルゴ研にいたときから桐条鴻悦の目指している物を知っていた。

 シャドウについて研究し、時を操る神器が手に入れば、自分たち桐条グループが世界を支配する事も出来ると彼は言っていた。

 普通ならばそんな妄言を大人たちが信じるはずもないが、桐条の研究者たちはシャドウや黄昏の羽根によって、自分たちの生きる世界とは異なる理が存在する事を知ってしまう。

 今でこそ影時間は毎日深夜零時に発生するようになっているが、ポートアイランドインパクト以前は研究途中にたまに発生するくらいで、そういった異界のような物が存在するのであればと余計に研究者たちに神器の存在を信じさせる要因にもなっていたのだ。

 だが、その研究の結果、実験失敗によって多数の犠牲者を出す大事故を起こしてしまった。

 分からないからこそ知るために研究していたのだが、二次元の存在に三次元を知覚できないように、異なる次元の物を理解しようなど最初から無理だったのだと今では分かる。

 この青年のようにそれが何であるか分かる特殊な者が一人いれば違っていたのだろうが、今さら言ってもあの事故を無かった事にはできない。栗原はテーブルに視線を落とし、自分たちの間違いを悔いた。

 その様子を見た湊は栗原から視線を外して、他の者にも説明するように自分の神器としての力を話す。

 

「まぁ、近い様で中身は全くの別物だろう。桐条鴻悦が求めたのは言ってしまえば事象観測機とタイムマシンだ。過去と未来に起こる事を把握し、五年後にある男によってグループが危機に立たされるなら、先にそいつを潰しておけば五年後の危機は起きない。そんな風にあいつは時の支配者となって世界の頂点に立つつもりだったんだ」

 

 過去と未来に起こる事を知り、それらを自由に操作できれば世界を支配する事など簡単だ。

 抵抗しようとすれば、両親が出会うのを邪魔する程度で消されてしまうのだから、誰も相手に逆らえなくなる。

 だが、それも結局は叶わぬ夢の一つでしかなかった。自分の義父が求めた物を、可愛い息子が手に入れたことに運命の悪戯を感じながら、英恵は湊に問いかけた。

 

「じゃあ、八雲君は何が出来るの?」

「時の流れに少し干渉出来るだけで他は何も出来ない。時を加減速させるだけで完全に停止させることや過去への時間跳躍だって出来ないんだ。能力を解除すれば結局は元の流れに合流する。もっと規模が大きければ他の事も出来るんだろうが個人規模で起こすのはそれくらいが限界だ」

 

 湊ほどの力を持ってしても時を支配する事など出来ない。そう断言されてしまえば、英恵もあの研究の失敗は必然だったと思うしかなかった。

 

「……さて、俺に関する話はこれくらいだな。今後、EP社としては旧工場地帯に病院や研究施設を作ろうと思ってる。今のペースを考えると無気力症の拡大は防げない。そうなると今ある近隣の病院だけではベッドの数が足りなくなるから、患者を受け入れる準備をしておくことにした」

「病院を作るって八雲さんのお金でですか?」

「いや、前幹部たちの私財だ。馬鹿みたいに貯め込んであったから、全部回収して建設費と運営費に回すことにした」

 

 流石の湊もデスティニーランドとデスティニーシーが、まるごとすっぽり収まってもまだ余裕があるような広さの東京の土地を買う金はない。

 水智恵は湊の個人資産は知らないが、裏の仕事で稼いでいても病院を個人のお金で建てるほどはないと思っていたので、相手から否定されて自分の考えが合っていた事に少しホッとした顔をしている。

 だが、続けて言われた相手の言葉には思わず目を丸くしてしまった。

 

「それで、ものは相談なんだが、水智、お前うちの病院で働いてみる気はないか?」

「……へ? 病院で働くって私なんの資格も持ってませんよ?」

「それは働きながらとればいい。待遇の欄にも資格取得補助は記載してる」

 

 急に仕事に誘われて目を丸くしている恵の前に、湊はマフラーから取り出した書類を並べる。

 そこには久遠総合病院というEP社の病院の完成予定図と共に、社員募集要項が詳しく書かれていた。

 完成予定は六月上旬だが、開業は六月下旬から七月上旬なので一ヶ月ほど研修期間が設けられており。社員寮に入居する者は研修期間中の家賃は無料。勤務し出すのが夏前なので一年目の夏のボーナスは出ないが、冬からは働きに応じて上乗せもされるボーナスを出すという。

 有給は勤続半年経ってからしか出ないが、社員ならば格安で受けられる習い事のラインナップが数十種類あり、さらに要望に応じて増設も可能と非常に豊富だった。

 また、病院の建っているEP社の土地の中にスポーツジムもあり、社員であれば予約は必要ではあるものの無料で施設を利用できるなど、流石の桐条グループでも採算の関係でここまでの好待遇は出せないと読んだ全員が思っていた。

 

「あの、八雲さん? 本気でこんなの作るつもりですか?」

 

 まさか、本気でこんな馬鹿げた採算度外視の病院や研究施設を建てようとしているのか。誘って貰えたことよりも、そちらの方が気になってしまい恵は表情を引き攣らせながら尋ねる。

 

「実際に建設は始まってるぞ? どう考えても赤字だと思っているんだろうが、回収した金は数百兆円に上っていてな。全部そこから出しているから、社員の分を企業が出してもなんら懐は痛まないんだ」

「それ、人のお金じゃないですか……」

「ただ飯より美味い物はないってよくいうだろ」

 

 青年の言葉になんか違うようなと首を傾げずにはいられない。けれど、それだけ潤沢な予算があれば書類に書かれている事も実現可能だろう。

 恵は湊やチドリの一つ上で今年の三月で中学校卒業の年齢だが、一昨年の夏まで全身麻痺で、それから一年以上リハビリをしていたので高校に通う予定はない。

 一年必死に勉強し浪人して高校に入ろうかとも考えたが、これと言ってやりたい事はなく、また同年代の知り合いも湊やアイギスくらいしかいないので、湊と同じ学年になるよう月光館学園高等部を受験するならともかく、特に知り合いのいない他校で学ぶ気もなかった。

 ならば、何か仕事でもするのかと訊かれれば、そちらは学校以上に何も考えていないとしか答えられない。

 現在は家で問題集を使って色々と学んでいるが、まだその程度しかやっておらず社会に出てゆくことなどまるで想像がつかないのだ。

 一応、実家は裕福なので一生働かずとも暮らしていけるとは思う。けれど、そういった暮らしに対して引け目を感じてしまう恵にすれば、恩人の元で働けるというのは非常に魅力的に映った。

 とはいえ、いまこの場ですぐに返事をするほど思いきる事は出来ない。かなり心が惹かれている自分がいると感じつつも、恵は申し訳なさそうに考える猶予を求めた。

 

「あの、もう少し考えさせて貰ってもいいですか? その、すごく嬉しいんですけど、やっぱりすぐには決断出来ないといいますか……」

「別に構わない。やや強行日程になるが他の社員の募集は三月以降から始めるし、お前の答えもそれくらいでいい」

「ありがとうございます。でも、働くとなったら自宅からだと遠いし、ここに書かれてる社員寮に入ることになりますよね。けど、先にこっちに慣れておきたいときはどうしたら良いでしょう?」

 

 同時期に建設の始まる病院が六月に出来るのなら、社員寮のマンションも同じ時期に完成するものと思われる。

 しかし、港区周辺の土地勘が全くない恵にすれば、もう少し早くから住んで土地に慣れておきたかった。

 社員寮をもっと早く完成させる事は出来ないのかなどと聞く事は出来ないし、完成までホテル暮らしをするのも不安がある。

 やはり、ぶっつけ本番のように行くしかないだろうかと不安げに尋ねれば、冷めた表情で相手の話しを聞いていた青年が淡々と返して来た。

 

「……そうだな。別にお前がいいなら俺の家に泊めてもいいぞ」

「八雲さんの家? こちらのお家ですか?」

「いや、中央区にあるマンションだ。十二階建て最上フロア、バルコニー付き3LDKの角部屋で値段は六二〇〇万円。まぁ、俺じゃなくてソフィアが買ってくれたものだが」

『貢がせたのっ!?』

 

 湊が他所に家を買っていたことも驚きだが、それを年上とはいえ一つしか変わらない女の子に買ってもらったという情報の方が驚きで、桜や英恵にロゼッタなど、複数の女性の驚愕の声が重なった。

 さらに右隣りからはとても不機嫌そうなオーラを漂ってきており、チドリが言外にこっちを見ろと言ってきていることで、湊は自分が何か悪いことをしたのだろうかと不思議に思った。

 どちらにせよこのままではいられないので、先に恵の話しを処理してしまおうと、チドリを無視しながら湊は再度尋ねる。

 

「それで、家に来るのか?」

「えーと、そうですね……今度一回遊びに行ってもいいですか?」

「別に俺は暇をしている訳じゃないんだがな」

「いや、どんなところか知らないと泊まるかどうかも決めづらいので」

「……そういう物なのか? まぁ、時期が決まればメールで知らせて来い。こっちの予定と合わせて返事をする」

 

 湊の言葉に恵はこくこくと首を縦に振り頷く。裏の仕事はもうするつもりがないので以前よりもスケジュールに余裕がありそうなものだが、実際はEP社の仕事を色々としなければならないので、それほど暇という訳ではない。

 貴重な時間を割いてでも恵が遊びに来ることを許可する辺り、やはり湊は身内に甘いと言わざるを得ない。

 しかし、それはそれとして、未だに横から睨みつけてきている少女をどうにかする必要がある。湯のみを手に取って喉を潤し一息ついてから、改めて向き直ると湊はチドリに声を掛けた。

 

「さて、言いたい事があるならはっきり言ってくれ」

「……帰ってくるんじゃなかったの?」

「ここに帰ってくるとは言ってないな。というか、仕事と学校のことを考えると、今暮らしているマンションの方が行き来し易い」

 

 モナドで再会した日、湊はもう大丈夫だとは言ったが桔梗組に帰ってくるとは言っていない。

 チドリもそれは認めるが、自分と共に居ることよりも利便性を取った事に対して怒りを感じ、尚且つ家族を一度も招いていない状態で、年頃の女子を家に泊まらせようとすることが納得出来なかった。

 表情はいつも通りだが、言葉に棘を含ませながらチドリは相手を嫌味で糾弾する。

 

「早速、女を連れ込もうとするんだ?」

「最初の一日目にソフィアが泊まって行ってるけどな。というか、俺は一人であって一人じゃない」

 

 言われた湊は“運命”のカードを握り砕き、“バアル・ペオル”の装いをした鈴鹿御前を呼び出す。

 呼び出された彼女は、バアル・ペオルのときだけ形の変わる尖った長い(エルフ)耳をピコピコと動かしながら、愛子(まなご)の他に有象無象が居ると知って顔を顰めている。

 

《なんじゃ、随分と多いな》

「えっとぉ、みーくん? どちら様かな?」

「ペルソナ名だと鈴鹿御前かバアル・ペオル、生前名なら百鬼紫乃といって俺の遠い祖母だ」

《だから、祖母はやめろと云うておるじゃろうが!》

 

 以前にも注意した事を再び口にした事で、鈴鹿御前は座っている湊の頭をぺしりと叩く。

 イリス以外にそんな事を出来る者がいることで他の者らは僅かに驚くが、既に没している遠い先祖とはいえ身内には変わりないので、親としてなら出来るのも普通かと納得する。

 ムスッとした顔で腕を組んでいた鈴鹿御前は湊の後ろに腰を落とすと、そのまま彼の広い背中に抱きつくように首に腕を回して話し出す。

 

《まぁよい。妾は八雲が生まれるまで名切りにおいて歴代最強を誇っていた者よ。実子より生意気じゃが魂がめんこいのでな。八雲には生まれる前から妾の才を与えていた。よく似ておるだろう?》

 

 二人の顔を並べて見比べれば、髪の色こそ湊の方が青みがかっているが、輝くような金色の瞳や年齢性別問わず魅了するような妖しい色香も含めて共通点は多い。属性を女に振り切れば鈴鹿御前に、中性に設定すれば湊となるように見える。

 湊を母親の菖蒲によく似ていると思っていた英恵ですら、起源はこの女性だったのかと思わずすんなりと認めた程だ。

 五代と渡瀬は鈴鹿御前の装いのときに会っているものの、あのときはしっかりと相手の姿を確認する暇などなかったので、改めて見てみると彼女の言う通り二人は親子か姉弟というくらいに似ていると感じた。

 一同が彼女の言葉が真実であり両者の間に血縁関係があると認めたところで、湊は脱線していた話を戻して説明する。

 

「まぁ、そういう訳で時期に関係なく出せる鈴鹿御前は基本的に俺といる。勝手に出てくることもあるから、チドリが邪推するような事は起こり得ない」

《いや、妾は出歯亀するような趣味は持ち合わせておらぬぞ。八雲がそこな娘と交わろうというのなら、その間は出ぬようにするから安心するといい。嫁を娶るでもなければ、妾はそういった事には寛大だ。各地に女を作ろうと構わぬ》

 

 嫁や恋人は許さないが遊ぶ女ならばいくらでも作るがいい、とどこか得意げに語って鈴鹿御前は不敵な笑みを浮かべる。

 湊の言葉を丸っきり否定する発言に一同が呆気にとられる中、エリザベスだけが楽しげに笑っている点がやや気になるものの、自分の発言を潰された本人は僅かにご立腹だ。

 普段はどこかつまらなそうに見える表情に険しさを混じらせて、青年が指を鳴らすと途端に鈴鹿御前はその場から消えていた。

 ペルソナとは指を鳴らした程度で消せるのかという疑問を皆に抱かせつつ、どこか清々した表情になった青年が口を開く。

 

「……さて、莫迦にはお帰り頂いた訳だが」

《八雲、親を無下に扱うとは何事か! 愛子といえど度が過ぎれば許さぬぞ!》

 

 と思っていたら、話している途中で再び鈴鹿御前が現れた。湊はまったく呼び出す素振りを見せていなかったので、彼女は湊が言っていた通り勝手に出て来られるのだろう。

 しかし、せっかく消したというのに、また戻ってきて話しを中断させられた湊の方は明らかに苛ついていた。

 

「……お前に茨木童子やファルロスのように勝手に出てきて消えない奴らがいるからな。最適化の間に俺も対策としてロック機構と強制返還を編み出したんだ。こちらこそ、度が過ぎるのであればロックをかけて外界の情報を得られず、俺が呼び出さない限り出て来れなくするぞ」

《ネガティブマインドの時に索敵能力を持っているのは、蛇神のバックアップを得て力の増している状態の妾だけじゃ。妾を封じるというのであれば、当然、その助力は得られぬものと知れ》

「そうか。では、お帰りいただこう」

《ぬぅっ!? ま、待て! 少しは躊躇ってもよいだろうに!》

 

 鈴鹿御前の状態ならば索敵能力は持っていないが、バアル・ペオルのときは蛇神の力の一部を受け取っていることで能力が強化され、索敵能力や赫夜比売に匹敵する回復魔法を使えるようになる。

 そのどちらも使えなくなれば困るはずだが、湊が一切躊躇わずに指を鳴らそうと構えてきたことで、鈴鹿御前は慌ててその手を掴んで相手を止めた。

 片手で腕を掴んだまま、もう片方の腕で湊の頭を撫でて多少謝りつつ、鈴鹿御前は相手を宥め続ける。しばらくそうしていると湊が手を下ろしたので、ようやく機嫌が直ったかと安堵の息を吐いて彼女は脱力した。

 

《はぁ、どこで育て方を間違えればこのような我の強い捻くれた者に育つのか……》

「……お前らも大概だがな。まぁいい、水智の事に関してはそのときに決めるとしよう。チドリも今はそれで納得してくれ」

 

 湊は自分のクズさや性格の悪さを自覚しているが、先祖らを見ていると自分は割とマシではないかと思うレベルで我の強い者ばかりが揃っていた。

 ならば、これは性格の傾向が遺伝しているのではないかと考えつつ、一先ずその話しは終えて、恵が遊びに来る話しとチドリに対する説明を済ませておく事にする。

 それを聞いたチドリは、先ほどの湊と鈴鹿御前のやり取りで気が削がれていたので、ちゃんと言ってくれるのであればと頷いて矛を収めた。

 子どもたちの間に生じていた不和が解消されたことで、親たちはホッと胸を撫で下ろし。話しが一区切りしたところで青年に関して気になっていたことを英恵が尋ねた。

 

「そういえば、八雲君は学校はどうするの? そろそろ留学を終えて復学する時期でしょう?」

「そうだな。仕事はしばらくデータのやり取りで済むことばかりだし、別に明日から復学しても構わないが」

「……言っておくと明日から期末テストよ」

 

 ずっと日常から離れていた青年が、ようやく復学を検討したかと思えば、何ともタイミングの悪いと英恵と桜が困った表情を浮かべる。

 背が伸びて以前の制服では丈が合わなくなった湊は、新しく制服を買い直す必要もある。さらに、テストを受けようにも範囲も知らなければ教科日程も分からない。

 復学するにも色々としなければならない事があることから、青年の復学はもうしばらく先になるかと二人の母親は残念そうに溜め息を吐いた。

 そうして、久遠の安寧との戦いや今後の方針などを聞いたことで、一先ず今回の集まりの主目的を終えた一同は、揃って昼食を食べると力の管理者はベルベットルームへと帰り、英恵と恵は湊が家まで送り届けることで解散の流れとなった。

 

 

 


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