【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百二十四話 美鶴たちの適性

4月15日(日)

午後――巌戸台分寮

 

 三月に中等部を卒業した美鶴は、そのまま高等部へと進学して高校生としての生活をスタートしていた。

 けれど、暮らしている寮も通学路も変わらず、生徒の人数は増えたが中等部からエスカレーター式に進学した者が全体の半分以上を占めているので、教師の顔ぶれが変わった事を除けばそれほど大きな変化はない。

 勉強に関してもしっかりと予習して授業に臨んでいるため、いくら内容が難しくなったとしても今まで通りに教師の話を聞いて板書を写すくらいで、やはり大きな変化は見られなかった。

 それは影時間に関する研究などについても同じで、未だに消す方法が存在するのかどうかも分かっていない。シャドウやペルソナの研究も、進めれば進めるだけ新たな謎が見つかるせいで、一部の研究の虫とも呼べるような没頭する者らを除けば、モチベーションの低下も懸念され始めていた。

 とはいえ、仲間が増えて街中に現れるイレギュラーシャドウを狩る様になった美鶴は、ペルソナを使った戦闘にも慣れてきたことで、戦闘を通じて自分が強くなっていることを実感するようになり、以前よりもずっとやる気に満ち溢れていた。

 

(ふむ、ゆっくりとだが私たちも着実に強くなっているな)

 

 美鶴は桐条グループのラボから届いたばかりの書類に目を通し、そこに書かれている内容を見て満足気に頷く。

 彼女がいま見ているのは先日学校で行った身体測定のデータだ。身長、体重、座高、スリーサイズは女子だけだが、それに加えて密かに適性値測定も行っており、新たに開発したという新型の測定器でより正確な数値が表れるようになっている。

 適性値測定のデータはグループ内でもトップレベルの極秘資料だが、美鶴は適性持ちのスカウトも行っているので閲覧を認められている。

 ただし、桐条グループは全ての傘下企業と学校の健康診断で適性値測定をしているが、残念ながら美鶴が閲覧できるのは月光館学園に通う生徒のデータのみである。

 今のところは月光館学園の生徒からしか適性持ちが現れていないこともあり、むしろ他のデータは見る必要がないのではと研究者たちは思っていた。

 彼女がいま見ているのは高等部の生徒たちのデータで、残念なことに自分と真田と荒垣以外に適性持ちはいなかったが、以前の測定時より数値が上がっているので美鶴に不満はない。

 

(私が“4350sp(レベル8弱)”、真田が“2610sp(レベル4強)”、荒垣が“2590sp(レベル4強)”か。戦いにも慣れてきたし、あと一人くらいメンバーが増えればタルタロスの探索に行けるかもしれないな)

 

 以前の測定から言えばレベル換算で一つほどしか上がっていないが、たまに現れるイレギュラーシャドウしか狩っていない事を考えれば、成長ペースとしては速い方だろう。

 真田と荒垣は自分たちが数値で負けていると知っているため、どうにか美鶴よりも強くなろうと必死になっている気配がある。美鶴としてはそんな少年たちの負けず嫌いは微笑ましいと思っており、どうせならば大きな壁の方が越えたときの感動も大きいだろうと、数値が追い付かれない様に自主練も行って常に彼らの先にいるようにしていた。

 ただし、実際のところは本人が自覚していないだけで、美鶴も二人と同じくらい負けず嫌いな性格をしているので、無意識にS.E.E.S内トップであり続けようと追い付かれぬようにしているのが真相だったりする。

 二人の壁であろうとする気持ちもなくはない。そのため完全な嘘ではないが、比率的には八対二で負けたくない気持ちの方が強かった。やはり大人とも正面からやり合うにはこれくらいの気の強さが必要なのだろう。

 

(さて、では問題の中等部のデータを見るとしよう)

 

 今まで見ていたファイルを閉じると、美鶴は次のファイルを手に取り眺めてゆく。1-Aから出席番号順で並ぶデータは、どれも似たような数値ばかりが書かれていてほとんどが“適性無し”という結果だ。

 これは最初に見た初等部や、次に眺めていた高等部のファイルでもそうだったので今さら気にしない。

 しかし、このファイルの終盤には、一昨年まで最高値だった美鶴の適性を大幅に上回る逸材がいる。少女と約束したので彼らを勧誘する事はもう出来ないが、それでもシャドウと戦闘している自分たちよりも圧倒的な成長速度を見せていることもあって、どんな生活の仕方をすればそんなに強くなれるのだという興味があった。

 逸材である青年らと共にいる部活メンバーも、適性を得るには至っていないが他の生徒より高い数値を見せている。ここから推測するに高い適性は周囲の人間にも影響を及ぼす可能性があった。

 これが真実ならば適性の高い者は一つのクラスに集め、相互作用で成長させながらクラスメイトから新たな適性者を発掘することも出来るかもしれない。

 順にページを見ていってそんな事を考えていた美鶴は、いよいよチドリのページだと僅かに緊張しながら、意を決して彼女のページを開いた。

 

(吉野千鳥、身長一五三センチ、体重四十二キロ……適性値“12440sp(レベル24弱)”だとっ!? 馬鹿な、彼女は二年の三学期初めでは7500spほどしかなかったはずだっ)

 

 チドリの数値に目を通していた美鶴は、驚愕のあまりファイルを手から落としてしまう。

 以前、湊も数ヶ月の間に一万以上数値が上昇したことがあったが、今回のチドリの成長速度はそれに迫る勢いだ。

 徐々にではあるものの、美鶴はチドリたちに近付けている気になっていたというのに、今回の結果を見る限りでは差は開く一方だった。

 落としたファイルを持ち直し、チドリの数値をジッと見つめながら美鶴は原因について考える。

 彼女の実家である桔梗組をたまにマークしているグループの者からは、チドリが影時間に家を抜け出してタルタロスに向かっているという報告はない。

 監視していない日に行っている可能性も否定できないが、現時点ではペルソナに目覚めているどころか適性を持って影時間に活動している証拠もない。

 数値上は影時間に適応して活動できるだけの十分な数値を叩きだしてはいる。しかし、実際に活動している現場を見ていないので、やはりそこは不明としか言えないのだ。

 

(二年生の三学期から三年生の一学期までに起こった事……有里の復学か?)

 

 冬休み明けの一月から今月までの間にあった事について思い出してみる。一番影響しそうなのは湊の復学だ。

 湊の適性は留学前の時点で三万を超えており、現在のチドリとS.E.E.Sメンバーの数値を合わせても勝てない程だった。

 そんな彼が一年の海外生活を終えて戻ってきたのだから、以前よりも数値が上がっているとすれば、周囲への影響力も増大して最も近くにいたチドリの適性値が上昇するのもしょうがないと言える。

 元々高い適性を持っていたチドリにさらに影響を与えるほどの数値を想像すると恐ろしいが、見ない訳にはいかないので美鶴はさらにページを捲る。

 チドリは3-Cの末尾なので、3-Dの先頭である湊は一枚捲るだけであった。

 

(有里湊、身長一八三センチ、体重七十四キロか。一年で随分と成長したな)

 

 復学した湊の姿は遠目から見た事があったので長身になっている事は知っていた。けれど、実際の数値を見れば、自分より十センチ以上も高かったのかとさらに具体的なイメージを抱く事が出来た。

 真田と荒垣も学校ではそれなりに長身の部類に入るが、湊と並ぶと拳一つ分は差がある事になる。

 二人がどこか悔しそうにして、牛乳や背を伸ばすのに効果があると言われる食材を買って来て密かに摂るようになった理由を美鶴は理解した。

 そして、いよいよ問題の適性値の欄だと視線を向ければ、美鶴は一瞬桁を間違えているのではないかと我が目を疑った。

 

(馬鹿な、“100000sp(レベル100)”などあり得ない。一体彼は留学中に何をしていたと言うんだっ)

 

 美鶴はそれが抑えられた数値だと知らず、驚愕を越えて機器が故障していたとしか思えずにいた。

 湊自身、普段から力を抑えるようにしていたが、以前、桜が英恵の屋敷に訪れたときに健康診断を利用して適性を計測していると聞いた。

 自分たちがグループの人間にマークされていることや、真田や荒垣といったメンバーがS.E.E.Sに加入している事で、どこかしらで適性を計測しているのだとは思っていたのだ。

 それを英恵と桜経由でしっかりと理解した事で、湊は力を以前の測定限界ギリギリまで抑えて敢えて計測させてみようと計画する。

 この数値を見たグループの人間は間違いなく驚く筈だと、そういった悪戯心でやってみたのだが、湊の狙い通りに桐条グループでは大騒ぎになっていた。研究者たち曰く、適性値十万は既に人間の限界に達しているのだとか。

 

(一年の終わり頃の彼は三万一千だったというのに、たった一年で三倍以上に跳ね上がったのか。いや、単純に数倍になったと考えるべきではないな。我々が三倍になるのと有里が三倍になるのでは文字通り規模が違う)

 

 事実を事実として受け止める事で冷静さを取り戻した美鶴は、どうすればこれ程の速度で成長するのか不思議に思った。

 湊が最後に測った当時の美鶴の数値は三千だったが、これが三倍になれば一年で六千増えた事になる。青年の成長速度で考えれば、これだけの増加など下手をすれば一ヶ月も掛からずに達成出来るのだ。

 シャドウとの実戦を行っていても、美鶴たちの成長速度はもっと緩やかでしかないというのに、シャドウの存在が確認されていない海外にいても成長する理由が美鶴には分からなかった。

 手に持っていたファイルを一度机の上に置き、美鶴は湯気のたっている紅茶のカップをそっと掴み、そのまま口元へと運び喉を潤す。

 温かい飲み物にはリラックス効果があるので、考え過ぎて頭の中がぐちゃぐちゃになっていた美鶴は、一度思考をリセットしてから再び湊の適性値について考え始める。

 

(……彼に何かあったとすれば行方不明になっていた間の事が鍵だろう。事故に巻き込まれて同行者の方が亡くなり、有里自身も生死の境を彷徨っていたという話だ。それとは別のタイミングかもしれないが、右眼を怪我で失った事も適性値の上昇に関係しているかもしれないな)

 

 九月下旬に行方不明になり、その後、一月下旬に湊が見つかったという報が入ってくるまで四ヶ月以上の空白期間がある。

 もっと言えば、湊は佐久間や部活メンバーに留学中の様子を、メールや電話で伝えて来ることはあったが、学校に対してはどんな活動をしているかの途中報告を全くしていない。

 それを含めれば佐久間と櫛名田が他の教師らに伝えていた情報を除き、湊には約一年の空白期間があることになる。

 治安の悪い中東の国でテロリストに襲われた事や、雪が深く積もった森で熊に襲われたなど、一般人が普通では遭遇しえない事態も切り抜けていると聞いている。なので、もしかすると、シャドウと戦う以上に危険な事を現実世界で行っていたことも可能性としては考えられた。

 

(ペルソナや適性はシャドウと戦わずとも成長させる事は出来る。そもそも、それらは心の強さと言い換えられるものだ。適性持ちになるまでは影時間への適合率や親和性の問題でしかないが、完全にペルソナ覚醒値を超えている以上は心の強さとして考えるべきか)

 

 湊もチドリも既にペルソナを覚醒している可能性が高い。相手は極道の家の者なので迂闊に近付き過ぎる事は出来ないが、タルタロスへ訪れる事や影時間に活動している証拠を掴むため、もう少しグループの人間に二人をマークして貰えないか頼んでみようかと美鶴は悩む。

 もしもそれで白だと分かれば、二人は本当に心の強さだけで現在の適性値まで成長した事になるのだ。

 チドリに対しては、影時間やペルソナにシャドウといった基本的な話を勧誘時に伝えている。ファイルなどの資料はその場で返して貰っているが、彼女が湊にも話している事は容易に想像がついているので、その事が切っ掛けとなって目覚めている事も十分に在り得る。

 美鶴としては九割方二人はペルソナ使いだと踏んでいるが、どちらにせよ勧誘出来ないのであれば、彼らも別途でシャドウを倒してくれる事を期待するしかない。

 それだけの強さを得る秘訣も聞きたい気持ちは当然ある。しかし、チドリは湊の高い適性の影響を受けているだけとも思われるので、湊に話を聞いて桐条武治やグループへの憎悪で力を得たと言われてしまう可能性を思えば、美鶴はあの二人には踏み込まずに現状を維持しようと思った。

 

(彼のまわりでは適性値が上がってきている者がいる。有里と吉野を勧誘する事は出来ないが、友人らに声を掛けることくらいは許してくれるだろう)

 

 佐久間を除く部活メンバーの適性は徐々にだが上がってきている。美紀だけはほとんど変わらずにいる事から、適性持ちにはなれてもペルソナ使いにはなれそうもないが、美紀の安全を第一に考えている真田が仲間にいるので、彼女がペルソナ使いになれないことはむしろ都合が良かった。

 他の二人であるゆかりと風花は、まだまだ適性持ちにも届かないレベルではある。けれど、他の一般的な生徒よりは順調に数値が伸びてきているため、適性者候補の候補者といった程度にグループ内でも注目され始めている。

 本来ならば無関係の人間を巻き込むべきでないと分かっていたが、心の深い部分で自分たちと共に戦ってくれる仲間を求めていたことで、美鶴はいつか彼女たちを勧誘出来ればと思っていた。

 ファイルに目を通し終わった美鶴は、真田と荒垣にチドリや湊のデータを見せる訳にはいかないため、鍵付きの引き出しに全て片付けると紅茶のカップを洗うために部屋を出ていった。

 

 

――巌戸台・某所

 

 巌戸台のはずれに密かに作られた研究所。そこで幾月は桐条グループから隠れ、独自にシャドウやペルソナに関する研究を行っている。

 エルゴ研時代からシャドウの研究を主体に行っていた幾月にとって、研究用のシャドウさえ捕獲出来れば一人でも研究を進める事は出来た。

 いま彼が行っている研究は主に二つ。

 一つは結城理の強化実験で、これは手術を依頼していた会社の代表であるアロイス・ボーデヴィッヒが何者かに殺されたことにより一時は中止に追い込まれかけたが、何とか再開の目途が立って先日無事に終了した。

 何度か死にかけたりもしたが、理は自分の居場所を奪った贋作に対する憎しみと強靭な精神力で耐えきり、その身体能力と適性は当初の限界とされていた数値を大きく上回るほど成長していた。

 

「酒呑童子、空間殺法!」

 

 体育館よりも二回りほど狭い訓練用の大部屋。そこにいた入学当初の湊がそのまま成長したような僅かに幼さの残る少年の顔をした理は、左手に槍を持ったまま右手で召喚器をこめかみに当てて引き金を引く。

 すると、彼の頭上に歌舞伎の獅子のような着物に長い赤髪をした男性型のペルソナ、愚者“酒呑童子(しゅてんどうじ)”が、刀を何度も振りながら現れる。

 その姿に歌舞伎の獅子との違いがあるとすれば、頭から生えた鬼の黒い二本角と、縦向きの第三眼が額にあることだろう。

 湊の茨木童子よりも余程鬼らしく、他のペルソナよりも二周りほど大きな酒呑童子が攻撃を放てば、訓練用に部屋に放たれていた魔術師“マジックハンド”は、細切れになりながら最後は黒い靄となって消えていった。

 敵を全て倒し終えた理は、酒呑童子が消えてゆくのを見ながら呼吸を整え、腰のホルスターに召喚器を仕舞うと後ろで長椅子に座って見ていた幾月と玖美奈の元へ歩いてゆく。

 

「流石にこの程度のシャドウじゃ準備運動にもなりませんね」

「やっぱりかい? しかし、タルタロス上層階への入り口はまだ閉ざされているみたいだからね。このくらいのシャドウしか手に入らないんだよ」

 

 戻ってきた理の言葉に幾月は苦笑で答える。まるで相手にならない事は分かっていたが、それでも街中に現れるイレギュラーを含めてもこの程度のシャドウしか今はいないので、もうしばらくは我慢して貰う必要があった。

 真ん中に玖美奈が座り、右側にはパソコンで作業している幾月が座っているので、理は空いていた左側に座って槍を床へ置く。

 すると、玖美奈がタオルとドリンクのボトルを渡して来たので、軽く礼を言いながら受け取って水分補給をしていれば、二人の会話を聞いていた玖美奈が父に向かって話しかけた。

 

「お父さん、実験体のシャドウはまだ出来ないの?」

 

 彼女が言った実験体のシャドウとは、幾月のもう一つの研究である“デス・アバター”の作成過程で生まれる複合体シャドウや改造シャドウの事だ。

 シャドウの王であるデスは現在湊の中にいる。その事は幾月も理解しており、終末が近付くまではデスの役目はないので湊がそのまま所持していても構わないとすら思っている。

 だが、もしものときのための保険を用意して置くのは当然だ。そのために自分たちもデスを持っておくべきだと考え、幾月は桐条鴻悦が進めていた研究をより安全に行えるように修正しながら、複数のシャドウを掛け合わせてデスをもう一体作ろうとしていた。

 

「ああ、まだ上手くいかなくてね。下手に融合させてしまってもただのデカブツにしかならないから、そういったもので良ければ鍛練用に回すが、動きが鈍かったりして大きな的にしかならないと思うよ」

 

 シャドウ同士を融合させる事にはどうにか成功している。だが、ペルソナの合体のように掛け合わせる事で、新たに強い個体が出来る状態にはまだ至っていなかった。

 幾月はデスをもう一度作り出そうとしているが、そもそもデスとは自然に生まれるものだ。

 人々の滅びを求める心が高まり、そういった人間から抜け出たシャドウが合わさってゆく事で、最終的にニュクスを呼ぶための宣告者が生まれるのである。

 終末思想に取り憑かれた晩年の桐条鴻悦は、時を操る神器の建造から人為的にデスを作り出すことに研究をシフトさせていったが、大量のシャドウを集めて融合していった結果、実験を中断されながらもデスを生み出す事自体には成功した。

 しかし、岳羽詠一朗の妨害がなかったとして、彼の望んでいた通りにニュクスが降臨していたかは分からない。

 飛び散ったデスの欠片たちは実験中断でダメージを負っているにしても、ベースとなった個体自体がまだ力をそれほど持っていなかったのだ。やつらが再び姿を見せるには、他のシャドウを吸収して力を得る必要があるだろう。

 そんな不完全な者たちをデスが取り込んでいたとしても、やはり力の不足でニュクスを呼ぶには至らなかったのではないかと幾月は考えている。

 だからこそ、幾月は確実に強い個体を作っていき、さらに近い力を持った個体と合わせ人為的に強化することで、湊の中にいるような不完全体ではなく真正の宣告者を作り出そうとしていた。

 

「そうそう、そういえば本年度の適性検査の結果が出たよ。留学に出ていたエヴィデンスの数値も一年ぶりに判明したんだ」

「私は“84000sp(レベル84)”で、理は“160000sp(レベル160)”くらいだけど。それより上なのかしら?」

「エヴィデンスの数値は十万だから結城君の方が高いね。ただ、向こうは同時召喚のスキルを持っているから、エネルギー保有量である適性値だけじゃ強さまでは判断できない」

 

 幾月の言葉に玖美奈は少しつまらなそうに眉を寄せる。

 一年前の結果では玖美奈は六万ほどで、理は十一万強といった具合だったのだ。それから実験と訓練を行った事で、瀕死状態にもなった理などは大きく数値を伸ばしたが、以前は自分以下だった湊が理並みの成長速度で越えていったと聞かされれば、やはりまだ高校二年生でしかない彼女にすれば面白くないのだろう。

 桐条グループでは適性を上げるには精神的に強くなるか、ペルソナを使った戦闘を行っていくしかないと言われている。

 それに当てはめれば日本にいなかった湊がそれほど強くなることなどないはずだが、玖美奈は相手が何か自分たちが知らない方法で強くなったのではないかと考えた。

 

「お父さん、あの偽物が急激に強くなった理由ってどんな物が考えられるかしら?」

「そうだな……。これはまだ仮説でしかないんだが、死を意識すると適性値が急激に伸びるかもしれないんだ。ペルソナは死を意識することで呼び出せるだろ? だから、その源である適性も同じように死に関連している可能性がある」

「ああ、だから僕の適性も一気に上昇したんですね」

 

 玖美奈から受け取ったボトルを床に置いて、理はどこか納得したような表情で頷く。

 少年は自分でも何故急に適性が伸びたのか不思議に思っていたのだが、幾月の仮説が事実ならば肉体の改造手術で何度か死にかけたことで上昇したと考える事が出来た。

 その事には玖美奈も思い至っており、彼女も理ほどは身体をいじっていないが、ワイルドの能力を得るため少しばかり実験を受けたことで、桐条グループ擁するペルソナ部隊のS.E.E.Sメンバーよりも遥かに高い数値になっているのだろうと読んだ。

 素直に話を聞く子ども二人の様子を見ながら作業をしていた幾月は、彼らが自分の仮説をある程度信憑性が高いと判断していると思い、さらに言葉を続ける。

 

「復学したエヴィデンスは右眼を失っていたらしく。その怪我が原因で適性が跳ね上がったと考えられているんだ。どうやら重要部位の欠損は効果絶大みたいだね」

「だからって僕はしたくありませんけどね。そんな事をしなくても力を付ける方法はいくらでもある」

 

 適性を増やすために怪我を負うなど、戦力の低下を考えれば本末転倒でしかない。右眼を代償に力を手にしたという贋作を無様だと哂って理は槍を手に立ち上がった。

 

「デスを宿していながらその程度なんて、自分のクローンながら情けなくなります。素体としては他よりも優秀でしょうに」

「フフッ、確かにそうね。でも、体術に関しては向こうの方が上かもしれないわよ。どうやら色々と学んでいるみたいだから」

「僕も身体は鍛えているんだけどね。ここじゃ技を教わったりも出来ないし。格闘技能で負けていることは認めるよ」

 

 長椅子から離れると理は槍を振り回して調子を確かめる。ヒュンヒュンと風切り音をさせながら、攻撃が来ても全てを払い落して敵を貫かんという意思が目には宿っていた。

 彼の持っている武器は“(ゲキ)”と呼ばれる中国の槍で、槍の穂先の根元から真横にナイフ程度の長さをした刃が伸びており、矛と戈を組み合わせたような特徴的な形状をしている。

 突くときには先端の穂先を使い、その根元から伸びた援という刃で切る事も出来るため、使い手は少ないが色々と応用が効く武器だ。

 最初は片手剣を使っていた理も、途中からは敵を近付けずに中距離で戦える武器の方が強いと考え、数ある武器の中から戟を選んだという経緯がある。

 一気に敵へと肉薄し切り殺すという、近距離で絶対的な優位性の速さを誇る湊とは対照的な、どちらかといえば守りに主体を置いた戦闘スタイルといえるだろう。

 本やインターネットで情報を集めて独学で身に付けたそんな武術は、本業の人間から見ればまだまだ未熟に映るはず。

 それは理自身も理解しているが、ここではろくに学ぶ事も出来なければ実戦で試す事も出来ない。そう話す彼の言葉の裏には、外に出てしっかりと武術を学べば自分は湊に負けないという自信が見え隠れしていた。

 

「んー、そうだね。いつまでも君をこの狭い研究所に居させるのは悪いとは思っているんだが」

 

 理の言葉を受けた幾月は顎に手を当てて考え込む。外では湊がそれなりに有名になっているせいで、同じ顔をしている理を自由に出歩かせる事は出来ないのだ。

 ただし、湊が身長一八〇センチ越えの妖艶さを感じさせる影を背負った美人なのに対し、理は身長一七〇センチほどの表情には幼さが残っている少年といった具合で、理にだけ泣き黒子があることも含めれば、似ているとは思われるだろうが同一人物と認識されることはまずない。

 しかし、理の存在がばれれば面倒な事になるため、しばらく考えた幾月はある一つの提案をする事にした。

 

「それじゃあ、結城君も海外でちょっとした武者修行をしてみるってのはどうだい? エヴィデンスはアジア・中東・ヨーロッパの方に行っていたみたいだから、そことは別の地域になりそうだけど」

「あら、それなら私も留学名目で一緒に行ってみようかしら。理も流石に一人では不安でしょう?」

「そうだね。僕も姉さんが一緒に来てくれた方が安心かな」

 

 幾月の提案に子どもたち二人は笑って同意する。海外での武者修行と言っても、湊を知る者がいないどこかに定住して格闘技を習うだけでもいいのだ。

 独学で身に付けた武術を基礎からしっかりと鍛え直す。その目的さえ忘れなければ、ようやく望んでいた自由な生活を送れるのだから、恋人関係である二人に文句などあるはずがなかった。

 

「わかった。それじゃあ、玖美奈の留学の手続きと一緒に二人が暮らす場所の手配もしよう。それが終わるまでに、二人も英語の日常会話くらいはマスターしておいてくれよ? 私はこっちに残るから留学先で助ける事は出来ないからね」

「分かっています。幾月さん、僕の我儘を聞いてくれてありがとうございます」

 

 礼を言って頭を下げる理に、幾月は気にしなくていいと笑顔で返した。

 事態が動くまでは幾月のシャドウ研究くらいしかする事がない。理も玖美奈も十分な力を既に持っているのだから、それまでは二人に自由にして貰おうと幾月は考えるのだった。

 

 

 


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